表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平成トランスポーター  作者: 夏名
23/54

9-2 和久本 白梛

暴力的な描写があります。

 來見(くるみ)は歩きながら、ぼんやりと和久本(わくもと) 白梛(はくな)の姿を思い返す。


(髪は明るい色だったけど……染めてるっていうよりも色が抜けてる感じだったな。クグルみたいに、水泳やってるのかも)


 白梛の赤茶色の髪は長年プールで泳ぎ続けた結果、脱色してしまったもののように見えていた。それは恐らく、つい先日クグルと会っていた為に考え付いたものであったのだろう。しかし案外、辻褄を合わせることも不可能ではなかったのである。


(小柄な割には肩回りが逞し……広く見えたし、手足も華奢って感じより筋肉がついてる上での細さだった気がする)


 來見の勝手な予測を前提にした上でよくよく回想してみると、集団に囲まれていた時は分かりづらかったが近くで見た印象としては、実に健康的な肉体を有しているように感じられた。


(あとは背中でも見れたら本当に水泳やってるか判別できそうだけど……いや、そんな事を要求するのは色々と不味いな。常識的に考えて)


 駄目押しとして発達した広背筋でも確認できれば水泳を嗜んでいると判断しても良さそうであったが、当然そんなことができるはずもない。

 そもそも兄が野球選手なのだから順当に考えて、妹もソフトボールなどの他にも肩を酷使するスポーツ(バレーなど)をしていてもおかしくはなかったのだが、暑さで頭の湯だった來見にそれほどの思考は残っていなかった。來見はただただ兄妹揃ってスポーツに打ち込んでいる事に感心していたのである。


(何にせよ、あの場で誘拐されなかったのは良かった)


 同時に、白梛が見知らぬ人間に囲まれていた状況も思い出す。恐慌せず、驚くだけに留まっていたのは幸運だった。助けに入った來見までも不審者として認識されていたら、混乱に乗じて拐われかねないと事前に予測していたところもあったのである。


(でも……根本的な解決には、なっていないよな)


「……來見?入らないのか」


「あぁ、いや。お邪魔します!」


 観戦を終え藤打(ふじうち)市民球場を出た來見は颯真(ふうま)の家まで遊びに来ていた。声を掛けられたために一旦思考を打ち切って、上がらせて貰うことにする。

 前回訪れた時よりも明るい雰囲気を感じ取ったのは、目についたカーテンが全て開けられており日の光が差し込んでいたからだろうか。


「こんにちは、お邪魔します」


「こんにちは。外は暑かっただろう、ゆっくりして行きなさい」


「ありがとうございます」


 來見がリビングにいた颯真の父に向かって挨拶をしている内に、颯真はキッチンで飲み物の準備に移っていた。

 ソファに座っている颯真の父は中継放送を見ていたようで、テレビには野球の試合が流れている。來見が父子の好みにまたしても共通点を見出だしていると、颯真の父は思い出したように口を開いた。


「冷蔵庫にゼリーが冷えているだろう。お友達と食べなさい」


「……あれ会社に持っていくやつだろ」


「会社にはもう持っていった。それはお前用だから好きにしなさい」


「……俺一人だと、こんなに食い切れないだろうな」


 ぽつぽつと会話を交わす二人の様子を、足音を鳴らして近付いてきた柴犬の小太郎(こたろう)と戯れながら來見は聞いていた。

 以前まで漂っていた重苦しい空気を感じなくなったのは、そこに住む二人の関係が改善された事に大きく起因しているのだろう。來見は事態が好転している状況とその一助となれた事を嬉しく思い、小太郎を撫でる手が速まってしまうのだった。




「……で、何を呆けてるんだお前は」


「ん!?いや、何でも……」


「家に来るまであれだけ上の空だった癖に、何でもない訳ないだろ。さっさと吐け」


 颯真の部屋へ場所を移した來見は詰問されていた。咄嗟にはぐらかそうとするも目敏く颯真に異変を指摘され、どう返せばいいのか答えあぐねてしまう。颯真は腕を組んで睨みを利かせており、正直に話すまで逃がさないと言っているようであった。


