処刑される公爵令嬢は救いの王子の夢を見る
「ここにソフィア・フォン・フォールランドを処刑する」
処刑人がそういうと、わっと観衆が沸く。
私――ソフィアは分厚く重い灰色の処刑着に身を包んで、断頭台に頭を捧げていた。
「罪状! 国民を惑わせた罪、国家を揺るがせた罪、王国と結託し我らが帝国を脅かした罪。第三皇子リシャール・ヴォン・ランドフォードとの婚約関係にありながら、不貞を働いた罪」
ひどく通る処刑人の声によって、私の罪状が読み上げられる。
帝都の中心におかれた処刑場は、市民たちの唯一の娯楽だ。
ずっと戦争している帝国民たちの心は疲弊しており、皇族は貴族を無実の罪で仕立て上げて、処刑する。それが、彼らなりの民衆の心の掴み方なのだ。
長々と私に着せられた罪を読み上げた処刑人は、一呼吸挟むと大きく叫ぶ。
「よって、ソフィア・フォン・フォールランドを死刑に処す!」
処刑人も、遠巻きに見ている貴族たちも、私がそんなことをしてないと知っている。もちろん、この処刑を仕組んだ皇族たちも私が無実だと知っている。
結局のところ、彼らは貴族であれば誰でも良いのだ。
民より膨大な税を集めていた貴族が処刑される。
そのストーリーが、戦争で疲弊した民の娯楽になるのだから。
そう。貴族であれば誰でも良いから、第三皇子の元婚約者であった私が選ばれた。
今でもあの光景をよく覚えている。
第三皇子の生誕祭を祝うパーティーで、声高に叫ばれた言葉を。
『私はソフィアとの婚約を破棄し、新たにエマ・ルールラントと婚約を結ぶことを、ここに宣言する!』
私はその言葉の意味を理解するのに、ちょっとの時間とたくさんの恐怖を抱いて……そして、理解した時に絶望した。いまのこの国で、皇族の庇護を離れるということが、どういうことに繋がるのかと言うことを理解できないほど私は馬鹿じゃなかった。
その夜は絶望で一晩中泣き明かし……そして、次の日には無実の罪で捕まって死刑を待つ身となった。
「釈明することはあるか?」
断頭台に捕らえられたままの私に、処刑人がそう聞いてきた。
……ここで何を言っても無駄なくせに。
私は内心そう思うと、ふと昔のことを思い出した。
どうして、急にそのことを思い出したのか分からないけど、それはとても懐かしい10年前のことだった。
もしかしたら、それは私の走馬灯だったのかもしれない。
――――――――――――――――
お父様に呼び出されて、応接室に行くとそこには見慣れぬ少年がいた。
「は、ハインリヒです……。よろしくおねがいします……」
お父様が連れてきた小さな少年は私よりも頭ひとつ分、背の小さな男の子だった。弱気な少年に似合うようにとても細い金の髪が風に揺れてはらりと舞い上がると、ぱちりと開かれた長いまつ毛の奥にどこまでも飲み込まれていくような蒼い瞳があった。
「今日から預かることになった。ソフィアと同じ歳だから、よくしてやってくれ」
ただ、お父様はそう言って同い年の私に投げた。
その子は小さな体に不釣り合いなほどの大きな荷物を持って、おずおずと私の顔を見た。
私はそんな彼をまじまじと見つめると、ぽんと手を打った。
「ハインリヒは長いわね! そうだ、ハインにしましょう!」
「は、ハイン? わ、私の名前ですか……?」
「だって長いと呼びにくいもの。ハイン、荷物を置いて庭に行きましょう!」
「え、あっ……は、はい……」
幼い私は、変わり者だったからきっとハインも苦労したと思う。
だって、最初に私がハインに言ったのが、
「これは……剣、ですか?」
「そう! 剣で打ち合うの! こうやって!!」
木剣での打ち合いだったのだから。
幼い私は兄たちから聞く外の話が全てで、外の世界に憧れていた。
そんな私は兄たちにひどく話をねだり、兄たちはそんな私に優しく武勇伝を語ってくれた。その話に憧れた私はひどく男勝りの公爵令嬢として父と母、そして侍女たちを困らせていたのだった。
すぐにへこたれたハインに、私は強く言った。
「ハインは男なのに弱い!」
「ご、ごめんなさい……。でも……こんなことしたことないですし……」
