5-2 白石 昂生
入場行進が終わると楽団はクラスごとに並ぶ生徒達とは別に一番端で整列し、そのまま開会式が行われる。來見は視界から白石が消えてしまう事に不安を覚えたものの、平常心を保とうとしていた。
(むしろ倒れるのが今なら直ぐに保健室まで運べるし、そこまで警戒しなくても大丈夫なはず……)
來見が自分自身に言い聞かせている間にも開会式は円滑に進行し気付けば選手宣誓へと移っていた。
頭髪をそれぞれが代表する団の色へ染め上げた団長達が、今日の為に仕立てた応援着で身を包み朝礼台の前へと進み出る。マイクも使わずに声を張り上げる様子に生徒達は圧倒されながらも拍手を送っていた。
その後もつつがなくプログラムは進み、全校生徒が準備体操を終えると順番に退場しながら応援席へと足を進めるのだった。
昼食の時間が近付く中、來見はブルーシートの上に座り込んでいた。静かに観戦しながらも、日が高くなった為にじりじりと焼かれるような暑さを感じ始めていた。
「……何か急に暑くなってきたな」
「そろそろ昼だしなぁ。午後はもっと暑いかもな」
來見の溢した言葉に反応し、香椎が返事をしながら水分を摂る。二人して気温の高さに倦怠感を覚えていると、突然背後から微風が送られてきた。
「死ぬなよ~今だけ特別サービスで扇いでやろう」
「もっとくれ、突風くらいの勢いで」
「うーん。もう疲れたから止めるわ」
二人の会話が聞こえていたのだろう、フェンスに体を預けていた月退が持ち込んだ扇子で風を起こしていた。しかしその気紛れも香椎が余計な要求をした為に止められてしまう。
「ツッキーは準備が良いな。俺も団扇でも持ってくれば良かった」
「去年からして、こんな服着てたらクソ暑いって分かってたからさぁ。経験が活きたよな」
月退は言葉を返しながら、服の中に風を送るようにTシャツの胸元を引っ張り扇ぐ。その姿を見て初めて來見は今更ながらに気付いたことがあった。
「……あぁ、黒いからか!なるほど!」
黒という色は光を――熱を吸収しやすい為に他の色の服と比べて、着用した際により暑さを感じると聞いたことがあった。人によってはプラシーボ効果でより一層そのように思い込む事もあるのだろう。
「そうそう。お前らは別の色を着てたから分かんなかっただろうけど、去年は暑すぎてマジで死ぬかと思った」
「はー経験者は語るなぁ」
扇子で肩を叩きながら辟易とした様子で語る月退に、香椎が感心したように相槌を打つ。二人の会話を聞きながら來見は一人考えを巡らせていた。
(そうか、これも白石が熱中症になる一因になってそうだな。このTシャツ自体、通気性が特別に良かったりする訳じゃないし……)
勿論、Tシャツを発注する際に速乾性のあるメッシュ素材の物を選ぶ事も出来たのだが、その分費用がかさんでしまう。
年に数回しか使用しないTシャツに高校生がわざわざ高額を支払うかというとそんな事はなく、基本的にはごく一般的な綿素材が選ばれていた。
特にスポーツに向いている訳でもない素材な上に熱を吸収しやすい黒色という組み合わせが、体育祭という行事においては致命的に悪かったのかもしれない。
「おっ次、障害物競走じゃん。前行こうぜ」
「うちから出るの林と白石だっけ。応援してやるかぁ」
「あぁ、そうだな」
香椎と月退の会話で現実に引き戻された來見は、遅れて靴を履き直し二人の後を追ってトラックに近付く。
辺りを見回すと応援団があちこちに散らばりながら声出しをしたり、巨大な旗を振って応援をしている。グラウンドを照り返す日光の眩しさに目を細めながら、來見は徐に口を開いた。
「……昼前のプログラムはこれが最後だよな」
「おー」
「何々もうバテてんの?お前、個人競技出てねぇのに」
どこか疲れを滲ませた來見の問いに香椎が答えると、月退はからかうように言葉を掛けてくる。特に悪気がある訳ではないと理解していた為に、來見も軽くあしらうように返事をした。
「俺は平均値の体力しかないだけだから。お前らみたいに炎天下で走り回って平然としてる方がおかしい」
「運動部は持久力ないと話にならねぇからなぁ。まぁ普段のお前のスタミナを考えたところで、疲れすぎにも見えるけど」
「來見は体力の配分が下手なんだよ。そんなんじゃ午後持たねぇよ?」
