さらわれました
なんかあっさりさらわれました。
男の格好からして、山のアジトとかに連れて行かれるかと思ったのですが。
連れていかれたそこは、立派な宮殿でした……。
「息子よ。
どうした、その娘は」
と玉座に座っている絵に描いたような王様が言う。
……なんだろう。
ほんとうに絵に描いたような王様だ、とアキは思っていた。
なにかの肖像画や本を見て真似たような感じがする。
だが、立派な古い城。
居並ぶ兵士たち。
此処が本物の王宮であることには間違いなさそうだった。
そして、この戦士か野盗みたいな人は王子だったようだ。
アキはちょっと驚きながら、横の男を見る。
うちの王子より、長身で体格がいいな。
顔は……どっちも鼻筋通ったイケメンだけど。
私はまあ……王子の方が好みかな、と思ったとき、その戦士のようだが王子だった男が王に言った。
「ちょっと好みのいい女がいると思って、さらってみたら、なんとあの伝説のアンブリッジローズ姫だったのだ」
「だから違いま……」
違います、と言いかけて、アキはハッとする。
うっかり別人です、なんて言ったら、王子がニセモノを連れて帰ってることがバレてしまうと気がついたのだ。
さっきまではこの男が王子だなんて知らなかったから、しゃべってしまっても、まあいいかと思っていたのだが。
「ほう。
……ほうほうっ」
と王は興味津々、身を乗り出してきた。
「これが伝説のアンブリッジローズ姫か。
なるほど、美しい!」
あのー、たぶん、なんですが。
『伝説の美女 アンブリッジローズ』という名前に騙されてるだけだと思いますよ、と凝視されて恥ずかしく、アキは横を向く。
「で?
誰からさらってきたのだ?」
と訊く王に男は言った。
「たぶん、あれはクローズ国の王子だったな。
馬車に目立たないようにだが、紋章が入っていた」
「クローズ国か。
うーん。
まあ、もともと我が国とは友好関係にはないから、いいような、余計にまずいような」
と王は、ふんわりしたことを言う。
「友好国ではないといっても敵国というほどでもない。
なんというか、あまりよく知らない近所の人なんだが。
まあ、近所といっても、ちょっと離れているうえに、うちと揉めた家と親戚になるらしく。
お互い、そんなに積極的に親しくする感じでもない。
でも、出会ったら、挨拶くらいは欠かさずしとこうか。
別に嫌いじゃないし。
とお互いが思ってる感じの間柄だ」
めちゃくちゃわかりやすいような、わかりにくいような例えですね。
というか、ものすごく庶民的ですね、と思っていると、男がアキに教えてくれる。
「実はこの国の王に跡継ぎがいなくて、親戚筋だったうちの父親がいきなり担ぎ出されて王になったのだ。
ちょっぴり宰相の傀儡のような感じではあるのだが。
この間まで、貧乏貴族だったので、庶民的だと民には評判がいいのだ」
「そうなのですか」
「そう。
クローズ国とちょっぴり仲がよくないと言っても、それは先代の話。
我々としては微妙なところなんだが。
今は思わないでもないな。
アンブリッジローズ。
お前を手に入れるために、クローズ国と争ってもよいかなと」
「いや……私ごときのために争わないでください。
っていうか、うちの王子も成り行きで私を嫁にするだけなので、特に咎めはしないかもなんですが」
王子に愛されている自信がないので、うっかりそんなことを言ってしまう。
すると、男が言ってきた。
「では、問題ないだろう。
私はお前を妻としたい。
クローズ国にはなにか貢ぎ物でも送っておく。
お前も別に王子に恋焦がれて嫁に行きたいと思っていたわけでもないのだろう?」
まあ、会ったばかりの人ですからね。
でも……と思ったアキの表情を見て、男は言う。
「なんだ。
やっぱり、あっちがいいのか。
だが、助けを求めても無駄だ。
私はもうお前を妃にすると決めたのだ。
王子の名を呼び、泣き叫んでも、私はお前を逃さぬぞ!」
そのとき、アキは気がついた。
自分が王子の名を呼ぶことはないと。
そうだ。
「……そういえば、私、あの王子の名前、知りませんでした」
「……そんなのなら、もう私でいいんじゃないか?」
とちょっと呆れたように男が言ってくる。
いや、あなたの名前も知らないんですけどね、と思いながら、アキはちょっと困った顔のまま、窓の方を見た。
王子、助けに来てくれるかな。
名前すら尋ねなかった、こんなニセ婚約者でも、と思いながら。