「もー、つまんない。ハインはなんでそんなに弱いの」
「……わ、私は……強くなくても、良いんです」
「どうして?」
「人質、ですから……」
どういうこと? と、私が聞くと、ハインは幼いながらに詳しく私に教えてくれた。
「て、帝国は……他の国が、反乱を起こさないように周りの国の、王族の子供を人質として差し出させているんです。わ、私もその一人なんです……」
「ふうん。ハインは人質として私の家にやってきたってわけね」
「は、はい。……私の国は弱いから、帝国の要求を断れないんです」
「じゃあ、強くなればいいじゃない」
「……え?」
私がそう言うと、ハインは目を丸くした。
「あ、あの……。だから、私の国は弱くって……」
「だから、強くなればいいのよ! 簡単なことじゃない!」
「……いや、でも」
まだうじうじしてるハインに、私は大声で言った。
「でもじゃない! そうやって言い訳しないの! なんでもやってみることが大事なのよ!」
ハインにそう言って胸を張った私の肩にそっと手がおかれる。
振り返ると、にこやかな笑顔を浮かべた家庭教師がいた。
「お嬢様、いい言葉ですね」
「でしょう? 先生も言ってやって。ハインは言い訳ばかりで、何もしようと……」
「ということは、お嬢様。今日は言い訳せずにちゃんと授業を受けられるということですね?」
先生の言葉に、私は「はい」以外に何も言えなかった。
それから、しばらくハインとの生活は続いた。
気弱な彼はずっと私の後をついてまわるような子で、私は勝手に彼のことを弟のようなものだと思って生活していた。
「ハイン。早くこっちに」
「む、無理ですぅ……」
庭にあった大きな木の枝に腰掛けて、私が枝の上からハインを誘っても彼は物怖じしたまま、下を向いてうつむいていた。
「何やってるの」
「だ、だって……こんな高い木、登ったことも無いですし……」
「なんでやってもないのに最初っから諦めるのよ!」
私はするすると木から降りると、ハインの手を握って木のうろに手をかけさせた。
「そっちを持つの。そう! そうやって、今度は足を下の凹んでるところに入れるの。違う! そっちじゃない」
へっぴり腰のハインは亀みたいにゆっくりな速さで、ちゃんと木を登りきった。
「やればできるじゃん!」
「……ぼ、僕でも……登れた」
「ハインって僕って言うんだ」
「あっ。ごめんなさい……」
「なんで謝るの?」
「だ、だって……言葉遣いが正しくないですから……」
「別に気にしないよ。そんなの。ハインがしたいようにやれば良いじゃん」
ハインが他所の国の王族だろうが、なんだろうが私には関係ない。
だって、ハインは私の弟みたいなものだから。
「……ありがとう、ございます。ソフィア様」
「どうしたの? 急に」
枝の上に腰掛けたまま、ゆっくりハインがそう言ってきたので私は首を傾げた。
「ソフィア様のおかげで、目が覚めました」
「寝てたの?」
「そういう意味ではないですけど……」
ハインは頬に葉をつけたまま、困惑した。
「でも、本当にソフィア様のおかげです」
「変なの」
私がそう言うと、ひときわ大きな風が吹いた。
「あー! 見つけましたよ! お嬢様!」
「やばっ!」
「午後の魔法の授業をサボってどこに行ったのかと思ってれば、やっぱりここでしたか!」
「ハイン! なんとかして!」
「え、ぼ、僕ですか!?」
結局どうにもならず、先生にはとても怒られた。
そして、何故か一緒にいたハインも怒られて……2人で魔法の授業を受けることになった。
「お嬢様、ハインリヒ様。魔法を使うときは心を落ち着けるのです。少しでも心が乱れては使えませんからね」
「ぼ、僕は魔法なんて使ったことないです……」
「ハイン! 何でも挑戦してみるのが大事!」
「は、はい!」
私がハインにそういうと、彼はゆっくり目をつむって心を落ち着かせようとした。
「まずは水で球を作ってみましょう。心を静めて水の球を心の中で思い描くのです」
「むむむ……」
「お嬢様。心を落ち着かせてください」
「むむ……」
「お嬢様。寝てはいけませんよ」