死ぬなよ~と再び月退に扇子で扇がれながら、來見は二人の言葉を反芻する。自覚は無かったが確かに朝からあまりにも身構えすぎていたかもしれない。指摘された事で余計に疲労が襲い掛かってくるのを感じながら、それでも注意深く白石を観察し続ける。
「……昼休憩の後も暫く出番ないだろ?だらけてれば良いよ」
「うん、そうする」
忠告を受けて尚、気を抜こうとしない様子を心配したのか香椎がためらいがちに提案をしてくる。深く追求する事はなくとも來見を気に掛けた言葉だとよく分かっていたので、素直に承諾するのだった。
かくして障害物競走が開始されたものの、特段問題が生じる事は無かった。
白石は軽々と跳び箱を飛び越し器用に網を潜り抜け、難なく袋跳びを終える。吊るされた未開封のパンは背伸びするだけで簡単に入手し、最後の飴探しも顔を粉まみれにしながら瞬く間に完遂していった。
白石はにこやかな笑顔を浮かべながらスタッフに連れられ一位の旗の元に並び立つ。その姿を眺めていると不意に応援席の方へ顔を向けた白石と目が合った。こちらに気付き大きく手を振り全身で喜びを表す姿に微笑ましさを覚えながら、來見達も手を振り返すのだった。
「最後、惜しかったな~手間取らなかったらワンツーフィニッシュ狙えたのに」
「知と柊が煩すぎて集中できなかったんだよ……もう少し佑斗辺りを見習って静かにしといて欲しかった」
月退が障害物競走のもう一人の出場者である林の健闘を称えると、当の本人からは少々トゲのある言葉が返ってくる。來見を引き合いに出して悪態をつかれても月退は意にも介さず笑っていた。
「いやいやその怒りをパワーに変えられたからこその4着だろ?俺達のうるさい応援が無かったら、もっと順位は下がってたね」
「……また適当な事言ってるよ」
得意気な顔をする月退に林は慣れた様子で聞き流す。するとすぐ傍で会話を聞いていた更田が林に助太刀するように口を開いた。
「でも8人中4位って大健闘だよ、ポイントもかなり入ったはずだし。お疲れ!」
「色んな意味で応援が力になったんだねー」
のんびりとした声で続ける白石の後ろ姿を、昼食の為に校舎へと歩を進める生徒の群れに混ざりながら來見は眺めていた。
手元の携帯を覗くと時刻は12時04分と表示されている。
(この辺りから具合が悪くなるのかもしれないと思ってたけど、今のところは大丈夫そうかな。教室で休憩もできるし)
休憩時間の間は昼食を摂る事でエネルギー源と水分の補給をし、外と比べて段違いに気温の低い校舎内で休む事ができる。
來見の見たところ白石の足取りはしっかりとしており、調子が悪そうな様子も無い。涼しい顔をして談笑する白石を見て、これなら今は問題ないと一時胸を撫で下ろすのだった。
12時50分、休憩時間が終わると午後の部が始まる。
第一のプログラムとして行われたのは応援合戦だった。その中でも白団はトップバッターを務める為に、応援席は落ち着きなくざわめいている。
プログラム番号と種目が読み上げられると、応援団が黒地の長法被を靡かせながらグラウンドへ走り込み整列する。僅かの間をおいて地響きの様に鳴り渡った音楽に合わせ舞い始めるのを見ながら、來見達は手拍子や歓声を送っていた。
後半に差し掛かると団長の一声で、応援席にいる白団の生徒達もグラウンドへ招集される。予め練習していたコールや更田が旗を持って走るのに合わせたウェーブなどを行うと、白団の番は滞りなく終了したのだった。
その後も赤、青、黄団の順に応援合戦が行われるのを見届けると、高校2年生による学年対抗リレーへと種目が移る。
整列しグラウンドへ駆け足で入場しながら、來見はここからが正念場だと気合いを入れ直し白石へと目を向けた。
(順番が白石より後ろなお陰で様子が見れるから、ラッキーだったな。走った後も異変がないか確認できるし……)
リレーは選手達がそれぞれトラックを半周ずつ走る為に2つのグループに別けられ整列するのだが、幸い來見と白石は同じグループな上に走順も比較的近くであった。
万が一、白石が出番を終えた後に顔色が悪ければ、來見は即座にスタッフへ声を掛け保健室へと連行する心積もりでいたのである。
「オラッ」
「うわ!」
來見が一人考えを巡らせていると突如背後から肩を捕まれる。犯人は更田であり、飛び上がった來見を見て笑い声を上げていた。
「緊張し過ぎだぞー。大丈夫だって、もし抜かされても自分がリカバリーするから」
「……うん、お陰で肩の力が抜けたかも。でも俺の仇は先に頼んどくな」
