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死神 凛  作者: 真桑瓜
16/17

夢の洞門


夢の洞門




                     1




「師匠達、遅いなぁ。何してるんだろう?」三途の川の渡し場で、待ち草臥れた槇草が呟いた。

「大丈夫でしょうか?」凛が心配そうに訊いた。

「迎えに行ってみようか、凛さん?」

「やめた方がいいね。夢の中に入ったら、あんたらが迷子になっちまう」奪衣婆が言った。

「だけどこのまま待ってるのも退屈だしなぁ」

「なら、夢の洞門を出たところで待っていちゃどうだい?」

「夢の洞門て?」槇草が尋ねた。

「夢と冥界を繋ぐトンネルだよ」

「夢側の出口で先生達をお待ちするのですね?」

「ああ、そうさ。そうすれば近くに来た時に見つけ易いだろう?」

「そうだ、それが良い!」

「では早速行ってみましょう」

「待ちな!行くんならこれを持ってお行き」そう言って奪衣婆が渡し舟の船底から古いランプを取り出した。

「なんですか、それ?」

「狐火ランプだよ。夜、亡者を彼岸に渡す時に使う物さ。洞門に着いたら使うと良い、中は真っ暗だからね」

「婆様、有難うございます!」

「本当はこんな事しちゃいけないんだけどね。あんたら特別だよ」

「恩にきます!」

「だけど、充分気をつけるんだよ。たまに変な妖怪が住みついていたりするから」

「分かりました、行ってきます!」


凛はランプを、槇草は妖刀鬼斬丸を持って夢の洞門に向けて出発した。





                     2




大山椒魚が姿を消すと、辺りはまた真っ暗になった。

「本当に何処なんだろう、ここは・・・」よっちゃんが呟いた。

「眠ったまま運ばれちゃったから見当もつかないね」

「どうなっちゃうんでしょう、私達?」

「きっと無門先生と前田先生が助けに来てくれます」慈栄が二人を慰めた。

「この場所が分かれば良いけど・・・」

「仏様に祈りましょう」

「よし、般若心経でも唱えるか!」

「そうですね、もしかしたら声が届くかも知れない」

「じゃあ、全員で!・・・さん・し、摩訶般若波羅蜜多心経〜」

それから三人は、声を揃えて一心に般若心経を唱えた。

どれくらい経っただろう。ペタペタという足音が暗闇の向こうから聞こえてきた。

「誰か来ます!」

「無門先生達かな?」

「先生、こっちです!先生・・・」

「しっ!」慈栄が二人の声を制した。

闇の中に、黄色い玉が二つ光った。

「なんだろう・・・あれ?」

黄色い玉は、そのうち四っつになり八っつになってその数を増やして行った。結局玉は二十ばかりになった。

最初に現れた玉が、鉄格子の前まで来て止まった。

「わっ!」

よっちゃんが腰を抜かし、尻餅をついた。

それはたくさんの眼だった。その虎の様な眼の光が、自らの顔を暗闇に浮かび上がらせていた。耳まで裂けた口、鱗に覆われた躰。

「きゃっ!」

そいつの手が、いきなり鉄格子を掴んだ。

「み、水掻き!」

たくさんの水掻きが、鉄格子を掴んで強く揺さぶり始めた。ギシギシと鉄格子が軋む。

裂けた口唇からは唸り声が洩れ、緑色の涎が滴った。

「住職、鉄格子から離れて!」慈恵が叫んだ。

その時、急に辺りが明るくなって怒声が響いた。

「騒がしいぞ、水虎ども!」

途端に鉄格子の軋む音が止んだ。

「ご馳走は、明日の夜まで待っておれ!」

先程の山椒魚の化け物だった。明るいところで見る水虎と呼ばれた化け物は、なんとも言えぬ醜怪な姿をしていた。膝に生えた虎の爪の様な突起が禍々しい。

「それまで、この者どもの見張りを命ずる。決して手を出してはならん、良いな!」

そう言い残して、山椒魚の化け物はまた戻って行った。再び暗くなったが、よく見ると水虎の躰も弱い光を発している。互いの眼の光を金属の様な鱗が反射しているのだ。それでも、暗闇に慣れた三人の眼には水虎達の動きや周りの様子が見えるようになった。