(このまま、この件を放置するのも決まりが悪いし……颯真なら何か策を一緒に考えてくれるかな)


「うん、実は……」


 來見は僅かに迷ったものの隠し立ては止め、正直に話し始める。少しでも良い案が出ることを祈りながら、一から状況を整理し説明するのだった。




「要するにまた同じことが起きるんじゃないかって心配なんだな。……それにしても初対面でよく和久本の妹だって分かったな、会話は殆どしなかったんだろ」


「か、絡んでた奴らがそう呼んでたから……なぁ、この場合どうしたら良いと思う?俺の杞憂かもしれないけどさ」


 颯真が來見の状況をまとめつつも口にした疑問に、質問を返すことでそれとなく話を逸らす。颯真は片眉を上げ、やや不満げな表情を浮かべていたが、今は些細な問題であると判断し共に策を練る事を優先したようだった。


「……解決策とはいかないが、ひとまず和久本の兄の方とは話ができるかもしれない。少し待ってろ」


 おもむろに携帯電話を取り出すと、颯真は誰かと連絡を取り始める。画面上で指を滑らせるような見慣れない操作をつい目で追っているとあっという間にやり取りが終わったようで、颯真は画面を來見の方に向けて提示していた。


「和久本の連絡先、知ってるよ!」


「……人脈ってのは意外と馬鹿にできないな」


 文面をよく見ると、メールの送り主は先程まで試合に出ていた議波(ぎば)その人であった。野球部という共通点から何処かしらで知り合う機会があったのだろう。

 來見は驚きながらも感心する。人伝てに面識のない人間の連絡先を聞こうという考えは、自分の中に全く存在していなかったのである。


「直接会って話ができないか、取り持ってくれるかな……ちょっと俺も連絡してみる」


「大事にしたくないのなら議波に理由は話せないが……それで駄目そうなら、また別の案を探すか」


「よし!それじゃあ……」


 幸いにも來見は議波と連絡が取り合える仲だったため、自力で交渉を始める事にする。颯真が見守る中で行われたやり取りに駆け引きらしい駆け引きは存在しなかった。

 しかし直接会ったことも無い人間に連絡先を教えてしまうのは、個人情報の扱いとして良くないだろうと意見が一致し、議波が仲介することを提案する。

 最終的には特に問題が起こることもなく、來見は議波を介して和久本と会う約束を取り付けてもらえたのであった。




 7月20日、伊斗路(いとみち)高校で終業式が行われたその足で來見は藤打駅近くのファミレスへ向かっていた。

 相も変わらず強い日差しが照りつけ、けたたましく鳴り響く蝉の声の中で通行人の邪魔にならないようひっそりと立つ人影を見つける。


「あの……」


 恐る恐る來見が話し掛けると、手元の携帯電話に視線を落としていた制服姿の少年は顔を上げる。野球帽を外すと消炭色の髪と高校球児らしく日に焼けた肌が現れ、白梛との血縁を感じられる顔立ちをパッと輝かせた。


「あぁ!君が議波が言ってた、クルミ?」


「はい。今日はいきなりすいません。見ず知らずの他人に呼び出されて驚きましたよね」


「何か大事な話なんでしょ?それに良い息抜きになるから構わないよ。暑いから店に入って話そうな」


 恐縮する來見に和久本 隼成(はやせ)はあっけらかんと言葉を返す。隼成は先日の伊斗路高校との勝負を制した為に次の試合に向けた練習で忙しくても可笑しくなかったのだが、本人は休める事に喜んでいるように見えた。


