1-1 未来からのメール
平成24年、西暦に変換すると2012年の4月12日木曜日。
一週間ほど前に進級したばかりの高校二年生、來見 佑斗は非常に頭を悩ませていた。苦悩の原因は、目の前に鎮座する携帯電話に届いたとあるメールであった。
「2012年4月13日16時30分、伊斗路市宇輪町レンガ通り、祝 蕗沙が交通事故に遭い死亡する。」
何度見返しても変わらない内容に、どうしてこうなってしまったのであろうと、この不可思議なメールが届く契機となった出来事を來見は思い返していた。
4月11日の夜、來見はその日学校で出された課題もそこそこに、自室で読書をしていた。
「もうこんな時間か」
ふと机の上の置き時計を見ると、時刻は既に23時を回ろうというところだった。ベッドへ体を預け、起床用に設定されたアラームがしっかり鳴ることを確認したその時、不意に携帯が震え出す。
「ん?」
携帯の画面には新規のメールを受信した、という内容が表示され、確認を求めるようにランプが点滅していた。
「迷惑メールだな、消去っと」
未登録のアドレスな上、件名に何も書かれていないそのメールをわざわざ見る必要はないと考え、來見は特に内容を確認することなく消去した。
「は……?」
そう確かに消去した筈なのに、何故か画面にはメールの内容が表示されていた。
「あなたは私を助けてくれますか?」
「……これ返信したら、メアド抜き取られて悪用されるやつだよな。……うん消去しよう」
確かにそう思っているはずなのに、言葉とは裏腹に來見の指は自然と返信の為の文面を作成していた。
「あなたは誰ですか?」
「……これ絶対怒られるよな、でもアドレス変えれば多分来なくなるだろうから……」
送信ボタンを押した途端に後悔するとは分かっていても、自分の行動を止めることが出来なかった。來見は知的好奇心に負けてしまったのである。
恐る恐るメールを送り返した後、数分も待たない内に携帯は再び震えだした。不思議なことに受信したメールは自動で開かれ、來見は直ぐに文面を目にすることになった。
「私は10年後の未来からメールを送っています。」
「未来人っていう設定か?……10年後にもメールって存在してるんだな」
それはそうだろうなという納得感と、あまり代わり映えしない未来に少しの落胆を覚えながらも、來見は次のメールを作成し送信する。
「あなたが未来人という証明をしてください。」
「絶対無理に決まってるけど……何て返してくるかな」
來見は段々と楽しくなってきていた。明日の天気くらいなら自分だって当てられそうなものだが、この自称未来人はどう言い訳してくるのか、試してやろうという気持ちになっていた。
「2012年4月12日4時、トンネル内、新幹線追突事故が起こる。」
「衝突を防止する装置が付いてるのに?あり得ないだろ」
大きく出たなと思いつつ、見え透いた嘘にこれ以上乗るのも時間の無駄だと判断し、來見は馬鹿馬鹿しいやり取りを切り上げることにする。
明日起きたらアドレスを変更しようと瞳を閉じると、來見はたちまち眠りに落ちていったのだった。
4月12日の朝、來見は寝ぼけ眼で階段を下り、リビングで朝食を摂ろうといつもの席にゆっくりと座る。
母親の用意してくれた料理を口に運んでいると、ふとテレビから電車の遅延情報が流れていることに気付いた。
「遅延?……電車ってまさか」
昨夜のメールの内容を思い出し、來見は食い入るようにテレビを見つめる。
報道によると早朝に新幹線の衝突事故が起き、上下線に運休が生じているという話だった。原因は今なお追及中で、多くの利用客が遅延や不規則な乗り換えに巻き込まれているようだった。
「怖いよね。お客さんが乗る前だったから、怪我人はいなかったみたいだけど」
來見が身を乗り出して見ていた為か、母親がそう声をかけてくる。辛うじてその内容は聞こえていたものの、來見は動揺のあまり上手く言葉を返すことができずにいた。
「でも地域的に私たちは関係ないし、休校になったりしないからね。はい、食べたらさっさと登校する!」
「……わかってるよ……まだ家出なくても遅刻しないんだけど」
テレビを消し大声で急かしてくる母親を前に、來見は我に返る。小声でぼやきながらも、口煩く言われる前に食器を片付け登校することにしたのだった。
高校への通学路を歩きながら、來見は次に何をするべきか既に心を決めていた。
