7-2 備品破損騒動
「片付け自体は数人で行ったけど、グラウンドで帰りのミーティングをした後は、香椎と橙牙だけが部室を施錠する為に残ってた」
「橙牙はグラウンドにある倉庫の備品を数えて施錠するまでは一緒にいたけど、用事があったから途中で帰った。……ここまではあってるか?」
來見は二人の話をまとめ確認していく。それは当事者である二人に改めて状況を思い出してもらい、おかしな部分を発見することができないか、確かめるためでもあった。
「あってるあってる!俺は体育棟の更衣室で着替えて先に帰ったんだけど、その時にはもう他の部員はいなかったな」
「なるほど……その後に香椎は一人で部室の備品を確認した。で、施錠し終えたら鍵を職員室の顧問に返して、帰宅したんだな」
橙牙が來見の言葉を肯定したため、更にその先の流れも整理していく。体育棟と部室棟はそれぞれ別の館であり、直接は繋がっていない。二人はグラウンドで別れて以降、その日は会うことはなかったのである。
「うん。でも疲れてたせいか記憶が曖昧でさ。数は揃ってたはずなんだけど、その時既に壊れてたかまでは分かんねぇ」
「折り畳まれた状態になってるのを、こう両手で何個も抱えて運んでたし……もし壊れてたとして、俺達のどっちが片付けたのかも分かんないよな」
ため息をついた香椎と両手に物を持つようなジェスチャーを交えて話す橙牙を見て、來見は考えを巡らせる。問題は誰がいつ備品を壊したのかが分からないという点だったが、まず最初に頭に浮かんだ仮定を話していく事にした。
「備品の壊れ方からして、運んでる時に落とした感じだと思うんだよな。もし二人以外に片付けた人がいたとして、落下音が聞こえたら記憶に残ってるはずだけど……」
「誰かしら証言するよな。でもそれなら部長が知ってるはずだし……ここまで拗れてねぇと思う」
三人で橙牙の携帯電話に表示された備品の写真を見ながら、議論を交わしていく。立て掛けてあったものを倒したとしたら側面や全面にわたって傷がつくはずだが、長年の使用で擦りきれた痕は存在しつつも、激しく削れへこんだ形跡は下側――地面と接するフレーム部分にしかなかったのである。
その事から導き出される推理を展開しつつも、香椎が苦々しげにこぼした言葉が気になり、來見は詳しく聞こうと口を開く。
「そういえば部長さんとか、顧問の先生はどうしてるんだ?あの先輩達の間に入ってくれたりとかは……」
「顧問には知らせてない!何ていうか、あんまり信用が無いんだ。無駄に騒ぎを大きくしそうっていうか」
「部内で反対するやつもいなかったしな。部長もあの二人の事は知らないと思う。……言えば怒ってくれるんだろうけど、チクるのはなぁ」
香椎は橙牙の言葉を引き取ると、何度目か分からないため息をつく。先程の橙牙のやり取りからも分かるように、とにかく面倒事を起こしたくないという思いが言葉の端々から滲み出ており、困りきった表情がそれを裏付けていた。
「なるほど。……壊した備品についてはどう説明したんだ?それも報告してない?」
「……部長が経年劣化で壊れたことにして、新品の購入を申請した。顧問も全然疑わずに受理したらしいぜ」
香椎は後半になるにつれて、どこか棘のある口振りで言い捨てる。これ以上、サッカー部の人間関係に深く突っ込んで聞くのは藪蛇になると思い、來見は話題を変えることにした。
「そうか。……じゃあ時間的にはミーティングの後に備品が壊れたと仮定して、部員の中には犯人がいないって線で考えようか」
來見の打ち上げた仮説に対して、香椎と橙牙にはその発想がなかったのか不思議そうに目を瞬かせる。
「そりゃあ俺も他の部員は疑いたくないけど、そんなことあり得るのか?」
「うん、だって施錠する前に備品の数を確認するんだろ?例えば二人が倉庫にいる間は、部室に入れたりする訳だ」
まだ鍵が開いてるんだから、と付け加えると橙牙は納得したように激しく首を縦に振る。勢いよく立ち上がると興奮した様子で口を開いた。