「それから同い年だから堅苦しいのはナシね、敬語が楽ならそれでも良いけど」


「それじゃあ、お言葉に甘えて……中に入ろうか」


 言葉を崩し、砕けた態度で接し始めた來見に隼成は嬉しそうにする。二人は熱気から逃げるように冷房の効いた店内に入り、汗が引いていくのを感じながら案内された席につくのだった。


「ドリンクバーはあちらにございます。追加でご注文をする際には、こちらのボタンでお呼びください」


「はい」


「ありがとうございます」


 注文を終え店員を見送った二人は居住いを正し、互いに向き直る。店内は昼過ぎという事もあってそれなりに混んでおり、中には制服を着ている学生も確認できる。來見のように終業式の後に寄り道をしているのだろうかと考えを巡らせていたが、隼成の咳払いによって現実に引き戻されるのだった。


「それで……話っていうのは?議波は詳しいことは何も言ってなかったんだけど」


「うん、少し確認したいことがあってさ。妹さんについてなんだけど……最近変わったことがあったとか、そういう話は聞いてないか?」


 隼成の問いに來見はまず探りを入れる。和久本 白梛が危機感を覚えてきちんと周りの人間に相談しているのなら、取り敢えずの心配は必要はないように思えたからであった。


「白梛が?……いや、特には聞いてないな」


「様子とかは?いつもと変わりない?」


「うん。今日もいつも通りのアホ面で家の中を走り回ってたよ、遅刻する!って言って。かわいいよね」


「そ、そうか……」


 白梛を褒めつつも小馬鹿にする隼成に面食らうものの、妹について話す姿は楽しげで、嘘をついている様子もない。そして白梛にとって見知らぬ男達に囲まれた事は、騒ぐほどのことではないと判断されてしまったと來見は理解してしまった。


(あんなことがあって無警戒なのは良くないよな……せめて兄貴の方には暫くの間、注意してもらわないと)


「実は……」


「オイ」


 來見が改めて先日見た光景を話そうと口を開いた瞬間、体が勢いよく壁際に押しやられる。突如として來見を押し込みながら隣に座ってきた少年は両手をポケットに突っ込み、いかにも不機嫌そうな顔をしながら話を続ける。


「まどろっこしいやり取りしてるんじゃねぇよ。さっさと本題に入りやがれ」


「はい……!?」


 少年は眉間に深い皺を刻み刺すような目つきで睨み付けてきたが、來見は反射的に観察を始めていた。

 隼成の垂れ目がちな丸い瞳と比べ、ややつり目なその瞳は來見を疑うような色を乗せている。体には学生服を身に付けており、來見が入店した際に目に留めた人物が着ていたものと同様のものであった。その上、目の前で相対している隼成が着用しているものと、寸分違わないデザインだったのである。


「出てくるのが早いよ(せい)くん。今まさに喋ろうとしてたでしょ」


「十分ちんたらしてただろうが。遅すぎて苛つくんだよ」


「その気の短さだけは直さないと、いつか取り返しのつかないことになるよ」


「うるせぇなぁ……」


 來見の洞察力も捨てたものではないらしく、やり取りからしても二人が知り合いだということが分かる。それはそれとして話に置いていかれた來見はどうしたものか困惑していた。

 隼成は少年と一通り喋り終えると、気まずさを感じている來見に気付いたのだろう。仕切り直すように口を開いたのだった。


「いやーごめんな。君が変な人だったら困るからさ、用心棒に来てもらってたんだよね」


「それ、言っていいのかよ」


「変な人じゃないでしょ、クルミは。少なくとも白梛を心配してくれてる。……話を中断させて悪かった、続けてくれるかな」


 隼成は一部では顔も知られており、少し調べれば情報が出てくる位には有名であった。大事な試合を控えているのに万が一の事があっては困ると、牽制として実に優秀そうな威圧感のある友人を連れてきたのだろう。

