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平成トランスポーター  作者: 夏名
25/54

9-4 悉く望まない展開

暴力的な描写、流血表現があります。

 河川敷に取り残されていた誠道(せいどう)は驚くほどに善戦していた。それは(たむろ)の人間が長物を使用せず誠道の力量を警戒し慎重に立ち回っていた為でもあったが、その背中を田中(たなか)が庇うように間合いをはかっていたのも要因の一つであった。

 普段から共に連んでいる知人を殴り飛ばすのは、不良と言えどもさすがに荷が重かったのだろう。結果的に誠道は目の前の攻撃に耐え続けるだけで良いという状況になっていた。

 誠道は早期に田中の行動に気付いたものの、感謝を述べる事はなく好きにさせていた。頼んだ訳でもないのに勝手に動いているだけだと認識し、一向に共闘しているとも仲間だとも思っていなかったのである。


「オレ一人に随分手こずってるなぁ。しょうもねぇ集まりだってのがよく分かる」


 しかし一つ疑問が残る。田中のその裏切りにも等しい行為に誰一人、非難の声を上げていなかった。屯の人間はそれを当然のように受け止め、自然な流れで田中と殴り合っていたのである。

 田中は屯の人間を昏倒させるまでには手を出す事はしていなかったが、誠道は正当防衛とばかりに手加減をせず沈めていた。辺りに倒れ伏している人間の数は増えており、言葉を掛けられた八把(やつは)は目を細め蟀谷を震わせている。


「勿論そんな雑魚を率いてるお山の大将も、底が知れるなぁ!」


 煽り立てる事を止めない誠道に、八把は一瞬のうちに飛び掛かっていた。鬼の形相で勢いのままに殴り掛かるが、端から見ても分かるほどに精彩を欠いている。怒りのために著しく下がった判断力が、体の動きを単調なものにしていたのである。


「……あっさり挑発に乗るマヌケが!」


 相も変わらず減らない口で、誠道は迫る拳をひらりと躱す。反撃として強烈な膝蹴りを八把の腹部に入れた誠道は、更に体を突き飛ばして距離を取る判断を下していた。


「……殺す」


 八把はゆらりと立ち上がると再び身構える。少しは痛がる素振りを見せるかと思いきや、衝撃を受けたことで冷静さを取り戻させてしまったようだった。


「まともな会話も出来なくなったか?単細胞なのはお前の方かもな」


 誠道は背中に冷や汗が伝うのを感じつつも、決して身を竦めたりはしない。怯えを見せた時が一巻の終わり。屯の人間が弱々しい姿を認めた瞬間に用心という思考を捨て、一斉に袋叩きに向かうと理解していたのである。


「そこまでー全員動くな」


 張り詰めた空気の中、その場にそぐわない呑気な声が響き渡る。目を見開き動きを止めた八把を怪訝な表情で見ながらも、決して警戒を解く事はなく誠道は辺りに視線を走らせた。


「お前は……」


 思わず声を溢した誠道の目に映ったのは、何時だかに見掛けた屯のまとめ役の姿であった。背後に隼成(はやせ)來見(くるみ)を連れている事に焦りを覚えるが、赤髪の男は軽い口調で話を続ける。


「勝手にやらかしてくれちゃってまぁ。どんな処分を受けても構わねぇって事だよな」


 お前に言ってんだよ、と八把に近付いた帰史陀(かえしだ)は足払いをして膝を突かせる。そのまま、無抵抗な肩に荒々しく踵を埋めると八把は痛みで呻いてしまっていた。


「……ハイ、慎んでお受けします」


「それじゃ、巻き込んだ皆サンに謝罪できるよな?」


「すみま……」


「それじゃあケジメの付け方がなってねぇよな?ちゃんと地面に頭、付けような」


 帰史陀は神妙な態度を見せる八把の後頭部を掴み、一切の遠慮なく固い地面に額を叩き付ける。打ち付けられた頭が勢い余って弾んだ瞬間に見えた地面には、血が染み付いているのが見えてしまった。


