作戦の前哨
全員の視線が手を挙げたトリトスに集中する。俺自身も彼が一体何に気が付き質
問しようとしているかが気になる。
「気になったノだがそれぞれの陣地同士がいやに離れすぎてはイないか。本来であ
レばつかず離れずで配置すべきなのだが。
いや、襲撃をかける側にとってハこの上ない有利な条件なので有難い。が、罠と
いう可能性も捨てきれない」
この地図を見てそんな風に考えていたんだ。俺なんて陣地が3つあるんだぐらい
にしか思わなかったぞ。
「確かにご指摘の通り陣地同士が離れすぎています。我々も最初はそうでないのか
と疑いはしました。
ですがここにいる『月の草原』のメンバーに周辺地域も併せて調べてもらった結
果、陣を構築する立地条件や魔物の襲撃等を考慮した場合、そこぐらいしか見当た
らず仕方なく建てたものだと結論づけました。
勿論だからと言って罠の可能性もゼロではありませんし、離れている分それぞれ
の陣の守りも厚くはなっていますので油断は禁物です」
またしても自慢げにカルトス達が得意げな顔をしている。どんだけ偵察力に優れ
ているんだと感心せずにはいられない。
「ふむ…その点は納得した。あと心配なノが此方の作戦を読まれていないかだ。仮
に内通者がいた場合厄介な事にナる」
「その点はご心配なく…と申し上げたいところですが、どこから情報が漏れるか分
かりません。勿論我々も情報の統制には神経を尖らせてはいますが完全とは言い切
れないのが口惜しい限りです。
ですので今晩にでも襲撃をかけたいと考えております。この場に集ってもらった
メンバーで挑みたいと思っています。
しかし急な申し出ですので、無理だと感じたら辞退をしてくだされても構いませ
ん。別の者を代理に立てますので。
異論がなければこのまま話を進めていきますが、皆様よろしいでしょうか?」
説明者がくるりと一同を見回す。俺も3人に目配せを送るが、全員が頷き辞退す
る気は更々ない。結論はすぐに出たのでためらう必要はないだろう。
「ここまで乗り掛かった舟だ、最後まで聞かせてもらおうじゃないか」
「私達も異論はありませんよ。元より最初から『月の草原』が請け負っていた仕事
ですからね、中途半端なままじゃあ終われません」
「分かりました。皆さんのご協力に心より感謝を申し上げます。それではこの作戦
の続きですが―――――」
あれから作戦内容を告げられたが、時間にして5分もなかったと思う。実行部隊
は夜を待って出撃するとの事だったので、今の内に休んでおくようにと念を押され
た。
「とは言っても昼過ぎまで寝ていたから全然眠気なんておきないぜ」
「だとシても体は休めておいた方がいい。正直俺もあまり眠気はオきないがな」
「そうなの?私は眠くってしょうがなかったわ。なんとか起きてたけれどあんまり
記憶に残ってないのよね」
「実は私も眠気を堪えていました。ですのでケチャップ達の様子を見たら一休みさ
せてもらおうと思います」
そう言ってミュラは表の厩の方へ駆けていった。ソフィアはソフィアで大欠伸を
しながら部屋の方へ戻っていく。
俺も休んでおくべきかと思いソフィアの後を追っていこうとした時、トリトスに
呼び止められた。
「旦那、ちょっト時間をもらっていイだろうか」
「別に構わないが改まってどうしたんだ」
なんだか神妙な面持ちな雰囲気なので何事かと思ってしまう。すると彼はズズィ
と顔を近づけて小声で囁いてきた。
ちょっと待ってくれ、愛の告白ならいらないぞ。
「なぁ旦那、もしかシて誰が内通者なのか気が付いているノか」
「いや全然、どうしてそう思うんだ」
「それは説明してイる隊長さんをかなり凝視していたからな。ただ単に真剣に内容
を理解しようとしていルのではなく、もしかして彼女自身がソの内通者じゃないか
と疑っていると感じてな」
なる程トリトスの目にはそのように映っていたわけか。俺は単純にこの人綺麗だ