 來見は警戒された事に関しては全く気にしていなかった。むしろ前もって何の説明もしなかったというのに、会って話を聞いてくれるのは破格の扱いだと理解していたのである。


「うん、実はこの前……」


 來見は滔々と白梛の身に起きた事を語っていく。話し終える頃には、二人は揃って難しい顔をせずにはいられないようだった。


「何か心当たりはあったりするか?この間は無事に済んだみたいだけど、次また同じことが起こらないとは限らないだろ」


 原因が分かってるなら何とかしないと、と來見が続けると勢いよく隣の少年が立ち上がる。いきなりの行動に來見が驚き反射的に体を揺らすと、隼成に誠と呼ばれていた少年は眉をひそめて口を開いた。


「お前の言う通りだな、原因を根絶やしにしてくるわ」


「……ちょっと待った!何をしに行こうとしてるのか先に話してくれませんか」


 足早に去ろうとする誠の腕を、來見は咄嗟に掴んでいた。言葉の不穏さは勿論のこと、きちんと情報共有をしておかないと何かしらの事件に発展するような――取り返しの付かない事になるのではと危惧したからである。

 しかし誠は苛立たしげに手を振り払おうとする。不快さと怒りも露わに、來見に向かって語気を強めた。


「は?お前が何とかしろって言ったんだろうが、放せよ」


「その方法が問題なんですよ。俺が想像している通りのやり方なら、絶対に放しませんよ!」


「他人がオレのやり方にケチつけるんじゃねぇ!」


 会って数分の人間を理解するのは不可能である。しかし隼成との会話を見るに誠は堪え性がなく、直情的に行動するように思えてならなかった。

 誠が原因を排除しようとして単純に関係者を殴り飛ばしていくだけでは、ただ恨みを買うだけで何の解決にもならないと來見は推測していたのである。


「声が大きいよ二人とも。他のお客さんに迷惑だから、喧嘩したいなら外に行こうね」


「お前もコイツの肩持つのか、巻き込まれたのはお前の妹だろうが!」


「短絡的に行動しても良いことないよ?それに、俺も誠くんに聞きたいことができたしね」


 じゃあ会計しようか、と続けた隼成に誠は何故かそれまでの勢いを失い、決まりが悪そうな顔を見せ大人しく従う。それは隼成の聞きたいことに関係しているのか、何か後ろめたい事でもあるのだろうかと考えを巡らせているうちに、三人は店から退出していた。


「少しは落ち着いたかな、全く。誠くんは直ぐに頭に血が上るんだから」


「うるせー」


 來見は隼成に導かれるまま駅前のペデストリアンデッキに辿り着いていた。広場のように開けているその場所で日陰に入り、高架下を眺めながら隼成は來見に向かって質問を投げ掛けてくる。


「ところでクルミは、この人がどんな方法を取ると思ったの?聞かなくても何となく分かるけど」


「……乱暴な方法。物理的に関係者を黙らせに行くんじゃないかって」


「それ、俺も同じこと思った。ちなみに正解だよ」


 躊躇いがちに物騒な話を口にする來見に、隼成はにこやかな笑顔を浮かべ肯定する。笑い事ではないだろうと思った感情が顔に出てしまったのか、來見を一瞥した誠は言い訳のように言葉を続けた。


「……関係ねぇ奴が口を挟むな。どうやろうとオレの勝手だ」


「俺の妹を助けてくれて?その絡んできた人の顔も見てて?多分向こうにも顔を覚えられてる人を、無関係とは言わないと思うなぁ」


「ネチネチ、ネチネチ……。口うるせぇな……」


「言い返せなくなってるじゃん、はい俺の勝ち。悔しかったら話術を磨こうね」


「は?ブッ飛ばすぞ」


 薄々気付いていた事だが、隼成は故意か無意識か分からないが挑発的な話し方をする傾向があるようだった。それが平時のものなのか、妹が危険に晒された怒り故にそうなっているのか來見には分からない。

