表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平成トランスポーター  作者: 夏名
19/54

8-1 照囲市民プール

「クソ暑いけど、やっぱり雨ん中で泳ぐよりは天気の良い方がマシかぁ」


「雨は雨で楽しいけどな。入る前は寒くても、水の中は暖かいし」


 プールサイドで胡座をかいた香椎(かしい)がぼやくと、來見(くるみ)はのんびりとした返答をする。

 サッカー部の備品破損騒動が解決した翌日の5限目。來見達は水泳の合同授業を行っていた。炎天下の中で行われるバタフライのタイム測定の順番を待ちながら、生徒達は思い思いに談笑をしていたのである。


「あぁ、雨の中でテンション上がってたから、この間のタイム良かったんだな。学年の中で上位に入ってたじゃん、背泳ぎの速さ」


「それ自分も見た!廊下に貼ってあったやつな!去年から思ってたけど來見は陸上より水中に向いてんだなぁ」


「……昔取った杵柄だけどな。スイミングスクールは小学生の間しか通ってなかったし」


 香椎と更田(こうだ)に次々と測定結果について言及され、來見は苦笑しながら言葉を返す。二人は少々誤解しているように思えたので、來見は説明のために口を開くことにした。


「そもそも、俺が速いんじゃなくて、皆がちょっとずつ遅くなってるだけだと思うんだよな」


「というと?」


 詳しい説明を促す更田に、來見は頷いて話を続けようとする。それは來見が普段プールサイドから眺めていて発見した、生徒達の泳ぎの傾向であった。


「背泳ぎの時は頭とか腕を庇って、壁際で減速するだろ?それにしても、みんな速度を落とすタイミングが早すぎるなって思ってさ」


「その分タイムが落ちてるってことか。でもそんくらい普通じゃね?勢いよくぶつけたら痛ぇし痣になるだろ」


 不思議そうな表情を浮かべる香椎に、來見は相槌を打ちながら視線を水面へ向けた。透明な水中は先がよく見え、底には5メートル地点を示すラインが引かれているのが分かる。


「確かに俺はその辺あんまり気にしない分、速いのかもしれないけど……折角目印があるんだから、そこをもう少し意識したら皆ギリギリまで全力で泳げると思うんだよな」


 そうなったら俺の記録(タイム)も上位からは落ちるだろうし、と続けた來見に香椎と更田は揃って首を傾げていた。何を不思議がることがあるのかと尋ねようとする前に、更田が口から疑問を溢す。


「目印って……何のことだ?床のやつ(ライン)は背泳ぎしてたら見えないだろ?」


「ん?いや旗があるだろ、残り5メートル地点で。上を見てたら嫌でも視界に入ってくる、アレ」


 來見は特に動揺することもなく答えるが、更田はいまひとつ理解できていないようだった。香椎も初耳だったらしく、目を見開いて驚きを示していた。


「えっ、あれってそういう用途の旗だったのか?知らねぇわそんなの、習ってないって」


 なぁツッキー、と近くにいた月退(つきのき)に香椎が思わず声を掛ける。月退は話半分に聞いていたのか、適当に首を縦に振り会話に加わってきた。


「あぁ、旗ね。皆のテンション上げるために付いてんだよな?パーティーみたいで楽しくて良いよな」


「また適当なこと言ってるよ。……ていうか旗の意味を分かってなかったら、背泳ぎの練習しても意味なかったんじゃ……」


 笑顔でホラを吹く月退に、呆れる(はやし)も話に混ざりだんだんと場が混沌としてくる。真面目な林はタイム測定の日までに最適な泳ぎのペースを身に付けておくという、練習の目的を理解していなかった事実に冷ややかな視線を向けていた。


 もはやタイム測定をそっちのけで盛り上がり始めていた來見達であったが、そこに待ったを掛けられる。なかなか泳ぎださない様子を見かねて忠告しにやって来た人物がいたのであった。


