5.願いーマリアンヌー
漠然とではあるが、死というものを感じてはいた。
しかし、11歳の少女であるマリアンヌにそれを想像することは恐ろしく、また、理解することは出来なかった。
朝が訪れないかもしれないと、恐ろしくて眠れない 、そんな夜は幾度もあった。
声を殺し、独りで泣くこともあれば、独りでは堪え難く、
「怖い夢を見そうで、眠れないの」
と、ジョセフィーネに溢すこともあった。
そうすると、ジョセフィーネはそっと頭を撫でてくれ、
「一緒に眠る?」
と、優しく微笑んでくれた。
マリアンヌが縋るようにジョセフィーネを見て頷くと、
「内緒よ」
と、より一層目を細め、この上なく優しい顔で微笑んでくれた。
そうして朝までジョセフィーネは、マリアンヌと大して変わらない小さな体で、精一杯手を伸ばし、まるで母鳥のように暖かく包み込んでくれた。
「大好き!ジョセフィーネ」
口ではそれだけしか伝えられないが、言葉では言い尽くせない、胸いっぱいの溢れる愛情があった。
だから、自身の未来を思い描くことは出来なかったが、代わりにジョセフィーネの幸福な未来を願った。
万が一自分が居なくなった未来でも、ジョセフィーネが笑っていられるよう願った。
マリアンヌはベッドの中で、微かに届くピアノの音に耳を傾けていた。
ソフィアとジョセフィーネが、ピアノのレッスンを受けているようだった。
ソフィアが弾くには難し過ぎる曲なので、きっとジョセフィーネが弾いているのだろう。
(アームストロングって・・・確か)
マリアンヌは、ジョセフィーネから聞いたロバートのことを思い出していた。
(お隣の伯爵様だったわ)
アームストロング家は、隣接するチェスター領を治める伯爵家だった。
チェスター領はブルック領とは違い、大変豊かで大きかった。
伯爵家の現当主は事業家で、その資産も相当なものだった。
誕生会に招かれて、アームストロングを名乗るのであれば、その伯爵家の子息に違いないはずである。
不意に、マリアンヌは目を輝かせた。
(いい考えだわ!)
マリアンヌは自分の思い付きに、胸を躍らせた。
一刻も早く行動に移したくて、落ち着かなくなって、近くに居た侍女に声を掛けた。
「お父様がお帰りになったら、お話があると伝えて」
「すぐよ!」
マリアンヌは興奮して、掛け布団の端をギュッと握った。
程なくして、マリアンヌの元をサイモンが訪れた。
「お父様、お願いがあるの」
滅多にない娘の願い事だ。
きっと叶えてくれるだろうが、僅かに不安はあった。
ソフィアに関心が向いている分、マリアンヌには向けられなくなった愛情。
決して無くなった訳ではないが、以前とは異なる疎外感があった。
「何かな?」
しかし、父の優しい問い掛けに安堵した。
「チェスター伯爵様のご子息、ロバート様にお会いしたいの」
マリアンヌは、両手を組んで真摯に頼んだ。
「それはまた、どうして?」
一度も話題にしたこともないロバートに会いたいなど、不思議に思われるのは当然だろう。
「ソフィアのお誕生会にいらしたでしょ?お見かけして、一度お話してみたいと思ったの」
サイモンはマリアンヌを暫く見つめ、
「わかった。手紙を出そう」
そう言って微笑むと、
「あまり期待しては駄目だよ」
優しくマリアンヌの頭を撫でた。
「ありがとうございます。お父様」
小さな頃に戻ったようで、マリアンヌは嬉しかった。