 しかし誠はその物言いに慣れているのか、口では乱暴な発言をするものの決して手を出そうとはしなかった。

 店にいた時よりも態度が軟化しているのを感じ取った來見は、決心して口を開く。今なら冷静に話し合えると判断したからであった。


「あの、どこかに行こうとしたって事は心当たりがあるんですよね?……話してくれませんか、何か助けになれるかも」


「そうそう、俺にも聞く権利あると思うな。この間、誠くんと歩いてた時に絡まれたのも、それ絡みなんじゃないの」


 隼成が言及したのは先程、店を出る時に言っていた聞きたいことであったのだろう。來見は思わぬ後押しを受けながら誠に真剣な目を向けていた。


「……白梛も隼成も襲われた原因は、多分オレだ。最悪なことにな」


 誠は鉄色の頭を掻きむしり、観念したように言葉を吐き出す。額には益々皺が深く刻み込まれ、もはや元に戻らないのではないかと疑ってしまう程だった。


「詳しく聞いてもいいですか?」


「……くだらねぇ話だけどな」


「俺らに危害が加わりそうになってるのに、下らないなんて言い方はないよな?クルミ」


「お前は少し黙ってろ……」


 言葉尻を捕らえ來見を巻き込みながら批難する隼成の口を、誠は疲れた様子で塞ごうとする。しかし自身の非を認めているため強く出れない誠に向かって、隼成はからからと笑顔を向けていた。來見はそんな姿を見ながら、いつもこの調子でやり取りをしているのだろうなと一人察するのだった。


「はいはい、もう黙るから。話してあげなよ」


「……少し前の話だ。近道をしようとして、いつもと違う通りに入った時に面倒事に巻き込まれた」


 ため息をついた誠はゆっくりと話し始める。流石の隼成も空気を読んで静かになり、未だ事情を知らない二人は静かに耳を傾けることにするのだった。




 その日、日根(ひね) 誠道(せいどう)は夜勤に出た母親の為に、自宅から離れた馴染みのない通りにいた。家に置かれたままだった仕事道具を母親の職場に届け、その帰り道を進んでいたのである。

 あまり詳しくないとは言え、迷子になるほど地理に疎い訳ではない。夜も遅かった事もあり、誠道はさっさと帰る為に敢えて近道を選んでいたのである。


「おい。お前、(たむろ)の奴か?」


「は?誰だお前」


 だがその判断が良くなかったのだろう、誠道は見知らぬ男に話し掛けられていた。その背には制服を着崩した集団を引き連れており、どう見ても善良な人間の集まりには見えなかった。


「俺は(かぶら)の……」


毬山(まりやま)サンに舐めた口聞いてんじゃねぇよ、ブッ殺すぞ!」


 男が何か言い掛けたその瞬間、取り巻きの一人が声を上げる。誠道が本能的に取った強硬な姿勢が気に入らなかったのであろう、即座に距離を詰め胸ぐらに手を伸ばしていた。


「うぜぇな。汚ぇ手で触んなや」


「……テメェ!」


 誠道は力を込めて腕を振り払う。このような手合いとまともに取り合うのは相手を付け上がらせるだけだと判断し、舐められない為にも強気に出たのである。

 強かに腕を打たれた取り巻きは誠道の予期せぬ行動に怯んだものの、顔を紅潮させ怒りを露わにする。周りの集団も同調するように敵意を募らせ、一触即発の状態になっていた。


「待て、まだそいつが屯の人間だと――」


「やっちまえ!そいつが先に手ぇ出したんだ!」


「そうだ!屯の奴に決まってる!ブッ飛ばせ!」


 誠道に最初に話し掛けたリーダー格らしき男――毬山が沈静化を図ろうとするも、興奮した集団には声が届かない。気の早い誰かの発した言葉が切欠となり、殴り合いが始まってしまうのだった。