「確かに!部活中は閉めてないし、それなら香椎だけが壊せたとは言えないよな!……証拠はないけど!」
「それはそうだけど……忍び込んで壊したってことか?そんな無意味な嫌がらせするやつ、うちの高校にいるとは思えないけど」
目を輝かせ舞い上がる橙牙とは対照的に、香椎は冷静に反論する。事実、來見は高校生活において身の危険を感じるような犯罪的な行為は経験したことがなく、悪い評判も聞いたことがなかった。生徒たちが普段からきちんと己を律する事ができている為に治安が良く、だからこそ高校生の校則が厳しくならずに緩いままでも問題なかったのである。
來見は香椎の意見に同意するように頷くも、その上で導き出した推測を口にしようとする。
「うん。だから不本意な出来事だった上に、壊した自覚がなかった、とか」
「……つまり?」
「二人が備品を運んでた時は、数え間違いをしてたって事になる前提だけど……」
「良かれと思ってサッカー部がしまい忘れた備品を片付けた結果、うっかり壊した人がいた、ってこと」
來見が考えをまとめながら出した仮定は、無理に辻褄を合わせたようでいて、全くないとは言いきれない不明瞭さを伴っていた。
誰も悪い人間はいないのだという、人の善性を信じようとするその意見は感情的であり根拠に乏しい。來見自身、その欠点を理解していた為に確実性を高めようと更に詳しく状況を知ろうとする。
「あり得なくはないよな?サッカー部は帰ってて校内にいないとしても、他にもグラウンドを使うような野球部とか……学校に残ってた人はいただろうし」
「俺が倉庫から部室に移動して、数を再確認するまでの間にって事か。まぁ、時間的にはできなくもない……か?」
頭の中でグラウンドにある倉庫から部室棟までの距離を計算しているのだろう。香椎は懐疑的な態度を取りながらも、一定の理解を示しつつあった。
「じゃあまずは、しまい忘れた備品を見掛けた人を探せば良いのか!」
方向性を理解した橙牙は、元気良く挙手して提案をする。次いで振り上げた手を顎に当てると考え込むように目を閉じ、ややあって意見を口にした。
「それなら……そうだ、テニス部のやつら!俺が帰る時にすれ違ったから、時間的に何か見てるかも!」
「よし、聞き込みに行こう。……誰がいたか覚えてるか?」
「バッチリ!ついてこいよー!」
勢いよく走り出した橙牙を見て、來見と香椎は慌てて追い掛ける事にする。ようやく見えてきた光明に胸を弾ませながら、三人は走り出したのだった。
「よ!ちょっといいか!」
橙牙が滑り込んだのは4組の教室だった。数人の男女が談笑している中に割り込み、話し掛けている。
4組は立地的に來見の所属するクラスから一番離れていたために、殆ど立ち入ったことがなかった。そのせいか入室することに妙な躊躇いを覚えながらも、気配を消して静かに橙牙の後をついていく。
「どしたの?橙牙」
「結構前のことなんだけどさ、試験期間に入る前の最後の部活の日!すれ違ったの覚えてるか」
「うーん……あぁ、すごい勢いで走って帰ってたやつ?それがどうした?」
橙牙がテニス部員と言葉を交わしていく中、來見は一人気後れしていた。というのも來見にはテニス部に親しい友人がいない上に、今話している人々は平然と校則違反をしている者だったからである。
校則では基本的に染髪は許されておらず、それを破ると教育指導室に呼ばれてしまう。しかし目の前の人物達は服装検査の日だけは地毛に戻し、日常的には教師に注意されようとも染髪を止めない剛の者の集いであったのである。
(悪い人達ではないんだけどな……)
多少の校則違反は見て見ぬ振りのできる來見でも、隠す気もなく常に開き直っている人物を前にすると途端に戸惑いを覚えてしまう。
テニス部員の全員が校則を破っている訳ではないのだが、つい逃げ腰になる自分を恥じながらも、一方の橙牙は全く怖じ気づくことなく更に言葉を続けていった。
