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死神 凛  作者: 真桑瓜
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犬神

犬神




「先生、どうもさっきから同じ所をぐるぐる回っているような気がしますが・・・」慈恵が目の前に現れた粗末な橋を見て言った。

「うむ、儂もそう思っておった。その丸木橋はさっき渡ったものと同じ物じゃ」

その時、水滴がよっちゃんの首筋を打った。

「あっ、雨だ!」

「困りましたねぇ、このままでは前へ進めません」

「どこか雨宿りできる場所を探そう」平助が辺りを見回す。

「あれっ、あんな所に洞窟が!」慈恵が言った。

羊歯に覆われた山の斜面に、ポッカリと黒い穴が空いている。

「さっきはなかった筈じゃが?」平助が怪訝な顔をした。

「きっと急いでいて気付かなかったんですよ。あそこで暫く雨宿りしましょう!」慈恵が言った。

「そうですね。山の中で濡れるのは得策ではありません」

四人は、洞窟の入り口に立った。

「儂が先に入る」平助が穴を覗き込みながら言った。

入り口は腰をかがめて入らなければならなかったが、中は思いの外広いようだ。洞窟の最深部には黒い闇が蟠っていたが生き物の気配は無かった。

「大丈夫じゃ、誰もおらん」

弥勒寺の三人が恐る恐る入って来た。

「意外に広い、学校の教室くらいはありそうじゃ」平助が首を巡らせながら言った。

「焚き火の跡があります」慈恵が跪いて示した。

平助もしゃがみ込んで燃え残りの木の枝に触れてみた。

「まだ温もりが残っておる」

「上人が修行をされて居られたのかもしれません」慈栄が呟いた。

「兎に角、雨が止むまでここで待つとしよう」

四人は焚き火の跡を中心に、車座になって座った。

「本当にこの山に明恵上人がいらっしゃるのでしょうか?」よっちゃんが訊いた。

「分からん。しかし、探してみるより手は無い」

「私があの時無門先生の躰に触れなければ、こんな事には・・・」慈恵が項垂れた。

「もう良い。済んだ事じゃ」

「いいのよ。そんなにしょげちゃ慈恵さんらしくないわ」

「本当に、すみません・・・」


どれほどの時間そうしていただろう。ふと気がつくと洞内に異変が起きていた。

「なんだか臭くありませんか?」

「そういえば動物園に行った時の匂いのような・・・」

「この匂い、洞窟の奥から漂って来る」

全員が一斉に洞窟の奥を見やった。

暗くてよく分からなかったが、闇の中で何やら蠢くものがある。

「誰じゃ!」

平助の誰何に答えて、影がむっくりと起き上がった。

「お前達こそ何者だ。ここは私の家だ」

起き上がった影が近づいて来る。入り口から差し込む淡い光に照らされて、徐々に獣面人身の姿が露わになった。

「わっ、犬!」よっちゃんが叫ぶと同時に、全員が立ち上がる。

「犬ではない、犬神と呼べ」平安の貴族のような束帯を纏った犬がそこに居た。

「犬神じゃと!」

「犬神と言えば、人に恨みを抱いて死んだ犬の祟り神ではありませんか!」慈栄が言った。

「祟り神だけが犬神では無い。私はさるお方の御慈悲によって、この山を護る犬神となったのだ・・・そんな事より、お前達は何をしに此処に来た?」

「ある高僧を探しに来ました」慈恵が答える。

「名は?」

「明恵上人」

「なに、それは高山寺の開山、明恵高弁様の事か?」

「知っておるのか、明恵上人を?」平助が問い返す。

「知っておるも何も、私を犬神にしてくれたのは明恵様だ」

「それでは明恵上人のおられるところを知っておろう、教えてくれんか?」

「明恵様になに用だ」

「明恵上人をお連れせねば、儂らは元の躰に戻れぬのじゃ」

「そんな事は私の知った事ではない。勝手に探すが良かろう」犬神は冷たく言い放った。

「お願いです、教えて下さい。私たち悪い妖怪に騙されたんです!」慈恵が懇願した。

「妖怪だと?」

「夢の精霊という妖怪です」

「なに、お前達、彼奴等を石から出したのか!」

「彼奴等とは?」平助が聞き咎めた。

「夢の精霊の他に枕返しという妖怪がいた筈だ?」

「気が付きませんでした。あの時光に目が眩んで・・・」

「何故出した、せっかく明恵様が封じ込めたものを!」慈恵の言葉を遮って、犬神が声を荒げた。

「仕方が無かったのです。出さなければこの二人の魂が入れ替わったままで、元に戻せなかったのです」慈栄が答えた。

「訳を言え」

「はい、実は・・・」慈栄が事のあらましを語り出した。



「馬鹿な!彼奴等が狙ったのは上皇様だ。明恵様の為だなどと、とんでも無い!」慈栄の話を聞き終えた犬神が叫んだ。

「やはり嘘じゃったのか・・・」平助が呟いた。

「同情した私達が馬鹿でした」

「お願い教えて!」慈恵が犬神に手を合わす。

「無理だな」

「どうして!」

「この山にはもう明恵様はおられん」

「なに、何処に行かれた?」

「私も知らぬのだ・・・どこか遠い所だとだけ聞いておる」

「何故じゃ、お主はこの山を守っておるのであろう?」

「私はこの山を、明恵様がお留守の間お預かりしているだけだ」

「では、誰に聞けば分かる?」

「う〜む、そうだなぁ・・・この山の中腹に善妙寺という尼寺がある。そこの明達という尼僧に聞いてみるが良い。知っていればきっと教えてくれるだろう」

「それは明恵上人が、女人の為に建てられたという尼寺の事ですか?」慈栄が訊いた。

「そうだ、よく知っておるな?」

「一応私も尼僧ですから。しかし、善妙寺はすでに廃絶し地名だけが残っていると聞きます?」

「ふふん、夢と切れてしまった近頃の人間には分からないだろうな」

「それはどう言う意味なんだい?」慈恵が訊いた。

「明恵様が生きた時代は、夢はもうひとつの現実だった。夢の中で起きた事は、現実として大切にされた。吉夢を見た人間の所に、夢を買いに行く人間もいたくらいだ」

「へぇ、驚いた。夢を買いにねぇ」

「ここは夢の中だ、強い想念があれば現世に実存しなくても此処には存在する」

「寺があるのならば、行ってみましょう」

「その寺にはどう行ったら良い?」平助が訊いた。

「この洞窟の前に、獣の踏み固めた道がある。それをまっすぐ登って行けばいずれ行き着く」

「でも、さっきから同じ所をぐるぐる回って、先へ進めないのです」慈栄が犬神に言った。

「そうか、この辺は狐狸の類が多いからのぅ・・・」犬神は少し気の毒そうな顔をした。「では、良いものをやろう」そう言うと犬神は、体毛を二、三本引き抜いた。

「狐狸は犬の匂いが嫌いだ。これを持っていれば騙される心配は無い」

「有難う御座います」慈栄が恭しく受け取る。

「雨が止んでいます!」いつの間にか外に出ていたよっちゃんが叫んだ。

「では、出発するとしよう」

「この山を越えたら、魑魅魍魎の世界だ。気を付けて行け」犬神が言った。

「世話になった」

四人は犬神に礼を言って、雨の上がった山道を頂に向けて登り始めた。



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