「喧嘩強くて良かったね、ピンピンしてるじゃん。正当防衛って言えるのかは分かんないけど」


「……その時の逆恨みで目を付けられたってことですか」


 一度言葉を切った誠道に、隼成は呑気に感想を述べ來見は事実を確認するように質問をする。残念ながらその推測は外れていたようで誠道は首を横に振り、一息ついて話を再開した。


「厳密に言えば少し違う。……何人かボコってたら別の集団が出てきて、気付いたら乱闘になってた」


「えっ」


「後から来たのは屯って集団で……俺はそいつらの仲間だと思われたらしい。先に因縁付けてきた(かぶら)高校の人間と元々喧嘩をする予定だったとかで、俺は勘違いで巻き込まれたって訳だ」


 菁高校と言えば先日、久し振りに再会したクグルの通っている高校でもある。來見は思わぬ偶然に驚きながらも大人しく傾聴し内容を咀嚼していた。


「全部終わった後に、勝ったのは屯の奴らってことになってた。結局、俺は無関係な人間だったと分かってその場では解放されたんだが……」


「その流れだとやっぱりカブ校の人達に恨まれてそうだけど、違うんだ?」


「白梛の方は分からねぇが、少なくともオレが一人でいる時やお前といた時に突っ掛かって来たのは屯の奴らだ。カブ校の奴じゃねぇ」


 來見は二人の会話を聞きながら携帯電話を取り出し、調べものをしていた。菁高校の名前を検索し、その制服を確認する。

 掲載された画像の男子生徒はキャメル色のスラックスを着用しており、脳内の記憶と照らし合わせると白梛に絡んでいた男が着ていたものとは違っていた。明るい灰青色の髪の男はグレーのスラックスを履いていたのである。


「妹さんに絡んでいた人も、菁高校の人じゃないと思います。制服が違ってましたから」


「あぁ……暗くてよく見えなかったが、カブ校の奴らは確かにこんな感じの制服だったな」


 來見が証言の信憑性を高めるためにも画像を表示させた携帯電話を見せると、誠道も自身の記憶を思い返しながら納得しているようだった。

 しかしそれでも疑問が解消された訳ではない。來見の視線に気付いたのか誠道は気まずげに腕を組むと、再びこれまでの経緯を話し始めた。


「……とにかく、カブ校の奴らの思い込みも解けて無関係な喧嘩に首を突っ込んじまった問題は、一旦は収まった。ただ次の日から道を歩いていると、やたらと声を掛けられるようになって……」


「どっちに?カブ校?」


「屯の方。腕っぷしの良さを腐らすなとか、一緒に連んで馬鹿やろうとか」


 誠道の言葉足らずを補完するように、隼成が言葉の合間に疑問を投げ掛ける。難しい顔をした誠道の説明を聞きながら來見は一人、論理を積み上げていた。


「あぁ、それは困るね。誠くんはお母さんの為にも、そういうの卒業したんだもんな」


「……余計なことは言わなくていい」


 誠道はすかさず隼成の意見を封殺しようとするが、どことなく家庭の事情が透けて見えた。心配を掛けない為に、あるいは長ずるにあたって自律の心が芽生えたために不良を止めたということなのだろう。


「……オレは身の安全の為に喧嘩を買うことはあっても、率先してハメを外すつもりはねぇ。だから追い返したんだよ、迷惑だから関わってくるなってな」


「つまり……それが屯の人達の気に触ったってことですか」


「恐らくな」


 來見は次こそは合っているだろうと思い推測を口にすると、誠道は苦虫を噛み潰したような顔で肯定する。説明している間に抑え込んでいた不満が噴出してしまったのだろう、黙ってはいられないというように再び口を開いていた。


