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平成トランスポーター  作者: 夏名
10/54

5-1 体育祭

「皆さんに大事な連絡があります。気になっていた人も多いと思いますが、今年の体育祭において読書研究部は……」


 三つ編みを揺らしながら発言する部長を、部員達は食い入るように見つめる。緊張感が漂う室内で、誰かが喉を鳴らす音も聞こえていた。


「……特にお手伝いは頼まれませんでした!皆、それぞれの団で頑張ってね!」


 破顔して告げられた言葉に、司書室でにわかに歓声が沸き起こる。

 体育祭は基本的に実行委員の手によって運営されるものの、不足する人員を様々な部活から借り受けるのが常であった。

 読書研究部も例に漏れず、動員されるか否かという回答がなかなかされない日々を送っていたのだが、今日になってようやく候補から外れる運びになったという事実が判明したのだった。

 インドア派が大半を占める読書研究部の者達は、必要以上に屋外活動が要求されない喜びを分かち合う。それは來見(くるみ)も同様で、こっそりと息をついていたのだった。


「他に何か連絡ある人、いますか?……無いなら解散で。帰る時は出席簿へのチェックを忘れずにね!」


 いつもより興奮した様子で司書室を退出していく部員達に混ざり、來見も図書室へと戻っていく。

 後輩である浦部(うらべ)と一言二言、言葉を交わすと以前から取り付けていた約束を果たすため、資料室へと足を向けることにした。


「終わったよ。行こうか」


「……あぁ」


 扉を開け相変わらず入り浸っている颯真(ふうま)に声を掛けると、來見達は連れ立って学校の外へと出ていくのだった。




 1学期の山場の一つである中間テストを乗り越えた來見は、打ち上げをするために颯真を引き連れカフェ早味(はやみ)に足を運んでいた。


「いらっしゃいませー。あっ來見くんだ、こんにちは」


「こんにちは。2名なんですけど、席はどこでも大丈夫ですか?」


 二人を出迎えた周編(すあみ)に挨拶を返しながら來見は伺いを立てる。颯真は來見の後ろから顔を出すと一つ会釈をしていた。


「勿論、空いているお好きな席へどうぞ。ごゆっくり」


 ヒラヒラと手を振る周編に一礼すると、來見と颯真は適当な席を選び座ることにした。

 無料券のお陰でコーヒーはタダで飲めてしまうため、二人はそれ以外にも食べたい物を各々注文する。


「お疲れ様」


「お疲れ」


 料理が運ばれてきたところで二人は互いに労いの言葉を述べる。そうして細やかではあるが、無事テストを乗り越えた慰労会を始めるのだった。


「それで、例の件どうなったんだ?」


「テストの出来のことか?……勉強した分の点数は取れたって感触かな。大体予想通りって感じ」


 中間テストが終わり既に1週間ほど経過していた為に、全ての教科における最終的な結果(点数)は判明していた。來見がゆっくりとコーヒーを口に含むと、颯真は首を僅かに傾げながら言葉を続ける。


「いや、そうじゃなくて香椎(かしい)が騒いでたやつ。(ほおり)?と、ここに来るんじゃなかったのか」


「ん!?」


 突然、祝の名前を出された來見は、吹き出しそうになるのを何とか抑え込む。まるで何事も無かったかのように慌てて取り繕うと、來見は一つ咳払いをして颯真に抗議することにした。


「あのさ香椎ならまだしもお前までそういうこと言うの、勘弁してくれ。……その内ちゃんと誘うから」


「……俺に言われたくなかったなら、香椎の口を塞いでおくべきだったな。……一度約束したのなら破ってやるなよ」


「分かってるって」


 來見は周編に勧められるまま注文したメロンケーキに手を付けながら、話題を変えようとする。颯真もこれ以上詮索する気はないようで、既に空になったナポリタンの皿を退かしメニューを眺めていた。


「……そういえばそろそろ体育祭が近いけど、颯真のクラスは何かやってる?個人練習とか」


「リレーの順番が連続してる走者ごとに集まって、バトンパスの練習くらいはやったが……個人種目の方は知らないな。俺は出ないから」


 体育祭までもう1週間を切っていることもあり、やる気のあるグループが校内で放課後も熱心に練習する姿を目にするようになっていた。その事を思い出し話を振ったのだが、返ってきたのは來見とそう変わらないクラス状況であった。


