第7話 雑談
プロローグはこれで終わりです。
ここで語られていることは、頭を空にしてお楽しみください。
今回のテルテルの先行調査に関するミーティングも一通り終わった頃、アリエーネ提督からはこういう時にお決まりの一言が発せられた。
「テルテル、あとは何か質問は無い?」
「聞いてもよろしいですか?」
テルテルには、実は後で聞こうと思っていたある疑問があった。
「提督と参謀のコスチュームですが、今回も露出度が高いと思います。何かルールですとかこだわりでしょうか?」
「テルテル。『あんなこと』や『あんなこと』までしておいて、今さらそういうことを言うのもどうかと思うけど、良い質問です」
提督はミニスカ・レースクイーン風衣装の上から海軍風ジャケットにギャリソンキャップというその格好のまま、良いこと聞いてくれましたとか宣い始めた。
ちなみにリハビリ中は結構盛り上げてくださる部下想いの御方であるものの、直接的な描写はこの小説を別の世界へ飛ばしてしまう危険があるため、割愛させていただいている。
「テルテル、いいこと? 宇宙時代においては実は女性の衣装の露出度と『ワープ航法の距離』および『ワープ技術の浸透度』は比例関係にあります」
「それは本当ですか!?」
艦隊が太陽系の観察において、地球のサブカルチャーにまで注目していたのはテルテルもある程度は知っている。
「左手が銃になってる海賊がいるでしょう? 彼の世界では民間にまでワープ技術が浸透し、そして遠い星域まで誰もがいくことが出来たわ」
「そして女性のファッションは下着同然でしたね。しかもきわどいヤツ限定という……」
そう言えば、蛇みたいな名前の『あの男』はいつも紐ビキニみたいな衣装しか着ない女性に囲まれていた。テルテルの記憶では、警察関係者などの制服ですらそうだった気がする。
「某宇宙戦艦はどうだったかしら。彼らは遠くまでワープ出来たわ。でも軍関係の船舶以外でのそれは不可能だった」
「露出は無いものの、ボディラインくっきりのピタピタのスーツで裸よりいやらしかったです」
まるっきりセクハラ、としか言いようが無い制服を軍部が採用するのが異常な作品だった。
地球を救う崇高な使命を持った連中だったが、スタイルに自信の無い女性は乗船拒否されるか、強制的に美容整形手術を受けさせられたに違いない。
「では、某賞金稼ぎはどうだったかしら。カウボーイって名乗ってた彼の世界はワープは星系内のみに限定されていたけれど、民間の使用は許されていたわ」
「それなりに衣装の露出度は高かったですが、それは私服の範疇におさまっていました……」
壮絶な戦いの末に亡くなったらしい『アフロっぽい髪型の男』には、これまたタカり気質の気の強そうな重い過去を持つヒロインがくっついていた。
ワープの距離が星系内の場合、出せるのはヘソまでということなのだろう。
「テルテル、つまりはそういうことなのよ。私たちは超長距離をワープ可能だけれど、それが出来るのは私たちだけ。つまりこんな感じの露出度におさまるわけなの」
テルテルにとっては衝撃の理由だった。
それは確かに、彼の育った文化からすれば理屈に合っている気がする。しかし彼の育った文化において、それに対立的な作品世界も存在したはずだ。
「しかし、しかしですよ提督。某英雄伝説はどうなるんです? あれはお堅い軍服一辺倒で、我々は想像力を嫌でも鍛えざるを得ませんでした!」
某英雄伝説では少なくとも、銀河系の渦状腕の間ぐらいは楽に往復可能な2つの勢力は、君主制と民主制に別れて戦っていた。
そして男女ともに、まともな格好で戦艦に乗って政治的な話と愚痴に華を咲かせていたはずだ。
「テルテル、あれは背景に存在する隠れた思想が異なるからなの」
「な、なんだって!? そんな、どういうことなんですか?」
アリエーネ提督はアプデスタ参謀を目で促した。
「ここからは私が説明をいたします。テルテルさん、あなたはあの女性の服装の露出度が上がった世界で、性犯罪の比率が上昇したという描写を見たことがありましたか?」
「いえ、ありません。無かったと思います……」
「それはつまり女性の社会的な地位が今よりも向上し、モラルが上昇した世界であると捉えることが可能であるということです」
テルテルは再び愕然とした。
「そしてその現象が示すことは、生活圏が宇宙へと広がることは人々の意識を変えうるという思想そのものです」
あの『白い悪魔』の世界にはワープは無かった。もしあったら、女性キャラは操舵長から幼なじみまでヘソ出してたろうし、運命の女性に至ってはビキニにパレオ以上であるはずがない。
「美容整形の技術も上がり、安価になっているという側面もあるかもしれません。しかし自身を変化させたいという欲求をいたずらに否定することは正しいとは言えないのでは無いでしょうか?」
「確かにそうです。美醜すら安価に変えうるのであれば、あとは選択の自由の問題だ。それを誇示するのも否定するのも自由です」
一見ハレンチな姿に目が行きがちだが、それはまた女性にとっての『自由な選択』がもたらした習俗であると捉えることは可能である。
「某英雄伝説の世界では『生活圏の拡大による人の意識の変革は無い』という思想が貫かれているのだと、私たちは捉えています。それはそれで立派な意見ですから、もちろん否定はいたしません。技術的な前進は、思想的な後退をもたらすことはあるでしょう」
自分たちが作品を楽しむその傍らで、そんな意見の対立があったことをテルテルは知らなかった。というか知りたくなかった。
「つまりSF作品には2つの流れがあり、提督と参謀は今回は『生活圏の拡大が人の意識を変革しうる』という意見に沿った上で、そのコスチュームなわけなんですね?」
アリエーネ提督は大きくうなずいた。
「テルテル、そのっ通りよ! まあ、その~本当は軍艦モノでどっちのコスが好きかって話になって、決戦兵器がある方が良いわよねってことでこうなったんだけどね」
どうやら思想云々は完全に後付けらしい。
しかしテルテルはその何となく説得力のあるホラにすっかり戦慄してしまった。
「ですが某機動戦士が何でワープしないのかよく分かりました」
「あれねー、女性キャラを半裸にすんのは監督が嫌がりそうよね」
「人の意識の変革ということで言えば、あれほど前面に押し出された作品もありませんでした……」
「ヒロインが脱ぐと、主人公だと思ってたキャラが死んだりすんのよ、あれは。良くないわね。やることやってその後が大事だと思うの」
何だかこれ以上提督にしゃべらせておくと危険そうだったので、テルテルはこの辺にしたいと2人に告げた。
テルテルは異種族婚に興味は無くはなかったが、アプデスタ参謀には艦艇ではないのかという疑惑があったし、アリエーネ提督にも艦隊旗艦そのものではないのかという疑惑があってしばし悩んだ。
彼は『艦艇の様な女性』をコレクションする例のゲームをプレイした経験は無いのだった。
プロローグ了