「何をどう言うべきか、しっかり考えて話せるよな」


 帰史陀は穏やかな口調で子供に言い聞かせるように話し掛ける。屯の人間は誰一人、八把の自尊心を踏みにじるようなその行動を止めたりはしない。静まり返った空間の中、異様な雰囲気に包まれ始めた事を誠道は感じ取っていた。




「……申し訳ありませんでした。もう二度と貴方達には関わりません。気の済むまで、どのような扱いも受け入れます」


 借りてきた猫のように――というよりもいっそ別人と思える程の八把の変わりようを見て、來見達は悪寒が走るような不気味さを覚えていた。

 3人の前で土下座の形を取っている八把の表情は窺えず、本心からの言葉かどうかは抑揚のない物言いからは判断ができなかったのである。


「八把はこう言ってるけど、どうかな?好きに使ってくれて構わないからさ」


「キモ……」


「シッ!」


 誠道が鳥肌を立てて口走った言葉を、來見は慌てて遮って止める。正直に言えば同じような考えはあったものの多くの人間に囲まれた状況で、不用意な発言によって場を掻き乱す事は避けたかったのである。


「……俺達としては、もう付きまとわれないならそれで良いからさ。処分はそっちで勝手にやってくれるみたいだし」


 いいよね?と確認するように顔を向けた隼成に、誠道は腕を組んで顎をしゃくり、來見は勢いよく首を縦に振る。


「それなら、これで手打ちってことで」


「そう言ってくれるとありがたい!ホラ、お礼は?」


「ありがとうございます」


 三人の許しが貰えた帰史陀は目を輝かせながら笑顔を返す。更に言えば、八把が棒読みで感謝を述べている姿を見つめ、そう仕向けた本人であるにも関わらず満足げに頷いていた。


「じゃあ、もう帰っていいかな。俺たち結構忙しかったりするんだよね」


「あぁ、ちょっと待って!僕からも謝罪しないと」


 用は済んだとばかりに立ち去ろうとする隼成を呼び止め、帰史陀は居住まいを正して頭を下げた。そんなリーダーの姿を見て動揺するように微かなどよめきが起こるものの、帰史陀が片手を横に広げるとその声はぴたりと止まる。


「屯の人間が迷惑かけてすんませんでした。手綱を握れなかった僕が原因です」


「……少なくとも、トップは道理ってやつが理解できてるらしい。精々、他の奴らにもその精神を叩き込んでもらいたいもんだ」


 誠道の言葉を受けて、へらりと笑いながら帰史陀は顔を上げた。これでケジメは付けたという事なのだろう、晴れ晴れとした様子で口を開く。


「本当にゴメンな、関わった奴らは全員シメとくから。気になるなら見ていっても良いよ」


「そんなもの見て喜ぶアブノーマルな趣味はないから、遠慮しておくよ。間違いなく気分が悪くなるだけだからね」


「そうか?とにかく、コイツらはもう二度と君らには近寄らせないから。安心して帰ってなー」


 隼成の辛辣な指摘にも帰史陀は顔色を変えずにいる。來見は周りの屯の人間が気に掛かるところではあったが、特に変わった様子はなかった。まとめ役が文句を言わない手前、何か行動を起こすような兆しは元から存在しないようだった。


 帰史陀の言葉を最後に、誠道と隼成は完全に帰るつもりでいた。揃って河川敷から立ち去ろうと歩を進めるが、來見はその足を止めてしまう。


「クルミ?」


 異変に気付いた隼成が声を掛けるが、來見は帰史陀に向き直っていた。興味深そうにしている帰史陀と目を合わせ、緊張しながら話を切り出す。


「あの、少し話したいことがあるんですけど、良いですか」


「あぁ!携帯な。ホラ、返すよ」


 近付いて来た帰史陀に携帯電話を差し出され、來見はそれを受け取った。しかし本題は別のところにあり、來見は再び口を開く。


「ありがとうございます。……でもそれだけではなくて、確かめたい事があるんです」


「あー……皆の前だと、マズイ話かな?」


「……そうですね。できれば、二人で」


「イイヨーこっち付いてきな。お前らは待機、逃げても無駄だからなー」


 來見はいくつかの疑問を解消する為に、意見を交わす場を設ける事を申し出ていた。帰史陀は特に断る素振りも見せずに屯の人間に声を掛けると、來見を先導するように歩き出す。