任せとけと息巻く更田は、來見の緊張を学年対抗リレーというある種の連帯責任が生じる競技に強制的に参加させられる事から来るものだと思ったのだろう。
事態を重く受け止めすぎないように気を回した更田に、來見は人柄の良さを覚えながらも言葉通り気を楽にする。
(大丈夫だ、ちゃんと準備してきたし。予告された時間よりもまだ早い)
來見は深く深呼吸すると、目の前の競技に集中し始めるのだった。
「頑張れー!行けるぞー!」
「立ち上がらないでくださーい。前に詰めてー」
大きな声で生徒達が口々に声援を送る。更田もその内の一人だったのだが、スタッフに注意され慌てて直立状態から片膝立ちへと姿勢を変えた。
「自分達のクラス、いい線行ってるよな!1位も取れるかも!」
「うわ、接戦のまま順番来るの嫌だなぁ……」
「大丈夫だって、タイムは同じ位の奴と走るから!」
興奮した更田に肩を揺さぶられるも、來見の気分は反比例するように下降していく。いつの間にリサーチしていたのか來見の知らない情報を伝え更田は激励するも、あまり効果は現れなかった。
「……せめて俺の番までは、このまま追いかける方であってくれ」
「泣くな!ほら白石を応援してやれ!」
「泣いてねぇよ……泣き言は言ってるけど」
ぼやくように言葉を口にしながらも、來見の目は白石をしっかりと捉えていた。テイクオーバーゾーン内で堅実にバトンを受け取り走り出す白石は、先頭を走る黄団を追い越せはしないものの最後まで食らい付いていく。
(流石に疲れてそうだけど、結構涼しい顔してるな)
バトンを次の走者へと繋いだ白石は、走り終えた直後は肩で息をしていたが暫くすると顔色も変えずに誘導に従って列に加わっていく。
白茶色の少し長めの髪は風に靡き、過剰に発汗している様子もない。近くにいる生徒達と話している姿からも特に異変が起きている訳ではなさそうだった。
「來見!次お前だから並んで!」
「うわっ……むしろ差が縮まってる……」
「いざとなったら自分が何とかするから!どんと行け!」
白石の容態に気を取られながらも、更田へ物理的に背中を押された來見は立ち上がりレーンへ足を踏み入れる。來見は自分に責任がのしかかってくるのを感じながら、眉を八の字にして出来る限りの全力で駆け抜けるのだった。
結果的に言えば、來見達白団は2着で終わってしまった。更田は宣言通り尽力し一時は先頭まで躍り出たものの、最後の走者までそのペースを維持することが叶わなかったのが敗因だった。
悔しがりながら退場し応援席へと戻っていく生徒達とは、反対方向へと進んでいく白石を來見は見つける。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「行ってらー」
傍にいた香椎に声を掛け、來見は後をつけるように校舎内へと立ち入った。静かな校内で数人の足音が微かに聞こえてくるのを耳に入れながら、素早く自分の教室まで足を運んでいく。
ロッカーの鍵を開け、中から熱中症対策用品一式を取り出しそのまま上の階へと続く階段に歩を進める。ここまでは誰かに見咎められる事もなく順調に行動できていたのだが、思いもよらない事態が生じてしまったのだった。
「あれ?來見くん。そっちは校庭じゃないよ」
「ほ、祝。どうしてここに?」
丁度踊り場を抜けて上階へ行こうとする來見の姿を、階下から目撃した祝が話し掛けてきていた。
來見は然り気無く祝の疑問には答えず、逆に質問する事でその場をやり過ごそうとする。祝はそんな來見に気を悪くした様子も無く素直に会話を続けていった。
「うん、飲み物が欲しくて買ってたの。それでお財布をロッカーにしまいにね」
「そ、そっか邪魔したな」
今し方自販機で買ってきたのだろう、冷えたペットボトルを揺らしながら祝は微笑んで返答する。來見はこのまま去って良いものか、客観的に見て階段を上ろうとしているおかしな行動を誤魔化すべきなのか混乱していた。
「……來見くんって方向音痴だったりする?それとも上に何か用事?」
來見がどう行動するべきか苦慮している間に祝はロッカーへ財布をしまい、再び質問を投げ掛けていた。來見は冷や汗が背中を伝うのを感じながらも次の瞬間には奇跡的に一筋の光明を見出だしていた。
(……勝手に誤魔化さないといけないと思ってたけど、別に悪い事じゃないし正直に言っても良いんじゃないか?)
