表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平成トランスポーター  作者: 夏名
24/54

9-3 屯

暴力的な描写があります。

「ものすごく心配なんだけど、上手くいくかな……」


「大丈夫、大丈夫。気長に待とうよ」


 來見(くるみ)隼成(はやせ)は物陰に潜み、誠道(せいどう)の行動を見守っていた。

 誠道から予めどのような手段を取るか聞かされていたものの、絶え間なく湧き上がる不安を來見は拭い切れずにいたのである。


(せめて1日くらい考える時間があったらな……でも初対面の俺の意見を少しでも聞き入れてくれた分、良心的か)


 出たとこ勝負では予想外の出来事が起こった場合に、咄嗟の手助けに入る事が難しくなる。それでもこういう状況になってしまった以上、來見は最善を尽くす他なかった。


「あっ、ほら始まるよ。追い掛ける準備しような」


「あ、あぁ。頼むから、大惨事にはなりませんように……」


 三人は駅前から場所を移し繁華街にいた。誠道は少人数の集まり――有り体に言えば少々柄の悪そうな学生の集団に割り込むと、意図的に体をぶつける。そのまま歩き去ろうとしても即座に呼び止められ、揉め事が生じてしまうのは当然の帰結であった。


「あ?痛ぇな、謝罪もなしかよ?」


「謝罪して欲しいのはこっちの方なんだがなぁ。毎日チョロチョロ目障りなんだよ、ゴミが」


 誠道の肩を掴んだ少年は強かに腕を打たれ、振り払われながら侮蔑の視線を向けられる。流れるように罵倒され思考が止まってしまったのか、少年は呆けたように動きを止めるものの瞬く間に怒りで顔を紅潮させた。


「てめぇ!勝手に言わせておけば……!」


「あっ!こいつ日根(ひね)!日根 誠道じゃねぇか!」


 少年の周りにいた他の生徒達も闖入者の正体に気付く。動揺しながらも目の色を変えた集団は人目を憚ることもなく身構え、実力行使に出ようとしていた。


「うぜぇんだよ。オレの時間をくだらねぇ事に使わせんなや」


「……お前がなんと言おうと、今日こそは俺らと一緒に来てもらうぜ。オイ!絶対に逃がすなよ!」


「力尽くしか能のねぇクズどもが。やれるもんならやってみろよ」


 売り言葉に買い言葉の応酬の中、少年の口走った内容からも彼らが(たむろ)に所属する者達だということが分かる。それを理解した上で発された、憤りを込めただけではなく挑発する為の誠道の言葉は少年達には効果覿面だったのだろう。

 冷静さを失い今にも飛び掛かろうとする集団の隙を突き、誠道は身を翻して走り去った。


「あっ、逃げんな!」


「誰が聞くかよ。とっとと失せろ」


「……よし、クルミ行くよ」


「わ、分かった」


 もはや追う以外の選択肢は消え失せるほど、十分に少年を焚き付けた誠道は捨て台詞を吐いて駆けていく。來見と隼成は怒号を背にひた走る誠道とは別の経路を取りながらも、前もって決めていた合流場所に急ぐのだった。




「……よう。もう逃げんのは、オシマイか?」


「いや、ノロマのために止まってやったんだ。感謝しろよ」


 誠道は集団を引き連れ、河川敷の橋の下――橋脚の元に涼しい顔で佇んでいた。その一方で肩で息をする少年達は、よく見ると既に幾つかの傷を負っているのが分かる。それは誠道が巻き込まれたという(かぶら)高校との喧嘩の際に付けられたものであり、もしかすると予め体力が削られていたからこそ余計に疲弊しているのかもしれなかった。

 膝に手を置き、呼吸が荒い少年達とは裏腹に誠道は未だ余裕を保っている。その様子が気に食わなかったのだろう、一人の少年は忌々しげに誠道を睨み付けていた。


「どこまでも舐めやがって……!二度とそんな口、聞けねぇようにしてやるよ!」


「待て!田中(たなか)!」


 制止する声も聞かずに、田中と呼ばれた少年は脇目も振らずに飛び出していく。激怒して振り上げられた拳は止まることなく、誠道の顔面に吸い込まれていった。


 鈍い音が辺りに響き渡る。誠道は僅かに体を逸らしたものの頬には見事に殴られた痕が残り、暴力が振るわれた事を如実に示していた。


「……お前から殴ってきたよな?数に物言わせて一人を囲むとか、汚ねぇよな?……ならこれは正当防衛だよなぁ!」


 誠道は額に青筋を立て、一つずつ順番に暴力を振るって良い理由を述べては殴り掛かっていく。突然の反撃に虚を衝かれた集団は動き出しが遅れるものの、数的優位な事もあり一先ずのところは対等に渡り合っていた。