「おい、そいつに余計なことしたら……分かってるだろうな」


「しないしない。心配すんなって」


「クルミ、何かあったらすぐ呼びなよ。助けに行く」


 誠道の言葉はともかく、信用していないと目の前で言い切ったも同然な隼成を見て、帰史陀は困ったように眉尻を下げていた。しかしそれも薄ら笑いを浮かべている為に、表面的なもののように見えてしまう。


「ありがとう。でも大丈夫だと思う……行ってくるな」


 來見は一先ず、身を案じてくれた二人に返事をして帰史陀の後に続く事にした。離れていく二人の目に不安が宿っているのを理解しながらも、全貌を明らかにせずにはいられなかったのだった。




「それで、確かめたい事って?答えられることなら何でも答えるよ」


 二人は人の輪を外れ、河川敷の坂の途中で座っていた。開けた視界には未だ留まる屯の人間も、來見を待ってくれている誠道と隼成の姿も見える。


「……今回のこと、最初から全部知ってたんですか」


「あぁもしかして、さっきシドが言ってた事を真に受けてる?」


「それもありますけど……あの人は和久本(わくもと)の妹が屯の人に絡まれてた時も、あなたに報告してたんじゃないかって」


 確かにシドの言っていたように、あまりにも最適な状況で帰史陀が姿を現した事は気に掛かる。しかし思い返してみると、その他にもシドが誰かに報告していた様子は節々に存在していた。常に携帯電話を手にしていたのは、密偵としての姿を暗示していたように思えたのである。


「偶然とは思わなかったんだ?」


「偶然じゃないって言い切れる確証はないですけどね。他にも根拠を挙げるなら……田中くんの怯え方も尋常ではなかった。彼はあなたのことを本物だと言っていました」


 來見は、本当に殺されるとでも思っていたような怯え方を見せた田中の姿を回想する。彼の口にした帰史陀の特徴は、一線を越えたものに容赦がない点とそれを常識――規則として、屯の人間に叩き込んでいたところであった。

 口をつぐみ興味深そうに微笑んでいる帰史陀は、來見に更なる話を促しているように見える。來見はそれが勘違いではないことを祈りつつも、言葉を止めはしなかった。


「……本物っていう言葉の意味が俺の考えるものと一致しているのなら。あなたが世間一般に許される……犯罪の限度に詳しくて、屯の人に厳しくそれを周知していた理由も分かるような気がするんです」


 來見の中で帰史陀の正体は2つの選択肢があった。反社会的勢力の関係者か、あるいは警察関係者か。しかし田中の様子を思うと後者の候補は消えていた。

 たとえ表面上のものだったとしても清廉潔白を求められる立場の人間――その関係者が、時には恐ろしい手段を使用すると周囲に悟られるような事はしないだろうと考えたのである。


「面白いな、続けて良いよ」


「……やろうと思えば何処からでも情報を知り得る事ができた人が、放任主義とはいえ何も知らなかったのはあり得ないと思いました。……ここまでの話は端から見ていたら、気付いて当然の事かもしれませんけど」


 どこか爬虫類を思わせる目を細め、帰史陀は來見の言葉に聞き入っていた。上がった口角は優しげな印象を与えるのに一役買っていたが、その口から発されたのはどこまでも冷静な指摘であった。