水虎達は鉄格子から手を離し、不服そうに地面に腰を下ろした。だが、眼だけは牢の中を凝視して離れない。

「やはりここは、洞窟の中の様ですね」慈栄が言った。

「ああ、早く無門先生達来てくれないかなぁ・・・」

「信じて待ちましょう」

「さあ、また般若心経を唱えるよ!」

「先生達に届くといいな・・・」

三人の声は無数の木霊となって、洞内を満たして行った。








                     3





三途の川を遡って行くと、やがて渓谷に着いた。

大小の石がゴロゴロと転がっている間に、赤い前垂れを掛けた地蔵菩薩が五体立っている。

「槇草さん、ここが夢の洞門の入り口みたいですね」

地蔵菩薩の背後の崖には、人が屈んでやっと通れるくらいの穴がぽっかりと空いていた。

「うん、間違いなさそうだ」

「では、狐火ランプに火を灯します」

凛が火を着けると、淡い灯りが洞内を照らし出した。

「入ろう」

中は意外なほど広かった。中央に立って槇草が両手を伸ばしても、天井にも壁にも届かない。

凛が小さな悲鳴を上げた。

「どうした!」

「ランプが・・・」

見ると、ランプが凛の手を離れ空中に漂っている。

やがてランプは洞門の奥に向かってゆっくりと移動を始めた。

「ついてこい、と言っているようですね」

「そのようだな」

「行きましょう・・・」

外の光が届かなくなると、狐火ランプが光量を増した。明るくなると辺りの様子が少しづつ分かってきた。

「壁に削った様な痕跡がある」

「鑿の痕でしょうか?」

「この洞門は人の手で掘られたのか?」

「だとしたら、凄い事です」

「信じられない・・・」


二人は、ゆらゆらと揺れる狐火ランプの後をゆっくりと着いて行った。







                    4




「熊さんや・・・」

「なんでごわっそ?」

「あの岩は何に見える?」

「どの岩でごわす?」

「あの切り取られたような岩肌の見えるところじゃ」

「おお、そう言えばお地蔵さんの様にも見えますな」

「もう少し近寄ってみるか」

二人は足元の悪い、石の河原を用心しながら近付いて行った。

「間違いありもはん、まさしくあれは地蔵岩ですたい!」

「よし、もっと側まで行ってみよう!」

近くに寄ると、それは何の変哲も無い巨大な岩の柱だった。

「あっちから見たときにゃ、確かに地蔵さんに見えたとじゃが?」

「ここから見るとただの岩じゃな」

「さっきんところから見っ時だけ、地蔵さんに見えるっちゅう事っですか?」

「そうとしか思えんな」

その時、地蔵岩に隠れる様にして洞穴が口を開けているのが見えた。

「あっ、師匠、あそこに穴の空いとります!」

「さっきの化け物の棲家かもしれん」

「用心に越したこつはなか、何か武器になるもんば探しまっしょ」

「うむ、手頃な流木でもあると良いが・・・」

二人は素早く辺りを見回した。

「師匠、そこん岩に白か木片の引っ掛かっとりますばい」

熊さんが手を伸ばして木片を拾い上げた。

「なんなこりゃ、動物の骨んごたる?」

「それは人骨じゃ!」

驚いた熊さんが、危うく骨を取り落としそうになった。

見るとそこここに同じ様な骨がたくさん散らばっている。

「奴らが喰った人の骨か?」

「まさか住職達じゃなかでっしょか!」

「いや、その骨は新しい物ではない」

「ふぅ、肝の冷えたばい」

「不謹慎じゃがこれは武器になる。どうじゃ熊さん、この骨の持ち主に代わって仇を討つと言うのは?」

「じゃっど、じゃっど、こいは良か供養になっですばい!」

「丈夫な大腿骨か脛骨が良い。骨を拾ったら早速洞穴に突入じゃ」

「分かりもした。待っとけよ化け物ども!」


二人は、念仏を唱えながら、手頃な骨を探し始めた。






                       5




「色即是空空即是色受相行識亦復如是・・・」

「住職、先生達本当に来てくれるんでしょうか?」よっちゃんが心配そうに慈栄に訊いた。

「大丈夫、信じて待ちましょう」

「いざとなったら私が守ってやるから、心配は無用だよ!」

「慈恵さんが強いのはわかってるけど・・・」

「何たって無門先生から鬼軍曹って呼ばれてるんだから!」

「そうですけど・・・」

「さあ、読経を続けましょう。先生方に私達の居場所が分かるように」






                       6




「あ、穴が二つ空いています!」

凛が指差す先の方で、洞窟は二手に分かれていた。

狐火ランプは暫く迷っていたが、ふらふらと左の穴に入って行った。

「このランプに着いて行けば良いんだ。ランプを信じよう!」

「そう、婆様が持たせてくれたんだもの。信じましょう」

二人は狐火ランプに続いて、左の穴へと入って行く。

「凛さん、何か空気の流れの様なものを感じないか?」

「そう言えば、冷んやりとした風が頬に当たる気がします」

「と言う事は、この先に出口があると言う事だ!」

「確かにそうですわ!」

その時、風に乗ってくぐもった声が聞こえて来た。

「微かですが、お経を読む声の様なものも聞こえます」

「婆様が言っていた妖怪でしょうか?」

「分からない、でも行くしかない」

「はい、覚悟は出来ています」

その時、狐火ランプが急に速度を上げて移動し始めた。

「行きましょう!」



                       




