8.託す想いーマリアンヌー
「ごめんなさい。お呼び立てして」
マリアンヌは侍女に身体を支えられながら、漸く起き上がることができた。
その日のマリアンヌは、あまり体調が良いとは言えなかった。
「無理しないで、横になって」
ロバートはマリアンヌを労る言葉をかけたが、
「大丈夫です」
マリアンヌは心配かけまいと、無理に微笑んで見せた。
しかし、その顔色は青く、声もいつもより弱々しかった。
ロバートは、ベッド脇に用意された椅子に腰掛けると、
「辛くなったら、遠慮せずに横になっていいからね」
マリアンヌの顔を覗き込みながら言った。
「ありがとうございます」
ロバートの気遣いを嬉しく思い、気分が和らぐ気がした。
「今日は、ロバート様にお願いがありまして」
そう言った後に、マリアンヌはナイトテーブルに手を伸ばすと、引き出しから手紙を一通取り出した。
「この手紙をジョセフィーネに渡してほしいんです」
マリアンヌに手紙を差し出され、ロバートは怪訝そうな顔をした。
「ジョセフィーネと喧嘩でも?」
マリアンヌは、まさか、と首を大きく横に振った。
「渡してほしいのは、大人になったジョセフィーネに、です」
ロバートは、ますます意味が分からなかった。
「どういうこと?」
マリアンヌはいたずらを思いついた幼子のような顔をして、
「大人になったジョセフィーネに宛てて書いたものなので、大人になってから渡してほしいんです」
笑みを浮かべながら続けた。
「だから、それまで預かっていてほしいんです」
ロバートは困惑しながら、
「僕が?マリアンヌが自分で渡さないの?」
マリアンヌに問いかけた。
「恥ずかしいこと沢山書いてしまって、自分で渡すのは、ちょっと」
マリアンヌは、上目遣いにロバートを見ると、
「それに、手紙を渡すまではジョセフィーネを見守ってくれるでしょ?」
手紙で口元を隠して、可愛い声で笑った。
「そういうことか」
ロバートは合点がいったようで、手紙を受け取った。
ほんの一時二人は目を合わせると、声を立てて笑った。
「そういえば、ジョセフィーネは?」
ふいに、思い出したようにロバートが尋ねた。
「今は、ピアノのレッスン中です。ほら、聞こえるでしょ?」
確かに、耳を傾けると、微かにピアノの音が聞こえてきた。
ジョセフィーネらしい、優しい音色だった。
二人は暫く、その音色に聞き入った。
互いにジョセフィーネを思いながら。
そしてマリアンヌは、ロバートの手を握り、
「ジョセフィーネをずっと見守っていてくださいね」
願いを込めて、ロバートを見つめた。
(わたしの分までお願いします)
心の中で、そう念押しをして。