「そこまで想像できるなら、色々と聞かない方が良いと思わない?怖いもの知らずというか、疑問に思ったことは解明しないと気が済まないタイプなんかな?」


 遠回しに來見の推測を肯定した帰史陀の口振りには、これ以上踏み込むのは止めるように働きかけてくるような拒絶感が滲んでいた。

 それでも來見としては、ここまで来たのなら引き下がるつもりは毛頭なかった。怖じ気づきはしたものの、再び帰史陀に向かって口を開いたのである。


「無関係な人を巻き込むべきではないというのがあなたの主義なら、もっと早く屯の人たちを止めるべきでした。初めから知っていたのなら、どうしてそうしなかったんですか」


 勇気を奮い立たせて一息に話したせいか、不本意にもその口調は答えを求めているというよりも帰史陀の不手際を責めるようなものになっていた。

 帰史陀は後頭部を掻くと、途端に眉尻を下げ申し訳なさそうな表情を浮かべる。次の瞬間には両手を合わせ、勢い良く頭を下げていたのである。


「……それに関しては、ホントーに申し訳ないと思ってます!僕の考えが甘かったです!」


 突然の行動に來見は面食らものの、表情を引き締め真面目な面持ちを保とうとする。緩みかけた空気を戻すためにも、努めて真剣な声音で聞き返す事にした。


「どういうことか、説明してくれますか?」


 來見の問い掛けに帰史陀はやや躊躇いを見せるが、その視線の鋭さに観念したようだった。片膝を立てて座っていた体勢を崩し、両手を頭の後ろで組んで寝そべり始める。

 何処か遠いところにいる誰かに話し掛けるように語り始めた帰史陀に、來見は静かに耳を傾けていた。


「今から話すことは忘れてくれて良いんだけどさ……そう、佑斗(ゆうと)クンの言う通り僕はちょーっとおっかない家の人間だ。今回の事も勿論早い段階から教えて貰ってた」


 名乗った記憶がないのにも関わらず、名前が知られている事実に今更驚きはしない。ただ、すんなりと後ろ暗いところを肯定した点には動揺しかけてしまった。

 ゆっくりと飲み込もうとする來見を見て、帰史陀は予測していたように言葉を止める。そのまま落ち着いたのを確認するように一呼吸置くと、再び口を開いた。


「……正直に言えば、僕が口出ししなくても大丈夫だと踏んでたワケ。弾貴(はずき)――いや田中たちが誘き出されて誠道クンと喧嘩してた時の様子、覚えてる?あいつら最初から怪我してたでしょ」


「……はい、でもあれは誠道くんが巻き込まれた時の……(かぶら)高校との喧嘩の際に負ったものだと思ってました」


「アレ、何とか八把たちを止めようとした結果付けられた傷なんだよ。あいつらなりに僕の言い分を守って、どうにか解決しようとしてたんだね」


「……初耳です。そうだったんですね」


 來見は先程の誠道と田中達の戦いを思い出す。人数のアドバンテージがあるにも関わらず力負けしたのは、そういった背景があったからなのだろう。

 來見の思っていたよりもずっと前の段階から田中達は八把の派閥を止めようとしており、見た目よりもずっと憔悴していたのかもしれない。


「そんな風に頑張った理由はさ、僕が怖いからっていう保身からなのかもしれねぇけど……他人を巻き込まないよう努力するっていう倫理観の芽生えを感じられて、それはもう感動してなぁ」


「そのまま田中くん達に任せておいても、内々に事を収められると思ったんですね。……期待していた、の方が正しいのかもしれませんが」


「田中たちに賛同する奴らも増えていってたからさ、八把の手勢が減れば行動したくてもできなくなると思ってたんだけど……ちょっとアイツの猪加減を見誤ってたな」


 帰史陀は一瞬、來見と視線を合わせるも気まずげに目を逸らす。その日初めて帰史陀の人間味を感じられたように思いながらも、來見は一連の話を聞いて思い当たる節があった。ここまで会話をしておいて今更遠慮することもないだろうと、來見は言葉を発していく。