「覚えてたらで良いんだけど、コレ見なかったか。しまい忘れてたかもしれなくてさ」
「練習器具?悪い、分かんないわ」
橙牙は來見達に提示したように、テニス部員へ携帯電話に表示した画像を見せて回る。随分と日が経っていた事もあり反応は芳しくなく、心当たりがなさそうに首を横に振る者が圧倒的に多かった。
「あーそれ、凛乃見たかも」
漸く立てた仮説が消え去るかのように思えたその瞬間、一人の女生徒の声が上がる。視線を向けると下向きに伸びた睫毛が印象的な奥二重を瞬かせた少女が、机の上に足を組んで座っていた。
自身を凜乃と呼んだその少女は、オレンジ色のインナーカラーが入れられた髪を指に巻きつけ橙牙を見つめている。
「どこに置いてあったか、覚えてるか?」
「えーっと、グラウンドとテニスコートの間の通路。ちっちゃい三角コーンと一緒にぽつんって、置いてあったよ」
橙牙の問いに過去の記憶を引っ張り出しているのか、視線を上げてしきりに瞬きをしながら凛乃は答える。その通路はテニスコートを利用する際に通る経路の一つで、凜乃は出入りの瞬間に備品を目撃していたのだろう。
嘘をついているようには思えず、その協力的な姿を見て來見は確証を得るために質問を重ねた。
「……できればその日が確実に6月22日だって証明ができるならもっと良いんだけど、難しいかな」
「んー証明かどうかは分かんないけど、絶対にその日だったとは言えると思う」
ちょっと待ってねー、という朗らかな声に來見達は大人しく待つことにする。凛乃が鞄から取り出したのは、6月22日付けになっているレシートであった。
「三角形を見たらフルーツサンド食べたくなって、学校近くのコンビニに寄って買ったんだよね。ホラ日付もあってるでしょ」
「な、なるほど……ちなみに何時頃だったか分かるか?」
やや突飛な凛乃の考えに動揺しつつ、更なる裏付けを取るために來見は言葉を返す。凛乃は指の間に挟んでいたレシートを見つめ、ややあって口を開いた。
「レシートの時間から逆算すると……17時20分くらい?凛乃、普段は全然コンビニ寄らないから、22日なのは間違いないよ。凜乃が備品を見たって証明できる人はいないかもだけど」
テニスコートへ出入りするにはグラウンドを通らない通路もあるのだが、その経路は更衣室を備えている体育棟に行くには遠回りになる。時間的に考えると部活の終わった後だったからこそ、凜乃は備品が置かれた場所を通り、目撃する事ができたのだと理解した。
「そっか、教えてくれてありがとうな」
話している間に、勝手に作っていた壁がなくなっていくのを來見は感じていた。校則破りを常態化させており外見が多少派手だからといって、必ずしも攻撃的で不当な態度を取ったりするような人間ではないと、目の前の凜乃自身の性格を正しく認識したのである。
「悪いんだけど、そのレシートは捨てないで取っといてくれるか?理由は……今は言えないんだけど」
「いいよー、りょーかいです」
事を荒立てなくないという香椎の意を汲んだ橙牙は、やや迂遠な言い回しで凛乃に頼み込む。
顔色一つ変えない凛乃は軽い言葉で了承すると、取り出した時よりもどこか慎重な手付きでレシートをしまうのだった。
「何かよく分かんないけど、備品無くしたのか?一緒に探してやろうか」
「いや!大丈夫。気持ちだけ受け取っとくな。それじゃ!」
やり取りを聞いていた他のテニス部員は、事態の深刻さに気付いたのか助け舟を出そうと声を掛ける。しかしこれ以上の追求を避けるため、橙牙の一声を皮切りに來見達は急いでその場を離れていったのだった。
「必要になったら言えよー!」
逃げ帰るように身を引いたその行動はあまりにも不自然だったのだが、最後までテニス部員は気に掛けるように声を上げる。
心配する声を背に受けながらもひとまず一歩前進した喜びで、三人の足取りは随分と軽やかなものであった。
來見達は先程、集まって会話をしていたベンチに再び戻ってきていた。それぞれが席に着き、弾んだ息をゆっくり整える姿を認めると、來見は質問をするために口を開く。