素早く携帯を取り出すと、その反動でストラップホールから吊るされた鈴の音が辺りに響く。震えそうになる指を抑え込みながら、それでも一文字ずつ正確に打ち込んでいった。
「あなたの目的は何ですか?」
昨夜のメールが本当に未来から送られてきたものなら、助けを求めているのは疑いようのない真実だと來見は確信していた。
新幹線の衝突事故なんて起こそうと思って起こせるものではないし、ただの平凡な学生でしかない自分を騙す必要性も感じられない。
数分経った頃だろうか、來見が深く息を吸いながら返事を待っていると携帯が震え、メールを受信したことを知らせる。
「祝 蕗沙を一人にしてはいけない。」
「2012年4月13日16時30分、伊斗路市宇輪町レンガ通り、祝 蕗沙が交通事故に遭い死亡する。」
「以降、メールの内容は決して誰にも話してはいけない。」
返信があったという高揚感は消え去り、冷たいものが背中を伝うのを感じ取る。
突然、同級生の死を予言された來見は、その衝撃的な内容にしばし立ち尽くすことしか出来なかった。
來見は教室に入り、ぼんやりと祝 蕗沙を見つめる。
祝は目の覚めるような山吹色の髪に、スカイブルーの瞳を持つ、クラスでも少々目立つ容貌の女生徒であった。
來見との関係はと言うと、出身中学は同じものの面識がある程度である。その上、高校に入って同じクラスになったところで、片手で数えられる程しか会話をしたことがないというのが実情であった。
果たしてそんな人物に、どう忠告すれば事故を回避させられるのか、來見はグルグルと考えを巡らせていた。
「今朝の衝突事故、電車の自動ブレーキが作動しなかったのが原因らしいぜ」
ふと耳にそんな言葉が入ってくる。顔を上げると香椎 柊がこちらを見ながら、焼きそばパンを頬張っていた。
香椎は祝と同様に中学の出身が一緒で、中学三年生の頃からの気心の知れた間柄だった。おまけに高校でも続けて同じクラスに所属するとなれば、來見にとっては自然と多く連むことになる相手であった。
「おっ、やっと生き返った。お前今日何か変だよ、早退すれば?」
香椎に話しかけられた事で気付いたが、どうやらいつの間にか昼食の時間になっていたようだった。周りの生徒のざわめきも耳に入っていなかった事実に驚きながら、來見は口を開く。
「もしかして俺、ずっと固まってた?」
「いや教科書出したりノート取ったりはしてたけど、ついさっきまで何話しても適当な相槌しか返さなかっただけ」
「……意外と器用だったんだな、俺」
無意識の内に自分で机の上に置いたのであろう弁当箱を広げながらぽつりとこぼすと、香椎はまるで興味が無さそうに話を続ける。
「何でも良いけど、寝不足なんじゃねぇの?遅くまで本読んでたりしたんだろ」
「まぁ、そんなところ。ちょっと考え事してただけ」
言いながらつい、祝の姿を視線で追ってしまう。未だ肌寒い日々が続いているためだろう、上半身には白いカーディガンをまとい、学校指定のスカートからは黒いタイツを履いた足が覗いていた。そんな祝は友人と楽しそうに会話をしながら食事をしている。
すると來見の視線の先に誰がいるのか気付いたのか、香椎は一瞬目を見開くとニヤリと笑い、からかうように口を開いた。
「なるほど……真相がわかっちまったなぁ。春といえばそういう季節だもんな。協力してやろうか」
香椎は昔からやたらと人の恋愛模様における洞察力が鋭く、高い確率で詳細を当てていた事を不意に思い出す。
ニヤついている顔を見れば、香椎の脳内で來見は恋煩いしている事になっていると簡単に理解できた。
「言っておくけど、そんなんじゃないから。……余計なことするなよ」
渋い表情を浮かべながら念を押すと、それも照れから来る言い逃れだと感じたのか、香椎は余計に言い募ってくる。
「別に隠さなくても良いだろ?確か明日はバスケ部休みだったと思うぜ。放課後ちょっと話に行ってみろよ」
「だから違うって……ん?部活?」
よく考えてみれば、メールに記されていた16時30分という時刻は、部活終わりの下校時間にしては早いものだったということに気付く。
携帯を取り出し、レンガ通りについて調べると、学校からは8分程の距離にある通りということが分かる。つまり授業終わりの15時40分頃から真っ直ぐに下校した場合の時刻とも、少々ずれているのである。
(部活は無いけど何か理由があって学校に残っていたのなら、レンガ通りを歩かないように誘導すれば事故を回避できるのか?)