「つまり、誠道くんを囮に俺と和久本が逃げた時に周りにいた人や、その後追い掛けてきた人たちも……?」


「八把に賛同した振りをしてたスパイだな。シド達は一応、本気で君らを逃がしてあげようと思ってたんだよ」


「そう、でしたか。……もっと田中くんの話をちゃんと、早くに聞いてあげてれば大事にならずに済んだのかもしれませんね」


「……過ぎた事を掘り返すのは気が引けるけどさ、田中も話そうとはしてたんだよ」


 帰史陀は体勢変え、肘枕で來見に向き合っていた。寝そべりながら話す姿に傲慢さを覚えても仕方の無いことではあったが、來見は黙って聞いていた。それよりもその声音に漂う寂寥感に、見て見ぬ振りをする事ができなかったのである。


「アイツだけじゃなく他の奴らも。でも誠道クンは聞く耳を持たなかった。伝えたくても、それができなかった……ま、信用がねぇから勘違いされても仕方ないんだけどな」


「行き違いが生じてしまったのは、残念だと思います……でも、どんな理由があっても力尽くの選択肢を取ったのは良くなかった。誠道くんの頑なさに拍車を掛けた訳ですから」


「基本的に脳筋だからなぁ。その節は非常に不甲斐なく、申し訳なく思ってます。読みが甘かった!ゴメンな!」


 様々な要因が重なり合った結果、関わった人間に対する展開が悉く望まないものになってしまったのだろう。

 茶化すように笑顔で謝罪する帰史陀に思うところがあったとしても、來見が文句を言える立場ではなかった。それもその筈、隼成が代表して手打ちにすると言った時点で、この話は済んだことになっていたからである。


 言葉には出さずとも胡乱げに見つめる來見に、帰史陀は全く動じていない。その不遜さが生来の気質だったのもあるだろうが、これまでのやり取りで來見が本質的に甘い人間だと見抜かれていたのかもしれなかった。


「俺は何もされてませんから……謝るなら誠道くんと、和久本兄妹に言ってあげてください」


「おう、心を尽くすよ」


「それじゃあ、聞きたいことは聞けたので」


 ありがとうございました、と言い残し立ち上がろうとすると横から待ったを掛けられる。帰史陀は爛々と目を光らせて、來見の一挙手一投足を見逃さないとばかりに凝視していた。


「あぁ、ちょっと待った。僕からも一つ質問しても?」


「……どうぞ」


 來見は緊張しながらも返事をする。頭の中では、帰史陀に不自然さを抱かせるような立ち回りをしていたのかと急激に不安になっていたが、背筋を伸ばし虚勢を張っていた。


「佑斗クンは僕が怖い家の人だって察してたワケだけど、詳しく聞かなくて良いのかなって。屯なんていう集まりのカシラやってるとか、ツバ付けて回ってるようにしか見えないだろ?」


 來見は唯々その発言の意味を反芻していた。

 将来、道を踏み外しそうな人間を青田買いしているとは思わないのか、危険人物(犯罪者予備軍)になり得る屯という集団を放っておいて良いのか。帰史陀の言葉は、そんな問い掛けだったのだろう。

 誠道の言う通り抑止力としての脅かしなのかもしれないが、実際に田中は帰史陀が一晩で人を消したと思っていた。屯の人間がそう思うほどに信憑性は高く、帰史陀の家の事を思えば恐らく不可能な事ではない。

 帰史陀自身は善良な人間なのかもしれない。しかし帰史陀という人間を構成する全てが、一点の曇りもないと言い切ることは難しい。それは來見でも理解できる事実であった。


「……そう思わなかったと言えば嘘になります。でも田中くんは緩い集まりだと言っていました。入るのも抜けるのも自由だと」


「それは自己申告だろ?実際のところどうなのか、外部の人間には分からない」


「それはそうですけど……あなたが規則に厳しいのは面倒ごとの回避というより、彼らの身を案じているように感じて」


 來見は客観的な事実は勿論、自分の目を通して見た事も考慮して意見を述べていた。帰史陀の感情を読み取るのは困難を極めたが、今までの言葉自体に嘘はないように思えたのである。