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「あれは経ではないか?」

洞穴からは、確かに経を誦す声が漏れ出ていた。

「間違いなか、あれは般若心経ばい。こん穴ん奥から聞こえますたい!」

「住職達に違いない」

「なら急がんと!」

「待て、暗闇で襲われたらさっきの様には行かん。作戦を立てよう」

平助は岩陰にしゃがんで、熊さんと額を突き合わせた。

「まず儂が先に入る」

「師匠、そいはでけん、おいが入りもす」

「まあ聞け。儂は戦時中夜襲の経験があるで、暗闇での行動はお主より慣れておる。敵に気付かれんように近づく事が出来る」

「じゃっどん、危険の大き過ぎますたい」

「なぁに、さっきの戦いぶりでは、奴ら戦闘力はあるが頭は弱い。儂が洞穴から追い出すで熊さんは出口で待ち構えておって、出て来た奴を片っ端から始末してくれれば良い」

「上手く行きまっしょか?」

「迷っている暇は無い。住職達の命がかかっておる」

「分かいもした、そいで行きまっしょ」


熊さんが岩陰に隠れると、平助は洞穴に入って蹲り暫く待った。

暗闇に目が慣れてくると、立ち上がって岩壁を手で探りながら、足音を消して奥へと進んだ。

どうやら此処は鍾乳洞のようだ。壁に水が滲み出ているのが手の感触でわかる。時折、天井からも水滴が滴り落ちてくる。

天井の高さに比べて歩ける床の幅は狭かった。

『いかにも水生の妖怪が住み着きそうな所じゃ・・・』平助は一人言ちた。

暫く行くと壁が消えた。広い空間に出たようだ。

読経の声が一段と大きくなった。

『どうやら近くなってきた様じゃな』

水の流れる音が聞こえた。地下水が川となってこの洞穴を侵食しているのだろう。

更に進むと、視線の先がぼんやりと明るくなって来た。弱い光が明滅している。

何かが蠢いているのが見えた。

『間違いない、さっきの奴らじゃ!』平助は確信した。

その化け物の眼の光が、互いの金属の様な鱗に反射して不規則に光っていたのだ。

しかし、化け物達は平助に気づかないでいる。その眼は皆、ある一点に集中していた。

その視線の先には、鉄格子の嵌った石室があり、読経の声はその中から聞こえていた。

『あの中じゃな。待っておれ、今助けてやる』

平助は洞穴の床に蹲り、這う様にして移動を始めた。


水虎達の眼は、牢の中の三人に奪われており、耳は読経の声に塞がれている。

平助は壁伝いに、化け物の背中が見える位置まで移動した。

化け物達はお預けを食らった犬の様に、涎を垂らして牢を凝視していた。

「化け物、こっちじゃ!」いきなり平助が立ち上がった。

水虎達が一斉に振り返る。

読経の声が止んだ。

「あっ、無門先生!」

「待たせたな。無事で何よりじゃ!」

「お待ちしておりました」

「本当に待っていましたよぉ!」

平助は二本の人骨を両手に持って構えた。

「さあ、弔い合戦じゃ!」

水虎達は蛙のように跳ねながら平助を取り囲む。

背後に回った水虎が動いた。暗闇では目からの情報が極端に減って、その代わり聴覚と皮膚の感覚が敏感になる。平助は振り返りもせず右手の骨を一閃させた。

ガッ!という鈍い音と共に、水虎が倒れた。

左右の水虎が同時に跳んだ。平助は身を翻して左手の骨で右から来た奴を叩き落とすと、左から来た奴の腹を突き上げた。

