レイカの真相
「失礼します」
アズラが学園長室の扉を叩く。
「…アズラくんですね、どうぞ…」
中から学園長の声がする。
「失礼します」
中には、机を挟んで座っている学園長と机の前に立っている教頭がいた。
「来ましたね…アズラくん…。カティさんにテムダくんもいっしょですね…」
「学園長、約束です。姉さんのこと、教えてください」
「はい。その前にカティさんとテムダくんの用事は、退学の話ですか?」
「いや、違う」
「私も違います。どうしてそんなことを?」
「ずいぶん長い話になると思いますので。退学の手続きはすぐに済みますから」
「ならその心配はいりません。私たちは、戦いますから」
「そうですか…、ありがとうございます…。…それではアズラくん、始めましょうか?」
「はい、お願いします」
「では…。まず、レイカさんが亡くなった理由は…」
「スティン、ですね?」
「…はい、その通りです。彼女は、スティンと直接戦う部隊のリーダーでした」
「直接戦う部隊?」
「はい、彼女は天界術を習得していましたので。スティンとの戦いでは、彼と直接戦う部隊と、彼の配下の魔物の襲撃に備える部隊、さらに失敗したときの強制封印を行う部隊に分けます。スティンとの戦いには、天界術と冥界術が必須なのです」
「どうして失敗したのですか?」
「…本当に申し訳ないのですが、その年には冥界術を使える生徒がいなかったのです。…レイカさんも、死ぬつもりで戦闘部隊に志願していました…」
「戦闘部隊なしにして、強制封印しなかったのですか!?」
アズラが怒りを込めて聞く。
「残念ですが、それはできないのです。強制封印には準備が必要なのです。封印できればそれでよし、失敗しても準備の時間稼ぎになりますので」
「…そんな…」
「…とりあえず、君に渡すものがあります。…教頭先生」
「はい」
教頭は近くの棚に置いてあった、本を持ってくる。
「…これは?」
「レイカさんより預かった天界術の魔術書です。…それと、あなたの古代禁術の魔術書です。あなたが戦うにしろ、ここを去るにしろ、あなたが持つべきものですから」
「ありがと――」
二冊の魔術書に手を伸ばした瞬間、再びあの感覚に陥った――
たどり着いた世界は、いつものように、セピア色だった。
「学園長室かな…?」
『あなたがリーダーを務めなくてもいいのですよ?』
少女―レイカに語りかけているのは今と変わらぬ外見の学園長。
『いえ、やります。やらせてください』
対するレイカは何度か見たあの姿だ。
『失敗はわかりきっていますよ?』
『それでも…私は戦います。みんなを、守るために…』
『そうですか…』
『代わり、と言ってはなんですが、いくつか頼まれてもらえますか?』
『…なんですか?』
『一つ、この魔術書を預かってください。
二つ、十年後にシェルを教師として雇ってください。
三つ、ミランダ先生に、これを』
アズラがさきほど返された魔術書の片方と、紙切れを一枚、学園長に渡すレイカ。
『…構いませんが、どうして…?』
『私が死んだとあっては、弟のアズラが必ず追いかけてくるはずです。歳は、ちょうど十歳差。次はもう、失敗は許されないのでしょう?』
『…つまり、アズラくんに仇を討ってほしいと?』
『私の意志ではありません。しかし、アズラはそう考えるはずですので。それの手助けみたいなものです』
『…わかりました、必ず実行します。では…ご武運を…』
『…今まで、ありがとうございました…』
悲しげな顔で、別れの言葉を告げるレイカ。
そこで現実に戻された――
「姉さん…」
「どうかしましたか、アズラ?」
「…先生、スティンとの戦いに古代禁術は役立ちますか?」
「え、えぇ。彼の得意な魔術は古代禁術ですから。戦うのであれば、相手の手の内を知るためにも、できれば習得してください」
「わかりました」
「先生、質問です」
カティが発言する。
「どうしました?」
「魔術祭の最後に、先生たちは130年前の人だと言っていましたが、それは?」
「私たちはスティンの封印の依り代――単純に言うと、学園の地縛霊みたいなものです。魔力は完全に失われていますので、魔術こそ使えませんが、蓄えた知識は健在です」
「…教師全員が犠牲になったのでは?」
「強制封印の度に数が減ります。残るのは、私たちだけです」
「…わかりました」
「聞くまでもないかもしれませんが、アズラくんは戦ってくれるのですか?」
「当然です。姉さんの仇を討つためにも」
「…では、できればその二つの魔術を習得してください」
「わかりました」
とりあえず、レイカの魔術書を開くアズラ。
『汝、我を読み解く者にあらず』
魔術書の内容はこうだった―
「…ダメです、この本は僕には使えません」
「…肉親とあればあるいは、とも思ったのですが…やはりそうでしたか…」
「ねぇアズラ?」
横から本を覗き込んでいたカティがアズラに話しかける。
「なに?」
「使えないって、文字が読めないってこと?」
「違うよ。読み解く者にあらず、っていう文章が書かれてるんだ」
「…私、変な文字で書かれて読めないんだけど…」
「じゃあつまり…カティは…」
「その本に認められた人物ということになるみたいですね。アズラくん、できればその本はカティさんに渡してもらえますか?」
「…はい」
「大丈夫よ、アズラ。大事に使うし、これが終わったら返すから」
「では、これで話は終わりです。今後はこまめに学園長室に来てください。作戦なども立てないといけませんので」
「わかりました。では、失礼しました」