第2話 スカウト
この作品はSFとしてはガバガバです。
それでも彼としては、もうすぐガンで死にそうであるというヘヴィーな現実の影響もあって、ニックネームが『テルテル』になってしまっても「まぁ良いかな」といった投げやりな心境になっていた。
「スカウトですか? 俺を? 今から? 提督が?」
「そうなのよ。理解していただけた様で何よりだわ。因みに私はアリエーネ・スゴイディーカ・イタマーニョよ。提督でもいいけど」
「アリエーネ提督……俺の幻覚だとしても、名前の傾向が違うな……」
育輝は、彼女たちのことを自身の幻覚ではないのかと疑った。
彼は付き合っていた女性との別れを機に、極力仕事に打ち込むようになっていたから、以前の慣れ親しんだアキバ系オタク文化からすっかり遠ざかっていた。彼女たちの外見が人種不明で中途半端なのは、忘れかけたオタク知識が原因ではないのかと彼は考えたらしい。
すると青い髪の参謀の方が答えた。
「間田さん。私たちはあなたの幻覚ではありません。アリエーネ提督がもうちょっと普通の格好で来ようとしてくだされば……せめてタイトミニのスーツぐらいにすべきでした。ちなみに頭はズラではありませんよ」
彼女たちは上はグレーの詰襟の軍用礼装にギャリソンキャップ(例の鍔の無い円筒形の帽子)だった。しかし下が白いハイレグのレオタードで、さらに白いオーバーニーソにブーツである。
シームレスに実戦に移行するにしても、あまりにも露骨な挑発行為だと育輝でなくても思うだろう。胸元だけは全開なのも軍規違反では無いだろうか。
「この髪ね。今さらパツキンとかシルバーブロンドだとパンチ力が足りないでしょ? それでメタリックカラーになったわけなのよ。それからそこに居るヒロインの友人ポジみたいな参謀はアプデスタ・ハエーデヤ・マエヨリーカワって言うの。言っとくけどAIじゃ無いわよ」
「どう聞いてもAIだろそれは」と育輝は思った。しかも提督がイタリア風なのに、参謀はロシア風な名前なのがこれまたモヤッとする原因になっていた。あくまでも『何とか風』というだけで、そんなイタリア人やロシア人はいないだろうから余計に怪しい。
「とにかく細かいことを気にしてたら話が進まないわよ! テルテル、あんたもっと長生きしたいでしょ? 良い話があるんだけど乗らない?」
アリエーネ提督がそう言い、アプデスタ参謀がさらに続ける。
「|間田さんにとっても悪いお話では無いと思います。うちは福利厚生も充実してますよ。勤続年数が5億年を超えているクルーも多いです」
提督はさらに待遇をのべ始めた。
「今だったらガンが治ることに加えて、美人提督や美人参謀とネッチョリした肉体関係に発展することも可能よ! ほら、お堅い美人艦長とそんな関係になりたいとか思っていた時期があったでしょう?」
育輝としてはそこは考えたいところになる。彼は委員長派であって、艦長派や女教師派では無いのだ。
しかし伊達に何年かを社会に揉まれて来たわけではない。委員長も年齢を重ねれば、艦長や女教師になってしまうということも彼は理解していた。
「あの、アリエーネ提督。あなた方がいったい何なのかそこから教えてほしい。俺はまだ保つんだろう?」
「その辺から説明しないとダメよね。ただねぇものすごく長くなってしまうし、分かり難いと思うからザックリと言ってしまうと私たちは『艦隊』なの。正確には違うけど、あなた方にとってはそれが一番近いでしょうね」
「他にも『星喰い』ですとか『重力井戸の住人』などとこの星以外の文化圏の方々から呼ばれることはあります」
アプデ参謀が少し補足してくれたようだが、育輝にとっては余計に分かり難くなっただけだった。
「艦隊規模は光年単位で広がっていて、工廠を兼ねる大型の旗艦を中心に行動してるわね。目的は観察とリソースの取得」
「ちなみに工廠とは軍需工場のことです。規模が大きいので、地元住民ごとリソースに変えることもあるんですけど出来るだけ避けてます。隠れるのも大変なんですよ」
育輝は色々と説明されたが、何となくといったイメージがぼんやりと湧いてくる程度である。
