第5話 裂け目
テルテルが肝臓癌から回復して2ヶ月が経過した。
テルテルは今、居住区の城にあるブリーフィングルームにて提督や参謀とミーティングの最中である。
提督や参謀は、材質不明のレースクイーンのような格好の上から海軍風ジャケットを着て、頭にギャリソンキャップ(プリンみたいな形の帽子)を乗せていた。
「テルテルには、もう今回の任務の詳しい説明を行わないといけないわね」
「いよいよですか、提督」
「いよいよなのよ、テルテル。まずはこれを見てちょうだい」
テルテルの目の前のディスプレイに楕円形の穴か裂け目の様なものが写し出された。
「妙な映像ですね。穴みたいに見えますが……」
「ざっくり言ってしまうと『穴』であってるんだけどね。実際には目で見えないから、縁の部分が光っているのは画像を修正してあるわけ」
「目で見えないんですか?」
「大きさが短径で40光年もあるのに、近寄っても光学的には見えないのよ。ただし通り抜けることは出来る。いつから開いてるかは不明だけど、500年ほど前のいつかなのは間違いないわね」
テルテルはこの穴のサイズについて、いくらなんでも大きすぎるのではないかと思った。このサイズでは近傍の星系に完全に触れてしまうため、それらの星々が穴の向こう側へ消えてしまうのではないだろうか。
「目的地はこの穴の向こうというわけか……何であれに触れそうな他の恒星系の星は吸い込まれないんですか?」
「不思議なことに、あれは私たちしか通さないの。変でしょ。今回は、ある存在に私たちが呼ばれていると判断出来た為の移動だと言って良いでしょう」
艦隊しか通さない『見えない穴』とは不気味な話である。一体何が艦隊を呼んでいるのか、テルテルが聞いたところ提督はしれっと答えてくれた。
「こういうことが出来るのは『神』かしら。空間の設定を変えたり、リソース無しで物理法則を広範囲で変更したりするのは連中ぐらいだから」
最初は艦隊も太陽系の『のぞき行為』(つまり観測)に忙しく、この穴が開き、何かの信号が送られて来た時の反応は冷静だった。
艦隊の運営部はトップであるアプデスタ参謀以下全員の投票により「偵察ユニットを出す」という意見を提出した。
一方でミサイルの弾頭チームや陸戦隊チームによる雇用船員会では「実際に現地に行ってみるべし」という意見が支配的だった。
そんな中で艦隊のトップであるアリエーネ提督はといえば「この信号は聞かなかったことにしたい」という、まことに後ろ向きで冷淡なご意見を前面に押し出して抵抗した。太陽系の観測を止めにしたくなかったのである。
しかしここでアプデスタ参謀から忠告が入った。この空間の亀裂を作ったのはおそらく『神』ではないかと思われるため、銀河系において物理最強の艦隊とはいえ容易に無視すべきではないという話になったらしい。
「だいたいあの連中も理不尽なのよね。創造するのは結構なんだけど、一度フリーの状態でブラブラさせときなさいよって思うわけなの!」
と提督はいうのだが、テルテルからすれば艦隊も充分に理不尽であったし、文明の終焉まで資源の収奪を待ってやってほしいと思うのだ。
とにかくそんなわけで、提督たちからすれば贅沢な現実改変を消費無しで行使する『神』からの無言の催促を無視するわけにもいかず、提督は非常にしぶしぶながら偵察ユニットを亀裂の向こうへ送り出すことに決めた。
それがちょうど500年前のことである。
亀裂の向こう側に数光年だけ頭を突っ込んだ旗艦は、問題の信号の発信元がそこから約6万光年離れたある恒星系であることをつかんだ。
空間に亀裂が開き、信号が届いたのは『神』の介入によるものだろう。しかし信号を発したのはそこの惑星に住む『誰か』のようだった。
本当にほとんど何もやりたくなかった提督は、その当時から現在にいたるまでの間で、最も小型で最も能力の低い偵察ユニットを転送することに決めた。
「それがこれよ! 『偵察ユニット:ダトール(全高5m、水陸両用歩行型)』」
テルテルの見ているディスプレイにそれの全身が映し出された。
一見して足のあるクラゲみたいなシルエットは全身から「水陸両用です!」と主張していた。下半身はネコの後ろ足の様な『趾行』を行う脚が2本あったがとても太かった。上半身はドンブリを伏せたような半球形で大きく広がり、蛇腹関節の長い腕が左右に2本ずつぶら下がっていた。頭部は半球体の頂点より前よりの位置についていて、某掃除ロボットのような円盤形だった。ついでに言えば目は光らないし、目立たないようになっていた。
このダトールは早速、超長距離転移によって目標の恒星系に送り込まれた。
艦隊は信号を発信した惑星にまで見当をつけていたのである。
進んだ科学の力と言って良いのか不明だが、それは魔法の力だった。彼女たちは魔力の痕跡を探したのである。
信号を送信した手段は魔術的なものに近いことに気がついたからということもあった。
「魔力……ですか?……」
「そう魔力よ。魔力は一応惑星のリソースなんだけど、テルテルには重力と同じような遍在する力に当たるものと言えばわかってもらえるかしら」
それはテルテルにはよくわからない。彼はバリバリの文系であるから、その辺の話はサッパリだった。
惑星には大きな魔力を有する惑星と少量しか存在しない惑星がある。
魔力が重力に近いというのも大雑把で正確では無い説明だったが、惑星を覆い、距離が離れれば大きく減衰するところは似ている。
しかし、神の行使する『奇跡の力』が実際にあり得ない事象を引き起こすことが出来るのに対して、実際に存在する現象以外は無理ではないが再現し難いという点においては劣っていた。
その手の惑星で魔法を行使する生物の持っている器官を研究した提督たちは、同じ仕組みを持つ構造物を再現しこれを500万基も稼働させることで、大規模にこのリソースを使用できるようになっていた。
ついでに言えば、あまりにも巨大な艦隊旗艦はこの魔力を惑星と同じく保持することさえ可能である。
それでも神に対抗することは叶わないが……。
そうしたわけで『ダトール』は魔法の支配するであろう惑星のある都市で調査を開始した。
ダトールが調査を開始してから10年ほどが経過する頃には、それなりの情報が収集出来た。
そこでは複数の知的種族が支配権を争い、また複数の外部勢力、つまり複数の神が信者の獲得による影響力の拡大にいそしんでいた。
神々は惑星外から思想的に知的種族を誘導するのが目的だったが、彼らにも本当にスゴいのから『艦隊』よりも弱く神とは言えない『成りすまし』も居る。今現在もこの星にたかっているのがどれ位の存在なのかは不明である。
知的種族には驚いたことに恐竜から鳥類になる前に派生した竜人や、ネコ科から発生した獣人、地球人と同じ猿人系統の者たち、節足動物から進化した者などが豊富に居て、覇権争いは混迷を極めていた。
ダトールは特に言語や文字などの収集を優先して行ったので、例の信号の意味が
「助けて」
であることはすぐに判明した。しかも地球人と同じ猿人系統の者たちの言語だった……。
提督たちはこの状況に興味を示し、この惑星を観察対象にしようとしたが、その10年経過したところからダトールからの報告が突然に途絶えた。
リスク有とみた提督たちはここで、神への義理は果たしたとしてこの惑星の観察を見送ることにしたのだ。
それから400年以上が経過したが、現在までこの裂け目の向こう側については後回しにされていた。すぐに閉じるだろうと思われていたからである。
ダトールはこの宇宙の地続きの別の銀河にあるのか、または異世界に存在するのか不明の惑星に取り残されることになった。