「俺のクラスも似たような感じ。団対抗とは関係ないけど、陸上部が滅茶苦茶リレー練習してるのは見かけたな。またあそこが1位取るよ」


「部活対抗リレーか、お前は出ないのか?」


 体育祭は各学年がクラスごとに白、赤、青、黄の4つの団に別れて競技を行い、その順位に応じた得点が割り振られ最終的な数字の大きさを競うものだった。しかし中には団や得点とは関係のない種目も混ざっており、部活対抗リレーはその一つであった。


「出ない!ありがた……残念ながら俺は後輩より足が遅いので!彼が俺の分も、頑張ってくれることでしょう」


「……どうせ得点入らないから足の速さとかは関係ないんだけどな。もう素直に出場回避できて嬉しいって言えよ」


 來見としては平凡な身体能力しか持ち得ない中、観衆に見られながら走るのは精神的に耐え難いものだった。それが余興であると分かっていても、回避できるのならしようと考えていた為に、実際に出場しなくて良いという状況は非常に喜ばしいことであった。

 満面の笑みを浮かべる來見を、颯真は呆れたように半目になって見つめる。そんな態度を見て、つい來見は余計なことを口走ってしまった。


「何なら帰宅部も参加すれば良いのにな。クジとかで抽選してさ」


「……もしそんな制度が存在したら、俺ならどこかの幽霊部員になるな。それで生徒会と職員室の目安箱に、抗議文を入れまくる」


 來見が出来心で提案した意見を聞き、颯真は気怠げな目で非難するように言葉を返す。帰宅部としては黙っていられなかったのだろう。

 來見は失言してしまったと思い、謝罪のために口を開いた。


「ごめん、冗談だって。俺も走りたくない気持ちは分かるし。……でも仮にそうなったら帰宅部全員が部活に入るのかな」


 それはそれでちょっと面白い実験結果が見れそうだな、と自分の過ちは認めたものの、口には出さずに思ってしまう。それでも颯真は機嫌が直ったのかいつも通りの表情で話を続けた。


「……その質問に対しては、帰宅部の総意とかいう存在しない物に思考を割く時間こそ、無駄だという答えを返してやるよ」


「なるほど?ロジカルなような、情緒もへったくれもないような……」


「哲学的だな」


 哲学なのか?と疑問に思いながらも、二人はそのまま取るに足らない会話を続けていく。いつの間にか暇をもて余した周編も話に加わりながら、穏やかな一時を過ごすのだった。




「で?いつになったら誘うんだよ、祝のこと」


 颯真との慰労会の翌日、香椎からも同様の話題を降られ、辟易としながらも來見は口を開く。


「どいつも、こいつも……体育祭終わったら誘うって」


「別に良いけどさ、向こうが忘れない内にさっさと言った方が良いと思うぜ」


 タッパーに詰められた炒飯を食べながら香椎は釘を刺してくる。來見は弁当箱からつまんでいた卵焼きを飲み込むと、言い訳のように言葉を重ねた。


「分かってるって。……心の準備が必要なんだよ」


「随分長い準備期間だなぁ。馬に蹴られたくないからこれ以上は何も言わねぇけど」


 ラップを剥がし、お握りを食べ始めた香椎を眺めながら來見はため息をつく。

 改めて異性を誘うという行動は、どうにも恥じらいが先に立ってしまい、來見にとって中々困難な事柄だった。

 それでも約束を反古にするつもりは毛頭ないので、ちょっかいは出さずそっとしておいて欲しいというのが本音であった。


「……祝も何も言ってこないし、やっぱり誘わない方が良いんじゃないか?」


「それは遠慮してんだよ。お前らはお互いに、相手が迷惑するんじゃないかって思い込んでんの」


 焦れったいなぁとぼやきながらペットボトルの水を呷る香椎の発言を受け、來見は全身の動きを停止させる。思いがけない言葉に來見は不安げな様子から一転し、期待を滲ませて本心を打ち明けた。


「……つまり、嫌がられたりはしない?」


「ないない!俺の予測では、喜ぶ事はあっても絶対断ったりしないと見たね」


 途端に喜色を浮かべる様子を見て、香椎は軽くあしらうように言葉を続けた。來見としても香椎の人間観察力には一目置いているところがあった為、告げられた予想を真剣に受け止める。