しかし自分たちよりは、技術的に先行しているであろう存在なのは間違いないらしいと当たりをつけた。であるならガンの治療は可能であろう。
あとの問題は提示される条件が何かということになってくる。育輝は自身に求められる仕事内容について聞いてみることにした。
「俺はあなた達の指揮下におさまって何をすれば良いんです?」
「指揮下! 良い言葉だわ。何だか艦隊みたいね。そうね残念ながら私たちは艦長を探しているわけではないの。人員はミサイルの弾頭とか強襲揚陸の白兵戦要員にスカウトすることがたまにあるんだけど、今回は先行偵察要員なの」
「何だか艦隊みたい? いや、まあ……先行偵察か……そうするとこの星じゃ無い、別の惑星でってことかな? 危険は無いのかな。命の保証は?」
「察しが早くて助かるわ。あなたは別の星に降りてもらうんだけど、生身じゃ無くてリモート端末を動かしてもらうことになるから死ぬ危険は無いわよ」
どの道、彼には後が無いのだ。それならばこの幻覚か明晰夢のような申し出に対して、首を縦に振ることも問題が無いのではないかと彼には思えてきた。
「アリエーネ提督、一応確認しておきたい。人間らしい生活の保証はあるのか? それから拘束期間は?」
「良い質問だわ。それから治療と延命以外に給料が出るのか聞かなかったわね。まず生活の保証は当然あるわ。良いコンディションで仕事をしてほしいから」
「拘束期間はどうなんだ? あと給料までもらえると思って無かった。いただけるのならもらいたいですよ、提督」
「素直で結構だわ。拘束期間は1000年を超える可能性があるわね。初任給から月額で25万相当のリソースの提供を約束しましょう」
アリエーネ提督からはさらっと非常識な数字と現実的な数字が出たが、アプデスタ参謀から補足が入る。
「目的地は遠いのです。途中でリソースを得るにしても省エネ性を最優先にした場合、本隊が目的地に到着するまでそれくらいの年数はかかる場合もあると見積もっています。ただし小型の偵察ユニットを一体用意するのであれば、消費するリソースは極端に少ないのです」
アプデスタ参謀の話を聞いて、育輝はずいぶんと気の長い話だが少しせこいのではないかと思った。
「あなた方の言うリソースってのが具体的に何か分からないんだが、節約しながら進むと長い年月がかかるから、先に偵察要員を送り込みたいってことかな?」
「その通りです。リソースについては物質全般だとお考えください。小惑星から恒星まで、もちろん生物もそれに該当しますが、恒星系の物質のうちで生物の占める割合は本当にごくわずかなんですよ」
アプデ参謀からは「物資を掠めとるついでに生物が滅ぶこともある」というような危険な発言がサラッと出たが、育輝はそれについては無視することにした。
彼女たちは出来るだけやらないとハッキリ答えていたし、スケールが大きい話は『話半分』ぐらいで聞いておくに限ると彼は常々思っていた。
「さっき聞いた話だと『偵察ユニットを一体用意する』ってことだったんだけど、それをワープかなにかで送り込むのかい?」
「いいえ、現地の技術と資源を使って作られた物を再利用します。そういった干渉が遠隔地からでも可能なのだと思ってください。それでも本当に少しだけリソースを消費しますが、コストパフォーマンスはその方がずっと良いのです」
育輝一人が赴くだけで相当の節約になるらしい。
ガンの治療の方が簡単なら、そういった選択の方がはるかに有効な場合もあるだろう。
「テルテルが頑張ってデータを収集してる間に、あたしらは資源を奪いながら長距離ジャンプと通常航行でそこまで行くってわけなの。でどうなの? やってくれるの?」
育輝は目をつむるとベッドに横たわった。今の話を反芻している様に見えた。
危険は無いが、友人知人や家族とも二度と会うことの無い片道キップだ。だが少なくとも終わりでは無い。
育輝はもう一度上半身を起こして、アリエーネ提督とアプデスタ参謀を見つめた。彼女たちにこの話を受けるかどうか返答しなければならない。