お前ならめんどくさくない
「何故、逃げる、アンブリッジローズ。
いや、アキ」
と王子がアキの両肩をつかみ、言ってきた。
「俺だけはお前をアキと呼んでもいいか」
いや、あっちの世界ではみんなアキと呼んでますけどね、と思いながら、アキは後ろを振り返る。
もう後がない。
床に落ちたら、そのまま押し倒されそうな気がしていた。
「アキよ。
何故だかわからないが、最近、お前はモテている」
いや、そうですかね?
「今まで、誰も積極的に押してこないようだから、式まで放っておいても大丈夫かなと思っていたんだが」
それはそれで寂しい話ですね。
「もうなにも大丈夫ではない気がしてきた。
お前は俺の花嫁だ。
今すぐ俺のものになれ」
「いや、偽物の花嫁ですよ」
「俺にとっては本物だ」
「結婚めんどくさいとか言ってませんでしたっけ?」
「気が変わった。
というか、普通の女ならめんどくさいと言ったんだ。
お前ならめんどくさくない。
ふたりで国を守り、たまには旅をし、交通標識とやらでイノシシを殴り倒しながら、正しき道に導いたり、海老をフリーズドライしたりして暮らしたい」
……暮らしたいですか、ほんとうに。
それはそれで余計にめんどくさそうですが、と思ったとき、
「アキ」
と王子の手がアキの頬に触れてきた。
思わず抵抗しようとしたアキの手を止め、
「……俺をざく切りにするなよ」
と言ってくる。
いや、ホラーですよ、それ。
「フリーズドライにもするな。
元に戻してもらえなかったら干からびたままになるじゃないか」
「で、でも、あのですね。
もうちょっとお互いのことをよく知ってからですね」
「俺は今まで出会った女の中で、お前のことを一番よく知っている気がする」
この状態でですか。
それはそれでどうなんですかね?
と思いながら、アキはまだ逃げ道を探して、きょろきょろしていた。
「アキ……、逃げるな」
そう囁きながら、王子はそっと唇を重ねてくる。
逃げ……
逃げよう
逃げれば
逃げるとき
逃……
王子が離れた瞬間、アキは即座に口を開こうとした。
「リバ……」
「待てーっ!」
と手で口を押さえられ、そのままベッドの上に倒される。
「赤子に戻す気かっ」
とリバースによって、1000年の時を超え、若返ったアンブリッジローズを思い出したのか、王子はそう叫ぶ。
いやいや。
ざく切りも、フリーズドライも嫌だと言うからですよ、と視線をそらすアキの上から王子が訊いてきた。
「何故嫌がる。
俺が嫌いか?」
「わかりません。
……嫌いではない気がします。
でも、好きかどうかはわかりません。
時間をください」
王子は溜息をつき、言ってきた。
「……まだ駄目なのか。
こんなに女に尽くしたのは初めてなのに」
「あのー、尽くしてくれたって、どの辺がですか……?」
王子だからだろうか。
この人の尽くすの基準がわからない……。
そうアキは思っていた。