「そ、そっか……」


 短いながらも万感の思いが込められた言葉に、香椎は目を輝かせる。しかし余計な事を言えば來見がへそを曲げると思ったのだろう。物言いたげな顔をしつつも昼食を口に詰め込み、首を何度も縦に振るだけに留めたのだった。


 昼食を終え弁当箱を片付けていると、不意に机の上に置いてあった携帯が震動する。もはや恒例となりつつあるその光景に、來見は悟りの境地で内容を確認するのだった。


「2012年6月5日13時40分、伊斗路(いとみち)高校屋上、白石(しらいし) 昂生(こうき)が熱中症により歩行障害に陥る。」


「……なるほど、体育祭の当日か。なるほど……」


 來見は香椎から怪訝そうに見られながら、痛み始めた頭を抱えるしかなかった。




(いつもの事だけど、額面通りに受け取る訳にもいかないんだよな。確かに熱中症が原因で体に障害が残るって話も聞いたことあるけど……)


 午後の授業、6限目。家庭科の調理実習を受けながら來見は考えを巡らせていた。


(場所が場所だから、熱中症でふらついて屋上から落下した結果……とかも全然あり得るんだよな)


 端から見ると妙に真剣な表情で炒め物をしながら、起こり得る状況を思い浮かべていく。

 対策や原因を考えていく内に、根本的な疑問が生じることに來見は気付いていた。


(……そもそも、何で白石は屋上にいるんだ?普段は鍵がかかって入れない場所なのに)


 体育祭当日だから開放されているなんてことは無いだろう。むしろ輪を掛けて厳重に施錠されて然るべき場所である。


「クルミン、パスタ茹で上がったよ」


 背後から声を掛けられ來見は現実に引き戻される。声の主は渦中の人間である、白石その人だった。

 白石はクラスメイトの了承を得てはあだ名を付け、親しみを込めて呼んでいる少々変わり者の男子生徒である。今も來見にあだ名で呼び掛け、パスタを具材と和えるために持ってきていた。


「あ、あぁ。混ぜるから入れていいよ」


「うん。横から失礼しまーす」


 白石が水を切ったパスタをフライパンに投入するのを眺めながら、來見は疑問を解消するべく話し掛ける。


「白石は体育祭当日、何かやることあるの。えっと……ほら部活によっては、手伝いとかやらされたりするだろ」


(あれ、これは意外と良い質問じゃないか?)


 それは先日、読書研究部が手伝いを免除された事が頭をよぎり思い付きで口にしただけだったのだが、情報を収集するのには適した質問のように思えた。


「うん、手伝いするよー。吹部って部員多いから毎年駆り出されるんだよね」


「その節は、吹奏楽部には大変お世話になっております」


 白石が返事をすると、スープとサラダを作っていた更田(こうだ)が横から会話に加わってくる。更田は來見のクラスの体育祭実行委員の一人で、運営をしつつも手伝ってもらっている立場の人間であった。


「コーダ達――実行委員ほど出突っ張りじゃないんだから、気にしなくて良いよー。ああいう手伝いも面白いしね、屋上に入れたりするし」


「あぁ、屋上でスコアボード変えるやつな!高所恐怖症にはキツいって噂の」


「……屋上!?」


 二人のやり取りを聞いていた來見は遅れて反応を示す。まさか自分の知りたい情報がピンポイントで出てくるとは思わず、うっかり聞き流しそうになっていた。


「うん?そう、屋上入れるよ。俺も今年初めて得点係になったから行くの楽しみだな」


「屋上って……暑そうだよな。お昼の後とかにやるのか?」


 混乱しながらも詳細を聞き出す為に、來見は言葉を続ける。幸いにも白石は不審に思うこともなく、促されるまま話を進めていった。


「そうそう。時間は忘れちゃったけど、午後の部の最初にやる応援合戦が終わった後くらいだったかな?」


「いや、応援合戦の後は自分達の学年対抗リレーがあるだろ。その後じゃないか?」


 あぁそうかも!と更田へ返事をする白石の声を聞きながら、來見は策を講じ始めていく。取り敢えず今、來見ができそうな事と言えば僅かな忠告だけであった。


「……ちゃんと熱……日射病の対策しろよ?」


「うん!じゃあ俺はこれ洗ってくるから、クルミンは火加減に気をつけてねー」


 軽い返事をし、調理器具を片付けに行った白石の言葉を受けて來見は慌てて火を弱める。フライパンの中身は焦げてはいないものの、些か火の入りすぎたアラビアータが出来上がっていた。