「でもオレにだって言い分はある。あいつら毎日毎日アホみてぇにしつこくて、挙句の果てには家の近くで張り込むようになりやがった」


「ははぁ……最初は比較的優しく断ってたけど、キツく言うようになったんでしょ。短気だからね」


「……最終的にはシカトすることにした。そうすりゃ興味も失せると思ってな」


 隼成の追及に図星を突かれたようで、誠道は目を逸らして腕を組み替える。居心地が悪そうに一呼吸置くも、観念した様子で投げやりに言葉を発していた。


「残念ながらその予想は外れて、むしろ逆効果になった訳だ」


「屯の人達は躍起になって、強引な勧誘をするようになったってことですかね」


「あいつら、やり口がどんどんエスカレートしていって、手ぇ出すようになりやがった。……最初に隼成が巻き込まれたのも、その一環だろうな」


 隼成と來見の言及に眉間の皺を深めながら、誠道はその内容を認めていく。あまり疑問視していなさそうな隼成とは裏腹に、勧誘という名の暴力に晒された誠道は深くため息をついていた。その姿には哀愁が漂い、來見が不憫に思ってしまうのは当然の事だったのだろう。


「俺らが仲の良い幼馴染みだって、どこかで聞いたのかもね。昔の誠道くん、一部では有名だったんでしょ?人気者はつらいねぇ」


「……ただの腐れ縁だ」


「酷いなぁ、友達甲斐のないやつめ」


 有名だったということを否定しない誠道も気になるところではあったが、軽口を叩き合う二人の姿に來見は目を引き付けられていた。その瞬間、脳裏に過った考えを確かめずにはいられなかった來見は、思わず挙手して意見を口にしていたのである。


「和久本兄妹が襲われたのは、屯があなたに言うことを聞かせる為の人質にしようとしたって事なんですかね」


「誠道だ、その背中が痒くなる呼び方は止めろ。……一匹狼を気取ってる生意気なガキに、メンツが潰されたと思ったんだろうな。傍迷惑な思考の奴らだよ、クソが」


 口汚く吐き捨てるように言う誠道に、來見はすっかり同情を抱いていた。誠道の言い分では、もはや菁高校に勘違いされて絡まれてしまった時点で、どうしようもない事態であったように思えたのである。

 穏当に対処したところで下に見られれば何をされるか分からず、強く出たからと言って素直に見逃す訳でもない。避けようもない交通事故に遭ってしまったようなものだと考えると、誠道の苛立ちも理解できるような気がしていた。


「俺が巻き込まれた時に、誠くんの口を割らせておけば少し状況が違ったのかな。聞いてほしくなさそうにしてたからって放置するんじゃなかったね、ごめん」


「白梛まで巻き込まれるとは思ってなかった。お前の知名度の高さも舐めてたしな。……悪い、オレの落ち度だ」


 互いに肩を落として自罰的になってしまった二人を見て、來見は慌てて発破をかけようと意見を提案する。もはや起きてしまったことは仕方がなく、今は後顧の憂いを断つためにも行動すべきだと促したかったのであった。


「あの!屯が所謂不良の集まりってことなら、まとめ役みたいな人がいるんじゃないですか。その人に直談判して、ちょっかいを止めるように言ってもらうとか……」


 來見は自分で言い出しておいて、それは無理だと反射的に思ってしまった。白梛を粘りつくような視線で見つめていた少年が大人しく要求を呑む姿を、微塵も想像できなかったのである。


「そいつが……総長が主犯なら意味ねぇよな。和解するつもりで不良の巣窟に入った瞬間、囲んでボコられるのがオチだろ」


「でも話し合いで解決できるならそれに越したことはないよね。喧嘩に参加させられた時には帰してもらえた訳だから、そんなに悪い人じゃないのかもよ」


「確かにあいつは、ああいう手合いにしては珍しく謝罪ができる殊勝な奴だったが……今となってはその挙動が、余計に周りの人間を煽ってたようにも思えるけどな」


 二人が意見を交わしているのを聞きながら、來見は一つの可能性に辿り着いていた。そして、それがどれほど有力か調べる為にも口を開く。まだ取れる選択肢はあるのだという確信が欲しかったのである。