「……お前ら何やってるんだ?空いてるレーンさっさと使わないと、授業内に終わらないぞ」


 タイムを計り終え近付いて来た颯真(ふうま)に声を掛けられ、來見はふと我に返る。周囲を見ると生徒達は続々とプールから引き上げており、このままでは放課後に補習を受けさせられてしまう事態になると、ようやく気付いたのであった。


「うわ、早くタイム計ろう!居残りさせられる!」


「ストップウォッチくれー」


「自分から行くぞー!」


 呆れたように眺めている颯真の言葉を皮切りに、來見達は慌ただしく動き出す。

 早めの行動を心掛けるよう教師に注意されながらもタイム測定は時間内に収まり、補習に呼び出されるという心配は幸いにも杞憂に終わるのだった。




「はい、それじゃあ指名した人達は、解答を書きに来てください」


 合同体育を終えた後、6限目。來見の所属するクラスでは数学の授業が行われていた。黒板にはいくつかの問題が記され、指名された生徒達は席を立ち前に進み出る。


 來見は少し間を置いてから、黒板へ足を進めた。生徒達が一斉に行ってもただ混雑するだけで、待ちぼうけを食らうと分かっていたのである。


「はい、これ使う?」


 気付くと先に解答を済ませた(ほおり)が振り返り、來見にチョークを差し出していた。水泳授業の後ということもあり、水分を含んだ肌はしっとりとしつつも滑らかな様子で、濡れた髪は光を反射し艶やかに光っている。

 制服を濡らさないよう、肩にタオルをかけた祝はにこりとこちらに笑い掛けていた。


「あ、ありがとう。使わせてもらうよ」


「うん!どうぞ」


 來見はいつもとは違う姿を至近距離で直視したことで内心胸を高鳴らせながらも、平静を装いチョークを受け取った。

 目を合わせるのが気恥ずかしく視線をつい落としてしまうと、剥き出しになった素足が視界に入ってしまう。普段は隠れているものが露わになっている状況に重ねて動揺しかけるが、來見は何とか顔に出さずに済んだのであった。


 來見は終始狼狽えていたものの、記した解答は合っているようだった。他の生徒も殆どが間違えることなく、正解を示す丸印が並んでいる。

 一人悶々とした思いを抱えた來見は注意力が散漫になり、教師の声もあまり耳に入ってこないでいた。それぞれの問いの解説が行われ終業の鐘が鳴り響く頃に、ようやく気を取り直すことができたのである。


「いやぁ、分かるよ。見ちゃうよなーアレは」


「えっ!?」


 放課後、化学室で清掃をしていると耳に入ってきた更田の声に、來見は動揺し声を上げる。祝の姿を見ていた時に浮かんでしまった煩悩を見抜かれたのかと思い挙動不審になるが、周りの生徒は不思議そうに眺めているだけだった。


「どうしたのクルミン、急に大きい声出して」


「いやっ、えっとなんでもない。何の話してたっけ」


 同じく清掃を行っていた白石(しらいし)の質問に、來見は慌てながら話を逸らす。詳細を聞かれて困るのは自分の方だったからである。


「だから、校長の像の話だよ。ほら校門の近くで四季折々のオシャレさせられてるじゃん」


 更田が口にしたのは、伊斗路(いとみち)高校の正門付近に建てられている創立者の胸像のことであった。更田の言う通りその時々に応じた装飾を施されており、ともすれば怒られても可笑しくない程に奇抜な姿にされていることも少なくなかったのである。


