第16話 ジャージと資源集め
テルテルは悩みに悩んだ。ここを何とかしのいで、子供たちのサイズを測る必要が何としてもある。成長期のこととは言え、ズルズル過ぎるジャージを着て訓練などを受けるなどあまりにも気の毒ではないか、というのが彼の主張だ。
そしてテルテルにようやく天啓が訪れたのは、彼が実に渋い顔をしているのに気が付いたフレッシ神官が、何とか彼に声を掛けようと決心したその時だった。
「あの、テルテル殿。どうなさったんですか? 先程から急に難しい顔をされてますけど……」
「失礼。実は子供たちの胴回りなどを測らせていただきたい」
コレミーナ神殿長もこれには怪訝な顔をした。
「一体どういう理由なのですか? テルテル」
テルテルはいつまでも恩恵にすがってばかりもいられないこと、自分自身も何か出来ることがあればその時には子供たちに服でも用意してあげたいことを伝えた。
神殿長もフレッシ神官もこれには感心した、というかこの男にこういった部分が強いことを意外に思った。テルテルのような雰囲気の男と言えば、大抵は女性の方を構ったりするものだ。主に自分の為に……。
しかしテルテルの必死の様子に、2人ともこの人物に対する考えを改めようと思った。彼はやはり『連れてこられ、試練を課された人』であって、凡その常識から掛け離れた男であるらしい。
「分かりました。では後程、子供たちの胴回りでも肩幅でも測ってちょうだい。あなたのような人は滅多にいないけれど、だからこそ神に呼ばれたのかもしれないわね」
神殿長はやや古風なこの青年の妙な願いを聞き入れることにした。
「それからテルテル。例の地下の部分を神殿の敷地にする件ですが、もうすぐ申請が通るでしょう。その時はあの周囲に立て札を立てて、柱にも標識を入れる手伝いをお願いね」
「ありがたい。その時には是非とも手伝います」
地下のあの周辺を一般の立ち入り禁止区域にする話も順調に進んでいた。あそこはもちろん暗く、立て札や標識がどこまで役に立つかは微妙だった。
しかし、法令的に護られていることが重要なのだ。万が一の場合は侵入者を消さねばならない可能性もある。
かつて中層として生活の場であった頃は、魔法の明かりが方々に灯され暗さと無縁の活況を呈していたはずである。
しかし陥落後は魔法の街灯は外されて、他の街に売られたり、上層の追加の街灯として活躍しているらしい。犯罪率の低下に一役買っているとは言え、何とも寂しい話だとテルテルは思った。
猫系の人間種族であるというのに、彼らはあまり暗く狭い場所を好まないらしかった。
その後は子供たちのサイズを測らせてもらったテルテルは、明後日の朝に再度訪問することを約束して地下に戻った。
因みに子供たちにはめちゃめちゃ抱きつかれた上に、ビタビタと腕に触られた。何が嬉しいのか良く分からなかったが、全員が何故か満足そうだったので良しとしようとテルテルは思った。
「アプデスタ参謀、ジャージと靴の件なんだけど。子供たちのサイズを測ってきたんだ。これで充分かな?」
【テルテルさん、これで充分だと思います。今回は『アディ』のジャージを出すらしいです。靴は『ニケ』だと提督が言っていました】
「それどうしたんだ? ひょっとして作るとか?」
【もちろん艦隊では1日で生産可能ですが、今回は以前に購入した物が1000着と1000足以上ありますから、そこから出すようです】
「地球で買ったのか? どうやって?」
【架空の慈善団体を立ち上げました。そこの名義で大量購入したのです。購入先は普通の量販店ですよ】
「お金は……?」
【日本とアメリカの海岸線で、取引を行っている団体の方々からもらいました。彼らは私たちから見ますと実に気前の良い方たちでした。何しろ武器は持ってますし、スーツは上等です。お金はボストンバッグかトランクにたくさん持っていました。構成員が消えても追跡する手段を持っていませんでした】
テルテルは自分の本来の体が眠る、広大な居住区域のことを考えた。水や土や空気の何%かは、おそらくだがどこかの構成員である可能性がある。
【一応、私たちも充分に気は使いました。これらの件は事件の痕跡すら無いことから、世間一般では完全に無視されたはずです】