「ちょっ……暴力!」


「時には言葉より必要なものってあるよね」


「取る行動が物騒すぎるって!穏便に聞き出すって言ってたのに!」


 壁一枚を挟んだ橋脚の元に、屈んで様子を窺っていた來見は思わず声を上げていた。対する隼成は誠道の暴挙に動じることなく、どこまでも呑気にしている。隼成の言葉はそれだけ聞くと何やら含蓄のある台詞のように感じなくもないが、來見は誤魔化されずにいた。

 止めた方が良いのではないかと、來見は思わず腰を浮かせるが両肩を掴まれ止められる。そのまま加えられる力に抗えず來見が再び座り込むと、隼成は誠道達に視線を向けながら口を開いていた。


「危ないから、まだ出ていくのは駄目だよ」


「……じゃあ、手加減!誠道くん、手加減はしてるよな!?」


「昔はああ言うのよくやってたみたいだから、寸止めはできるんじゃない?」


 不安に駆られた來見は、誠道と隼成を交互に見ながら縋るように確認をする。自分という異物が介入したことで、むしろ事態が悪化しているのではないかと恐怖すら覚え始めていた。


「……不良くん達は普段から好きで殴り合いしてるんでしょ。普通の人より頑丈だから大丈夫だよ、多分」


「ううん……」


 あまりにも血の気の引いている來見を見て不憫に思ったのか、隼成は優しい声色で気休めを言う。その曖昧すぎる根拠を当てにするほど楽観的にはなれなかったが、來見は誠道の段階を踏むと言っていた言葉を信じることにする。

 過ぎた暴力を見過ごすつもりはなかったが、今は情報を得るためにも動向を見守ることにしたのだった。


 気付けば五人いた集団は減り、最後の一人になっていた。辺りには打ち倒された少年達が地面に伏しており、田中だけは辛うじて立っているがその足元はおぼつかない。


 誠道は素早く距離を詰めると足払いを仕掛け、田中の体勢を崩そうと試みる。顔に来ると予想していた打撃が想定外の部位に来たことで、受け流すことも出来ずに田中は直撃を食らってしまった。

 田中は背中から倒れて行きながらも、最後の抵抗とばかりに防御の為に構えていた腕を伸ばす。その行動は自分から戦いの火蓋を切っておいて、何もできずに終わるのは沽券に関わるという――せめて一矢報いたいという意地そのものだったのだろう。

 田中の指先は確かに誠道の襟元を掠めた。しかし大人しく掴まれる事を許すはずもない。誠道が振り払ったその手は空を切り、あわよくば頭突きを喰らわせようとした甘い考えと共に、地に落ちていくだけであった。


「……これ以上、殴られたくなかったら質問に答えろ」


「はぁ!?何で俺が!」


「もうお前らの負けだって分かってんだろ。それとも気失うまでやるか?オレを集団リンチできなかった時点で終わってるけどな」


 田中は誠道の鋭い視線に晒され口籠る。卑怯な手段を取った自覚もあったのか後ろめたそうに目を伏せ、田中は言い返すこともできずにいた。


「正直に話せ。オレだけに付き纏うならまだしも、何で他の人間まで巻き込んだ。誰かの指示でやってんのか」


 誠道は尻餅をついた田中を上から見下ろしながら尋問を始める。田中は依然として口を開かず視線を宙に彷徨わせた。


「黙りか。……人間ってのは案外脆いって知ってるか。骨も歯も案外簡単に砕ける」


 屈み込んだ誠道は何かを察したように後ずさろうとする田中の後頭部を掴み、脅し文句を口にする。逃げられないと悟った田中はすっかり顔を青ざめさせ、大量の冷や汗をかいていた。


