父、語る
「谷底に落ちた私が出られなくなったのは、長い長い年月、地の底に居て、地上の明かりに耐えられなくなったからだ。
あれに同じ思いはさせたくないから、たまには外に出してやらないといけないなと思って」
そう父は語ってくる。
そういえば、この洞穴の中はところどころ地上から入ってくる光で、ぼんやり明るいだけだ。
こんなところに長く居たら、人も人でなくなってしまいそうだ。
いや、この人はもう人ではないのかもしれないが……。
「優しいんですね、お父様」
せめて、母だけでも地上に出られるようにと気を配ってくれていた父に言う。
よかった、この人が父親で、とアキは思っていた。
ちょっぴり気が弱くて間抜けな気もしているが。
「あの地割れは、木々や大地の新陳代謝だ。
大地の呼吸。
木々もあれを契機に生まれ変わる」
アキはこの近くで見た若い木々を思い出していた。
「じゃあ、やっぱり生贄なんていらなかったんですね」
「そうだな。
私も寂しかったのだよ
だから、留め置いたあれのわがままはなんでも聞いている」
……それで居心地よくて此処にいるのですか? 母よ。
「私としても、お前を此処では育てたくなかったので、外に連れて出てくれてよかったと思っている。
……母に似てきたな、アキよ」
「あれっ?
私の名前、やっぱりアキなんですか?」
「アキと名付けたと聞いたぞ。
いや、産後向こうから離れられないあれが、送ってきたのだが」
といつも大事に持ってくれていたらしい、畳まれた可愛らしい命名書を父は広げた。
「ほら、アキと書いてある」
と産まれたときのことも思い出してか、微笑んで父は言う。
「お父様、この下のこれ、字です」
とアキはミミズののたくったような、
「ノ」
という字を指差した。
「……お前の名前は、アキノだったのかっ」
と父は驚愕する。
「今知りましたか」
いや、私もさっき知りましたけどね、とアキは思っていた。
「だが、一年経って戻ってきたあれも、お前をアキと呼んでいたぞ」
……それはおばあちゃんたちがアキ、アキと呼ぶせいで、洗脳されたんじゃないですかね?
「ところで、お母さんは何処行ったんでしょうね?」
「さあ、長く帰ってきていないのだが。
まあ、いつものことだから」
アキは首を傾げる。
そういえば、自分もかなり長い間見ていないし、イラークの宿にも最近現れていないようだ。
そのとき、洞穴の奥の方から声がした。
「アキ!」
というその声は王子のもののようだった。




