敵が現れたような気がします
「今日のドレスはなんだか気合が入ってないか?」
馬で進みながら、王子は前に乗るアキのドレスを見て言った。
アンブリッジローズという薔薇の名にふさわしいドレスだった。
柔らかい素材のピンクと白の布が交互に重なり、まるで本物の薔薇のようだ。
装身具もドレスに合わせてシルバーとパールで統一されていて美しい。
「ぜひ、馬車の方に乗っていただきたかったのですが。
馬車の中は財宝でいっぱいですしね」
と横で馬を走らせるラロック中尉は、まるで邪魔なもののように湖の財宝を語る。
王子は自分が抱くようにして馬に乗せているアキを見て思う。
……なんだか今の方が恥ずかしいな、この体勢。
最初はなにも感じなかったのに。
親しくなってからの方が照れてしまうとはどういうことだ。
そんなことを考えながら、王子は鼻先にあるアキの頭から視線をそらすように、少し上を見た。
「アンブリッジローズよ。
この先の道は少し注意せねばならないぞ」
目前に広がる急な山道を見据えて言うと、
「そうなのですか?」
とアキが振り返ったので、ドキリとし、ちょっと緊張して視線をさまよわせながら、
「何故なら、この先の国はあまり、我が国とは友好的ではないからだ。
つまり……」
と言いかけたとき、ラロック中尉が叫んだ。
「王子、アンブリッジローズ様が消えましたっ!」
「なんだとっ?」
王子は自分の腕の中からアキが消えていることに気がついた。
ひょい、と瞬間的に消えた気がする。
今来た道を戻ろうと、馬の向きを変えさせようとしたとき、
「ほう。
この娘がアンブリッジローズか」
という声が頭の上でした。
顔を上げると、少し先の木の上に見知らぬ男がいた。
アキを横抱きにしている。
「お前が塔に住まう絶世の美女、アンブリッジローズか!
なるほど。
美しい……!」
黒髪長髪で毛皮をまとった戦士のような男はアキを見つめてそう言った。
ラロック中尉がそれを見上げて言う。
「もっとみすぼらしい格好をさせておくべきでしたね」
「……いや、ちょっとみすぼらしい格好をしたくらいで美しくなくなるのなら、絶世の美女じゃないだろうよ」
そう二人で言い合っている間、慌ててアキが男に弁明している。
「いやいやいや。
私はアンブリッジローズ様ではありませんよっ。
第一、私が1016歳に見えますか?」
「何故、アンブリッジローズが1016歳だ。
アンブリッジローズは妙齢の美女という伝説だぞ」
「伝説?」
とアキが訊き返す。
「はるか昔からこのあたりの国に伝わる伝説なのだ。
塔の上に住むアンブリッジローズという絶世の美女がいるというのは」
「……いやだからそれ、はるか昔の伝説なんですよね?」
今、妙齢なわけないじゃないですか、と呆れたようにアキが言っていた。