「誠道くんに謝ったっていうまとめ役の人は、どういう感じの人でしたか?」


「は……?」


 來見は誠道が目にしたリーダー格の男の風貌を問い掛ける。首を傾げ目を瞬かせる誠道は質問の意図が理解できなかったのだろう。來見は仮説を検証する為にも言葉を続けた。


「……妹さんに絡んでたのは、青い髪で身長の高い少年でした。高圧的で嫌な目で妹さんを見ていて……あの態度を見る限り自分から頭を下げるような人には、俺は思えない」


 來見は自分が見た少年と誠道の会った男は別人ではないかと提起していた。実際に話を聞く限りでは二人の人物像は乖離しているように思え、そうなってくると状況は変わってくる。來見が先程推薦した、まとめ役に屯の人間を諌めてもらうという案が採用できるようになるかもしれなかったのである。


「俺が会ったのは赤い髪の……中背の男だ、それがどうかしたか。言っておくがあいつらは代わる代わる突っ掛かってくる位には数がいるし、そいつらに指示する事だってできただろ」


 白梛に絡んでいた少年が誠道の知るリーダー格の男とは別人でも、屯に所属する危険な人間には違いない。そんな人物に対して、総長という地位の高さならば当然のように命令できる事を指摘したかったのだろう。

 來見は誠道に相槌を打ちながらも更に確認を続けた。


「では赤髪の人は謝罪をした後に、一度でも誠道くんに話し掛けてくることはありましたか。それこそ屯への勧誘とかで」


「それは……」


「ないんだ。なるほど、赤髪のリーダーさんは屯の人達が誠くんに声を掛けてることを、知らないかもしれないって言いたいんだね」


 來見の質問に言葉を詰まらせた誠道と裏腹に、隼成は素早く結論を出す。言いたかった事を全て代弁してくれた隼成に頷きを返しながら、來見は話を続行した。


「まずは屯の人達が絡んでくるのは全体としての総意なのか、あくまで一部の人が暴走してるだけなのかを確認しましょう。その方法は考えないといけませんけど」


 そして後者であると分かったのなら、赤髪のリーダー格の男に手綱を握って貰うように交渉する。

 來見は可能であれば慎重で穏便な手段を取りたかった。その考えが通じたのであろう、誠道は悩ましげに唸るものの譲歩する姿勢を見せ始める。


「……あぁもう分かった。そこまで、ああだこうだ言うならお前らの言う通り、いきなり全員潰しに行くのは止めてやる」


 それはあまりのしつこさに誠道が折れただけなのかもしれない。それでも頑なだった態度を軟化させたことに來見は顔を輝かせ、隼成は満更でもなさそうに口許を緩めて見守っていた。

 しかし誠道の言葉はそれだけでは終わらない。目を見開いて勢い付けるように言葉を発していた。


「ただし!その確かめに行く方法はオレのやり方でやらせてもらう。……落としどころとしては、上々だよな?」


「クルミ、了承しなかったらこの人は勝手に殴り込みに行くだけだよ。残念だけど諦めな」


「安心しろよ俺から手を出したりはしねぇ。段階は踏んでやるさ」


 誠道の言い分に來見は頭を悩ませる。自分から暴力を振るう事はなくとも、時と場合によっては防衛手段として手が出るのは目に見えており、言葉の端々からもそれが感じ取れたのである。

 しかしここで拒否したところで、隼成の言う通り來見は置いていかれるだけだろう。一番避けなくてはならないのは目の届かないところで惨事が起こり、干渉すらできない事だと理解していた。


「……分かりました。でも俺も付いていきますからね」


「構わねぇよ。善は急げだ、今からやるぞ」


 掛け声を上げ颯爽と歩き始めた誠道に続き、來見と隼成は後をついていく。不敵に笑っている誠道はまだしも、隼成すらどこか楽しそうにしている事実に不安を覚えながらも、來見は従う他なかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