 來見は自宅で、調理実習で作られたアイスボックスクッキーを食べながら考えをまとめていた。

 お菓子作りの得意な班員が調理を立候補しただけあって、文句の付けようがない仕上がりのクッキーを味わいながら、携帯の文面を穴が空くほど見つめる。


「熱中症は段階的に悪化していくから……メールに書かれてる時間にピークを迎えるって事で良いのかな」


 熱中症になり始めるタイミングを逆算して見極めるために、來見は机の上に並べておいた体育祭のプログラムに目を走らせる。


(13時40分は……俺らの学年リレーの後、大縄跳びをやってる最中か。走った後、ろくに水分も摂らないまま屋上で得点係をしている内に……直射日光にやられて倒れたりするのかも)


 プログラムに記載されている各競技の開始時間は、あくまで予定である。しかし熱中症にかかる切っ掛けになりそうな種目と、白石自身が証言していた屋上へ行くタイミングが連続している為、助けに入るべき瞬間は絞り込めたようなものだった。


「屋上で倒れたから直ぐに運べなくて、応急処置が上手くいかなかったとか?……屋上なのに、付き添いの先生がいないのはおかしい気もするけど」


 頭を働かせてみても、今一つ判然としない状況に來見は首を捻りながらも対策を考えていく。


「うーん、それなら……」


 当日へ向けて出来る限りの準備を整えるために、來見の気力と時間は消費されていくのであった。




 2012年6月5日、体育祭当日。來見はロッカーに家から持参した熱中症対策用品を詰め込んでいた。


「……よし」


(少し過剰だけど、このくらいは自分用として持ってきていてもおかしくないよな……これで何とかなると良いけど)


「おはよーちょっと失礼」


 暫しの間考え込んでいると背後から声が掛けられる。顔を上げるとそこには更田が立っており、來見と同様にロッカーに用事がある様子だった。


「おはよう。あ、今年は朝からメッシュ入れてる」


「おう、カラーワックスな。1日限定の応援団特権で朝からでも許されるって去年学んだから、バッチリキメてきた!」


 來見は邪魔にならないよう体をずらし、つい目に付いた変化を指摘する。

 応援団の各員は予め割り当てられている、団を象徴した色が散りばめられた衣装を纏い、時には更田のように髪まで染めるのが慣例になっていた。


「今回は白か。クラTが黒いから余計派手に見えるなぁ」


 生徒達が身に付けているTシャツは体育祭の為に発注され、クラスごとに生徒達が自由にデザインしているものだった。

 しかし白団に割り振られたからと言って白いTシャツを着用するのは、普段使用している体操着と代わり映えしない上に味気なさ過ぎる。その為、白団に配属されたクラスでは黒地に白色の模様や標語を入れるのが通例となっており、來見達も例外ではなかったのである。


「青も悪くなかったけど、白も良いだろ?今から自分が女子にモテまくる未来が見えるわ」


「うん、似合う似合う」


 ポーズまで決めて得意気な顔をする更田に、機嫌を損ねない程度に適当な言葉を返す。

 実のところ來見は更田と高校1年生の時に同じクラスに所属していた為に、体育祭実行委員と応援団を兼任する姿を見るのは2回目であった。

 過去に更田の黒髪が真っ青に染められていた様子を見て、驚きよりも感心が先に来ていた事をふと思い出す。


(こういう場で目立ちに行けるの、相変わらず凄いよな。俺には絶対無理だ)


「はーい、ホームルーム始めます。廊下にいる人は教室に入りなさいね」


「「ハーイ」」


 内心、更田の行動力を称えていると、職員室からやって来た担任が声を掛けてくる。來見と更田は声を揃えて返事をすると教室に滑り込み、自分の席へと腰を降ろすのだった。


 出欠や注意事項などを確認すると、あっという間にSHR(朝の会)は終了する。生徒達は早々に外へ整列しに行く者から、時間ギリギリまで校内に残り談笑していたりと好きなように過ごしているようだった。