 こうして來見に問い掛けている事すら、自分は危険な人間だと区別されてもおかしくない立場なのだと――遠回しに自らを戒めているように見えていた。


「彼らの自主性を尊重したり、成長を喜んでたり……だからきっと、そう悪いことにはならないと思いました。俺が勝手に期待してるだけかもしれませんけど」


「……そう。そう見えるなら幸いだね」


「答えになってましたか?」


「十分な!じゃあ最後にもう一つ。あぁ、質問じゃないから安心してな。直ぐに終わる話だからさ」


 帰史陀は今日一番の穏やかな表情で言葉を続ける。しかし話が一段落した事に安堵したのも、また問答が始まるのかという來見の動揺も伝わってしまっていたのだろう。

 前置きという配慮をされたことに、來見は気恥ずかしさを覚えながらも大人しく帰史陀の発言を待つことにした。


「何処にだって居場所がない奴らはいてさ。そういう奴らは日常的に鬱憤が溜まってて、悪いこと(暴力的な手段)で解消する方法しか知らなかったりするんだよ」


 それは生い立ち故に、実体験として知り得た事だったのかもしれない。帰史陀が滔々と話す姿を、來見は決して遮らずに傾聴していた。


「そんで転がり落ちるように……そういう道に足を突っ込む。でも誰かが少し構ってやれば、真っ当な人生を送れる奴もたくさんいる。屯はその為の居場所みたいなモンなんだよ」


 帰史陀は屯の成立した経緯を、理由を交えて語り始める。とはいえ、その名前は自称したものでは無いという話のはずであった。屯という字の通り、第三者が安直にその状況を示した呼び名であったのだろう。


「駄弁る場所でも喧嘩する所でも……捌け口になるなら、何でも良かったんだけどさ。少しでもマトモに育つ手伝いができれば僕はそれで良かったワケ。来るもの拒まず、去るもの追わずでな」


 その為の厳しい規則と、族ではないという主張だったのだろう。彼なりの優しさで少年達が将来を日陰者として歩くことがないよう状況の悪化を防ぎ、導いていた事が窺えた。


「で、そうしてると、ある日気付く。あれ、自分は何をしてるんだろう、いつまでも馬鹿やってるワケにはいかねぇな。わざわざ後ろ暗いことしなくても生きていけるな、ってね」


 そうなったらソイツにとっての屯の役目は終わり、そう続ける帰史陀の表情は明るく心の底から友人の旅立ちを祝福しているようだった。


「屯は一種の更生施設ってことですか。しかもそれを当人達には気付かせない……巧妙ですね」


 來見は思わず感心するように口を挟んでしまうが、帰史陀はそれに否定も肯定も返さなかった。しかしそれまでの微笑みを失くし、陰った表情で言葉を溢していく。


「こっちの世界に来なくて済むなら、それに越したことはない。特にまだ右も左も分からない子供がそうなるのは、僕にはちょっと……キツかったからさ」


 外見はどう見ても來見達とそう変わらない年齢であるのにも関わらず、目を伏せ語る帰史陀は、酸いも甘いも噛み分けた大人のように映った。その言葉には明らかに実感が伴っており、もはや変えようのない過去を悔いているようでもあった。

 屯は行き場のない人間だけでなく、帰史陀自身のためにも存在するものであり――その大切に思う心が伝わっているからこそ、厳しい規則を叩き込まれようと多くの人間が従っていたのかもしれない。


「ともかく……屯の奴らは余所から見れば全員、八把みたいなネジの外れた不良でしかないんだろうけどさ。中には田中達みたいに……あいつらなりの努力をしてる奴はいるって、君には知っておいてほしい」


「……どうして俺なんです?」


 言葉を終えた帰史陀に、來見は聞き返していた。それは純然たる疑問で、自身が特別評価されるようなくだりは今までに存在していなかったと認識していたのである。


「ビビってんのに……踏み込んできてくれたから、かな?」


「なるほど……?」


 歯切れの悪さが示す通り、帰史陀にも明確な理由は分からないようだった。当然そんな態度をされた來見も曖昧な返事をする他なく、ふと奇妙な間が生まれてしまう。

 帰史陀は空気を変えるように勢いよく上半身を起こすと、再び口を開く。空の日は傾き始め、気の早いヒグラシの鳴き声が辺りに響いていた。


「はい!この話はオシマイ。帰り道、気を付けて!」


「……それ、怖い意味じゃないですよね」


「月夜ばかりと思うなよ、って?馬鹿だなぁカタギには手ぇ出さないよ」


 それじゃあな、と体に付いた土を払い帰史陀は屯の待つ場所へと戻って行く。一方の來見は自分から軽口を叩いておいて、さらりと堅気という言葉が出てきたことに身震いしていた。


