第6話 テルテルの仕事
「で500年間も塩漬けになっていたSOSについて、何で今から出かける気になったんです?」
テルテルは最も気になる今回の先行調査の理由を提督に聞いてみた。
この「助けて」という訴えは500年前のもので、今から行ってもさらに1000年間かかる可能性もあるという話になる。
もうその件については何もかもが終わり、歴史に何かの痕跡が残っていれば良い方という状況ではないだろうかと思われた。
「ああ、そっちの信号については何もしなくて良いわよ。理由だけでも分かれば良いし、最悪不明でも大丈夫よ」
「そうすると今回の目的は……」
アプデスタ参謀が提督のあとを引き継いでテルテルに答えてくれた。
「今回の目的はダトールの回収と、機能停止に陥った原因を確認することです。もし原因が排除されるか無視出来れば、我々は到着後に惑星の観察を行います」
「アプデスタ参謀、太陽系の『のぞき』を放棄する理由は?」
「地球での発展の方向性はだいたい見えてしまいました。あとはいくつかあるお決まりのコースをたどるだけだと判断しました」
つまり艦隊は、地球の観察に飽きてしまったということらしい。飽きたなら新しい対象に向かうのは当然だろう。
「理由はそれだけでは無いのです。裂け目は今も消えていません。これはまだ神の何らかの要求が終わっていないことを表していると判断出来ます」
「相当な時間が経過していることは、どうやら相手さんにとっては問題では無いらしいのよ」
いささかうんざりしながらアリエーネ提督も答えてくれた。艦隊にはこの裂け目を通過して、その場所へ赴くことが求められているようだった。
アプデスタ参謀が続ける。
「これを無視し続けることは、艦隊にとって致命的な結果をもたらす可能性があります。逆に目的地では、外部勢力と関わることで発展が望めるかもしれません」
アリエーネ提督が補足を入れてくれた。
「どの勢力が最終的に生き残るか、分からない方が面白そうだしね」
「そういう訳でしたか……」
テルテルが理解出来たことは、この塩漬け案件が艦隊にとって興味のある問題になったらしいということだけだった。
「続いて艦隊旗艦の航行についてですが、ご存じの通り100光年を2ヶ月で移動出来るのですが、これだと効率が悪いのです。ですから平均して1年間に60光年進む、つまり10分の1程度の速度で進むことになります」
「それで6万光年なら1000年はかかるというわけですか」
ひょっとすると艦隊は短期間の長距離移動に向かないのではないか、とテルテルは考えた。効率的な通常航行が光速の60倍というのも、宇宙の広さと艦隊の規模を考えた場合は遅いと言えば遅い。
「ただしですが、航行中に標準的な恒星系(主系列星)2個以上をまるごと収奪できる場合は100年程度まで縮まります」
「そこら辺の理屈はよく分からないんですが、俺の偵察任務期間は縮まる可能性もあるというわけですか?」
「その可能性も大いにあります。収奪質量を使って艦隊は超長距離転移、つまりワープを行います。それに消費する質量が、1回当たり太陽系まるまる1個分に等しいのです」
太陽系2個以上の質量が必要ということは、ワープは2回行われるということらしい。
艦隊は質量をそっくりエネルギーに変換してしまえるとテルテルには聞こえた。
「資源の収集途中でうっかり見つかっちゃった場合は、地元戦力とやりあうんだけどね、そん時も全部いただくからお盛んな連中でも良いのよ!」
提督が不穏なことを言い出したが、出来れば穏便にすめば良いとテルテルは思った。何が悲しくて行き掛けの駄賃で滅びねばならないというのだろう。
今回のブリーフィングも終わりに近づいてきて、残りは後半の移動に関しての説明になる。
「ところで旗艦の通常航行システムについてですが、ざっくりと申しますと『大質量による空間歪曲式蠕動推進』により光速を超えています」
アプデスタ参謀は、テルテルが質問する前に疑問に答えてくれた。
「『大質量による空間歪曲式蠕動推進』ですか」
「簡単に言えば、莫大な質量により前方の空間を引き寄せて進んでいる、ということです。つまり空間を這い進んでいるわけです」
なんとなく丸まっちい生き物がモニョモニョと進んでいる様子が連想されたが、宇宙を海とすればそれはアメフラシのような速度なのかもしれない。
それだと地球人はほとんど珊瑚かフジツボのようなものではないだろうか。
せめてイワシ程度にならないかと思ったが、それだと腹が減るからヤダとは提督の弁だ。
艦隊旗艦は補助電力資源として8個の恒星(巨星)と8個のブラックホールを有し、さらにその過大な質量でもって莫大なパワーを得ていた。
もちろん途中で移動を止めて、充電も行うし資源の収奪もやることになる。
さらに目的地手前から減速と幅寄せもしなければいけなかった。トラックで20分走って、バックで駐車するのに2分かかるのと同じである(※あくまでも例えであって比率は関係ありません)。
失敗した場合は目的地が重力崩壊を起こしてしまうし、モノホンの神が途中で何とかしてくれそうだが、ムチャクチャ怒られそうだったから失敗は不味いらしい。
今回のテルテルによる先行偵察は、機能停止したダトールに出来るだけ近い位置に存在する、操作可能な『何か』を利用して行われる。
おおざっぱでもダトールの位置が分かるのがありがたかったが(魔法が便利すぎる)、その『何か』の機能もおおざっぱにしか分からないのが不安材料ではあった。
「大丈夫ですよ、テルテルさん。生身の体はこちらにあって、しかも加齢の影響は受けません。向こうの『体』が機能停止した場合はこちらの体は覚醒します。またスリープ機能があれば、その都度こちらに戻ることも可能です」
アプデスタ参謀の説明を聞いて、テルテルは今回の仕事については楽観的に考えていた。
「イヤ~、テルテルがうちに来てくれて本当に助かったわ。テルテル頑張ってね! 翻訳とか記録についてはこっちでバックアップできっから!」
向こうのリソースをまるっと使い、こちらの消費がほとんど無いことに関して、アリエーネ提督は実に機嫌が良かった。
失われる可能性があるのはテルテルの気力だけだったし、ダトールをそっくり手元に回収出来たら「特別手当てを払う」と笑顔で約束してくれた。花が咲いたような良い笑顔だった。
今回のテルテルの仕事を整理すると以下のようになる。
1:現地にて情報の収集につとめ、可能な限り住民との継続的な敵対は避けること。
2:宗教派閥の情報を集め、最も勢力が大きく神の恩恵が大きい組織と仲良くなること。信者として『奇跡』の一端を行使出来ることが望ましい。
3:ダトール本体を回収し、機能停止の原因を探ること。原因を排除出来れば理想的。
4:500年前の信号については情報は無くとも良いが、可能であれば調査すること。
5:出来るだけ長期にわたり調査活動を行うための体制を構築し維持すること。
楽観的に構えていたテルテルだが、この任務は敵国家転覆のために地元でゲリラ組織を立ち上げるくらいの難易度があるのではないだろうか。
テルテルの胸中には、徐々にではあるが言葉に出来ない不安が広がり始めていた。