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2.夢乃ちゃんは奪いたい

 似鳥(にたどり)夢乃(ゆの)には、悪癖がある。


「実はさ、彼女出来たんだよね」

 そう言って心から幸せそうな笑みを見せる、同じサークルだった男友達を舐め回すように見つめ、夢乃は人知れずほくそ笑んだ。

 ――さて、次はどうやって()()()()()()()()()()


 物心ついた時から、すぐに他人の持っているものが魅力的に見えて、自分のものにしたくなってしまう性格だった。

 保育園の時に友達が好きだと言っていた男の子を自分に夢中にさせ、友達に泣かれるという小さな事件を起こして以来、小学校でも中学校でも、夢乃は同じことを繰り返してきた。

 その行為は成長するにつれだんだんエスカレートし、これまで大小さまざまな騒ぎを起こしてきているのだが、一番酷かったのは高校生の時だろうか。

 担任の男性教師をいつものように奪ってしまったのだが、問題だったのはその男性教師が既婚者であったこと。いわゆる、不倫というやつだ。

 程なく相手の奥さんに関係がバレてしまい、当然離婚。しかも自分の学校の生徒に手を出したということで、男性教師は懲戒解雇処分となった。

 夢乃の方にも、学生とはいえ多少なりともの慰謝料は請求された。幸い夢乃の家は裕福な方だったので、払えないということはなかったのだが、世間体もあって家族は引っ越しを余儀なくされ、夢乃たちは転校することになった。

 当然だが、夢乃は両親からこっぴどく叱られ、とんでもない表情で大泣きされた。

 それ以来夢乃は、既婚の男性だけは絶対に奪わないと心に決めている。もう二度と家族を泣かせるわけにはいかないし、何より夢乃自身も当時のことはトラウマでしかないので。


 しかし、これまでは正直パッとしなかったはずの男が、彼女持ちだと知っただけで急に魅力的に思えてしまうのは何故なのだろう。

 しかも彼女とのラブラブツーショットなんて、典型的な惚気でしかないものを見せつけられてしまった日には――嫉妬とか羨望とか、そういうのでは決してないと思うのだけれど――壊したい、引き裂きたいという穢い思いがむくむくと湧き上がって、自分の力だけではどうしようもなくなってしまう。

 別に不幸になってほしいとか、そういうのではないのだけれど。

 他人の男だというだけで、ひどく惹かれてしまうのは、もういっそ――片割れの一人である希乃(きの)のことなんて言えないくらい――病気なんだろうな、と夢乃は自分でも思う。


 奪ってからは、急に興味がなくなってしまう。

 向こうが彼女と別れて、夢乃を正式に本命としてから、大体二ヶ月もしない頃には、いつも夢乃の興味は別の男に向かってしまって。それまであざとく可愛らしかった性格を豹変させ、夢乃は男に冷たく別れを告げる。

 そんなことをもう、何度も繰り返している。


「夢乃。あんた、またやったでしょ」

 夢乃と同じ顔をした希乃が、苦言を呈しにやって来る。このやり取りももう、何度目だろう。

「あは、また希乃に迷惑かかっちゃった?」

「ホントよもう。間違われて大変だったんだから」

 希乃も希乃で、同じ顔をした夢乃に間違えられるのは慣れっこのようだ。

「免許証見せれば名前違うのなんて一発だから、特段苦労はしないけど」

 希乃なりに、場の脱し方は心得ているらしい。

 大体、夢乃が奪った男の彼女だった女には、姉妹揃って変に絡まれる。まぁ、彼氏を奪われたのだから当然の話なのだが。

「てか、同じ顔なんてわたしたち二人だけじゃないのに、何でいつもわたしばかり夢乃と間違われるんだか」

望乃(みの)は同じ顔してるとはいえ、雰囲気がまず違うから」

 夢乃と希乃には、もう一人望乃という姉妹がいる。

 つまり、夢乃と希乃は同じ顔をしているが、双子ではない。望乃を含めた、三つ子だ。

 ただ、三人のうち望乃だけは何となく違う人間だということは、他の人の目から見ても雰囲気や恰好などですぐにわかる。正直三人の中で、望乃を見分けるのは簡単だ。一般人にとっては、ここは初級編と言っていいだろう。