「今日は肩にタオルをかけて頭には麦わら帽子っていう、楽しそうな格好だったねー。横に虫かごとか置きたくなるよ」


「あ、あぁその話か。確かに目を引くよな、たまにすごい格好させられてるし」


 白石の言葉を聞き、來見は頷いて同意する。内心、痛いところを突かれずに済んだことに安心感さえ覚えていた。


「もうそろそろ夏休みか……早く来ねーかな」


 更田は夏を満喫しているような創立者の姿に、これから訪れる長期休暇について連想したのだろう。しかしその浮わついた心は直ぐ様打ち砕かれることになる。


「あっという間に来るよー大量の課題と一緒にね」


 白石の発言を受けて、更田はT型の自在ホウキの柄に両手を乗せる。手の甲に顎を乗せ大きくため息をつくと、見せ付けるように険しい表情を浮かべていた。

 來見はあからさまに――わざとらしく嫌な顔をするその姿に笑いを堪えきれずにいたが、励ますために口を開く。


「少し早めに配られるのもあるだろ?休みに入る前に片付けておけば少しは楽になるよ」


「……そんな計画性のある真面目な人間だったら、去年から苦労してないんだよな!」


「わーすごい笑顔。コーダは爽やかで良いねぇ」


「今年も泣きを見るんだろうな……」


 一変して曇りのない笑みを浮かべ開き直ったように宣言する更田に、二人はもはや駄目出しすることを放棄していた。的を外した称賛をする白石にならい、來見も話を流すことにする。

 その後も夏休みにやりたいことなどを談笑しながら掃除を終えると、日誌を書きながら様子を見守っていた化学の教師に報告し、それぞれ解散していくのだった。


 金曜日ということもあり、來見は読書研究部へと顔を出していた。後輩である浦部(うらべ)や、ついでに相変わらず資料室にいる颯真とも会話をする。

 図書室では特に問題が起こることもなく、あっという間に下校時刻を迎えていた。施錠の為に追い出された來見はいつの間にか帰っていた颯真はさておき、浦部と共に学校を後にするのだった。


 浦部を見送り自宅へ帰るために一人、歩を進めているとポケットに入れていた携帯電話が震える。來見は暫し動きを止めるも、見過ごす事はなく受信されたメールを確認する。


「2012年7月7日14時30分、宮多(みやた)照囲(てるい)市民プールのプール棟、井迎(いむかい) (くぐる)が溺死する。」


「井迎 潜……クグル?」


 再び予告された不吉な出来事に來見は動揺するが、それよりも気になることがあった。知らない筈の名前の羅列に、どこか懐かしさを覚えていたのである。




「気持ち悪い……」


 幼少期に水泳を習い事としていた頃、來見はその通学にスクールバスを利用していた。その際、同じバス停を使用していたために親しい仲の少年がいたのである。

 通う学校が違う上に相手は來見の一つ年上だったのだが、幼い頃にはよくある事で互いに年の差は意にも介さず気安く接していた。


「席、移動しなよ。ほら外の空気が吸えるところに」


 二人にとって、行きのバスに乗る時は自分達以外の生徒が全員揃っており、目的地まで一直線で乗車時間は少なく済んでいた。しかし帰りのバスにおいては、降りていく生徒達を見送りながら最後まで乗り続けなければならないという、一長一短な順路を取っていたのである。

 要するに目の前の具合の悪そうな少年は帰宅する際に毎回吐き気と戦っており、來見にとってそれは見慣れた光景であったのだ。


「何か食べる?空きっ腹はよくないんだろ」


「バス待ってる時に少し食べたから……それに今食ったら絶対吐く」


 來見の通っていたスイミングスクールは子供達が送迎のバスを待つ間、待機スペースに集まり間食をするのが常だった。子供達は家から菓子類を持ち寄ることが多かったが、自販機の前に列をなしてアイスを購入する姿も多々見られ、常々その人気ぶりを示していたのである。


「あとちょっとだから大丈夫……でもやっぱり移動する」


 バスが信号を待つために止まると、少年はおぼつかない足取りで移動する。顔を青ざめさせながら乗降口付近の一人用の席に座ると、目の前のポールに全身を預けるように覆い被さっていた。


「ヤバくなったら袋あるから、ちゃんと言えよ。クグル」


「分かってるよユート、何で車も電車も平気なのにバスだけはダメなんだろうな……ちょっと黙るね、ごめん」


 來見がクグルと呼んだ少年は背もたれに体を預けると、息苦しそうに顎を突き出して上を向く。バスが動き出すと吐き気を抑える為か片手で口を覆い、余分な情報を遮断するように目を瞑っていた。

