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死神 凛  作者: 真桑瓜
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枕返し


枕返し





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「無門先生はまだお戻りにならないのですか?」凛が心配そうに尋ねた。

「まだじゃっど。もうお戻りになってん良か頃合いなんじゃが・・・」

「なんだか胸騒ぎがします」

「凛もか!おいも、さっきから胸がざわついて仕方んなか・・・」

「お迎えに行かなくても宜しいでしょうか?」

「そうじゃな・・・」熊さんは暫く考えてから答えた。「場所はおいが知っとる。一緒に来ちくるっか?」

「はい、お供します!」



「さて、こっからは歩きじゃ」夕方、麓の村のバス停でバスを降りた二人は、弥勒寺に向けて歩き出した。

「ここからは山道じゃが、おはん足は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、私は死神ですから」

「そうじゃったな。最近は時々忘るっ事のある」

「まぁ嬉しい・・・さ、急ぎましょう。無門先生が心配です」

「じゃっど、急ぎもそ」

二人は足を早めて、坂道を登った。


羊歯や苔の生えた坂道を登る事一時間、二人は漸く山門の登り口に着いた。

「ついたぞ、ここじゃ!」

見上げると遥か上の方まで石の階段が続いている。

「妖気を感じます・・・」凛が山門を見上げながら言った。

「なに、急がんば!」熊さんは疲れも忘れて石段を駆け上った。山門を潜り抜け本堂の前を通って一直線に庫裏の玄関に立つ。

「たのもう!妙心館の前田でごわす。こちらに無門先生の来ておらるっ筈じゃが!」

返事は無かった。

「たのもう!」熊さんはもう一度呼んでみた。が、結果は同じだった。

「留守んごたる、人の気配がなか」

「熊先生。ここよりも本堂の方に強い妖気を感じます!」

「行ってみゆっ!」

二人は急いで本堂に取って返した。




「な、なんな、こりゃ!」

そこには異様な光景が広がっていた。平助と弥勒寺の女性三人が床を並べて寝っている。

「師匠!」熊さんが叫びながら駆け寄った。

平助の返事は無かった。

「師匠、起きてくいやんせ!」今度は体を揺すってみたが反応がない。

「熊先生、此方の三人にも反応はありません。ただ、息はしているようです」凛が冷静に言った。

「師匠も息はしてござる。いったいぜんたいなしてこげなこつに・・・」

「熊先生、枕が・・・」

「なに、枕じゃと?こげんか時になんば言うちょる!」

「いえ、枕の位置がおかしいのです」

熊さんが改めて見てみると、全員の枕が足元に転がっていた。

「なんでこげな所に枕が・・・」

「確かなことは言えないのですが、これは妖怪の仕業では無いかと・・・」

「妖怪?」

「枕返しという妖怪がいます。寝ている間にこの妖怪に枕を返されると魂が元に戻れなくなるのです」

「それじゃ!」熊さんが叫んだ。「この状況はそうとしか考えられん!」


その時、夕日に映し出されて、障子の向こうに二つの影が立った。一つはひょろりと細長く、一つは子供のように小さかった。

「誰じゃ!」熊さんが誰何した。

途端に障子が開いて影の正体が露わになった。一人は見窄らしい翁で、一人は鬼のように髪を逆立てた真っ赤な子供だった。

「その四人は儂らが夢の中に閉じ込めた」翁が言った。

「なんじゃと!」

「貴方は夢の精霊ですね、そちらは枕返し」凛が名を言った。

「ほう、よく分かったの・・・お主、人では無いな?」

「私は死神です」

「そうか、それで分かった・・・」夢の精霊が頷いた。

「何です、分かったとは?」

「後ろを見てみぃ」

言われて凛が振り向くと、そこに熊さんが倒れていた。

「熊先生!」慌てて凛が駆け寄る。

「眠っておるだけじゃ。其奴も夢の中に送り込んでやった、今頃はそこの四人と再会しておろう」

「なんという事を!」

「フハハハハ、恨むで無い。其奴らを助けたければ明恵の魂を現世に連れ戻せ。そこで寝ている奴等にも、同じ事を命じてある」

「卑劣な!」