香椎は再び考え込み始めた來見を放置したものの、さすがに心配になったのだろう。放課後になると声を掛けて來見の意識を戻してやってから、自分は部活へと出掛けて行ったのだった。
現実逃避のようにしていた回想を終えると、來見は再び頭を悩ませる。
「2012年4月13日16時30分、伊斗路市宇輪町レンガ通り、祝 蕗沙が交通事故に遭い死亡する。」
「時間も場所も分かってるなら、無理矢理引き留めたりして、祝の行動と被らないようにすれば良いんだろうけど……」
画面に表示された文面を見つめながらそう呟くも、読書によって鍛えられてしまった妄想力のせいで、來見はなかなか割り切れずにいた。
「そんなに簡単に行くものなのか?よくあるよな、油断したところにトラックが突っ込んでくるみたいな……」
現実と空想を混同してはいけないと分かってはいても、悲観的な想像がいくつも浮かんでは消えていく。
「ていうか、過去を変えたいなら他にも助言してくれよ。何で返信してくれないんだ?」
何度かヒントを求めてメールを送ってみたものの、來見の携帯には朝以降、未来からのメールは一通も届いていなかった。
とにかく今は出来る限りの知恵を振り絞るしかない。考え付くあらゆるパターンを想定しながら、來見はまともに睡眠も取らずに朝を迎えたのであった。
「祝、今ちょっといいか」
4月13日、当日。
來見はあらゆるシミュレーションを脳内で展開しながら、とうとう祝に話し掛けていた。
「うん、どうしたの?」
祝は普段接点の無い來見に突然話し掛けられた事に、驚いた様子を見せる。しかし來見の真剣な表情に思うところがあったのか、居住まいを正して話を促していた。
「放課後って時間あったりするか?何か用事があるならその後でも良いんだけど、相談に乗ってもらいたい話があって……」
それは來見が考えてきた作戦その1、祝が元々学校でやる事があるのを前提に、校内での滞在時間を更に引き延ばすことを目的とするものだった。
要するに時間を浪費させてしまえば、メールで予告されている場所と時間から、祝を引き離す事が可能なのではという魂胆だったのである。
來見は緊張で鼓動が早まるのを感じながら、頼むから了承してくれと祈るような気持ちで返答を待っていた。
「構わないんだけど、ちょっと用事があってね。ゆっくり話すのは、その後でもいいかな?」
(よし!成功した!)
申し訳なさそうに言う祝とは反対に、來見は目論み通りに運んだ喜びはおくびにも出さずに一つ頷く。
「それじゃあ、祝の用事が終わるまで待ってるから。ゆっくりでいいよ」
にこやかにそう告げると、祝が不思議そうに首を傾げ、襟足が長めのショートボブがさらりと揺れる。
そして次に放たれた言葉は、現実はそう上手く行くものではないことを來見に突きつけてくるのだった。
「あっ、学校に用事はないの。駅前のお店へ、予約してた商品の受け取りに行かなきゃいけなくて。」
「一緒に帰りながらお店に行って、その後どこかに寄って話しようと思ったんだけど、どうかな?」
來見は祝を学校に留め置けないことに内心動揺するも、直ぐに頭を切り替える。
(大丈夫だ、それなら作戦その2を実行すれば……!)
「いや、それで大丈夫。それじゃあ放課後よろしくな」
「うん!また後でね」
とにもかくにも、祝をそれとなく誘導できる下準備はできた。何とかつつがなく会話を終える事はできたが、途端に疲れが來見を襲ってくる。
しかし最後まで気を抜く事は許されていない。來見は最善を尽くした上で、悪い方向へ転ばない事を祈るばかりであった。
「それじゃあ行こっか」
放課後になり掃除が終わると、リュックを背負った祝がわざわざ來見の席に来てそう言ってくれた。照れているのだろうか、頬には僅かに赤みがさしている。
「うん、行こうか」
(もしかしてこれは、所謂デートというものでは……!?)