 その姿を前にした來見は、いざとなったらエチケット袋を差し出せるように近くの席で控えるのだった。




「母さん、ちょっといい」


「何ー?」


 遠い昔の記憶を様々な情景と共に思い返しながら帰宅した來見は、母親から話を聞こうとしていた。忙しいとまともに取り合ってくれないこともあるのだが、今回は夕飯の支度をしつつも聞く姿勢を見せているようだった。


「俺が昔通ってたスイミングスクールに、いつもバス停が一緒の子がいただろ。あの子の名字、覚えてる?」


「あぁ、クグルくん?確か……井迎さん、じゃなかったっけ」


「そっか……」


 相槌を打ちながら來見は考え込む。幸か不幸か、來見の予測通りメールに記載された人物名と自分の知っているクグルは同一人物のようであった。

 母親が背を向けているため表情が見えない事を幸いとばかりに、來見は一人眉をしかめる。知り合いの不幸な末路を知らされるのは、未だに起きていない事とは言え気分の良いものではなかったのである。


「で?それがどうしたの。悪いんだけど、連絡先とかは知らないわよ」


「いや、今日水泳の授業があったせいか急に思い出したんだ。……でも名前しか覚えてなかったなって」


 忙しなく手を動かす母親に話を掘り下げられるも、來見は当たり障りのない返答をする。母親も疑問には思わなかったようで、明るい声で話を続けた。


「小学校が違ったからねぇ。仲が良くても、そういうことはあるでしょ。気にしない、気にしない」


「別に落ち込んでないけど……話はそんだけ。何か俺もやることある?」


 声色だけで來見の消沈具合に気付いたのだろう、母親はあっけらかんとして慰めるような言葉を口にする。

 來見はその態度に、不思議と心が平静を取り戻していくのを感じながら手伝いを申し出ていた。


「嬉しいんだけど特になし!それより水着、臭くなる前に洗濯物に出しておきなさいよ。自分で回してくれても良いけど」


「出しとくんで、洗濯お願いしまーす!」


 來見は返事をしながら逃げるように自室に戻っていく。それは友人を助けるために、残り少ない時間で考えをまとめる必要があったからであった。




「照囲市民プール……久しぶりに来たな」


 7月7日、13時。世間は七夕一色といった様相を呈していたものの、見向きもせずに來見はメールに記された場所へと来ていた。

 來見としても照囲市民プールに来るのは、はるか昔に伯父に連れられ従兄弟と来た時以来だった。市を跨ぐ必要はあるものの比較的移動距離が少なく、伊斗路市のプールよりも規模の大きい水泳場は子供の遊び場として適していたのである。


 市民プールと言うだけあって入場料は非常に安く、市外の人間であってもその料金は殆ど変わらない。來見は支払いを済ませると更衣室で着替え、あっという間に各種のプールが備えられているプール棟へと辿り着いていた。


(しかし相変わらず広いな……この中からクグルを見つけられるのか)


 照囲市民プールは伊斗路高校にもある25メートルプールは勿論のこと、50メートルプールも併設している。また幼児用プールに飽き足らず流水プール、ウォータースライダーも完備しており利用者の評価が高いのも納得のいく充実ぶりであった。


(さすがに怪しまれそうだから双眼鏡は持ってこなかったけど、時間までに早く探さないと)


 來見は水中用のゴーグルを持ち込んでいたものの、あらぬ誤解を避けるために丸腰同然の状態で佇んでいた。それはクグルをしらみ潰しに探さなければならないという状況を指し示していたが、來見はとっくに覚悟ができており秘策も用意していたのである。


「よっ、遅れたか?」


「……そうでもないだろ。待ち合わせの時間通りだ」


 肩を伸ばすように軽い準備体操をしている來見に声を掛けたのは、奥の手として呼んでいた香椎と颯真であった。

 香椎はサッカー部に所属するだけあって運動神経が良く、いざという時――溺れた人を助ける際に頼りになる。

 颯真は恵まれた体格のお陰で、特に深さのあるプールで命綱として当てにできる上、何処にいてもとにかく目立つ。それは電子機器を持ち込めない場所では丁度良い目印となり、はぐれたとしても直ぐに集合できるという長所だらけの男であった。