「なんとでも言え。八百年もの間、石に閉じ込められておった恨み、そう簡単に晴れるものか・・・のぅ枕返し!」

真っ赤な小鬼が目を剥き出して凛を威嚇した。

「ほれ、此奴も怒っておる。明恵が見つかったら連れて来るのじゃ。それまで儂等はここで待つ。期限は三日じゃ、良いな?」

そう言うと妖怪達は、煙のように消えて行った。

「あ、待って・・・いったいどうすればいいの」

凛は途方に暮れて、その場に立ち尽くした。



「先生、やっと元に戻れましたね」谷に突き出た大岩の上で慈恵が言った。

「違う、ここは夢の中じゃ。元の躰に戻った訳じゃない・・・」谷底を見下ろしながら平助が呟く。

夢の精霊の指示通り、本堂に枕を並べた平助と弥勒寺の三人は、いつの間にか眠りに落ちてしまった。そしてさっき、どことも知れぬ岩山の上で目覚めたのだ。

「では、ここは誰の夢の中なのでしょう?」慈栄が訊いた。

「誰の夢でもないな、皆で同じ夢を見せられておるのじゃろう」

「ここは山の中みたいですね。いったいどこの山なんでしょう?」よっちゃんが辺りを見回している。

「夢の精霊め、『明恵上人を探して連れて来い』と言っておったな」

四人が眠ると、夢の中に夢の精霊が現れ態度を一変させた。

『三日の内に明恵上人を連れて来なければ、永遠に目覚めることは出来ぬ』と言ったのだ。

弥勒寺の三人は一斉に抗議したが、夢の精霊は笑い声を残して消えてしまった。

「とすれば、ここは上人が修行しておられた紀州の白上か京都の栂尾・・・」

「せっかく石から出してやったのに・・・私、悔しいです!」慈恵が歯噛みした。

「仕方ありませんね、言う通りにしなければ我々はずっと眠ったままです」

「明恵上人を探し出して、また石に閉じ込めて貰いましょうよ!」

「今度はそう簡単には行くまい。奴も警戒しておろう」

「まずは明恵上人をお探しするのが先決です。何か良いお知恵が拝借出来るかも知れません」

「そうじゃな、ならば早速出発じゃ。期限は三日と言っておったから急がねば」

四人は谷底の見える崖っぷちから離れ、緑の濃い森に向かって歩き出した。




                    2




「・・・と言うわけなのです。槇草さん」

凛は、道場へ戻ると師範代の槇草に弥勒寺で起きた出来事を話した。

「では、夢の精霊とやらが五人を夢の中へ閉じ込めてしまったのですね?」

「はい、期限は三日、明恵という高僧を探し出して彼らの元へお連れせねばなりません」

「もし、連れてこれなかったら?」

「無門先生達は永遠に夢から覚めることは出来ません」

「それじゃまるで、眠れる森の美女じゃないですか。師匠らしくないなぁ」

「槇草さん、そんな呑気な事を行っている場合ではありません!」

「いや、失敬。どうもあの五人じゃ緊張感がなくて・・・」

「それよりも、どうすれば良いでしょう?」

「ん〜夢といえば、これは僕の体験談なんですが・・・」槇草が言い淀んだ。

「なんですの?」

「俺は子供の頃、臨死体験をしたことがあるんですよ」

「まあ・・・」

「俺の実家の隣の家の柿の木に登って、柿を盗もうとしたんです。そしたら枝が折れて意識不明になって・・・きっと夢だと思っていたから忘れていたんですが」

「槇草さんって見かけによらず悪ガキだったんですね」

「お恥ずかしい。でも綺麗なところだったなぁ、菜の花が咲いて蝶々が飛んでいて、とても夢とは思えなかった」

「夢は冥界へ続いています。きっと本当に行って来られたのですわ」

「ちょっと待った!今なんと言いました?」

「だから本当に行って来られたのだと・・・」

「それだ!」

「え、なんですの?」

「師匠達は夢の世界に閉じ込められているでしょう?だとすれば出口は冥界にある。凛さんは冥界とは自由に行き来出来るではありませんか?」

「あっ、そうでした!」

「僕を冥界へ連れて行って下さい。そこで師匠達を待ちましょう。なぁにあの五人の事です、きっと出口を見つけて出て来ますよ」

「そうですわね。では、急いで参りましょう!」

「ちょっと待って下さい。念の為に鬼切丸を持って行きましょう」

槇草は、自宅に鬼切丸を取りに走った。


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