 目にも眩しい、赤や青の原色のTシャツを着た生徒が行き交うのを眺めながら、來見は視線を彷徨わせる。


(白石は普通に出席してたけど、様子を確認しておきたいな)


 ざっと教室を見回すと、颯真程ではないにしても白石も上背がある方なので直ぐに見つけることができる。

 白石は他クラスの生徒達に混ざり何かを話しており、現時点では体調を崩している様子には見えなかった。


(今のところは大丈夫そうだよな。やっぱり競技が始まってからが問題か)


「あっ、あいつ!また女子に囲まれてる……!」


 來見がうっすらとこの先の展望を考えていると、悔しそうに押し殺した更田の声が聞こえてくる。

 更田の視線は完全に白石を捉えており、表情には羨望と少しの嫉妬が滲んでいた。


「いつもの事じゃん?ていうかあれモテてるっていうか、同じ部活の女子と話してるだけだろ。男もいるし」


「羨ましいもんは羨ましいわ!自分も、もっと女子からガツガツ来て欲しい!何で自分のとこには来ないんだ!」


「そういうところが駄目なんじゃ……」


 吹奏楽部の大半は女性が占めており男性の割合は少ないものの、香椎の言う通り基本的には男女の垣根を越え仲良くしている姿が見受けられていた。

 その為、白石が囲まれて話をしていようと何ら違和感のある光景ではなかったのだが、更田もそれが分かっていながらぼやいていたのだろう。その証拠に來見がつい口から溢した軽い駄目出しを聞くと、呻き声を上げ一人崩れ落ちていた。

 場が混沌としてくる中、更田は重ねて声を上げ始める。


「求めなきゃ得られるものも得られねぇんだ!でもだからって自分から言い寄ってキモがられ……失敗したら、最悪今後の高校生活を晒し者として生きていく事になるんだっ……!」


 積極性はある癖に受け身な姿勢なのは、体裁と自身の欲望の狭間で苦悩した結果だったのだろう。そんな更田の様子を見て、香椎は良い笑顔で言葉を送る。


「応援団とか人によっては晒しもんの極致だろ?あんな目立つ役回りに立候補するメンタルがあるなら、大丈夫だって」


 だから安心して女子達にも当たって砕けてこい、と親指を立てて告げる香椎に続き、ついでのように來見も口を挟む。


「人の嫌がる事するのは駄目だけど、いざとなったら悪気は無かったって証言してやるからな……!」


「こいつらマジで役に立たないアドバイスしかしねぇ!」


 全くの善意から言葉を発したと言うのに、纏めて無能扱いされた事に來見は少々憮然としてしまう。香椎も同様に思ったのか眉をひそめ、不満げな表情で口を開く。


「んなこと言われたってもなぁ……來見は他に何かある?」


「アドバイス?……白石は物腰の柔らかい感じが好かれてそうだけど、更田はそういうタイプじゃないからな……」


 一見すると近寄りがたい長身の白石だったが、のんびりとした穏やかな語り口と常に柔和な笑みを浮かべているお陰で、多くの人間に良い印象を与えていた。


「白石のアレは天然でやってるけど、お前が計算してやってもなぁ……そういうタマじゃねぇだろ」


 同調する香椎に來見は深く頷く。更田も決して辛辣な物言いをする人間では無かったが、白石のような振る舞いを真似たところで不審がられる未来しか見えなかった。


「うん、持ち味を活かすべきだよな。つまり……」


「つまり?」


「……取り敢えず今日頑張って目立てば、良い感じに食い付いて来る奴はいるって事だろ、多分!」


 來見の言葉を引き継いだ香椎の口から出てきたのは、雑な意見のようであって、その実正鵠を射たものだった。

 実際、体育祭実行委員の一員として準備を整え応援団の訓練に日々明け暮れた事は、他でもない更田の努力に依るところである。その懸命な姿に心打たれる者がいても、何らおかしい事ではなかった。


「今までの練習の成果を、色んな人に見てもらえるチャンスだしな。気に留める人はいるよ……多分!」


「語尾に多分って付いてるのが気になるけど……そうだな!自分、頑張るわ!」


 本人からしてもあやふやな意見であったと自覚していても、更田にとっては効果があったらしい。気合いを入れ直した様子を眺め安堵していると、スピーカーから予鈴が鳴り響く。