「…………」
「お嬢様っ!」
「ねっ、寝てない! 寝てない!!」
しかし、私はどうもこの心を落ち着かせるというのが苦手でいつも先生を困らせていた。でも、
「……ハインリヒ様。今まで本当に魔法を使ったことがないんですか?」
「は、はい。初めてです……」
「これは……」
家庭教師の先生はそれを見て、わずかに驚愕した。私もハインの初めての魔法を見て驚いた。
「すごい……」
「み、見てください! ソフィア様! 綺麗な球ができました!」
「ふ、ふーん。やるじゃない」
私はそう言って精一杯の強がりを言葉にしたけど、本当はひどく悔しかった。
「……わ、私だって」
ふよふよとした丸い水の塊が、私の手元でふわりと形を変えていく。
「お嬢様、心を静めるのです」
「分かってるわよ!」
私がそう叫んだ瞬間、水の形がぐにゃりと変わった。
私が心を静めなかったからだ。
私の中で生まれた焦りに呼応するように水の塊が針山のように鋭く尖った。
「危ない!」
誰よりも先に、そう叫んだハインがその水の塊を両手で包んだ。
遅れて、パン! と、音を立てて水が弾けた。
「ハイン! 大丈夫!?」
「私は、大丈夫です。それよりも、ソフィア様は?」
ハインは両手を隠すようにして立ち上がると、私にそう聞いた。
「だ、大丈夫よ」
「それなら良かった」
ハインがにっこりと微笑む。
でも、その顔がやせ我慢してる顔なんてことは誰よりも私が知っていて。
「ハイン様。お手を」
家庭教師の先生が、血相を変えてハインの手を見た。
ハインの細く、真っ白い手が私の魔法のせいで真っ赤になって血が流れている。
でも、ハインはその怪我をなるべく私には見せないようにして先生の治癒魔法を受けていた。今まで弱々しかったハインが急に見せた頼りがいに、私は少しだけ胸の中が熱くなるのと、鼓動が早くなるのを感じて……先生が、真剣な顔でハインに治癒魔法を使っているのに気がついて背筋に冷たいものが走った。
公爵家の娘に魔法を教える家庭教師は半端な魔法使いではなれない。
そんな、彼女が真剣な顔で治癒をしているということは……。
一歩間違えれば、死んでしまうかもしれなかったということだ。
でも、ハインが手で水を包んでくれないと私が危なかった。
ハインは私を助けてくれたけど、私は今のハインに何も出来ない。
その出来事が、きっと私が変わるきっかけだった。
今までサボっていた作法や魔法、歴史の授業をちゃんと受けるようになった。それは、ハインを傷つけてしまったことが怖かったから。自分の力不足で、ハインを怪我させてしまったということが怖くて、私は勉強に励んだ。
ちゃんとした言葉使い、ちゃんとした振る舞い。
歴史、絵画、音楽、魔法。
貴族に必要な基礎教養をちゃんと学んだ。
そして、私はやがて男勝りと呼ばれることもなくなっていた。
ハインが私の家に来て2年が経った時。
急に、お父様に呼び出された。
応接室には、私には大きすぎるソファとお父様。
そして、ハインが座っていた。
「ソフィア。本日をもって、ハインリヒは元の家に戻る」
「どういうことですか?」
「先月、皇帝が先立たれた。宮殿では次の玉座争いが行われている。……はっきり言おう。もう帝国は諸外国の王族を人質としておけるほどの力が無いのだ」
かつて魔法使いたちの楽園として長らく世界中の産業や経済を牽引していた最大国であるランドフォード帝国は、盛者必衰の理より逃れられるわけもなく衰退の一途をたどっていた。
そして、それをそのまま見過ごそうとしないのが帝国の周りの国だった。
元より帝国から足元を見られた圧倒的不利な契約を結ばされ貿易や交易関係にあった周囲の国は、これ幸いと帝国に対してじわりじわりと真綿で首を絞めるかのような経済制裁と、土地の争奪戦を繰り広げ帝国はこれ以上無いほどに疲弊していた。
……帝国が弱くなっている。
その話は幾度となく聞いてきたが、こうして話されると実感がふつふつと湧いてきた。
私が帝国の行く末を心配していると、ハインが立ち上がった。
「ソフィア様。私は貴女にお礼申し上げたいのです」