最初から最後まで、何もかもを一人でやらなければいけない訳ではないと先日の桟雲銀行の件で來見は学んでいた。
メールの内容を言うべきではないのは確かだが、無理に嘘をつく必要も協力してはいけないという制約も存在しないはずである。
「さっき白石の体調が悪そうに見えたんだ。あいつ屋上で得点係やるって言ってたから、様子見に行こうかなって思って」
來見は少し解放されたような穏やかな気持ちで祝に答える。突然雰囲気の変わった様子が不思議だったのか僅かに首を傾げた祝は、ややあって口を開いた。
「……ね、それ私もついていって良い?もし熱中症にでもなってたら運ばないといけないでしょ。人数いた方が良いんじゃないかな」
「それも……そうだな。うん、じゃあよろしく」
「うん、こういうのは助け合いだからね!」
祝の申し出に快く応じると、二人は揃って屋上へと向かう。こっそりと携帯で時間を確認すると、そこには13時28分と表示されていた。
どことなく楽しそうな祝の歩みに合わせて、頭上に巻かれた鉢巻きが揺れている。
男子生徒は鉢巻きが額を真っ直ぐ横切る様に巻き後頭部で結ぶという、特に手を加える事をしない者が大半であった。
一方女子生徒は來見にはどうやっているのか分からないが、頭頂部にリボンが付いているように結んだりと、各々が好む形にアレンジしている者が多かった。
勿論祝も例に漏れず、鉢巻きをカチューシャの様に巻き着飾っている。來見が内心その可憐さに胸をときめかせていると、不意に声が掛けられた。
「いつもより校舎の中、涼しく感じるね。人が全然いないからかな」
「あぁ。外も同じくらい涼しいか、もう少し風があれば良いんだけどな」
ひんやりとした空気の中、二人の声と足音だけが反響している。それはまるで世界に取り残されたような、奇妙な感覚を來見に与えていた。
「ねー。でも風が強すぎると走ってて目が痛くなるんだよね、あとすっごく砂まみれになる!」
「体育祭の後に体を流すと、水が滅茶苦茶濁ってるからな。気付かない内に汚れてるんだろうな」
「うーん。こんな話してたらお風呂入りたくなってきた……」
「もう少しの辛抱だよ」
両手で自分を抱き締め大袈裟に悩ましげな表情を浮かべる祝に、來見は思わず笑みをこぼして返事をする。
二人がごくありふれた些細な言葉のやり取りを楽しんでいると、あっという間に屋上へと続く扉の前に辿り着いていたのだった。
來見がレバーハンドルに手を掛けると、施錠されていない為にすんなりと扉は開く。
祝と目を合わせ共に一歩足を踏み入れると、そこには広々とした空間が広がっていた。空からは太陽が照り付けており、急激に体が熱気に包まれる。
「白石?いないのかー?」
「おーい白石くーん」
そこには地上からでも見えるような巨大なスコアボードが置かれていたものの、人影は一つも見当たらなかった。
不安になった來見は声を上げ、追いかけるように祝も言葉を発する。すると聞き覚えのない固い声が響き渡ったのだった。
「……どちら様ですか。ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ」
背後から声を掛けられた事に驚き振り向くと、そこには見たことのある男子生徒が立っていた。その姿は入場行進の際にオーボエと呼ばれる楽器を手に持ち、白石と会話をしていた人そのものだったのである。
緑がかった黒髪を額が見える程の短髪にしスクエア型の黒縁眼鏡を掛けている男子生徒は、眉をしかめてこちらを見つめている。その態度からは來見達が不当な行為を働こうものなら、今すぐ追い出してやろうという気概がありありと見て取れた。
「いきなりすいません。白石を探しに来たんですけど……」