 他にも來見の打てる手としては、プール棟のスタッフである監視員の警戒を高めておく為に予め事を起こす――要するに前日にわざと溺れておく、などという案も考えたがそこまでの行動を取る勇気はなかった。

 人を助ける為とはいえ、そんな事をすれば間違いなく彼らの記憶に自分の存在が残ってしまう。その上、來見が2度も人の溺れる場面に居合わせていたら不信感を持たれてもおかしくないと推測したのである。

 余計な詮索を受けて転送装置(トランスポーター)の存在が露見してしまうような状況は避けるべきであり、懸念すべき事態だと來見は確信していた。


「遅れてないよ。じゃあ行くか」


 二人に言葉を返しながら來見は歩き出す。詳しいことは話せなくとも來見が助けを求めれば、友人達は力を貸してくれると信じて疑わなかったのであった。


議波(ぎば)は残念だったな、部活が忙しいなら仕方ねーけど」


「大会があるしな。誘った時、すっかり忘れてたから……悪いことしたかも」


 香椎の言葉通り來見は実はもう一人、目が良く反射神経の優れている友人を誘っていた。しかし真夏に本戦を控える地方大会に向けた練習で忙しく、残念ながら来れなかったのである。


「あいつは気にしないだろ。また別の機会に誘えばいい」


 颯真は來見の顔を一瞥すると、事も無げに言い放つ。その態度を見て初めて自分が眉尻を下げていたと気付く事になる。気を抜くと直ぐに感情が表に出てしまう顔は、來見としても治したいところではあった。


「……あぁ、そうする!」


 気持ちを切り替え、大きな声で返事をすると颯真は僅かに肩を竦める。顔色一つ変えない颯真はそのまま、思い出したように質問を投げ掛けるのであった。


「……それにしても、お前がこういう場所を選ぶのは珍しいな。香椎が言い出すのなら分かるけど」


「そ、そうか?俺だってたまには……」


「少し妙だ。伊斗路の市民プールじゃなくて、照囲(こっち)のプールを選んだところとか。そこまで遠くないとは言え、わざわざ市を跨いでいるし……」


 動揺する來見に颯真は容赦なく疑問に思った点を指摘していく。誤魔化すために予め用意していた言い訳を慌てながら述べようとしたところで、香椎が横から口を挟んだ。


「そう言ってやるなよ、考えれば分かるだろ?照囲の市民プールは伊斗路と比べてデカいし遊具が多い。とにかく遊び甲斐がある!」


「……満足度……コストパフォーマンスが高いってことか?」


 奇しくも今まさに來見が口にしようとした意見を香椎が代弁する。思わぬ偶然に言葉を失っていると、颯真は考え込みながらも正確な分析を言葉にして返していた。

 香椎はニヤリと笑い二人に向き直る。來見はその表情からひしひしと嫌な予感を覚えながらも、流れに身を任せ止めることはしなかった。


「まぁそうだけど…… つまりは、デートに向いてるってことだよ!」


「言うと思った……」


 得意気な表情を浮かべる香椎に、來見はため息混じりに手を額に当てる。目を瞑り全身で呆れを表してはいたが、不思議と否定する言葉が出てくることはなかった。


「……あぁ、なるほど。下見か」


「そうそう、仕方ないから付き合ってやろうぜ」


 熟慮するように黙っていた颯真でさえ、香椎の恋愛脳に感化されている。止める者がいないために香椎は考えを変えることもなく、嬉々として颯真を巻き込んでいた。


「……もう、それで良いけど。頼むから祝に余計なことは言うなよ。何かするなら、自分で、やるから!」


「分かってる分かってる」


 言い訳を諦めた來見は半ば投げやりに香椎の主張を容認しつつも、強い口調で釘を刺す。しかしその内心は再び祝を誘うことになるのだろうかという、そのあまりにも高いハードルに逡巡していた。


(……でも祝はどんな水着でも似合うんだろうな。……いやいや今はそんなこと考えてる場合じゃない)