「一生、物も食えねぇ体になるか」


 誠道は無慈悲にも捕まえた頭をそのまま地面に叩き付けようとする。流石の來見も見かねて飛び出そうとするが、隼成に口を塞がれ組み付かれてしまった。


 解放されようともがく來見の視界には、今にも額が打ち付けられようとする田中の姿が映る。やっとの思いで隼成の手を外し自由になった口で大きく息を吸い込んだ瞬間、引き攣ったような声が上がった。


「止めろ!言うから、止めてくれ!」


 地面との衝突まであと数センチというところで、誠道の手が止まる。悲痛な叫びに驚いたのか、緩んだ隼成の拘束を抜け出して來見は急いで割って入った。


「いくら何でもやりすぎだ!」


「このくらいで音を上げんなら、最初からやるなって話だ。報復が怖くて族なんかやってんじゃねぇよ」


「流石に最後までやるつもりはなかったんだろうけど、ちょっと真に迫りすぎたね」


 來見の糾弾に誠道は少しも悪びれずに答え、立ち上がる。恐ろしいことに隼成までもが平然としている様子に目を疑いながらも、妹が巻き込まれた事実はその暴挙を見逃す程に許せない事だったのだろうかと複雑な気持ちを抱いてしまった。


「何だお前ら……」


「顔に覚えがないのか?今回の関係者だ、聞く権利があるだろ」


「関係者?……お前、和久本(わくもと) 隼成か!」


 來見と隼成の顔を見た田中は怪訝な表情を浮かべていたが、誠道の言葉に思い当たるところがあったようだった。しかし残るもう一人――來見に関しては本当に何も知らないようで、じろじろと見つめている。

 來見としても田中の顔に見覚えはなく、他の少年達も白梛(はくな)に絡んでいた集団の中にはいなかったと記憶していた。やはり屯も一枚岩ではなく、何処かで歯止めを掛けることが可能なのだと希望を抱いていると、誠道が口火を切る。


「もう一人は、絡んできたお前らから隼成の妹を助けた來見って奴だ。……じゃあ早速話してもらおうか、屯がオレ達に何をしようとしたのか」


 誠道は言い逃れは許さないとばかりに田中に詰め寄る。田中は観念したように項垂れると、ゆっくりと内情を打ち明け始めるのだった。


「ここ最近、(俺達)とカブ校の奴らの間では、しょっちゅう小競り合いが起こってた。これ以上なあなあにして放置したら不満が爆発しかねないって事で、白黒はっきりさせようとしたんだよ」


 田中は胡座をかいて、視線を來見達と倒れ伏している少年達の間で彷徨わせながら説明をしていく。それは仲間の心配をしているのもあったのだろうが、誤解を与えないように慎重に言葉を選んでいるため考えを巡らせている姿にも見えた。


「殴り合うのに丁度良さそうな名目だな。要するに、ただのストレス発散だろ」


「お互い喧嘩したくて、わざと突っ掛かってた奴がいたことは別に否定しねぇよ。とにかく、そのケリをつけようとした勝負の日がお前の巻き込まれた日だ……結果はもう知ってるだろうが」


 ここまでは大体知っている情報である。誠道は一つ頷くと視線で続きを促した。


「喧嘩が終わった後、カシラ同士で協定が結ばれた。もうお互い無駄に突っ掛からねぇってな。……でもそのうちカブ校の奴らが余計なことを言い出しやがった」


「余計なこと?」


 思わず疑問を声にしてしまった隼成を田中は一瞥する。田中は一呼吸置くと、険しい表情で苦々しげに口を開いた。


「……屯は無関係を装った人間を使って、ハメたから勝てたんじゃねぇかって。カブ校のカシラはすぐに言い出した奴らをシメて謝らせたよ。負けたからには言い訳はしねぇってな」


「でも、それで丸くは収まらなかったんですね」


 だんだんと事の顛末が見えてきた來見は、横から口を挟んでしまう。そもそも円満に解決していれば和久本兄妹に被害が出ている筈もなく、來見が言葉にしたのは当然の事実でしかなかった。


「……厄介なことにカブ校と屯、どっちの所属にも関わらず……お前がカシラと同じくらい強ぇとか持ち上げる奴が出てきやがった。単なる妄想でしかねぇのに、それを真に受ける奴もな」