「…白石?」
歓迎されていない空気を感じ取り來見は直ぐに用件を伝える。男子生徒は未だ疑いの目で見ていたが、膠着する場に助け船が出されるように別の声が響いた。
「どうしたのナモ。あれ、クルミンとホリーだ。サボりに屋上使うのはダメだよー」
「……お前に用があるんだと」
「俺に?どうしたの?」
白石にナモと呼ばれた生徒はため息をついたものの、会話を許してくれるようだった。よく見るとクラスTシャツには皆本と名前が刺繍されており、そこから取ったあだ名だという事が分かる。
來見はのんびりと話を振ってきた白石に向かって口を開く事にした。
「さっきリレー出てただろ、あの後からちょっと体調悪そうに見えてさ。今、気分悪くないか?」
「心配してわざわざ来てくれたんだ、やさしー」
「……そういえばここ凄い暑いのに、白石くん全然汗かいてないよね。お水飲んでる?」
來見の質問にふわふわと答える白石を見て、運動部である祝は思うところがあったのだろう。確かに來見は顔色ばかり窺っていて、汗の有無には意識を割いていなかった。
「今日は輪にかけて浮わついてる感じがあったけど……もしかして熱中症になりかけてるのか!?」
「熱中症?分かんないけど。あっ、水は飲んでなかったなぁ」
白石の違和感の原因に思い当たった皆本は、食って掛かるように問い質そうとする。対する白石はまるで気にせずのんびりと返事をするだけだった。
「白石くん、白石くん。日影においで、座ろうね」
「白石、これ飲んで。あとこれ舐めて」
「私、タオルで扇ごうか?」
「わーありがとう」
祝が日影へと手招きし白石に風を送ろうとするのを横目に、來見は予め用意していた経口補水液とミネラルや塩分が補給できる飴を渡していく。
手際よく世話を焼き始めた二人に皆本は目を丸くしていたが、白石は喜んでその扱いを享受していた。すると突如甲高い音が鳴り響く。音の出所は白石からで、我に返った皆本が手を伸ばしポケットから携帯のような物を取り出していた。
「俺が出るから、お前は休んでろ」
「ごめんねーありがとう」
「気にすんな。……はい、屋上の皆本です……はい、はい」
皆本が少し距離を取り通話を始める姿を見送り、白石の状態を改めて観察する。指摘される事で自身の体調が万全ではないと気付いたのか少し元気を無くしているようだったが、深刻な容態ではなさそうであった。
「はい、青が238点で、黄は252点……はい、了解です」
聞こえてくる電話のやり取りから、集計された得点が伝えられている事が分かる。皆本は自身の携帯に点数をメモしているようで繰り返し確認した後、通話を切っていた。
「今から得点変えるんですよね。白石の代わりに手伝います」
「私も!やり方教えてください」
「悪いけど手伝ってもらいなよ。ナモ一人じゃ大変だよ」
三人が口々に言い合うと皆本は深く頷き了承する。來見と祝は白石から申し訳なさそうな顔を向けられるも、にこりと笑って深刻に思わなくても良いと示すのだった。
「教えるって言っても難しい事は無いんだけどな。それからそんなに畏まらないで良いよ、同学年なんだし」
此方に来てくれ、と続ける皆本の声に導かれ來見と祝はスコアボードへ近付いていく。それは普段の体育の授業で使うような捲っていくタイプではなく、数字の書かれたプレートを手動で差し替えていくものだった。
「後ろ側に数字のボードが順番に並んでるのが分かるか?そこから今から言う数字を取り出して、表に出てる得点板と変えてくれ。」
「わかった」
「はーい」
「じゃあ行くぞ。まずは白団220点……」