水虎が落下して床に這いつくばった。

水虎達が一斉に出口に向かって逃げ始めた。

その時、橙色の光が洞窟の中を照らした。

「何だ、騒々しい!」

大山椒魚が洞窟の奥からのっそりと姿を表した。

「何じゃ、蛙の化け物だけではなかったのか!」

逃げかけていた水虎達が勢いを取り戻して戻って来た。

「先生、そいつがここの親玉です!」慈恵が叫んだ。

「うむむ!」予想外の展開に平助は焦った。

「平助さん、気を付けて!その山椒魚の化け物は我々を食べるつもりなのです!」

「何だ爺い、お前も喰われたいのか?」

「先の短い命など惜しゅうはないが、お前の汚い腹の中に入るのだけは御免じゃな」

「言いおったな、水虎どもその爺いを片付けてしまえ!」

化鳥のような鳴き声を発して、水虎達が一斉に平助に襲い掛かった。


その頃、洞穴の外では熊さんが一人気を揉んでいた。

「師匠、中に入って大分経つが、まだ化け物の一匹も出てこん。読経の声も止んだごたるが大丈夫やろか?」熊さんが独り言を呟いた。

「師匠のこつやけん大丈夫じゃち思うが、こんまま待っとるとは気が気でんなか」熊さんは骨を握り締めた。

「よし、行っちみゆう!」

熊さんは意を決して、洞穴へと入って行った。






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「凛さん、お経の声が止んだ!」

「どうしたのでしょう?」

「何だか悪い予感がする。急ごう!」

二人は駆ける様にして洞穴の中を進んだ。狐火ランプがさらに速度を上げた。

「大勢が争っている音がする!」

正面に黒い壁が見えた。

「何だあれは?」

「壁の向こうが橙色に光っていますね・・・あっ!あれは壁ではありません、動いています!」

「何か物凄く大きな生き物の背中のようだ。音はあの向こうから聞こえる!」

その時、狐火ランプがその物体の輪郭を明瞭に浮かび上がらせた。

「あっ、鯰だ!」

「違います、手足が生えています!」

「オタマジャクシ?カエルの子か、それにしてはデカイじゃないか!」

謎の生き物がゆっくりと振り返った。

「誰がオタマジャクシだ!」

「おわっ、しゃべった!」

「お前は誰だ!」

「お前こそ誰だ!」

「俺はこの洞穴の主、大山椒魚様だ。何故勝手に入って来た!」

「ここは、夢と冥土を繋ぐトンネルの筈だ。勝手に住み着いたのはお前の方じゃないか?」

「煩い、お前達も宴の肴にしてくれる!」

大山椒魚は完全に向きを変えて、槇草達に迫って来た。

「槇草さん!」

「大丈夫、鬼斬丸がある!」

槇草は鬼斬丸を構えた。








                     9




『何じゃ、聞き覚えのある声がする・・・』

ひっきりなしに襲ってくる水虎達の攻撃を躱しながら、平助は思った。

突然山椒魚が向きを変えた。

「大丈夫、鬼斬丸がある!」

今度ははっきり聞こえた。

「その声は、槇草!」

「師匠、いるのですか師匠!」

「ここにおる!」

「ご無事ですか!」

「無事じゃ。こっちは手が塞がっておるで、そいつを頼む!」

「任せてください!」

平助が水虎達を見据えた。

「ふふふ、あの化け物さえいなければお前達など雑作もない」