 來見は首を横に振り、思わず想像してしまった祝の水着姿と浮わついた気持ちを打ち消そうとする。


「……別に祝とは一言も言ってない……」


「シッ!」


 百面相をしながら妄想を抑え付けようとする來見は、颯真の溢した言葉が耳に入っていなかった。

 満面の笑みで発言を遮った香椎と未だ考え込んでいる來見を見比べ、颯真は嘆息する。何かを察した颯真はそれ以降一言も喋らずに、ただ煩わしげな視線を二人に向けているだけだった。




「じゃ、最初はウォータースライダーだよな!定番だし」


「そうだな……ここから見ても結構並んでるけど、どのくらい待つんだろうな」


 気を取り直した來見達は施設内でも一際目を引く、巨大なウォータースライダーへと歩を進める。未だ学生達は夏休みには入っていないはずだがプール内は賑わっており、人探しをするには骨が折れそうな有り様であった。


「んー……15分待ちって書いてあるな。意外と速いじゃん」


「見た目よりも回転率高いんだな。普通に滑るか、浮き輪を使うか選べるんだったか」


 背伸びをして目を凝らす香椎に、颯真は事前に調べていたのか情報を提供してくれる。來見は同意するように頷きを返しながら口を開く事にした。


「そうそう。浮き輪は入り口で取っていく方式だから、使いたかったら持って並ばないとな」


「売り切れてたらそのまま滑れってことだな。特にこだわりはないからどっちでも良いけど」


 会話をしている内に三人はスライダーの入り口に辿り着く。近くの棚にはまばらに返却された浮き輪が置かれており、持っていくこともできる状態であった。


「スピード出るのってどっち?やっぱ浮き輪ない方?」


「摩擦が少ない程、速くなると思うけど……普通に滑る方かな。……危ないから変な滑り方はするなよ」


 目を輝かせる香椎に來見は思わず忠告をする。心得たように相槌を打つ香椎は意気揚々と歩き出していた。


「じゃ、俺は浮き輪なしで!行くぞー」


「俺も止めとく……窮屈そうだし」


 自身の体格を考えどことなく困った顔をする颯真に苦笑しながら、來見は思考を巡らせる。


(俺は浮き輪がなくても泳げるし、本当に必要な人のために残しておいた方がいいよな)


「俺も浮き輪はいいかな。じゃあ並ぶか」


 それは自分は溺れないという一種の油断とも取れる判断であったが、少なくとも今のところは問題ないように思えた。小さい子供が滑っても大丈夫なように設計されている上に、スタッフが近くで目を光らせているため心配しすぎる事はなかったのである。

 來見は一人立ち止まり、日の眩しさに目を細めてスライダーを見上げる。そのあまりの高さに恐々としながらも先を行く二人に続き、列に並ぶために階段へ足をかけるのであった。


 三人で談笑をしているとあっという間に順番が回ってくる。來見は会話をしつつも視線は周囲に走らせ、抜け目なくクグルの捜索に意識を割いていた。


(時間は……まだ13時30分くらいか。あと1時間で見つけられるといいけど……)


 スライダーの列に並んでいても見える、地上に設置された巨大な時計を確認し再び別の場所へと目を向ける。

 高所という利点を生かし、可能な限りの広い範囲を見渡しながら來見は不安を募らせていた。


(でも、ちゃんと各エリアに監視員はいるんだよな。それならすぐに異常に気付いてくれる筈なんだけど……)


 來見が一瞥したところ、あらゆる場所でスタッフが監視台の上に座り警戒しているようだった。それはクグルが人の目に付きづらい場所で溺れる可能性を指し示しており、その発見に至るまで非常に苦労するという事が窺えてしまった。


「それじゃあお先に!下に降りたら会議するからなー」


「えっ」


 突然何やら気になる内容を言い残した香椎は、返事も待たずにスライダーを滑り落ちていく。言葉を漏らして首を傾げる來見と同じように、颯真は不思議そうに目を瞬かせていた。


「……よく分からないが、まぁそういうことだな。下で待ってる」


「あ、あぁ」


 颯真は直ぐに割り切ったのか、はたまた納得したのか。スタッフに促され香椎に続いて滑っていく。残された來見だけが途方に暮れ、どう行動するべきか分からなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