「オレ抜きでもう一回喧嘩すりゃあ、はっきりしたんじゃねぇの」


「カブ校のカシラが負けたの認めてんだぜ、やる理由がねぇよ。……そんで、ここからがお前らに関わる話だ。屯の中からメンツのために行動し始める奴が出やがった」


「つまり、自分たちの力だけでは勝てなかったと思われる事が気に入らなくて……何かしらの方法で、その名誉を取り戻そうとした?」


 交わされたやり取りを聞いた來見が呟くように一つの見解を示すと、田中は不本意そうに頷き肯定する。途中、田中に意見を封殺された誠道は、その事実に喉を唸らせ眉間に皺を寄せていた。

 田中の述べた意見は要するに、喧嘩に関わっていた一部の人間が競争相手との勝負に勝てた――あるいは負けた理由を実力(自分達)ではなく外部に見出だしてしまったという事である。そうなると確かに屯の中には努力を否定され、プライドを傷付けられたと感じた者がいてもおかしくはなかったのかもしれない。


「でもさぁ……」


 黙り込んでしまった3人を他所に、のんびりと上がる声がある。

 いよいよ真相に迫ってきた田中の語り口に惹き付けられ、身を乗り出して聞き入っていた隼成は感心するように意見を述べていた。


「どう挽回しようとしたのか分からないけど、他人を巻き込むような人が誇りとか持ってたのが驚きだよね。面子も何も、君たちみたいな人は結局勝てば良いんだと思ってた」


「……その方法は分かりたくもねぇが、想像はつく。オレを屯の関係者だった事にして、不意打ちだとか汚い手は使ってねぇと言い張るつもりだったんだろ」


「カブ校の目を気にして口裏を合わせて、か。あぁでも舐められたら終わりなんだっけ、君たちの世界は。……何だか大変だね?」


 調子の出てきた隼成は憐憫の眼差しを向けながらも、明らかに挑発的な物言いをする。それは自分と妹が全く関係のない、明らかな内輪揉めに巻き込まれていたと確信したからなのであろう。

 田中は不貞腐れたように渋い顔をするも、決して隼成と目を合わさず言い返すことはなかった。


「……みんなして食い下がったのは、本当にあんたの腕っぷしに惚れた奴が多かったからだぜ。言い訳しておくとな」


「でも結局は誠道くんに言うことを聞かせるために、暴力を振るったんですよね。手段がエスカレートしすぎでしょう、人質まで取ろうとしたのは……」


「それは俺らじゃねぇ!」


 弁解することを放棄するようにそっぽを向いていた田中は、來見の指摘に突然大きな声を上げる。驚きで三人の視線を集めた田中は必死の形相で強く拳を握り締めていたが、深呼吸すると幾分か落ち着いた口調で語り始めた。


「お前に声を掛けて喧嘩を吹っ掛けたのは、俺達みたいなカブ校の目だけを気にした奴らだ。そこにお前……和久本がいたのは、悪かったと思ってる」


 謝罪を受けた隼成は肩を竦めて田中を見つめる。冷ややかな眼差しから逃れるように視線を泳がせるも、田中は気を取り直すように首を横に振り、目を見開いて言葉を続けた。


「でも!人質まで取ろうとしたのは……言わば屯を信奉してる奴らで、俺たちとは違う!」


 その両者は何が違うのだろうかと、疑問に思った表情を読み取ったのだろう。田中は三人にも理解できるように、より噛み砕いて言葉を続けた。


「要するに、お前がカシラと同等だとか負けないくらいには強ぇって主張が気に食わない奴らだよ。そいつらは何としてもお前をカシラの前に引き摺り出して、喧嘩させようとしてやがる」


「自分達が絶対視してるリーダーに誠道くんを叩きのめしてもらって、リーダーとその人が率いる屯の強さを証明しようとしたって事か……?」


「そんな理由で、赤の他人を巻き込んだのか?……プライドのためにわざわざ敵を作ってまで戦わなきゃいけないのも、可哀想ではあるけどさ」


 來見の言い分は概ね合っていたのだろう、田中は反論することはなく黙っている。ただ呆れたように、しかししっかりと皮肉を言う隼成には思うところがあったようだった。田中は顔を上げると初めて隼成と視線を交わしながら釈明を始める。


