奪衣婆
奪衣婆(だつえば)
「あんた、いい加減におし」眉根を寄せて奪衣婆が言った。「これで、二度目だよ。しかも、立て続けじゃないか!」
婆とは言っても、見かけは脂の乗り切った大年増である。奪衣婆と云うのは言わば職名で、死神同様名前は無い。凛が婆様と呼ぶのもその為だ。
「だけど婆様、迷っている霊を成仏させるのは死神の仕事です」
「あんた、クビになったんだろ?死神局の連中が言ってたよ、帳尻が合わないって」
「ね、お願いします。今回だけ、これが最後で良いから!」凛が奪衣婆に手を合わせた。
「拝むんじゃないよ!私ゃお釈迦様じゃ無いんだ。しかし困った娘だねぇ。ヘマをやったあんたの同僚は、今じゃ貧乏神や疫病神の下働きさ。あんた今、どこに居るの?」
「妙心館と云う武術道場にお世話になっています」
「ふ〜ん、物好きな人間もいたもんだねぇ、クビになった死神の面倒を見るなんて」
「無門平助先生と云ってとっても良い先生なんですよ。それに、どう云う訳か妖怪に縁があるんです」
「妖怪ねぇ。妖怪は私の管轄外だよ。その娘は元人間だから、ギリギリセーフだけどね」
「じゃあ、お願いできるのですね?」
「仕方ないねぇ、これが最後だよ」
「有難う御座います、婆様」
「あんた、六文銭は持ってるかい?」奪衣婆が凛の後ろに立っているおしずに訊いた。
「いえ、持っていません」
「そうかい、じゃあ仕方ないねぇ。二階に亭主の懸衣翁が居るから、着ているものを脱いで渡しな、渡し賃の代わりだよ」
「え!裸で三途の川を渡るのですか?」
「そうだよ、昔は橋があったんだけどねぇ。大水で流されちまって今は舟で渡るしか無い。うちの亭主は船頭も兼ねてるからね」
「婆様!いくら何でも裸じゃ可哀想過ぎます。まだ、若い娘なのですよ!」凛が抗議の声を上げた。
「わたしゃ良いんだよ、無理に渡ってくれなくても」奪衣婆は意地悪く答えた。
「分かりました、私の着物を代わりに差し上げます!」
「そりゃ、構わないが帰りはどうするんだい?その、妙心館とやらまで裸で帰るのかい?」
「し、仕方ありません・・・」
「私なら良いんです、裸でも構いません。これ以上貴方に迷惑を掛けるなんて、私にはできませんから」おしずが思い切ったように言った。
「・・・」奪衣婆がにっと笑った。「ははは、いいよ、冗談だ。あんたの覚悟が本物かどうか確かめただけさ」
「ああ、よかった・・・」凛がほっと胸を撫で下ろした。
「ただ、無賃乗車はさせられない。他の亡者にすまないないからね」
「じゃあ・・・どうすれば?」おしずが不安げに訊いた。
「まあ、慌てなさんな。ここでアルバイトをして行きな。なぁに難しい事じゃない、亡者から渡賃を受け取ってくれれば良い。でも、たまに渡賃を誤魔化そうとする奴が居るからね、しっかり貰っておくれよ」
「はい、それなら私にも出来そうです」
「六文なんてすぐ貯まるさ。実は、前の娘もそれでこの川を渡ったのさ」
「あ、有難うございます。この御恩は死んでも忘れません」
「あんたもう死んでるんだよ。それを云うなら、生き返っても忘れません・・・だ」
「あ、そうですね!」
「じゃあ、婆様、私これで帰ります」凛が奪衣婆に頭を下げた。「この娘の事、よろしくお願い致します」
「会ったこたぁないが、無門平助先生とやらによろしく言っとくれ。当分此方には縁が無さそうだけどさ。あははははは・・・・・」
三途の川に、奪衣婆の笑い声が響き渡った。