水虎が怯むのが見えた。

その時、新たな声がした。

「師匠、ご無事でごわしたか!」

「熊さんか!」

「あんまり遅かもんで、つい言いつけば破ってしもた。済んもはん!」

「いやなに、助かった。これで形成逆転じゃ。さ、早いとこ片付けてしまおうか!」

「そう致しもそ!」

水虎達は一斉に後退さった。



                     10



「槇草さんの声がします!」

「熊先生の声も!」

「これで助かりますね!」

「あの三人がいれば大丈夫よ」

「ああ、良かった・・・」よっちゃんが大きな溜息をついた。

「よし、応援しよう!」

「他に何も出来ませんものね」

「無門先生頑張れー!」

「槇草さん素敵ー!」

「熊さんも頑張ってねー!」



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「何だか緊張感のない応援だなぁ」槇草は鬼斬丸の鯉口を切りながら呟いた。

山椒魚の大きな腹が目の前まで迫っている。

槇草は低く腰を落とした。

いきなり山椒魚が背中を向けた。槇草が一瞬戸惑っていると、途端に左から凄い衝撃が襲った。

「うわっ!」

槇草は山椒魚の尾鰭に弾き飛ばされて、ゴロゴロと転がり岩壁に激突した。

「槇草さん!」凛が叫んだ。

「お前もだっ!」返す尾鰭で山椒魚が凛を打った。

しかし、尾鰭は何の衝撃も感じず、反対側の岩壁を強かに叩いていた。

凛は地面を離れ、天井付近に浮いていた。

「ぬ、お前人間ではないな!」

「私は死神!」

「何だとっ!」

「その尾鰭で、私に触れる事は出来ません!」

「ならばこうしてくれる!」山椒魚は大口を開けて凛に迫った。「俺の胃は何でも消化してしまうんだ!」

「むぅん・・・」一瞬気を失っていた槇草がヨロヨロと立ち上がった。

「鬼斬丸は!?」槇草は辺りを見回した。

鬼斬丸は山椒魚の尾鰭の下に落ちていた。幸い奴は凛に気を取られている。

山椒魚が凛に襲い掛かろうとした時、槇草はサッと鬼斬丸を拾い上げ、山椒魚の尾鰭に斬りつけた・・・





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「熊先生、後ろ!」牢の中からよっちゃんが叫んだ。

熊さんがしゃがんだ途端、水虎の爪の生えた膝が頭上を通過した。

バランスを崩した水虎がタタラを踏んだ時、熊さんの持つ骨が水虎の顔面を直撃した。

水虎はもんどりうってひっくり返って動かなくなった。

「ふう、危なかとこじゃった。よっちゃん、礼ば言うばい!」

「気をつけて!他にもいます!」

「今度はそうはいかんたい!」熊さんは水虎に向かって走った。

平助は二匹の水虎を二本の骨で同時に粉砕した。

「あと何匹じゃ!」

「平助さん、あと六匹よ!」慈栄が教えた。

「う〜ん、私も暴れたい!」慈恵が地団駄踏んで悔しがった。

「軍曹、残念じゃが今日は見物しておれ!」

「仕方がない、無門先生お願いします!」

「任せておけ!」

平助はまた一匹叩き伏せた。





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「ぎゃっ!」山椒魚が悲鳴を上げた。尾鰭が三分の一ほど斬り取られている。