 ……まぁ、それでもたまに間違えて、望乃に絡んでくる馬鹿な女もいるが。

 ともかく難しいのは、夢乃と希乃の見分けである。

「おかげでいつも迷惑被っちゃって大変なんだから」

 とはいえ、そうぼやく割には、こういったことは必ずしも希乃にとって悪いことばかりというわけでもないようで。

「まぁ、おかげでその伝で友達増えたからいいけどねぇ」

 ふふ、と意味深気に微笑む。

 希乃の言う『友達』というのは、必ずしも清い意味ではない。

 先述の通り、夢乃と同じ血を分けた希乃も、なかなかに狂った性格をしている。

 一夜限りも含めて、交わった異性の数はもう何人になるだろうか。希乃自身もきっと覚えていないだろう。一途に思ってくれる彼氏がいるというのに、いけずな女である。

 ――などという、こちらの心配など意に介すこともなく。

「あんたもさ、彼女持ちの男ばっか狙うのもほどほどにしなよ」

 逆にたしなめられ、夢乃は思わずしょぼんとしてしまう。

「だって、彼女がいない男には何も魅力感じないんだもん……」

 希乃に迷惑がかかるのは分かっているが、やめられないものはやめられない。夢乃自身、どうにかできるものならしたかったし、とっくにそうしているはずだ。できるものなら。

 けれど先述の通り、昔から三つ子の中で物欲が一番強く、欲しいものを手に入れるためなら――それこそ傲慢に泣き叫ぶことから、逆に媚びるように相手へ必死で頼み込むことまで――文字通り何でもした。そんな夢乃なので、目に入ったものが欲しいと少しでも思ってしまったが最後。成長した今となってはもはや夢乃自身の意思と関係なく、ふらりとターゲットに定めた男へさっさとモーションを掛けに行ってしまう。

 気づいた時にはとっくに相手のカップルが破綻して、夢乃は終ぞ自分のものになった男に興味をなくし、捨てる。そして最悪の場合、相手の女から――たまに振った男からも――恨まれる。それが、いつものパターン。

 そのせいで失った女友達は数知れず。何故なら友人の彼氏すら、欲しいと思ってしまったら例外なく奪ってしまうからである。……まぁ、当然だ。

 それでもその困った悪癖さえなければ、夢乃は基本的に周りからいい子だと見られているので、多少なりとも女友達はいる。しかし、絶対に彼氏には会わせてもらえないし、写真を見せてすらもらえない。最近はもっと酷くて、彼氏の存在すら教えてもらえなかったりする。

 夢乃と平和に友人付き合いをしたいなら、彼氏の存在は隠すべし――それが、夢乃の数少ない女友達の間での、暗黙の了解だった。

 夢乃は特段、それを悲しいとか辛いとか思ったことはなかった。

 自分の行動が悪で、糾弾されるべき対象であることは、夢乃が一番よくわかっている。それでもやめられないのだからなおさら性質が悪かった。

 だからまぁ……長々と綴ったが、要約すると。

 こればかりは仕方ない、この一言に尽きるのだった。

 ――フ、と小さく笑った希乃は、肩を落とす夢乃の頭を撫でて、

「まぁ、頑張りな」

 といつものように、なんの解決にもならないと分かっているのであろうことを言う。それでも夢乃にとって、マジな顔で何の参考にもならないアドバイスを長々されるよりは百倍マシだった。

「じゃあ、またね。今度、望乃も含めてご飯行こう」

 また連絡するねぇ、とのんびり笑って、希乃は去っていった。

 これから希乃は『遊びに行く』らしい。

 ということは、他の男とまた浮気だろう。彼氏とデートの日は、デートだとそのまま言うはずだから。

 ちなみに、希乃の彼氏とは何度か夢乃も会っている。

 希乃が浮気を繰り返していることを黙認し、それでも長年付き合っているという物好きな男だ……というのが、夢乃の正直な印象。

 まぁ、自分が言えた義理ではないことくらい、夢乃自身理解しているのだが。

 ちなみに希乃の彼氏を奪いたいかというと、それだけはさすがに御免だと夢乃は思う。

 他人の男とはいえ、あそこまで希乃のことを、いっそ陶酔と言ってもいいほど一途に想っている男を落とそうとは思えない。……っていうか、本気で狙おうと思っても多分無理。

 何より、希乃側に特段執着を感じないから面白くない。

 仮に夢乃が希乃の彼氏を奪ったとして、希乃は絶望なんてしないだろう。そうでなければ、彼氏を放ってあんなに浮気を繰り返したりしないのだし、彼氏の話題になった時にあんなに冷めた目をしない。

 彼氏が哀れだと思うけれども、まぁそれを分かっていて付き合っているのだから、どれだけ辛い思いをしようが自己責任だろう。

 互いが幸せ……とまではいかなくても、丸く収まっていればそれでいい。


 希乃と別れ、街を歩いていると、ちょうどこの間彼女ができたと自慢していた大学時代の男友達が歩いていた。どうやら今日は、彼女と一緒ではないらしい。一人で買い物だろうか、それとも友達と待ち合わせとか、そういうのだろうか。

 どちらにせよ、今周りに誰もおらず一人なら、チャンスだ。

 ――あぁ。悪い癖が、また始まった。

 あれ、夢乃? とこちらに気づいた様子で声を掛けてきた男友達に素知らぬ顔で近づき、夢乃はいつもよりあざとめの笑みを浮かべ、明るく答えたのだった。

「――くん? 奇遇だね!」

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