「他人から見たらどれだけ下らない事かなんて分かってる……それでも、あいつらからすれば大層な理由だったんだよ。どうしてもカシラの格が下がるのを嫌がった」


「……リーダーさんは、そのことは?」


「知らねぇよ。全部俺らが勝手に動いてるだけだからな。……あの人は他人の目とか自分の格だとか、これっぽっちも気にしねぇから」


 それでも最終的には知られることなっただろうけど、と呟いた田中の姿は随分と小さく見えた。彼なりに思うところがあったからこそ消沈しており、正直に話しているのだろう。

 確かに同じ所属の人間とはいえ他人の過激な所業を転嫁され、謂れのない批判を受けた点は同情すべきかもしれない。來見は知らず知らずため息をつき、今後の方針を定めるためにも口を開いた。


「取り敢えず、襲われた理由とリーダーさんは関わってないっていう、知りたかった話は聞けました。次に俺たちのする事と言えば……」


「そのカシラと直接会って、今後一切の手出しを止めさせる。……案外、楽に話が付きそうだな。お前、連絡先くらい持ってるだろ?今すぐ呼び出せや」


「か、カシラはカシラだけど、そういうのじゃない。無関係だ、断る」


「何、訳の分からねぇこと言ってんだ?名ばかりのリーダーだろうが、組織の不祥事にはトップが頭下げんのが筋だろうが」


 要求を一蹴した田中に誠道は口調は荒いものの、あくまでも道理を説こうとする。しかし田中は非難されようとも意見を変えるつもりはないようだった。むしろその態度は硬化していくばかりで、自分の主張を一方的に早口で捲し立てる。


「カシラは対外的な名称で必要な時にそう言ってるだけで、俺らは族じゃねぇ。好きな時に来て飽きたら抜ける。連むのに必要な手順があったりもしねぇ。だから……」


「屯っつー立派な族の名前があるだろうが」


「それも俺たちが連んでた(屯してた)のを煙たがった奴らが勝手に付けた名前だ!あの人が言い出したもんじゃねぇ!」


 誠道の指摘に田中は凄まじい形相で、強く否定をする。ひどく追い詰められているようなその様子に、來見は気の毒にも思えてきてしまったが情報を精査する為に質問を投げ掛ける。


「もしかして明確な規則のない……緩い集まりだったから、誠道くんや和久本への暴力行為が野放しにされていたんですか?」


「ち、違う!カシラの決めたルールは絶対だ。羽目を外す時はどこまでならやって良いか、面倒ごと(サツの世話)にならないような……許されるラインは叩き込まれてる!」


 來見は一人、その矛盾した屯の在り方に首を傾げる。

 族ではなくて気儘に集まる人々ではあるが、明確な規則が存在しそれを定めたまとめ役がいる。共通した決め事がある時点で、それは組織立った集団と判断しても良さそうなものであったが、田中は心からそうではないと思っているようだった。


「……だから、だからカシラは呼べない。今回の話が解決する前にカシラの耳に入ったら、俺たち何されるか……」


「さっきから言ってることが滅茶苦茶だな」


「うん。怒られたくなかったら、最初からそんなことしなきゃ良かったのに。結局、君は規則を大事にしてても他の屯の人からすれば……リーダーさんから制裁を受ける事よりも、体裁の方が大事だったって事?」


 脂汗を滲ませて要求を退ける田中は、誠道と隼成の指摘に黙り込んでしまう。しかしこのままでは八方塞がりも良いところだと理解していたのだろう。少しの間を置いて、田中は懺悔のように更に言葉を続けていく。


「……問題、なのは。無関係な人間を巻き込んじまったってことだ。カシラは滅多に怒らないけど、一線を越えた奴には容赦しない。実際に一晩で跡形もなく消えた奴がいたのを、俺は知ってる……」


 田中は僅かに震えながら、後半になるにつれて声を落としていく。それは三人の同情を引くための演技にはとても見えず、恐慌状態に陥ってしまいそうな姿に來見は思わず宥めに走っていた。


