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死神 凛  作者: 真桑瓜
13/17

芝天狗


芝天狗(しばてんぐ)




                    

翌朝、明逹が山門まで見送りに来た。

「昨夜は私の愚痴を聞いていただきありがとうございました」

「何を仰います。こちらの方こそ、ひとかたならぬお世話になりました」

「尼寺なのに儂らまで世話になった」

「構いません、ここには私一人しかいないのですから」

「お陰さぁで、ゆっくり休めもした。あいがとさげもす」

「明逹様、どうぞお達者で」

「昨日のふろふき大根、とっても美味しかったです!」

「ありがとう、久しぶりでとっても楽しゅう御座いました。皆様もどうぞお元気で、呉々も妖怪には気をつけてくださいね。守備よく明恵様にお会い出来る事を願っております」


五人は明逹にお辞儀をして山門を後にした。明達は名残惜しそうに、いつ迄もそこに佇んでいた。



山頂を越えると、様相が一変した。

ゴツゴツとした岩肌が目立つ様になり、切り立った崖が林立する風景が目の前に現れた。

「足元ば気を付けんと、落ちたらひとたまりもなかばい!」

「わ、私高い所は苦手です」

「よっちゃん、おいが手ば引いちゃるけん頑張らんね」

「は、はい・・・」

「住職は大丈夫ですか?」慈恵が訊いた。

「私は平気ですよ、小さい頃は散々野山を駆け回っていましたから」

「台湾の十八羅漢山より険しいぞ」

「十八羅漢山ちゅうたら、師匠が王先生と対決した場所たいね」

「そうじゃ、懐かしいのぅ。今度台湾まで会いに行ってみるか」

「王先生も喜ばるっ事でっしょ」

「うむ」

五人は一列になって、崖道を降り始めた。

「やけに喉が渇くんですけど?」よっちゃんが訴えた。

「ここは植物が生えてないからね。それに直射日光に照らされて異常に乾燥している」慈恵が冷静に分析する。

「善妙寺で貰った竹筒の水で水分を補給しなきゃ」

「しかし、飲み過ぎるでないぞ。この先どこに水があるやら分からんからな」

暫く降ると、やっと低い木の生えた場所に辿り着いた。

「ちょっと休むか?」

「そうですね、明逹様に貰ったおにぎりを食べましょう」

「賛成!」

その時、今降りてきた道の上から、小石がコロコロと転がって来た。

「ん、なんね、石の落ちてきたばい?」

次の瞬間、ガラガラと音を立てて、落石が降ってきた。

「いかん崖崩れじゃ、皆木立の中に入れ!」平助が怒鳴った。

平助が木の陰に隠れた途端、ゴツン!と音がして大きな石が軌道を変えて転がっていった。

崖崩れは暫くの間続いた。ようやく最後の石が転がり落ちていった時、あたりは土埃で何も見えなかった。

「皆、大丈夫か!」

「大丈夫です」

「ああ、危なかった!くわばらくわばら・・・」

「良かった、死ぬかと思った」

「じゃっど、じゃっど」

「ここは危険じゃ、道を変えよう」

「師匠、あっちの方に森に続く道のありますばい」

熊さんが東側の斜面を指さした。

「よし、そっちへ行こう」

五人は熊さんの見つけた道の方角へ降りて行った。



「ここまで来れば大丈夫でっしょ」森の中に入ると熊さんが言った。

「うむ、そうじゃな」

「では、お弁当にしましょう」

「やっとご飯にありつける!」

経木に包まれた弁当を開いて、よっちゃんが言った。

「美味しい!ただのおにぎりがこんなに美味しいなんて・・・」

「きっと、命拾いしたからでしょうね」

「じゃっど、じゃっど」

「喉が渇きましたぁ」よっちゃんが言った。「私、竹筒の水はここに来るまでの間に全部飲んじゃったし・・・」

「じゃから、飲み過ぎるなと言ったであろうに」

「すみません・・・」

「いいわ、私の水を分けてあげるから」

「いえ住職、私が悪いんです」

「下の方から水の流れる音がします。きっと川があるんだ」慈恵が言った。