「さっきの証言についてだけど……二人は片付ける時、グラウンドとテニスコートの間の通路は確認してたか?」
凛乃の証言を元に來見は当該の情景を思い浮かべる。そこは砂で溢れたグラウンドとは違い、テニスコートと同様に人工芝が敷き詰められている場所でもあった。
「いや……してなかったと思う」
「ごめん、俺も見てなかったな」
來見の問いに香椎と橙牙は首を横に振り、否定する。來見は頷き、その情報を前提に考えを巡らせ始めた。
「じゃあやっぱり二人が気付かない間に、備品をしまってくれた人がいたのかも。ついでに三角コーンも一緒にな」
「17時20分くらいにだろ?時間的にもあり得ると思う!俺らが倉庫の確認をし始めたのがそれくらいの時間だったから」
「ちなみにその確証はどこから?」
來見の意見に同意した橙牙に、香椎が疑問を投げ掛ける。橙牙は胸を張ると得意気な表情で言葉を返した。
「滅茶苦茶、帰宅時間のこと気にして携帯見てたからな!割りと自信あるぜ!」
「なるほど。……それなら次はその備品がいつまでにしまわれたのか確認しねぇと」
親指を立て腕を突き出した橙牙を横目に、香椎は頷きながらも次に取るべき行動を提案する。來見は思わぬ意見に驚き、つい聞き返してしまった。
「えっ?でも施錠する時に数は揃ってたんだろ?だから香椎が部室に来た時に入れ違いになったって事じゃ……」
「俺の記憶の中では揃ってた……でも今分かった通り、少なくとも片付ける時に既に数え間違えてんだから、信用ないだろ?どうせ色々検証するなら、ついでに確認した方がよくないか」
困ったように笑いすっかり自信を失くした香椎に、來見と橙牙は返す言葉を失ってしまう。しかし直ぐに、ある事実を思い出した來見は発破をかけるように口を開いた。
「でも香椎が部室を閉めた後はもう、しまうタイミングがないよな。朝練の時には備品の数は揃ってたんだろ?だからそこは疑わなくても大丈夫だ」
だからそんなに自嘲しすぎるな、と言外に滲ませた気持ちが伝わったのだろう。香椎は僅かに目を見開くと、先程よりは穏やかな表情で言葉を返した。
「そういえば、そうだっけ。やっぱダメだな!時間が経つと色々忘れちまう」
「記憶ってそういうもんだから、仕方ないよ」
幾分か元気を取り戻した香椎の様子に、安堵しながら來見は相槌を打つ。すると腕組みをして考え込んでいた橙牙が、顔を上げて意見を提示してきた。
「じゃあやっぱり備品が壊れたのは、俺達が倉庫にいた17時20分以降で……香椎が部室を閉めるまでの間ってことだな。朝練の時に備品を見つけた先輩が、嘘をついてたりしなければ」
「おい、根拠もなしに先輩を疑うつもりなら……」
「いやいや!決して本当は先輩が壊したところを、お前に擦り付けようとしてるとか、そういう事が言いたい訳ではなくて!」
本人としては軽い気持ちで溢した意見だったのだろうが、香椎に釘を刺された為に橙牙は言わなくて良い事まで口にしてしまう。橙牙は慌てて否定したせいで余計に言い訳がましくなった事に気付き、落ち着きなく視線を巡らせ冷や汗をかいていた。
少々雲行きが怪しくなってきた橙牙と香椎の会話を聞いて、來見は仲裁に入ろうと口を開く。それは橙牙に少しばかりの忠告をするためでもあった。
「俺達としては部員の中には犯人がいないって前提だからな、そこは忘れないでくれ。……それに朝に壊したとしても音の問題があるだろ。部室棟には他にも人がいたはずだ」
「そ、そうだった。……でもこのままだと時間が分かっただけで、香椎の無実の証明は難しくないか?」
「俺のアリバイとか無いからな。橙牙と別れて一人になった時に壊したって言われたら、言い返せねぇよ」
頭を抱える橙牙とは裏腹に、香椎はあっけらかんと言葉を続けた。その潔さに感心すればいいのか、呆れるべきなのか考えながらも來見は更に情報を求める。