「うぬっ!よくも!」

「お前の相手は俺だ!」

「小癪な、叩き潰してくれる!」山椒魚は槇草に向かって足を踏み出した。

槇草が鬼斬丸を構えて突進した。

「デヤァー!」

槇草の気合と同時に、山椒魚がガクリと崩折れた。

「オオゥ!あ、足が・・・俺の足がぁぁぁぁぁ!」

鬼斬丸が山椒魚の右足を斬り落としていた。

「大人しく降参しろ、そうすれば命だけは助けてやる!」

「お、お願いだ・・・命ばかりは取らないでくれ!」

強気な態度が一変し、山椒魚が前足を擦り合わせた。

「なら大人しく言うことを聞くか!」

「な、何でも聞く!」

「手下どもに攻撃をやめさせろ!」

「わ、分かった・・・お、おい水虎ども、攻撃をやめよ!」

残った水虎達は一斉に攻撃を中止し身を引いた。

「こ、これでいいか?」

「うん・・・凛さんもう大丈夫だ!」

槇草が視線を凛に向けた時、大山椒魚は最後の力を振り絞って飛び掛かり、槇草を一呑みにした。

ゴクリ、と不気味な音がした

「槇草さん!」凛が叫んだ。

「槇草っ!油断しおって馬鹿者が!」平助が山椒魚に駆け寄った。

「おい、槇草を吐き出せ!」

「もう遅い。俺の腹はすぐに消化を始める。じきに骨だけは吐き戻してやろう!」

「うぬぬぬぬぬぬ!」

「ふはははははは、俺の足はその内生えてくるのだ。無駄足だった・・・ん?」

その時、山椒魚の腹から角のようなものが飛び出して来た。

「何だ、これは?」山椒魚が怪訝な顔をした。

平助がニヤリと笑った。

「教えてやろう。それは刀の切先じゃ!」

「ギャァァァァ!」山椒魚が絶叫した。

山椒魚の腹が縦に裂けて中から槇草が這い出してきた。山椒魚がゆっくりと腹這いに倒れた。

「ふぅ、助かった・・・」

「槇草、お主油断したな!」

「まさか、あれも計画の内ですよ」

「ふん、負け惜しみ言いよって」

その時、倒れていた大山椒魚が顔を上げた。

「き、貴様ぁ・・・」大山椒魚が喘ぎながら言った。

「悪く思うなよ。俺を見縊ったお前が悪いんだ」

「も、もう少しで不死身の躰を手に入れられたのに・・・」

大山椒魚はガクリと顎を落として事切れた。

水虎達は我先に逃げ始めた。

「逃ぐるか!」

「熊さん、もう良い、追うでない。それより住職達を牢から出してやらねば」

「先生、鍵が掛かっているんですよぅ」慈恵が情けない声を出した。

「鍵はどこじゃ?」

「それが分からないんですよぉ、山椒魚が持っていたはずなんですが?」

「それなら心配いりません。鍵はここにあります」槇草が右手に持った鍵を振ってみせた。

「なんと、どこにあったのじゃ?」

「山椒魚の歯にひっかかっていました」

「山椒魚に歯があるの?」よっちゃんが訊いた。

「大山椒魚には鋸のような歯があるそうですよ」慈栄が答えて言った。

「俺、危うく引き裂かれそうになりました」

「槇草さあは、知らんやったとね?」

「あ・・・」

「やはり油断しておったのじゃな!」

「さ、さあ、みんなも助かったことだし、まぁいいじゃないですか・・・」槇草が惚けた。

「ふん、まあ良い。それにしても、凛、良う来てくれたの」

「無門先生、ご無事で何よりです」

「貴女が死神の凛さんですか?」槇草に牢から出して貰った慈栄が訊いた。

「はい」

「そう、私は弥勒寺の住職で慈栄と云います。お噂は平助さんから訊いておりますよ、本当にありがとう」

「いえ、間に合って良かった」

「それにしても、どうやってここに来られたのですか?」

「冥界から洞門を逆に辿って参りました」

「やはりこれが夢の洞門じゃったか」

「凛・・・」

「熊先生、お怪我はありませんか?」

「怪我はなか、じゃっどん、おいは弥勒寺で難なく夢の精霊の術に掛かってしもうたのが情けなか」

「私は死神なのですよ、人間にかかる術は私には通用しません」

「ほんに面目なか。こん通りじゃ・・・」熊さんが頭を下げた。

「およし下さい。熊先生がおられたから皆様無事なのではありませんか」

「そげん言うちくるるか・・・いや、有り難か」

「さあ、冥界への出口へ急ぎましょう」

「そうじゃ、無駄な時間を費やしてしもうた。明恵上人を探しに行かねばならぬ」


狐火ランプは、ゆらゆらと揺れながら移動を始めた。

無事再会を果たした七人は、冥界へ向けて洞穴の奥へと進んで行った。







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