「やべ、そろそろ行かないと」


「整列しに行くぞー」


 香椎と更田に急かされ、來見も走り出す。いよいよ体育祭が始まろうとしていた。




 入場行進を控え、生徒達は学年毎クラスごとに整列し始めていた。それぞれの体育祭実行委員が再度出席を確認し終えると、所属するクラスが表記されたプラカードを掲げる為に、列の先頭に加わっていく。

 更田が前方から出欠を取っていく様子を横目に、來見は不意に後ろへ振り向く。そこには順番的に更田を抜かして白石がいるはずであった。


「……あれ?」


「ん?どうした」


 來見の背後には出席番号では白石の更に後ろである、月退(つきのき)が立っていた。不思議そうな顔をする來見を見て月退も釣られるように首を傾げる。


「白石、朝は来てたよな。何で並んでないのかなって」


「あぁ、あいつ吹部だから一緒に行進しねぇのよ。あそこにいるの見える?」


 疑問を口にする來見に、月退は簡単に答えを返す。指で示された先には、救護テントの横で並ぶ楽団が存在していた。


「……そっか!演奏とかするのか。もしかして閉会式とかも?」


「んー多分そうじゃね?表彰式とかあるし」


 体育祭の練習は何度か行われていたが、実際に演奏される事は無かった為に來見は完全に失念してしまっていた。それは白石が練習中は空気を読んで、一緒に行進していた事から起こってしまった見落としでもあった。


「完全に忘れてた……言われてみれば、去年も生演奏とかやってたな……」


「俺も白石に言われてなかったら気付かねぇよ。ま、そういうことだから心配すんな」


 月退に言葉を返され、來見は思いを巡らせ始める。その視線は忙しなく動き、楽団の中から白石を見つけ出さんとしていた。


(日向にいるけど、朝だからそんなに日差しは強くない。時間的にもまだ余裕があるし……大丈夫かな)


 白石を視界に捉えると、楽器を手にリラックスした様子で談笑している姿が見えた。話し相手は先程も一緒にいた他クラスの男子生徒で、気心が知れた仲なのが見て取れる。


(ていうか、白石が持ってる楽器大きいな)


 男子生徒は黒い縦笛のような楽器を肩に寄り掛からせ、片手で下部を支え軽そうに持っている。一方、白石は金色に輝く楽器を抱え込むように腕を回し、持ち上げていた。勿論、他にも長さや高さのある楽器はあったのだが、縦幅と横幅の密度からして白石の持つ楽器は非常に重たそうに見える。


「なあツッキー、白石が持ってる楽器って何て名前?」


「んー?あれは……トランペットの亜種だろ。で、あの尺八みたいなのはフルート」


「最初のはユーフォニアムで、後のやつはオーボエな、アホコンビ」


 興味を覚えた來見が楽器の種類を問うと、月退はついでに男子生徒が持つ楽器の名前も加えて回答する。声色からしていい加減さに満ち溢れていたその答えは、耳聡く聞き付けた香椎に即座に訂正されていった。


「知らなかったもんは仕方ねぇだろ?今の一瞬でもう覚えたもんなー?俺らアホじゃないよな、來見」


「えっ?そ、そうだな……俺達は今、無知の知を体現してんだ。ただのアホとは一線を画していると言って良いはず!」


「……頭の良さとアホさが両立する瞬間を見たなぁ」


 月退に押し切られる形で苦しい言い訳を披露する事になった來見だったが、いつの間に鍛えられたのか妙に口が回る。

 月退は賢いと笑って手を叩き、來見自身悪くない弁解だと思っていたのだが、香椎は呆れたように二人を見つめるだけだった。


「そろそろ入場するから前向けー。ツッキーは出番の時以外は外してていいけど、今は頭に鉢巻き付けといて」


「ハイハイ」


 出欠を取り終えた更田が、列の後ろから戻りつつ三人に声を掛ける。月退が鉢巻きを首元に引っ掛けているのを注意しつつも、更田は返事を聞き流すように忙しなく通り過ぎて行った。


「うーん始まるねぇ」


 程無くして入場行進の開始を告げるアナウンスが流れ始めると、月退が溢した独り言が耳に入ってくる。

 來見は視線を白石に向けながら、どんな異変も見逃さないよう神経を尖らせるのだった。

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