「それじゃあ香椎が鍵を閉めに行って……部室に着いた時間は分かるか?大体で構わないから」
「んー職員室で見た時計は確か、17時40分くらいだったから……」
「グラウンドから部室棟まで歩いてもそんなに時間かからないよな。階段を上り下りして、備品の数を確認する時間も考えると……17時30分前後かな」
來見の推測に香椎は頷き同意を示す。しかし次の瞬間、香椎は首を傾げ、思わずといった様子で疑問を口に出していた。
「あれ?そうなると……備品をしまって部室から出てきた第3者と、部室棟の下とかで擦れ違っててもおかしくないよな?そんなやつ、いなかったぜ」
「確かに!倉庫の備品の確認は5分あれば終わると思うし……そこから部室に向かう間、部室棟から人が出てきたら絶対見えてるはずだ」
香椎と橙牙の証言に來見は考えを巡らせる。脳裏には來見が香椎を探して部室棟を訪れた際の光景が浮かんでいた。
確かにグラウンドからは、半屋内空間となっている部室棟――特に出入りする為に備えられた階段はよく見える位置にある。あまつさえ香椎が施錠のために近付いていったのであれば、人の気配を感じてもおかしくはなかった。
「香椎は外から部室棟に入った訳だから……鍵を返しに職員室へ行く時は一旦引き返して、昇降口で靴を履き替えたんだよな?」
「あぁ。靴を持って校舎内うろつくと怒られるだろ?それに靴下で歩き回るのも嫌だしな」
言葉を返す香椎に相槌を打ち、來見は結論を述べようと口を開く。それは犯人こそ分からないものの、それなりに筋道が通っている言い分であった。
「そういうことなら……謎の第3者は、行きは香椎と同じように外から部室棟に入ったけど、帰りは引き返さずにそのまま校舎の中に入っていったんじゃないか」
「靴を脱いで?」
「いや、その逆。そもそも靴に履き替えたりせずにサンダルで外に出てたってこと」
端的に疑問を述べる香椎に來見は噛み砕いて説明をする。
部室棟と校舎を直接繋いでいる扉は、たった一つしかないとはいえ3階部分に存在していた。來見が以前、香椎の様子を見るために通ったその扉を、第3者は備品を片付けた後に使ったというのが來見の仮説だったのである。
「えぇ?サンダルのまま外に出て、汚れも気にせず校舎に戻ったってこと?」
「うん。備品が置いてあったのはグラウンドじゃないから、昇降口近くのテニスコートの出入り口を通れば砂まみれにはならないだろ。多分、履き替えるのが面倒だったんだよ」
凜乃が当日、更衣室へ向かう際に使わなかった方の経路を思い浮かべながら來見は意見を述べていく。
想像上とはいえ無法な振る舞いに不快な気持ちを抱いたのか、橙牙が眉をひそめて声を上げる一方で、香椎は納得するところがあったのか追従するように言葉を続けた。
「まぁ、そういうやつもいるよな。俺が部室棟に入った頃にはそいつは校舎内に引っ込んでた訳か。そんで部室内で備品を壊した時、俺はまだ外にいたから音が聞こえなかった……」
「そういうこと。それが誰かまでは分からないけど……少なくともその時間に靴を履いていた人――下校しようとしてた人は犯人じゃないって俺は考えてる」
「帰る途中に見つけて、しまいに行ったってのが一番ありそうなんだけどな。……それだと、わざわざ校舎内に行く理由が分からないか」
そのまま大人しく引き返した方が帰るには速いんだし、と橙牙は悩ましげな表情を浮かべながらも、第3者が靴を履いていた可能性を否定する。來見は自分の立場から出せる情報がないか考え、思い付いたことから順に口に出していった。
「そもそも部室棟の中でサッカー部に割り当てられた個室がどれか、ちゃんと分かってるんだよな。俺なんか普段、部室棟に行くこともないから全然見分けられないのに」
「そういえばそうだな。みんな面倒くさがって、いちいち何部ですってネームプレートも付けてないし。俺も1階は誰が使ってるか把握してないや」
「部室棟に詳しい人物……用務員さんとか、先生?遅い時間まで学校にいてもおかしくない人達だし……」