「悪い人ではなさそうだけど。やっぱり……ちょっと、おっかないかな……」


 誠道と隼成からも、帰史陀が離れていく姿が見えたのだろう。二人は來見に向かって歩き出していた。

 帰史陀との擦れ違い様に誠道が一瞬睨みを利かせるのを、隼成が苦笑しながら腕を引いている。帰史陀も特に気にした様子はなくにこやかに手を振ると、そのまま自分を待つ者の所へと去って行くのであった。


(最初から全て把握してたなら、やっぱり手助けは要らなかったのかもな)


 もはや恒例行事のように、來見は事件の流れを思い返す。それでも最善を尽くそうとした行動を腐すことは、他者の為にもすることは無かった。


(まぁ、いたいけな女の子があれ以上怖い思いをせずに済んだなら……それで十分だよな)


 終ぞ転送装置(トランスポーター)の示した、白梛(はくな)が負ったという重症の詳細については何も分からなかった。ままならない状況に苛ついた八把が暴走して凶行に走ったのかもしれないが、それとは別に立ち直れない程の心の傷を負った可能性もある。


(帰史陀さんが後処理をして、誠道くんと和久本(兄貴)が付いているなら……たぶん大事にはならないだろ)


 來見は対話を通じて帰史陀に幾分かの信頼を置くようになっていた。その上、隼成の述べていた白梛はいつも通りだったという言葉を疑う必要はないと判断したのである。

 とはいえ一先ずの安心を得るためにも、未来からのメールが来ることを期待を持って待つ事にはする。來見は新たにできた二人の友人(と言っても良いのではないだろうか)と共に帰りながら、無事に解決した記念のように互いの連絡先を交換し合ったのだった。




 2022年。雨が降りしきる寺院墓地で日根(ひね) 誠道は佇んでいた。目の前にある墓前には自分が持ち込んだ花が添えられているが、一夜経てばその多すぎる水分で萎れてしまいそうであった。


「お前が死んで、もう1年経つのか」


 独り言を溢し呆けたように墓に刻まれた名を眺めていると、背後からビニール傘を差し出す部下がいた。慎ましい態度で提示されたスマートフォンを受け取ると、誠道は大人しく電話に応じることにする。


「……何か用か」


「今日はウワサのあの子を捕まえる、千載一遇のチャンスだって話だろ?成功するように、僕も念でも送っておこうかなって」


 誠道の憂鬱な気分とは裏腹に、やたら明朗とした声が耳に入ってくる。声の主は帰史陀であり、誠道は周りから見て取れるほど、応対する事が億劫で仕方なかった。


「白梛チャンはどう?何て言ってる?」


「とうとう記憶まで無くなったか?死人は喋らねぇよ」


「情緒のカケラもねぇなぁ。そこは、天国の白梛は今日こそ会えるって言ってる気がする……とか言っとけよ」


「良い歳して人形遊びか、終わってるな。もう切る」


 和久本家之墓。その立派な墓石に彫られた名を見ながら冗談を言い合う情緒こそ、誠道は持ち合わせていなかった。だが心の底から怒りを覚えた訳でもない、これ以上の馴れ合いは互いの心を乱すだけだと見切りを付けただけだった。


 白梛の死を切欠として精神が不安定になった帰史陀は、虚勢を張るように軽口を叩くものの、他者への共感力と配慮を著しく喪失してしまっていた。それを指摘されても気付けない(気付かない)ほど、自身の心の平穏を保つことに苦慮していたのである。