な~って見とれていただけなんだがな。
「そりゃいくら何でも勘繰り過ぎだろう。そういった案件なら鼻の利くミュラの方
が向いているんじゃないのか」
そうして丁度ケチャップ達の様子を見終えたミュラが戻ってきた。
「ただいま戻りました。何か私の事を言ってたみたいですけれどどうかしましたか」
「流石ミュラ耳がいいな。実はさっきトリトスとスパイがいるかもしれないって話
になって、俺なんかよりもお前に聞いた方が分かるんじゃないかって言ってたとこ
ろさ」
「ん~残念ながら私の鼻でもそんな人がいるかまでは判別つきませんね。ひょっと
したらカルトスさん達なら気付いているかもしれませんが」
「そっかあ…まあいるかいないか分からない存在に神経を使うよりも、これからの
作戦に向けて少しでも休んでおくとするか。トリトスもそれでいいか」
「旦那がそう判断したのナらそれに従うまでだ」
あれだけ気にかけていた割にはあっさりと自身の意見を引っ込めてしまった。
もう少しぐらい粘るかと思いきや意外だ。
だがベテランの勘働きを無視してもよいのだろうかと俺の方でも懸念を払拭しき
れない。
「あの、そこまで気がかりなのであればオズワルドさんやマリンポスさん達を呼ん
で見張らせる事はできないのでしょうか」
それは俺も考えてはいたが、如何せん魔力の消費が多い。それが3体ともなると
尚更だ。しかもトリトスもいるから呼び出してもよいものか。
俺が考えるこんでいるとトリトスが視線で頷く。どうやらお見通しだったらしく
気にするなと言っている。
ミュラの提案以上の妙案が浮かばないのでその手でいくより他はない。自分達で
ずっと張り込むわけにもいかないしな。
「う~ん、やっぱそれが一番都合がいいか。それじゃあ彼等に頼むとするか」
魔力を練り上げると魔法陣が浮かび上がりそこからスペクターとなったオズワル
ド達が姿を現す。不気味なドクロの戦士がこちらをジッと見据える。
『久方ぶりの呼び出しだな。敵方との戦いの時がきたのか』
『こうして現れんのは初めてだっけか?案外この姿も悪かねぇな、どう思うよトリ
トス』
『もう呼ばレる事はないかモしれないと思ってイた。敵として相まみエた時は己の
不運を呪ったがマた逢えて嬉しいぞ』
「…2人共…助けてやれズにすまなかった。虫のイイ話だがうちの旦那を助けて
やっテくれ」
『そんな事は気にするなよ。マリンポスも言ってた通りまた逢えて嬉しんだぜ。
お前の頼みくらい聞いてやらぁ』
『断る理由もナい。できうる限り助力しヨう』
2人とガッチリと固い握手を交わすトリトス。目にはうっすらと涙が浮かんでお
り、続きの言葉が見つからないという感じだ。ひょっとしたらマズイ雰囲気になる
かもしれないと危惧したが、杞憂だったようだ。
しかし傍から見ていて凄い絵図らだ。自分で呼び出しておいてなんだが威圧感が
物凄い。並みのアンデットとはまるで次元が違う。
「これは凄まじいですね。全身からオーラが漲っていますよ。でもこれだけ存在感
がありすぎると相手に見つかっちゃいますよ」
「そいつは考慮してなかった。これじゃ見張り役には向かないか」
『心配せずともいいぞマサツグ。我等にとって気配を消すなど造作もない事』
そう言うと3体共急にオーラが萎み物陰と同化するぐらいに希薄な存在となった。
「そんな事もできるとは驚きだ。これなら偵察や奇襲もやりたい放題だな」
ただまた魔力をもっていかれる感じがしたが、今更少しばかり増えたところで方
針を変えるつもりはない。
3人に抜け道の場所を指示するとすぐに理解したのか煙の様に姿を消し、俺達は
彼等からの報告を待つ事となった。
会議自体は無事に終わったものの、トリトスだけは一抹の不安を
抱えているらしく腑に落ちていない状態だった。
そこで次善の策として作戦に使用する抜け道の見張りを久々に
スペクター達を呼び出し、監視させる事に決まった。