橙牙の言葉を受け、來見はつい思ったことを口にする。そもそも片付けたのが大人達であったのなら、マスターキーを使用する事も可能になり今までの犯行時間の考察が無意味になってしまう。
ところが香椎はその意見に対して思うところがあったのか、冷静に反論するのだった。
「確かにあり得そうだけど、その辺の人たちが壊してたら報告しない訳ないだろ。隠したせいで問題になったら、一番困るのは自分達だって分かってんだから」
「正直に言ったところで、次から気を付けてくださいで終わる話だもんな。常習犯だったら隠してもおかしくないけど、そんな事になってたら俺達の間で絶対、噂になるし」
勿論そんな話は聞いたことがなく、伊斗路高校は至って平穏な学校であった。
そうなると、やはり生徒がうっかり起こしてしまった事態なのだろうか。再び考えを巡らせ始めると、橙牙が香椎の肩を叩き、詰め寄るように言葉を求めた。
「なぁ今までの話を聞いてて思い出したことはないのか?あと少しで無実の証明できそうなんだからさ、頑張れ!」
「……例えば部室の中で変わった事とか、なかったか?……第3者がいた証拠があったら、今頃揉めてないんだろうけどさ」
根性論を唱え始めた橙牙の言葉を補足するように続けた來見は、香椎が眉をひそめ唸り声を上げるのを聞いていた。二人に期待の眼差しを向けられ必死に思い出そうとしたのだろう。
ややあって香椎は自信なさそうに言葉を紡いでいくのであった。
「思い違いじゃなければ……部室の備品が一つだけいつもと違う場所に置いてあった気がする。数えてた時は疲れてたし、全然気にしてなかったけど……それが壊れた備品だったのかも」
「1個だけ、目立つ感じで置かれてたってこと?」
「……多分、あんま自信ないけど。でもそれがどうしたって話じゃねぇか?何か役に立つのか、この情報」
來見の疑問に答えながら、香椎は不安げに眉尻を下げる。その情報は記憶に自信がない為に、今まで話さずにいた事だったのだろう。
來見が考えをまとめる為に集中し始めるのを横目に、橙牙は思うところがあったのか素早く挙手をして口を開いていた。
「それって、わざわざ壊れてるって分かるように置いたってことだろ。でも普通、壊したのを誤魔化したいなら、同じ備品に混ぜて並べて置く事くらいはしそうだよな?」
「確かに。部室を少し見渡せば同じ備品があるって分かるもんな。……良心の呵責があって、せめて一目で壊れてる事が分かるように置いたとか?」
「いやいや、良心があるなら名乗り出るだろ。まぁ実際、代わりに片付けようっていう優しさはあったんだろうけど……」
來見の曖昧な犯人像の分析を、香椎は全面的に否定する事はしないものの異議を唱える。しかしその落ち着き払った態度は橙牙の言葉によって崩される事になるのであった。
「じゃあ……備品を壊したことを、悪いことだと認識していなかったとか?……いや、まさかな」
その発言を受けた香椎は、二人して首を傾げる來見と橙牙を横目に、思い詰めた深刻な表情を浮かべていた。言葉を押し込めるように手で口を覆い、視線は一点に留まらず忙しなく動いている。
明らかに様子がおかしい香椎に声を掛けようと口を開いた瞬間、遮るように発せられる声があった。
「遅い時間まで学校にいて、サッカー部の部室を把握してる。しまい忘れた備品を片付ける良心はある癖に、平気で外に出たサンダルで校舎内に立ち入ったりする……」
「香椎?」
これまでに分かった情報を並べ、確かめるように口に出す香椎に、來見は思わず声を掛ける。しかしそれを意に介さず、ひたすらに香椎は言葉を続けていった。
「……おまけに備品を壊した事を悪びれない。それを問題と思わない人間……俺、分かったかもしれねぇ」
備品を壊したやつ、と言葉をこぼし立ち上がった香椎に來見と橙牙は驚きで目を開く。
何かを決意したかのように歩きだした香椎に、残された二人は慌てて付いて行くことしかできなかったのであった。