「いや、そうでも無いんじゃないかな。ある港街では3年に一度、人では無いものが海からやって来て貨物船用の港へ向かうって聞いたことがあるよ。学生時代の恩師は民俗学者だったんだ。変人で有名な人だったけど」
【別口の可能性もあります。私たちにとっては、あの方々に居なくなられるのは得策ではありませんでした。ですから派手にはやっていないはずです。目撃者も居ないでしょう】
「教授と俺が話を聞いたオジさんは、海に近寄れなくなって群馬に引っ越した。今でも多分あそこに居るよ。オジさんが見たのは女と、黒くて丸いとても大きな何かだったそうだ。教授は妖怪の話が好きな人でね」
【それは……迂闊でしたね。きっと長浜さんです。あの方はお元気でしたか? 黙っていてねってお願いしましたけどダメでしたね】
件の長浜氏はようやく酒を止めて、立ち直る為に働き始めたばかりだった。一時期、風呂にすら入ることが出来なかったのだ。
死体をひどく丁寧に積み上げ、血が飛んだ地面の土ですらかき集めて引き上げる連中に、長浜氏は死ぬほど怯えきっていた。
もはや遠く離れた地球のことはテルテルにとってはどうでも良かった。ただ艦隊とは奇妙な縁で結ばれていたらしい。
そして如何なる入手経路であろうとも『アディ』のジャージは『アディ』のジャージでしかない。
テルテルはこういった時間のある日は、積極的に資源や死骸を集めて回らねばならないと思っていた。ジャージと靴とキーチ(プルーン)の借りは、おそらく100ムリー(≒トン)ぐらい稼がないと提督がヘソを曲げる可能性があるからだ。
彼はアプデスタ参謀に頼んだ後で、早速フル装備でツボニハイルたちと共に探索行(狩り)に出ていた。といっても北東街区の北側の探し残した地域である。
ここでは予想外のことが起きているようだった。
「それにしても何でこんなにウォーガシャーゲが下層から上がってくるんだ? ここは比較的安全だって話はどこ行ったんだ?」
テルテルは左右から繰り出されるハサミを避けながら、相手の額に当たる部分を剣で叩き割った。
すかさずその部分に対して太矢が飛び、後端までめり込んだ。今回は麻痺毒をたっぷりと塗ってある。麻痺から呼吸困難、やがては死に至るという凶悪な効果は、今は亡きデレッダ氏の手になるものだ。
中層をめぐる水路は元はきれいな水で、最後は下層より深く掘り下げた水路からニコンデル河へ放出されていた。
今は汚い水だが、ウォーガシャーゲはこの水路を逆にたどり、浅くなった上流部分から中層に上がって来ていた。彼らを拒んでいた番人も今はもういない。
「テルテルだ。化け物たちに生息域の変化が起きているらしい。ウォーガシャーゲが北上してきている」
【ヤシーカです。それは朗報です。出来るだけきれいな死骸を10匹分は送って下さい。脚も全部残しておいて下さいね。それ以上の分に関してはそちらで脚を消費していただいても結構です】
「わかった、開発部長。俺としてはそんなに居てもらっても困るんだけどな」
【緊張感の無さは人を堕落させます。ここに来る探索者も、少しは気を引き締め直すことでしょう】
ヤシーカ開発部長は辛口だったが、実のところはテルテルにとっても悪くは無かった。何しろウォーガシャーゲの狩りの手順が早くも確立されつつあった。そして連中は1匹あたりが約2トンである。
「メーナイ・ナンモー・メーナーイ」
テルテルは暗闇の魔法で相手の視界を遮断すると、足音を立てないように正面からウォーガシャーゲに接近した。匂いもほとんど無いテルテルならではの接近である。
暗闇は相手の赤外線視覚をも妨害するために、初級ながら危険生物相手でも手堅い目潰しであった。
「よし、もらった!」
テルテルはちょうど良い近さで斧のような厚みの剣を振り下ろす。相手の甲殻がバキリと割れ、目の上の部分に傷が出来たところで、今度は麻痺毒の太矢が飛んできて止めとなった。
クロスボウは弦を引くために梃子のレバーがついていたが、ツボニハイルたちは持ち前の怪力で直接引っ張っても充分に使えた。
レバー愛好家はテルテルだけである。それでも弦の力は相当に強く、常人には扱いかねる代物だろう。
とにかくそのような感じで、テルテルはウォーガシャーゲを艦隊に次々に送ることにした。
当面は空いた時間は全て、生物の死骸を含む資源の確保に費やされるだろうな、とテルテルはため息をつきたくなった。