「落ち着いて、人を消すなんて現代日本で簡単にできる事じゃありませんよ。内々で騒動を治めるために、こっそり引っ越したとかじゃないんですか」


「本人に確かめた訳でもないんだろ?いざとなれば、このくらいはできるっていう力を口先だけでも示しておくのは、考えなしのアホ共の手綱を握るのに効果的だろうしな」


 慰めようと思った訳ではないのだろうが、誠道も來見の意見に追随する。しかし二人の主張に田中は耳を貸さなかった。力なく首を横に振り、その目には恐怖が浮かんでいた。


「でもカシラなら、やれちまう……俺らと違って本物だから」


「……本物?」


 真意が分からない田中の呟きに、來見は聞き返してしまう。怪訝な顔をする隼成と、眉間に皺を寄せた誠道も詳しく聞こうと身を乗り出したところで、不意に響く声があった。


「よう、手間が省けて助かったぜ田中」


 田中を含めた四人が視線を向けると、そこには來見が以前出会った少年がそこにいた。白梛に絡んでいた時は気付いていなかったが、高い位置で結われた髪は金から灰青色のグラデーションになっており、自然にはないその色が異物感を助長させている。


「日根 誠道、お前にはカシラのところに来てもらおうか」


「……随分、大人数で来たな。一人相手にビビりすぎだろ、雑魚だって自分から言い触らして恥ずかしくねぇのか?」


 誠道の言う通り、少年は集団を引き連れていた。制服を着ている学生もいれば、私服姿の長じた者もいる。それは田中の言っていた、まとめ役の掲げた規則以外の厳格さが欠けている集団であることを指し示しているようでもあった。

 先頭に立って話していた少年は逃げ道を防ぐように取り巻きを配置させながら、距離を詰めて口を開く。嘲笑と共に発されたその声音は悪意に満ちており、來見は思わず顔をしかめていた。


「一人?いや、他にもいるだろ。使えそうな駒が」


「……無関係な人間に手ぇ出すんじゃねぇ!八把(やつは)ァ!」


「田中ぁ。お前は何処まで行っても、度し難い腰抜け野郎だよな。そんなんであの人の下に付いてんじゃねぇよ」


 それまでのしおらしい態度を一変させ、勢いよく食って掛かる田中を八把と呼ばれた少年は鼻で笑う。田中を――ひいては、自分達の上に立つまとめ役の面子の為に行動しない者を見下している事を隠しもせず、八把は大きな声で高らかに宣誓する。


「俺自身が後でどうなろうと知ったことかよ!粛清されようが、帰史陀(かえしだ)の顔に泥塗らねぇ事の方が大事だろうが!そうだろ!」


「頭イカれてんのかコイツ……」


 八把の後に続き、周りの取り巻きも呼応するように沸き立つ。熱狂する群衆を前に誠道は思わず本音を溢し、來見は後ずさりながらも窮地を脱する為に行動を始めていた。


 來見は後ろ手にポケットから取り出した携帯電話を操作し、隠れて通報しようとする。相手がどれだけ向こう見ずな不良だったとしても、警察の名を出せば少なからず動揺を誘いその隙を突いて逃げ出せると考えていたのである。


「……いっ!?」


「警察は困る。折られたくなきゃ、大人しくしまえ」


 発信ボタンを押そうとしたその瞬間、來見の腕は捻り上げられていた。あまりの痛さに携帯電話を取り落としそうになるが必死に耐え、腕を掴む人物を確認する。

 その人物は屯と白梛の揉め事の際に見掛けた桜色の髪を持つ少年であり、以前と同様に手元の携帯電話に目を落としていた。そして最悪な事に來見達の背後を取るその少年も、八把の率いる集団と挟むように数人の取り巻きを連れていたのである。


「……隼成!」


「また後で!」


 言葉少なに、しかし確かに通じ合った誠道と隼成は素早く撤退しようと動く。その鮮やかさは長年の付き合い故に為せる業だったのだろう。

 誠道は庇うように八把の前に立ち塞がり、隼成は來見の腕を取り逆方向へ走り去る。

 驚いたことに拘束されていたはずの來見の腕は、不意を突いたにしても不思議とあっさりとほどけた。その上、遅れて来た屯の人間は呆気に取られたように、二人の逃亡する姿を見送るばかりだったのである。


「シド!てめぇ何逃がしてやがる!さっさと追え!」


「……分かってる。豆多(まめた)、お前は上から見とけ」


「おう、あと二人シドに付いていけ!さっさとしろ!」


 豆多に指示を出したシドは二人の少年を伴い、素早く逃亡者の後を追う。叫んだことでずれた黒マスクを付け直し、その場に残される屯の人間を一瞥すると、豆多は剃られた眉をひそめながら携帯電話を取り出し高所へと移動を始めた。