皆本が指示した通りに紙芝居の要領で目当てのボードを引っ張り出しては、地上の生徒達の目に触れる一番上へと重ねていく。ついでに今まで表になっていたボードも数字の順番に並べ直してしまい、同じ様な作業を4つの団分繰り返していった。
「よし、これで最後だな。白石は……」
一仕事終えた來見は白石の様子を確認しようと一瞥する。しかし視界に入ったのは壁に背を預け、項垂れている姿だった。
「白石!?」
最重要人物から目を離してしまうという失態を演じた自分を叱責しながら來見は走り寄り、白石の状態を急いで確認する。柔和な印象を与える垂れ目は閉じられ、來見の呼び掛けにも応じない。
「……」
「白石!……ん?」
下から覗き込むように確認すると白石は寝息をたてていた。額には汗が滲んでいるが表情は穏やかで、体の異常から苦しんでいる姿にはとても見えない。
來見の後を追い掛け走り寄ってきた祝と皆本と視線を交わすと、口を開くことにした。
「寝てるだけみたいだ、驚かせてごめん」
「びっくりした……疲れちゃったのかな?」
來見は自分で言葉を発しながら安心していた。項垂れていたのは、頭が重い為に首が下がってしまったのだろう。
「熱は……大丈夫そうだな」
白石の額に手を当ててみたところ、多少の火照りはあるが発火するような熱さではない。三人が一様に胸を撫で下ろしていると、屋上の扉が開く音が耳に入ってくる。
「お疲れ様ー交代が来たので君達は下に戻って良いですよ。……ん?何か増えてる?」
「……二人には手伝ってもらってました。サボりじゃないので怒らないでください」
女子生徒二人を引き連れ戻ってきた教師が首を傾げるのを見て、皆本がその場を取り繕う。来訪者達を見ていると來見はふと気付いた事があった。
(クラスTシャツが派手じゃないし、律儀にシャツをズボンにしまってるって事は中等生かな。鉢巻きの巻き方も普通だし)
中高一貫校へと移行している学校特有のものなのかもしれないが、基本的に中等生は高校生に比べ校則が厳しく行儀のよさが求められる傾向にあった。
(とは言うものの來見が中学生の時代には、当たり前に守っていた様なものばかりではあったが)
高校生から睨まれたくないという危惧もあるのだろうが、とにかく身なりが整っている事が中等生かどうかを見分ける指標の一つとなっており、來見の推測は恐らく当たっているだろうと思えた。
(そもそも、上履きって事はやっぱり中等生だ。緑色って事は……1年生か)
視線を上から下に向け來見は一人思案する。
伊斗路高校では中等生は足先まで保護されている上履きを、高校生はサンダルを身に付けていた。学年ごとに指定された色があり卒業まで変わることはないので、足元を見ればどの学年か直ぐに分かるようになっているのである。
(そうか。中等生が迷わないように先生が迎えに行ったから、屋上にはいなかったんだな)
それは白石や皆本達、高校生だけを残しても危険な事はしないだろうという信頼から来る行動であり、何故屋上に教師が不在だったのかという疑問の答えでもあった。
「なぁこいつの事背負うから、少し手貸してくれ」
「勿論」
「荷物持つよー」
声を掛けられた事で來見は考え込むのを止め、白石を皆本の背に乗せる補助をする。皆本は体格差のせいかよろめきそうになっていたが、次の瞬間にはしっかりとした足取りで持ち上げていた。
來見と祝は代わりに幾つかの荷物を持ち、屋上を去る準備を整える。
「先生これ、PHSと鍵です」
「はーい……背中の子は大丈夫?」
「こいつ寝てるだけなんで。後はお願いします」
「はいはい、気を付けてね。お疲れ様です」
皆本は教師へ貴重品を手渡し、心配には及ばない事を説明する。引き継ぎの為に来た中等生達が労いの言葉と共にお辞儀するのを見て、來見達も同様に会釈を返しながら屋上を後にしたのだった。