「お礼?」
「ええ。私は貴女のおかげで、自分の進むべき道を見つけることができました。貴女のおかげで、諦めずに前に進む道を見つけることができました」
久しぶりにちゃんと顔を合わせたハインは、少しだけ背が伸びて生意気にも私に追いつきそうだった。普段なら堅苦しい言葉使いで色々と尋ねるのだろう。でも、ハインにはそういうのをしなくてもいい。彼には気負わなくても、良い。
「ですから、この恩は絶対に忘れません。いつか貴女のお役に立てるような、そんな立派な人間になりたいと思います」
「……そ、そう?」
あどけない少年ではなく、少しだけ大人っぽくなったハインにまっすぐそう言われて思わず私は戸惑ってしまった。けれど、すぐに気を取りおなして、
「待っているわ。いつか私が困った時に助けに来てね。ハイン」
「はいッ! お迎えにあがりますっ!」
ハインがそう言って、胸に手を当てた。
それが、彼の国の最敬礼だと知ったのは随分と後になってからだった。
――――――――――――――――
「ソフィア・フォン・フォールランド。何か釈明することはあるか?」
ぱっと、意識が現実に引き戻される。
どうして、そんなことを思い返したのだろう。
私は断頭台に乗せられたまま、ぼんやりと視線を外にやった。
「はははっ! この俺を騙すからだ。良い気味だろう! ソフィア!」
処刑台の下に立って、そう叫んでいるのは私の元婚約者だった第三皇子のリシャールだった。騙す、という言葉に心当たりは無かったが、彼の態度には心当たりがあった。
彼は元より女好きの噂が立っていた。誰にでも言い寄って、誰にでも手を出す。そんな男だと。そして、私はたまたま彼がその手を出している状況を見てしまった。だが、彼が取ったのは私が不貞を働いたという汚名を着せることだった。
いくら私が公爵令嬢だと言えども、戦乱で当主を亡くした私がいくら弁明しようとも皇族の言葉の信頼を上回ることができるはずもなく、こうして断頭台に繋がれたのだ。
民衆からは、言葉にならないほどの罵詈雑言が飛んでくる。
これが、彼らにとっての娯楽なのだ。
「……醜い、国」
ぽつりと、そんな言葉が口から漏れた。
言葉にしようもないほどに、醜い国だと。
私は、そう思った。
「……ハイン、助けて」
別に本気で助けが来るなんて思ったわけじゃない。
ただ、約束を思い出してそう言ってみただけだ。
誰に聞かせるわけでも、聞こえるわけでもない言葉。
それを小さく、言葉に出した時に……激しく鐘楼が鳴らされた。
カン! カン!!
と、耳をつんざくような音が処刑場に集まった民衆に響き渡った。
「敵襲! 敵襲!!」
……敵?
私が困惑している間に、広場に集まっていた民衆は混沌をぶちまけたかのように狂騒に包まれた。先ほどまで台の下でふんぞり返っていたリシャールも顔を真っ青にして、変な叫び声を上げて、逃げ出す民衆と共にどこかに消えていく。
だが、民衆たちの頭上を滑るように金と赤の刺繍が織り込まれたマントを羽織った青年が、空を歩いてふっと私の側に立った。
「だ、誰だ!」
そう叫んだ処刑人の体が、ふわりと舞い上がると地面に降ろされる。
「……大変、おまたせしました。ソフィア様」
聞いたことの無い、低く柔らかい声。
そして、がちゃりと音を立てて金属製の枷が落ちた。
鍵を使わない解錠は、魔法だ。
私がゆっくりと顔を上げると、そこには見たこと無い美男子が立っていた。流れる金髪は太陽の光を反射して煌めいて、空のように蒼い瞳がそこにあった。私よりも頭が3つ分も背が高くって優しい微笑みを浮かべている。
「……誰、ですか?」
「私です。ハインリヒです」
「……ハインリヒ? あの、小さかったハイン?」
「はい。あのハインです」
にっこり笑って、ハインはそう言うとみすぼらしい姿をしていた私にそっと赤と金の刺繍があしらわれたマントを優しくかけてくれた。
「すいません。来るのが遅くなってしまいまして」
「……ま、待って。全然、意味が分かりません。……どうなってるんですか?」
久しぶりに会ったハインは、すっかり大人になっていて思わず口調も敬語になってしまう。