 本人は場を明るくするつもりで笑えない冗談を言い、部下達は引きつった笑顔で甘んじて受け入れる。その異常さが帰史陀への畏怖の念を高めている事実に、誠道は哀れみと諦観を抱くばかりであった。


「待て待て、これだけは言っておかないと……絶対に殺すな。最悪、取り逃がしても構わない。だが情報だけは引き出せ、一つでも多くな」


「難しいこと言いやがって……言いたいことはそれだけだな」


「おう、組のモンはいくら使っても構わない。後はまぁ……気を付けてな」


 表面上は何も問題ないように振る舞う帰史陀の姿は、空元気でしかないと誠道は知っていた。しかし今更それを指摘する優しさと余裕は、自分には存在していない。

 電話を終えた誠道は雨の中、歩き出す。その目は久し振りに興奮でぎらつき、この先に起こり得る未来への多大な期待を宿していた。




 人々が寝静まった頃、木々が鬱蒼と生えた山奥の中。少し見誤れば途端に行き先を見失うだろう道を進み、外観だけはみすぼらしい倉庫の前に誠道は立っていた。


 部下達に指示を出し、出入り口が一つしかない倉庫を入念に包囲させゆっくりと近付いていく。

 気配を探るように耳を澄ませると、倉庫内から微かに漏れ出ていた物音が途絶えた――と思った瞬間、何かが激しく扉にぶつかる音が辺りに響く。


「誠道さん……」


「静かに」


 誠道は手を挙げ、不安げに声を掛けた部下を制する。緊張の走った部下を横目に倉庫から出てくる人物を待つが、一向に現れない。しかし扉一枚隔てた向こう側に息づく人間の気配を、誠道は感じ取っていた。


「……聞こえているな、今から扉を開ける。ただ逃げようとは思うな、ここは既に包囲されている」


 誠道は明瞭な声で要求を伝えていく。返事がないのを良いことに、宣言通り扉に手を掛けた。


「安心しろ、殺しはしねぇ。俺の両手に武器は持たない事も誓う」


 自分が丸腰で突入する事への覚悟を決める為にも一呼吸待つが、やはり言葉は返ってこない。誠道は部下に目配せをすると一人、倉庫の中に入っていった。


 開け放たれた扉の近くには、流血し崩れ落ちている人間がいた。先程の音は絶命の瞬間、外へ逃げようとして扉にぶつかった時のものだったのだろう。他にも交戦があったことを証明するような痕跡が度々見受けられたが、誠道にとっては取るに足らない問題であった。

 観察もそこそこに、誠道は視線を正面に向ける。倉庫の中心には一人の人間が佇んでいた。


 誠道は靴音を響かせ、恐れることなく人影へと歩を進める。体格の分かりづらいオーバーサイズのコートを着た人間は、フードを目深に被りこちらに銃口を向けていた。

 狙いを正確に定めているはずであるのに、どれだけ距離を詰めようともその銃が発砲されることは無かった。目と鼻の先、誠道が武器を叩き落とせてしまえるほど近付いても、沈黙を保っている。


「よう、まさか本当に会えるとはな。10年振りくらいになるのか」


 誠道はひどく高揚とした気分で、どこか親しげに声を掛ける。目の前の人物はぴくりとも動かないが、格好だけは取り繕うとするように身構えたままだった。


「情報屋もバカにできねぇもんだ。巷で人気の……神出鬼没の鉄砲玉を捕まえられるとは」


 フードの人物が足に力を込めたことで、靴底に砂利が擦れる音が聞こえる。逃亡の為に態勢を整えた動作を誠道が見逃すはずもなく、先手を取って釘を刺す事にした。


「逃げようとしても無駄だ、さっきも言った通り囲んである。……抵抗は止めておけ、お前も本意じゃねぇだろ」


「……」


「お前には色々、聞きたいことがある。観念してもらおうか……來見」


 誠道は手を伸ばし、人相を覆い隠しているフードを取り去る。その中から覗いた顔は少年であった頃よりも鋭い輪郭を描き、無造作に伸びた髪と炯々とした眼光は荒んだ精神を表しているようであった。

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