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死神 凛  作者: 真桑瓜
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野狐

野狐



「ここは一体どこな?」熊さんは呆然と立ち尽くした。

寺の本堂で、見窄らしい翁と子供の赤鬼を見たところまでは覚えている。しかし、ここは寺の中とは似ても似つかぬ森の中だ。

「凛!」熊さんは大声で呼んでみた。

「凛はおらんか!」もう一度呼んだが返事は無かった。

あの翁が師匠達を夢の中に閉じ込めたと言っていた。

「してみっと、おいも夢ん中っちゅうこつか?前田行三、一生の不覚!」

熊さんは、ゴツゴツとした木の根が這う森の中を、当てもなく歩き出した。

暫く木と木の間を縫うように彷徨い、急な斜面を這うようにして登り切った時、前方の杉の樹間を人影が走った。

「人がおる!」熊さんは立ち上がって人影が見えた方角に足を早めた。

スッとまた人影が過った。今度は着物の柄までが良く見えた。

「あん柄は凛のもんじゃ!」

熊さんは立ち止まって大声で凛を呼んだ。

「凛!おいじゃ、前田じゃ、おいはここにおっぞ!」

密かに枯葉を踏む音がして杉の大木の陰から凛が現れた。

「凛、探したぞ!」

凛は黙って立ち止まり、熊さんを見てニッコリ微笑んだ。

「良かった、無事じゃったか」

凛はコクリと頷きゆっくりと後方を顧みた。

熊さんが視線をやると竹林の中に藁葺きの一軒家が見えた。

「なしてこんな所に家が・・・?」

凛は踵を返し、一軒家に向かって歩き出した。

「あん家に用事のあっとか?」熊さんは立ち止まったまま訊いた。

凛は首だけで振り向くと、右手で熊さんを手招いた。どうやら一緒に来いと言う事らしい。

熊さんは訳のわからないまま凛の後に付いて行った。



「どうぞお上がり下さい」玄関の土間に立つと、凛が上り框に跪いて熊さんを誘った。

言われるままに座敷に通ると既に食事の用意がしてあった。

「お風呂も沸いております」

「そげなこつしちょる暇はなか、今は一刻も早う師匠達ば探さんばならん!」

「急がなくても良いでしょう。腹が減っては戦はできぬ、と申します」

「じゃっどん・・・」

「お師匠様達の居場所なら、見当がついております。ここで待っていればそのうち参られる筈です。下手に動けば迷子になるばかり、ゆるりと待ちましょう」

「そ、それもそうじゃな」熊さんは急に空腹感を覚えた。「腹拵えでもして待つとすっか」

「そうなさいまし」

熊さんは堪えきれず箸を手に取った。

「お酒の用意をしてまいります」凛は音もなく立ち上がると座敷を出て行った。


目の前に美味そうな料理が並んでいる。熊さんは鯛の煮付けに箸を付けた。

『いや待て、師匠達が苦しんでおる時に、おいばかりよか思いばしてよかっちゃろか?』

鯛の身を毟った箸が止まる。

『もうちっと待てば師匠達の来っとなら、待つに越したこつはなか』熊さんは箸を置いた。


「あら、まだお食べにならなかったのですか?」凛がお盆にお銚子と猪口を乗せて戻って来た。

「うむ、師匠達ば待つ」

「それなら、お酒でも飲んでお待ちになれば良ぉございます」

「酒か・・・酒だけなら師匠も許しちくるっじゃろう」熊さんはゴクリと唾を飲み込んだ。

「お注ぎしますわ」凛が銚子を手に取った。

「すまんのぅ」熊さんは猪口を凛に差し出した。

「さ、どうぞ・・・前田さん」

猪口を口に運ぶ熊さんの手が止まった。

「なんち言うた?」

「え、なんですの?」

「もういっぺん、おいば呼んでみんね」

「なぜ?」

「よかけん、呼んでみぃ!」

「は、はい・・・前田さん」

熊さんの目が光った。

「おはん・・・誰な?」

「り、凛でございます」

「嘘をつけ!凛はおいのこつは熊先生と呼んじょる!」熊さんは手に持った猪口を投げつけた。

凛は獣じみた動きで猪口を避けると、庭に飛び降りた。

「チッ、もう少しだったのに!」

熊さんが縁側に駆け寄ると、そこには着物を纏った狐が立っていた。

「狐、おいば化かすつもりじゃったか!」

「ふん、気付かなかったくせに偉そうに言うんじゃないよ!」

「なんじゃと!」

「近頃の人間は疑り深くて嫌いだよ。この野狐の姉さんが二度も失敗するなんて、今日は狐の厄日かねぇ」

「二度?」

「いいことを教えてやるよ。あんたのお探しの連中なら、もうすぐ下の獣道を通る。犬神にもらった毛で私の術が解けちまったからね」

「おはん、師匠達にも術をかけたのか!」

「ああ、同じ所をぐるぐる回ってたよ」

「なんちゅうこつを!」

「怒るんじゃないよ。私のお陰で行き違いにならずに済んだんじゃないか。ありがたく思いな」

「あばよ!」野狐は二、三歩後退さると、くるっとトンボを切って消えてしまった。

「化け狐じゃったのか・・・」

狐が去った後は何となく風景が燻んで見えた。熊さんは玄関へ向かおうと振り返った。

「な、なんなこりゃ!」熊さんが絶叫した。

そこには荒れ果てた物置小屋と思しき建物が立っていた。そして、腐った床の上には、葉っぱに包まれた蛇や蛙、百足や鼠の死骸が転がっていた。

「こ、これば食わさるっとこじゃったのか!」酒はきっと狐の尿に違いない。

熊さんは喉の奥から込み上げてくるものをやっとの思いで押し戻した。

「危なかとこじゃった・・・」


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