來見は言葉を返しながらも、つられて面映ゆい気持ちになりながら席を立つ。
しかし前の席から、香椎の生暖かい視線を感じると途端に気持ちが冷めていくのが分かった。香椎の顔には、絶対に何があったか聞き出して、からかってやろうという表情が浮かんでいた。
「來見くん?」
「いや、何でもない」
訝しがる祝へ返事をし、來見は半目になって、香椎を牽制するように睨み付ける。
來見の健闘むなしく、特に変わらない香椎の視線から逃れるようにスクールバックを掴むと、祝と連れ立って足早に教室を出ていくのだった。
「今聞いて良いのかわからないんだけど、相談っていうのは何の事かな?私が力になれる内容だと良いんだけど」
校舎を出て二人で歩いていると、おずおずと祝が話を切り出してくる。普段関わりのない來見から持ち掛けられた為に余程重要な話だと思ったのだろう、緊張した様子が見て取れた。
「実は母親の誕生日が近くて。父さんからプレゼント考えるように言われたんだけど、よくわからなくてさ」
「プレゼントかぁ、確かに悩んじゃうかもね。後で駅のデパートで良さそうなものがないか、見て回ろうか」
「そうしてくれると、すごく助かる」
來見は嘘は言っていないのだか、学校の外で時間を潰す場合の口実として、去年父親から言われた事を利用していた。
祝の何も不審に思っていなさそうな姿を見て、來見は疑いを抱かれなかった事にひっそりと胸を撫で下ろす。
(……よし、良く言った俺の口!変じゃなかったよな。いや、いきなり相談してる時点で変と言ったら変だけど!)
騒がしい内心を顔に出さないように歩みを進めていると、二人は気付けばレンガ通りだけでなく駅前も通り過ぎていた。
「……祝ってバス通学だっけ?」
それならば例え引き返したところで、その歩みは駅までに留まるはずである。祝が再びレンガ通りを歩く危険性は排除できるのではないかと、來見は質問をしていた。
「うん、そうだよ。駅前で降りて、そこからは徒歩。來見くんは?」
「俺は歩き、家近いおかげで登校が楽だよ」
いいなぁ、と言う祝の言葉を聞きながらも、來見には新たに疑問が生まれてしまう。
それならば何故あの時間にレンガ通りで事故に遭うことになるのだろうかと、考えざるを得なかったのだった。
二人が駅を通り過ぎてから5分程歩くと、目当ての店に辿り着いたようだった。祝の背中を追い入店すると、たくさんの靴が陳列されているのが見える。
「新しい靴、買ったんだ」
「うん、お母さんがね。本当は自分で取りに来るつもりだったみたいだけど、忙しい人だから」
祝が店員と会話し商品を待つ間に声をかけると、そんな言葉が返ってくる。
「代わりに取りに来たんだ?優しいな」
「そう?……えへへ」
素直に思ったことを口に出すと、殊の外祝の心に響いたのか、照れたように顔を赤くしていた。
そんな様子を見ると、再び心が浮き立つのを感じてしまう。あまり考えないようにしていたが、こうして女子と二人きりで買い物をするという出来事は、來見史上初めての経験であった。
(かわいいし、何となく良い匂いがするんだよな……)
「よし、じゃあ次はデパートに行こう!」
來見が胸を高鳴らせながら、明後日の方向へ思いを巡らせていると、すっかり祝の用事は済んでいたようだった。片手に靴箱の入った袋を提げ、にっこりと來見に笑顔を向けている。
「あ、あぁ。ご教授お願いします」
來見は慌てて雑念を払い、返事をする。携帯を取り出し時刻を確認すると、画面には16時03分と表示されていた。
「参考として聞きたいんだけど、いつもはどんなプレゼントしてるの?」
デパート内の店を見て回りながら、祝がそう聞いてくる。來見は母親へ基本的に毎年同じものを送っていたので、思い出す必要もなくするりと言葉が出てくる。
「普段は花束とケーキとか、基本的に消えものだな。」
「それじゃあ今年はハンカチとか、ハンドクリームとかどう?定番だと思うけど」
「……そういうのって好みがあるんじゃないか?気に入らないものを貰っても困るだろ」
それは実際に來見が普段から思っていることで、人に渡すプレゼントを決める際に、尽く菓子折りを選んでしまう原因でもあった。祝は目を瞬かせると、視線を上へ向けて口を開く。
「うーん、そんなこと言ったら、食べ物だって好き嫌いはあるでしょ?確かに好みの把握がしやすくて、お菓子とかは許容範囲が広いのかもしれないけど」
