第4話 出航
船が巨大すぎる所為なのか、もしくは宇宙空間だからなのか、または慣性制御のおかげなのかは不明だが、テルテルにはここが動いているという感覚は無かった。
艦隊はとっくに出航しており、現在テルテルは船員の居住区画である円筒構造物の内部に居住している。
この円筒形構造物は全長1000㎞、外部直径40㎞、内径が20㎞もあり、その中に幅が3㎞あるリング状の構造物がいくつもはまっている物だ。つまり真ん中の直径14㎞はまるっと穴が空いている空間で上下の移動に使われる。
テルテルがいるのはこの幅3㎞の部分にある『城』で、その中の一室に彼は暮らしていた。
テルテルの居るリングについては、円筒にフタをするように内側にも直径14㎞の足場があり、そこは土と岩が盛られ、木も植えられて森になっている。つまり直径20㎞の空間をまるごと使えるのである。不思議なことにテルテルから見て下方向に常に地球と変わらない重力も働いていた。
テルテルは自分以外の船員についても提督や参謀に訪ねたが、全員が珪素系生物で地球人よりもずっと静かな為、付き合いを諦めることにした。
「実際に話したけど、人間が馬鹿に思えたよ。彼ら珪素生物はムカつくってことを絶対にしない。そんな相手には地球人全員が『合わない』って言うと思うね!」
とテルテルは興奮気味にアプデスタ参謀に語った。地球人の空想する異星人は、創造力の足りない連中の妄想に過ぎないことをテルテルは悟ったらしい。
性格の大きな隔たりがお互いの共感性の欠如に直結する、何て言ったところで地球人たちはきっと不思議そうな顔をするだろう。
分かりやすく言えば「ああいうの腹立つよね」とこちらが言ったときに相手は「別にそうは思わないね。君は少し頭がおかしいのではないのか?」と常に言い返される状態であるということだ。
相手の習俗に照らせばきっと腹のたつシュチュエーションがあるはずだと信じたいだけで、実際には無いかもしれないことは認めたくないのだろう。
理由はドラマにならない上に、そんな相手に存在してほしくないからだ。科学的に頑張っている連中の脳内ですら、異星の知性体に関する想像はきっと変わらないだろうとテルテルは思った。
因みにこの『艦隊』は光年規模で展開しているわけではない。旗艦が光年規模の大きさを有しているのである。
艦隊旗艦は、直径160万㎞の駆逐艦と7000万㎞クラスの分隊旗艦を全て格納する。
のぞき行為とリソースの収奪にいそしむその艦数は1億隻もおり、それがこの『艦隊』の全てだった。ほとんどというか全く一分のスキも無い『海賊』だったが、対抗可能な恒星系戦力が無さそうな時点でイカれているとしか言いようがない。
駆逐艦ですら規格外の巨大さがあるのに、その自重で中心に向かって崩壊しない剛性を有しているようなのである。どう考えても既知の物質では無い。また行動に船員が必要ないことから本当に宇宙船であるかどうかも怪しかった。
艦隊は非常に静かに太陽系を離れた。
途中で仕方なく光学的には発見されてしまう状態になったものの、地球から1.5光年は離れていたので発見されるのは1年半も後であるし、地球の夜側のほとんどの星をさえぎって凄まじい『重力レンズ効果』を発生させたから、何が通ったかは永遠に解明されないだろう。例え気がついた奴が居ても、記憶にフタをするに違いない。
また電磁波の類いは一切出さず、不思議なことに太陽系の惑星に対する重力の影響はキャンセルされていた。
太陽系を離れる際に提督は、太陽系外縁を形成する『オールトの雲』から相当な分量の小惑星を収奪した。全体の4割以上の分量であったから「太陽系の半径は切りの良い数字になったのではないか」とアリエーネ提督は宣っていた。
テルテルはここでほぼ毎日、体力の回復に努めた。
体力がある程度回復すると、今度は『下半身の方』ーーーすなわち生殖機能に関するケアも同時に行われる様になった。