「あいつらはその内戻ってくるとして……お前はカシラに引き合わせる前に、少し性根を叩き直しておかねぇとな」


「ハッ、雑魚が何人いようが無駄だって教えてやるよ。かかってこいやゴミ共が!」


「……口が軽ければ、頭も軽い。その低俗な減らず口もついでに治してやるよ、単細胞が!」


 八把は表面上は装っていた冷静さをかなぐり捨て、挑発通りに殴り掛かる。

 包囲された誠道に最早逃げ場は存在しない。ただ迫り来る拳に対応する為に神経を研ぎ澄まし、背後からの襲撃にも備えるしかなかった。




 河川敷の坂を上りきった來見と隼成は、すぐ近くの住宅街へと身を潜める為に階段を駆け下りる。未だ來見の腕を掴んだ隼成は土地勘があるのか、迷いのない足取りで進んでいた。

 來見はその速さに付いていくのが関の山で、息も絶え絶えになっていたが口を開く。誠道の安否を問わずにはいられなかったのである。


「誠道くんを、一人で残して、大丈夫なのかっ?」


「俺らはいるだけ邪魔だよ、それこそ人質なんかにされたら足手まといでしかない。ヤツハって人もその気だったみたいだし!」


 その言葉は、誠道は単独でもあの状況を打破できる力があるという確証が欲しかった、來見の求めていた答えとは違っていた。誠道の力量を來見よりは理解している隼成が言及しなかったという事は、残念ながらそういうことなのだろう。


「もしかして、クルミは喧嘩が得意だったりした?それだったら余計な事しちゃったね」


「いやいや!できないから!喧嘩とか!」


 隼成が投げ掛けた質問を、來見はすかさず否定する。平凡な高校生であり身体能力が特別優れている訳でもない來見が、不良を蹴散らせるような力を備えているはずもなかった。


「だよね!大丈夫、俺も人とか殴れないし!それに今、怪我をするのは個人的に避けたいからさ」


 隼成は努めて明るい声音で話してはいるが、それは切実な想いであるように感じた。野球部であり未だ大会を控える隼成にとって怪我は最も恐れる事であり、避けなければならないものであったのである。

 隼成は腕を引く手に力を込めると、決して足を止めずに來見へと声を掛けた。


「携帯、落としてないよね!俺が先導するから前は見なくていい。足だけ動かして、直ぐに通報して!」


「……電話するには手も動かすよ!」


「細かいことはいいから!」


 來見は焦っているはずなのに、一周回って冷静に揚げ足を取りながら再び携帯電話を取り出した。隼成はそんな來見に非難の声を上げつつも、入り組んだ裏通りを器用に先導していく。

 状況は悪いが軽口を叩いたことで、二人は入りすぎていた力が抜けていくのを感じていた。しかしそれも良い事とは限らない。気の緩みと共にその走る速度までも、知らず知らずのうちに緩めてしまっていたのである。


「おい待て!止まれ!」


 緊張感が途切れかけていた來見と隼成は、その声に急激に気を引き締める。想定よりも追い付かれるのまでの時間が随分と早い。表通りに立ち此方を見詰めている少年は携帯電話を耳に当て、誰かと通話しているようであった。

 二人は知る由もない事であったが、豆多が高所から常に見下ろし、その動向を逐一シド率いる追手に伝えていたのである。


「……こっち!」


「うわっ!」


「待て!話を聞け!俺らは危害を加えるつもりはない!」


「えっ?」


 隼成は素早く方向転換をし尾行を振り切ろうとする。一方の來見は追い掛けてきた少年の言葉に揺らぎ、視線を少年へと向けてしまった。

 逆光でよく見えない少年の顔は必死で、真剣に訴え掛けているように見えた。しかしその分析も勢いよく体を引っ張られる事で中断させられてしまう。


「あの人は、もしかしたら田中くんと同じで……」


「口ではどうとでも言えるさ。クルミ、聞かなくていいよ」


「……分かった。今はとにかく、誠道くんを助けないと」


 來見の動揺を見抜いた隼成は厳しく忠告する。田中の告解を聞いたところで未だに不信感が拭えずにいるのは、白梛の事を思えば仕方のないことであったのだろう。

 來見は少年が味方かもしれないという僅かな迷いを捨て去り、そのまま発信する事にした。耳に当てた携帯電話からは直ぐにコール音が鳴り始める。しかし逸る心とは裏腹になかなか繋がらないそれは、突如として背後から取り上げられてしまった。