「……言われてみればそうかも。周りに食べ物の好き嫌い激しい人がいなかったから、考えた事もなかった」
甘いものが嫌いな人は少ないだろうと思い、安定した選択をしていたつもりだったが、実はそうではなかったのかもしれないと今更になって認識する。
今まで自分は、独り善がりな行動をとっていたのだろうかと少し落ち込んでいると、それに気付いたのか祝が慌てて言葉を続けた。
「あっ、食べ物を送るのが悪いって言いたいわけじゃなくてね!プレゼントってほら、気持ちが大事って言うでしょ」
「極端な話、中身は何でも良いんだよ。これが恋人とかの話なら別かもしれないけど、少なくとも來見くんのお母さんはそうだと思う!」
慰めようと思ったのか早口で話す祝を見て、來見は思わず心が和み笑みをこぼしてしまう。意図が分からなかったのだろう、祝は顔を赤らめ疑問を投げ掛けてくる。
「……何で笑ってるの!?」
「いや何か、すごい必死だから……」
祝の優しさから放たれた言葉だという事はよく分かっていた。こういうところがあるから、目立つ容姿をしていてもクラスで浮くことはないのだろうなと、來見は納得し一つ頷く。
「うん、ありがとう。そうだな、プレゼントは気持ちだな」
「……何かちょっと馬鹿にしてない?」
「してない、してない」
少々不満げな顔をする祝に否定の言葉を返しながら、來見は次の行き先を定めていた。祝のおかげで良いプレゼントが頭に浮かんでいたのである。
「石鹸?体を洗う?」
「うん。家の石鹸はいつも薬局で買ってくる安いやつなんだけどさ、たまには高いのも珍しくて良いかなって」
雑貨屋の棚から、三種類のセットになっている石鹸の箱を手に取り來見は答える。
「結局消えものだけど、母さんの好みに合わなかったら俺と父さんで責任を取れるし……どうかな」
母親に充てたハンカチやハンドクリームを自分で使用する姿は想像できなかったが、石鹸なら來見でも使える。例年と違った贈り物にもなるため、悪くない選択だと來見は思い始めていた。
「うん、すごく良いと思うよ!……そんなに責任を感じなくていいとは思うけど」
「そっか、じゃあこれにする。悪いんだけど、ラッピングも一緒に選んでもらっていいか」
「勿論!かわいくしようね」
祝はビー玉のような目を、キラキラと輝かせて答える。來見は自分の事のように真剣な様子で相談に乗ってくれた祝に、すっかり心を許してしまうのを感じていた。
レジまで付き合ってもらい、とうとう母親へのプレゼントを手に入れた來見は、祝と共に駅構内へと足を進めていくのであった。
駅構内は人々が忙しなく行き交い、その頭上に設置された巨大な時計は16時25分を指し示している。
二人は駅構内の改札近くで、邪魔にならないように壁際へ避け会話をしていた。
(このままバスに乗って帰ってもらえば、きっと事故には遭わないはずだ)
「今日はありがとう。いきなり相談されて驚いたよな」
このまま円満に今日という1日が終わる事を願いながら、どこからどう聞いても別れを切り出そうとしている会話を來見から始める事にする。
「いえいえ。ちょっとびっくりしたけど、全然平気だよ。」
「むしろ來見くんとは中三、高一って一緒のクラスだったのに、あんまり話したことなかったから、頼ってくれて嬉しかったかも」
本心からそう言っているように見える祝に、來見は胸をときめかせながらも、照れて言葉をはぐらかしてしまう。
「うん、それじゃあ……保はバスだよな、気を付けて」
「來見くんもね!また学校で」
そう言って祝は駅を通り抜けてバス停へ向かっていく――はずなのに、何故か引き返し駅から離れようとしていた。
「えっ?」
そう言ったのは祝だったのか、來見だったのか。
來見は咄嗟に祝の腕を掴み、その歩みを止めようとしていた。
「……來見くん?どうしたの?」
「いや、あの……バスに乗るんじゃないのか」
來見にそう言われると祝は目を瞬かせ、首を傾げながらも理由を説明し始める。
「実はケーキ買いに行こうと思ってて……新作が出てたからどうしても気になっちゃって」
「それってデパートの地下の?」
頼むからそうであってくれと來見は祈るように質問するが、返ってきた答えは望むものとは違っていた。
「ううん。駅から出て……学校の方にちょっと戻ったところにあるお店」
そこはレンガ通りの店だということが嫌でも分かってしまった。來見は祝の腕を掴む力を知らず知らずのうちに強めてしまう。
時間はまさに16時30分を回ろうとしていた。