具体的にはアリエーネ提督とアプデスタ参謀を相手にガッフンガッフン頑張っていたわけである。
委員長ズは基本的には優しく寛大であったが、生殖のための能力に対する評価は辛かった。
「ふ~~……。俺は先達がかつて夢見た領域にいるのか? 宇宙から美女がやって来るにしても、即実戦に突入ってこういうことじゃ無いよな……」
隣では「ウ~ん」などと艶っぽい声で伸びをしているアプデスタ参謀は、テルテルの方を流し見ながら淡々と本日の評価を告げた。
「テルテルさん、本日は100点中の40点です。出来れば訓練期間中に及第点は取っていただきたいのですが……」
「そんなにしょっぱいのか!? 参謀、発展途上文明に対する特別補正とか無いんですか!?」
「テルテルさん。この評価については超人気AV男優を基準に組み込んだ、地球人に最適化された内容になっています。私どもとしては公平性を出来るだけ重視しています」
「いや、超人気AV男優は我々地球人類の中でも特殊個体です! 評価基準の見直しを要求したい!」
「そうなのですか? では提督に具申してみます。でも提督って一芸特化がけっこう好きなものですから、聞いていただけるかどうか」
「任務に関係無くないですか、と申し上げたい!」
「ではこのリハビリは無しで良いですか?」
「いえ、これはこれで頑張ります。その評価の見直しだけしていただければ。それも『出来れば』で結構です!」
アプデスタ参謀は「しょうがない人ですね、フフフフフ」などと言っていたが、テルテルはそんな参謀を見て不覚にも「カワイイ」と思ってしまった。不意打ちである。
そんな感じで、テルテルは急速に回復していった。
例え評価は辛くても、出すものを出してしまったテルテルはスッキリしてしまっていたし、彼は毎夜訪れる『賢者タイム』の中で今の不可解な運命に対する覚悟を決めてしまい何か悟ることまであったらしい。
少なくとも提督と参謀に仕えることについては全く問題は無かった。
仮にあの2人が『生命と文明の敵』であったとしてもだ。というかむしろ本当にそうなのではないかという疑問は、艦隊のスペックが公開され小惑星を大量に収奪するのを聞くにあたって確信に変わりそうになっている。
やがてテルテルはその手の疑問は無視することにした。これは彼にとっては一種のカルチャーショックなのではないかというのが、テルテルが最終的に出した答えだった。
またテルテルは提督が予想外にケチであることに気がついた。
彼女はエネルギーに還元可能な資源を太陽系にして64個分も余分に保有していた。どうやって入手したか聞いてはいけないレベルの数ではないだろうか。当然『恒星』の質量もそこには入っている。
であるというのに、提督は移動に際して収支が差し引きゼロになるか、もしくはプラスになることを望んだ。移動中の収奪で帳尻を合わせる気なのだ。いくら極端に効率化されていても、それは無理なのではないかとテルテルは思っていた。
意外なことにテルテルや他の船員の消費している資源については大盤振る舞いであったが、この件については翌日の提督とのリハビリの後の『賢者タイム』にて、唐突に理解出来たように思えた。
テルテルやその他の船員は艦隊の『資産』である。消費された資源は彼らの肉体になり、排泄物は分解されてまた資源に戻る。
つまり仮に彼らが死んだとしても、死体がまるまる残っていれば質量としては何も失われていないことになるので、艦隊としては問題は無いということになるのではないだろうか?
テルテルは自身がそうやって失われてしまうことは恐れていたが、同時に居住区中央の森の土に自分が加わることに対して不思議と嫌悪感を覚えなかった。
「んフフフフ、何を考えてるのテルテルは」
「提督、今日の俺は何点でしたか?」
「35点! 35点よ。まったくもう、心ここにあらずという時があったわ。何か悟りきったような顔してどうしたの?」
結局テルテルは任務に出発するまで45点以上もらうことは出来なかった。