「……えっ?」


「ゴメンなぁ。サツは勘弁してくれな」


 思わず足を止めた來見が振り返ると、そこには血のように赤い茜色の髪を持つ男が立っていた。

 來見と隼成が今しがた通り過ぎた細い路地裏から出てきたのだろう。手にした來見の携帯電話を操作し通話を断ち切っている。

 闖入者に驚きすっかり走るのを止めてしまった來見達を挟み込むように、二人の少年が駆けよってくる。少年達は赤髪の男の姿を認めると、居住まいを正して勢いよく頭を下げた。


「お疲れ様です!帰史陀さん!」


「おう。後は僕が何とかすっから、お前らは帰りな」


「はい!お先に失礼します、カシラ!」


 屯のまとめ役である帰史陀がひらひらと手を振ると、少年達は従順に引き下がっていく。來見はその手に握られている携帯電話を凝視していたが、その視線を無視して帰史陀はポケットに収めてしまった。

 思わぬ行動に來見が呆気に取られていると帰史陀はとぼけるように首を傾げ、にこりと笑いを返す。形はどうあれ相手が不良達のリーダーだということも忘れて、來見は抗議の為に口を開こうとした。


「隠れて全部見ていたかのようなタイミングの良さだな、帰史陀」


 ゆっくりと歩いてきたシドの発言に、來見の言葉はかき消されてしまう。路地裏には、來見がその姿を見る度に手にしていた携帯電話を閉じる音が響き渡った。

 揶揄するような物言いをするシドに帰史陀は少しも動じない。それどころか益々顔を輝かせて、その言葉に応じるために話し始めていた。


「イヤイヤ!お前からの連絡を見て、慌ててすっ飛んで来たよ。報告助かったわ」


「どうだかな。……何でもいいが、早く行かないと再起不能にされるぞ」


「へぇーそれって、どっちが?八把?それとも誠道クン?」


 意気揚々と明るく話し掛ける帰史陀に、シドは依然として冷淡な態度を取り続けていた。帰史陀の問い掛けに鼻を鳴らすと、その目を見つめて平坦な声で言い放つ。


「……俺は一方的な展開が嫌いなだけだ。つまんねぇからな」


 シドの中では敢えて言及することでもなかったと判断したのだろうか。帰史陀の質問に対して明確な答えは口にせず、ただ持論を述べると來見を一瞥する。


「じゃあな、お人好し」


 数秒にも満たない時間、來見はシドと視線を交わす。それはシドが身を翻した為に直ぐ逸らされてしまったが、深い金色の瞳は來見に強い印象を与えていた。


「結局、答え言ってねぇし。まぁいい、それじゃ一緒に行こうか。サッサとこの無駄な喧嘩を止めないとな」


 言葉を言い捨て去っていくシドの姿を、來見は引き寄せられたように眺めていた。しかしそれも帰史陀から同行を提案された驚きで現実に引き戻される。


「ちょっとお時間頂戴するけど許してな。終わったら携帯返すからさ、頼むよ」


 帰史陀は担保のように奪い取っていた來見の携帯電話をちらつかせつつも、あくまでも要請という形を取っていた。

 來見が無言で隼成に視線を向けると、一つ頷くのが見える。シドとのやり取りからして、騒動を治める気があると期待して良いと判断したのだろう。


「……分かりました。行きましょう」


「おう、ありがとな。隼成クンもサツ呼ぶの止めてくれたみたいで助かるわ」


 帰史陀の言葉に隼成はぎくりと体を揺らす。

 よくよく観察してみると、確かに隼成は隠すように自身の携帯電話を手に持っていた。必要とあれば通報しようとしていた事が遅ればせながら來見にも理解できる。


「……どういたしまして。それより、早く行こうよ」


 隼成は勘付かれると思っていなかったのか決まりが悪そうに行動を促すが、帰史陀は少しも気分を害した様子はなく微笑みを浮かべている。

 余裕の表れなのか一貫して変わらない態度に薄気味悪さを覚えながらも、來見達はその背に着いていく事を止めたりはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