「助けにきました。ソフィア様」
「助けに来たって……。でも、ハインは別の国の王族ですよね……?」
「帝国は戦争に負けました。勝者は、私たちです」
「……戦争に、負けた?」
「我々、シヴァルツ王国は帝国との4年間に渡る戦争の最終戦に備えていました。そんな時、私たちと戦っていた帝国の軍勢が急に白旗を上げたのです。私たちも意味が分からず、帝国軍の将軍と話し合いを行いました。将軍の名前は、エドワード・フォン・フォールランド」
シヴァルツ王国は、ここ数年で工業化に成功し凄まじい速度で国力を増強している新興国だ。だが、それよりも私には気になることがあった。ハインに白旗をを掲げた将軍の名前に、聞き覚えがあったからだ。
いや、聞き覚えなんてものじゃない。
だって、将軍の名前は。
「……お兄様?」
「はい、彼はソフィア様の兄上でした。私は彼から帝国の現状と、ソフィア様のお話を聞きました。そして、我々は最速で帝都にやってきたのです。身内が寝返ると思っていなかった帝都に攻め入るのはあっという間でした」
「だから、ここに」
「はい。もうすぐこの戦争も終わりです。私が、終わらせにきました」
「戦争を終わらせるって……」
ハインリヒは私の問いに、静かに微笑んだ。
戦争の終わらせ方は、そう多くない。
戦争に負けた側の責任者が処刑されるのだ。
そして、今回の戦争の責任は皇帝と、その親族にある。
その時、誰もいなくなった処刑場に甲冑に身を包んだ騎士たちが走って入ってきた。
「ハインリヒ殿下、一人で先に行かれては困ります。御身に何かがあれば……」
「すまない。でも、この人だけは絶対に助けたかったんだ」
「その方は?」
「僕の大切な人だよ」
ハインはそう言って、私に向き直った。
「ソフィア様に、出会わなければ今の私はありませんでした。あの時の、意志が弱く、軟弱だった私は、ソフィア様のおかげで変わることができたのです。私の家に戻った後、苦しいことや辛いことがたくさんありました。けれど、ソフィア様のお言葉のおかげで全て乗り越えることができたのです」
「……む、昔の、話です」
「昔があるからこそ、今があるのです」
ハインは真剣な顔をして、そっと私に手を差し出した。
「私が王位後継者になれたのも、シヴァルツ王国をここまで発展させることができたのも、全てソフィア様のおかげです。そんなソフィア様に、私と来ていただきたいのです」
「……ど、どういうことですか?」
「私と、結婚してほしいのです」
私はしばらくその言葉を飲み込むのに時間をかけて、ゆっくりと下を向いた。
「でも、私は……罪人です」
「無実であることは、知っております。私の国では、帝国が無実の人間に罪を着せて処刑しているというのは、もはや常識になっています」
「わ、私の家に……父は、いません。公爵家としての力も……弱いです」
「関係ありません。私は家のつながりが欲しいのではないのです。私は、あなたと共に歩みたいのです。ソフィア様」
ハインはまっすぐ私の目を見つめて真面目な顔でそういった。
「でも、敵対する国の公爵家の娘など……ハインの、経歴に……傷がつきます」
「問題ありません。根回しなら、既に終わらせています」
「……なんで、そこまで」
「ソフィア様に、ハインの好きにすれば良いと仰っていただいた時に、私は自分を縛ることを辞めました。私は、私の好きな方と結婚したい。それだけです」
「……もしかして、ハインって」
「はい」
それは、聞かなくても良かったかもしれない。
でも、私は聞いておきたかった。
あんな男なんかとは、違うってことをちゃんと彼の口から聞いておきたかったんだ。
「私のこと、好きなの?」
「大好きです」
あまりにまっすぐ寄せられた好意に、私は顔を赤らめて微笑んだ。
「その話、喜んでお受けいたします」
そう言って、彼の手を取った。
面白かったと思っていただけたら、「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしていただけると嬉しいです