「私、水を汲んできます」

「よか、おいが行くけん待っとかんね。妖怪に出くわしたら危なか」

「熊先生、お願い致します」慈栄が頭を下げた。

「任せてくだっせ」

熊さんは、水音を頼りに灌木の茂る斜面を降っていった。


「ん、何の音じゃろ?」

熊さんが耳を澄ますと、コーン、コーンと遠くから木を伐るような音が聞こえてきた。

「こん山には樵のおるごたる」

バリバリッ!と木の裂ける音がして、ズンと地響きがした。

「木の倒れたな」

音のした方に注意をしながら道を降りていると、突然目の前に木の枝枝が現れて道を塞いだ。

「な、な、なんな!」熊さんは驚いて飛び退がった。

「相撲取ろ・・・」

「なに?」

見ると目の前に、子供くらいの背丈の妖怪が立っていた。木の枝はその妖怪が手に持っているものだった。

「相撲取ろ?」

その妖怪は、猿のように毛むくじゃらで、蓬髪が絡み合って両肩に垂れていた。よく見ると髪の毛の中に皿様のものが見える。背中に甲羅がある所も河童に似ていた。

「おはん、河童か?」

「河童じゃない、芝天・・・」妖怪はぶっきらぼうに答えた。

「シバテンじゃと?」

「芝天狗。だけど天狗じゃない、夏になったら猿猴になる」

「エンコウ?猿のようなもんか?」

「猿じゃない・・・」

「何じゃ、よう分からん奴じゃな・・・」

「相撲取ろ」

「おいは忙しかとじゃ。また今度な」

「なんで忙しい?」

「水ば汲みに行っとじゃ」

「オラに勝ったら、汲んで来てやる」

「よか、水汲みぐらいおいにもでくる」

「それは、無理」

「なしてな?」

「そこの川には龍神がおって、人間が来ると喰ってしまう」

「なに、龍神じゃと!なら、冥界に通じる洞門もこん近くにあるのか?」

「ある」

「本当か?」

「オラ、嘘言わね。オラに勝ったら教えてやる」

熊さんは迷った、妖怪を信じてよかもんじゃろか?と。しかし、見れば子供の様な体格だ。軽くいなして遊んでやれば気が済むだろう。

「よし、おいが勝ったら場所ば教えちくやい」

「分かった・・・水も汲んで来てやる」

熊さんは四股を踏んで蹲踞の姿勢を取った。


「熊先生、遅くありませんか?」よっちゃんが心配そうに言った。

「本当。水を汲みに行ってから、もう随分と時間が経ちますよね」

「熊さんの事じゃから、心配はないと思うが・・・」

「妖怪に襲われていたりして・・・ほら、明達様が言ってたじゃないか、凶悪な妖怪に気を付けろって」

「ええっ、私の所為で熊先生妖怪に捕まっちゃったんですか!」

「縁起でもない事を言うな。まだ、そうと決まった訳じゃなかろう」

「様子を見に行きましょうか?」

「そうじゃな、しかし全員で行く必要は無い。儂一人で行くからここで待っておるがよい」

「無門先生、大丈夫?」

「老いたりとはいえ、無門平助は武術家じゃ。その辺の妖怪に遅れは取らんよ」

「分かりました。では呉々も気をつけて」

「うむ、行って来る」

平助は、熊さんが降りて行った道を辿って歩き出した。




「うむむむむ・・・こりゃ手強か!」熊さんが呻いた。「じゃっどん、何とかならんか、こん臭い!」

芝天の躰からは何ともいえぬ強烈な異臭が放たれていた。熊さんは、臭いに惑わされて力を出せないでいる。

「ウヒヒヒヒヒヒ・・・」芝天が不気味に笑った。「朝日が昇るまで、相撲取ろ」

「なんてな!そげん暇はなかたい!おいの負けでよかけん、もう止めんな?」

「駄目だ、オラに勝つか朝が来るかしか止める方法は無い。オラに負けたら命は無いよ」

「う〜む、まんまと騙されたばい」

「騙してないよ。オラに勝ったら水汲んで来てやる」

「そうか、なら勝てばいいんじゃな!」

「そう」

「しょんなか、なら全力で行くばい!」




川の近くまで来ると熊さんの背中が見えた。しかし、なんだか様子が変だ。変な格好で力んでいる。

その時、熊さんがよろけて小さな影が見えた。

