決戦、封印の災厄!8
「この奥に…あいつが…」
少し広い空間。その奥から、今までとは比べものにならないまがまがしい魔力を感じる。
迫る決戦に向けて、準備運動をするテムダ、落ち着いて深呼吸するカティ、なぜかきょろきょろして辺りを見回すアズラ。
「どうしたの、アズラ。落ち着かない?」
「いや、そうじゃなくて…。あ、あれかな?」
カティの言葉を否定すると同時に、何かを見つけたアズラ。洞窟の一角に向かって走る。
「…うん、ここだ。《ウォータ》」
地面に向かって水弾を撃つアズラ。傍から見れば奇怪な行動だが…?
「あった!二人とも、こっちに来て!」
「なんだ?」
「どうしたの?」
アズラの声を聞いて、二人が駆け寄る。
「姉さんがエリキシルの丸薬を残してくれてたんだ!」
地面に埋まっていた箱を指差してアズラが言う。
「エリキシルって…あの霊薬の!?」
錬金術の最終目標、エリキシル。別名、賢者の石、エリクサー。飲むと不老不死になれるとか、金がいっぱい造れるとかたくさんの伝説を持つが、実際に魔術師が造れたのは、傷を完全に治し、魔力を完全回復したうえ、不思議な効果を一つ与えるものだった。それでも調合が難しく、できる魔術師は稀有で、尊敬の目で見られる。
「一、二、三…ちょうど三粒あるね。みんなで飲もうか?」
「えっ…そんな希少なもの、おいそれとは…」
少しためらうカティ。
「いいのか、アズラ?」
対するテムダは、アズラがいいなら貰うという考えのようだ。
「いいよ。カティも、ほら。こんなの大事に持ってても、負けたら意味ないし」
「…そうね、ありがと、アズラ。…レイカさん、有り難く頂戴します…」
きちんと礼は通すカティ。何も考えず、一気に飲んだテムダとは大違いだ。ちなみに、アズラも亡き姉に感謝しながら、とても大事に飲んだ。
「…わぁ…ホントに力が沸いて来るわ…」
「うっしゃ!一気に行くか!」
「うん!」
そして最深部へ…
「これはまた、大層な魔物を作りましたね…」
「オルトロス二体の合成なら、心臓は二つか?なら大丈夫だろう」
「だといいですけど…」
「ガアッ!」
状況を二人で相談しているうちに、デュアルオルトロス(勝手に名前つけた)が襲いかかってきた。
「はぁ…邪魔しないでください…」
邪魔くさそうに軽く次元を振るファル。軽く振ったはずだが、頭一つ、簡単に真っ二つにしてしまった。おそるべし、ファル。それと次元。
「脳四つでも、賢くはならないか…」
頭を一つ叩き斬られて、双狂犬(長いから略して)が痛みに悶えているうちに、さらに一つの頭をティルヴィングで斬り裂く。これで二つの頭が潰れたが…?
シュウウウウ、と音がして、斬られ、潰れた二つの頭が再生した。傷もなく、完全再生といえる。
「ちっ…一筋縄ではいかないか…」
「作った人、とても性格悪いですね」
本当だよ、と同意しながらヴァンが対策を考える。簡単にとどめをさす方法は二つ(あくまで推測だが)の心臓を破壊することだ。しかし、胴体の部分はかなり堅そうな様相をしている。頭を潰し、無力化した一瞬の隙に心臓を破壊する、…これしかない。
「ファル、チャンスは一度だ。心臓二つ、任せたぞ?」
「…わかりました。必ず…」
言葉にされなくとも、ヴァンの考えなどお見通しのファル。この様子では、ヴァンの作戦も理解しているのだろう。
「漆黒の闇、幻の影、現れなさい、ゲンガー!幻影の投影、開始!」
瞬く間に二つのファルの分身が現れる。それらと本体はすぐに、次元の能力で異次元に消えた。
「《カオス!》」
最強の術式、カオスを放つヴァン。そしてティルヴィングを構えて…
「幸運の剣よ!我が魔力と引き換えに、望みを叶えよ!《増大!》」
ティルヴィングの能力で、一気にカオスの威力が二倍になる。
「《増大!》《増大!》」
さらに二回、増大をかけるヴァン。伝統の四倍カオスの出来上がりだ。
「行くぞ!エンド・オブ・ザ・ワールド!」
四倍に膨れ上がったカオスが、容赦なく落ちる。当然、ヴァンも危ないわけだが…?
「ヴァン!」
やはりファルが助けた。異次元から腕を伸ばし、自らのもとに引きずり込んだのだ。
そして四倍カオスが双狂犬に直撃し、四つの頭が潰れた瞬間…
「魅せましょう…刹那の舞、『三瞬、舞踊!』」
分身したファルが、双狂犬の胴体、それも心臓があると思われる場所を次々に斬りつけていく。ヴァンの見立て通り非常に堅く、一太刀で裂けるほどの耐久力ではなかった。
それでも、ファルは斬り続ける。すでに次元はボロボロで、刀として使い物にならない。しかし、使い手と魔術によって、刃は新品同然の切れ味を出している。
「これでっ!」
渾身の一太刀。その一撃は、強固な胴を斬り裂き、二つの心臓を同時に止めた。しかし、それと同時に、刀自体も折れてしまった。
「…ごめんなさい、ヴァン…。あなたの刀、折ってしまいました…」
そう言いながら、異次元のヴァンを次元に残された最後の力で連れ戻す。
「…やったが…代償は大きかったみたいだな?」
「はい、ごめんなさい…」
「構わないさ。この刀を造った奴も、学園一つ守る手伝いをしたと知れば、文句など言わないさ。まぁ、帰りは徒歩なわけだが」
「ふふっ、そうですね。アズラさんたち、どうか…」
もう戦えない二人は、その場に座り込んで、三人の勝利を祈るのだった…。
「よっ、と」
最深部は目の前の三人。少々高い崖(6メートルほど)を登っている。
「早くしろよ~!」
「女の子には少しきついの!」
さっさと登ったアズラ、テムダと違い、少々時間のかかるカティ。やはり、体力的な面では男に敵わないようだ。
「ほら、掴まって。引っ張り上げるから」
「ありがと、アズラ」
「俺は少し先に行ってるぜ」
そう言って歩き出すテムダ。
「《コロセ…》」
「!?」
本当に小さな声で、誰かが魔術を宣言した。アズラはそれを聞きはしたが、それによって発生した紫色の魔法弾には、誰も気づかない。
「早く…があっ!?」
その魔法弾の直撃を受けるテムダ。
「うん、しょっと」
「テムダッ!」
カティが上がるやいなや、テムダに駆け寄るアズラ。それに従い、カティも駆け寄る。
「うそ…」
「そんな…」
テムダの顔は青白く、目は白目をむいていた。つまり、さっきアズラが聞いた声から判断すると…?
「テムダァァーーーッ!!!」
―テムダ、死す―