「何じゃ、子供相手に相撲を取っておるのか?」

平助は熊さんが相撲をとっている所へ降りて行った。

「うっ、臭い!」思わず鼻を摘む。「何じゃこの匂いは、鼻が曲がりそうじゃ!」

「そん声は師匠。助けてつかぁさい!」

首だけを振り向けて熊さんが叫んだ。

「誰じゃ、その子供は?」

「子供じゃあいもはん。妖怪でごわす!」

「なに、妖怪?それでそんなに苦戦しておるのか?」

確かに、背中に甲羅を背負っているし、毛むくじゃらだ。

「そうでごわす!こやつに勝たな水ば汲めんとです!」

「わっ!」熊さんが大きくタタラを踏んだ。

「気を抜くと命が無くなるよ」芝天が言った。

「本当か、熊さん!」

「ほんなこつでごわす!」

「よし、助太刀致す!」

「ダメッ!オラに触るとこの人は消えちゃうよ」

「なにっ!」

「相撲の相手は一人と決まってるんだ。オラに触れたら今度はお爺さんの番だよ」

「むむぅ・・・」平助は立ち竦んだ。

その間にも、熊さんは必死の形相で芝天の攻撃に耐えていた。

「熊さん、武術の原点に帰るのじゃ!」

「ぶ、武術の原点・・・」

熊さんは渾身の力で芝天の躰を揺すった。しかし、芝天の姿勢は崩れない。

「無駄だよ。オラ昔、相撲の大関にも勝ったんだ」

「むむ、万事休すじゃ!」

芝天がニッと笑って力を込めた。

その瞬間、熊さんの躰からスッと力が抜けた。途端に芝天の躰が支えを失って宙を飛んだ。

ドサッ!と音を立てて、芝天が地面に這いつくばった。

「どうやら、おいの勝ちじゃな」熊さんが言った。「洞門の場所ば教えち貰おうか」

芝天は顔を上げて熊さんを見た。

「この川の下流の谷」

「目印は?」

「地蔵の形の大岩」

「師匠、冥界へ通じる洞門の場所が分かりもしたばい!」熊さんが平助を振り返った。

「なにっ、本当か?」

「この川の下流、目印は地蔵の形の大岩」

「でかした、熊さん!」

熊さんは芝天に向き直った。

「さて、水ば汲んで来ち貰おうか」

「お、起こして・・・」

熊さんは、芝天の手を引いて起こしてやった。

「約束は守るよ。どれに汲んで来ればいい?」

「こん竹筒にな」熊さんは懐から竹筒を取り出した。

「分かった・・・」

芝天は竹筒を持って、川に飛び込んだ。

「師匠、お陰で助かりもした」

「なぁに、熊さんはあの匂いに惑わされて、正常な判断が出来なかったのじゃ」

「面目なかこつでごわす」

「うむ、何はともあれ無事で何よりじゃった」



暫く待つと、川の方から水音が聞こえて、芝天がペタペタと足音を立てて戻って来た。

「はい、水・・・」

「ご苦労じゃった」

「この水は龍神の水。いくら飲んでも枯れる事はない」

「有難い。これからの道中、これさえあれば水には困らぬ」

「じゃっどん、おはんな相撲の強かなぁ!」

芝天がはにかんだ表情を見せた。

「縁があったら、また会おうたい」

「うん・・・」

芝天は、振り返る事なく水の中に消えた。

「さ、戻るとしよう。弥勒寺の女人達が首を長くして待っておろう」

「じゃっど・・・」





「住職、今戻ったぞ!」平助が樹間に声をかけた。

「よっっちゃん、待たせたばい。水ば汲んで来たけん飲まんね!」

熊さんも呼び掛けたが応えは無かった。

「おかしい、返事が無い」

「師匠、これは何でごわそうか?」

熊さんが木の枝を指さした。なにやら緑色の粘液が滴っている。

「こっちにもあるぞ!」平助が指さした地面にも、同じような液体が溜まりを作っていた。

「なんかネバネバしちょる、気色ん悪か!」

「見ろ、地面に引きずった痕がある!」

「こりゃ、結構な重量物ですたい!」

「きっと住職達は妖怪に連れ去られたに違いない!」

「しまった!おいが手間取ったばっかりに!」

「この痕跡を尾けてみよう」

「じゃっど、急ぎもそ!」





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