いつまで続くかわかりませんが、新しい名前をもらいました
王子の前にアキは押し出されたが、王子は一目見ただけで、
「ニセモノだな」
と言った。
まあ、会社帰りなんでスーツ着てるし、姫には見えないよな、と思ったのだが、そこではなかった。
「お前、1000歳じゃないだろう」
「聞こえてたんですか……」
老婆は、自分が1000歳だというところが聞こえてなくて、王子が婚姻に踏み切ったのだと思っていたようだが、違った。
「その方がめんどくさくなくていいかと」
と言う王子に、
「似た者同士ですね。
いっそ、本当にご結婚されてはどうですか」
と言ってしまう。
この王子も老婆と同じく、結婚して相手に縛られるのがわずらわしい人種のようだった。
だが、王子は言う。
「しかし、お前でも悪くないかもしれないな。
お前はめんどくさくなさそうな女だ」
この人の頭の中で、女性は、めんどくさい女、めんどくさくない女、の二種類にしか分類されないようだ……。
「王子という職業はこれでなかなか忙しいんだ」
と王子は美しい眉をひそめて言う。
……王子、職業なのか?
「だから、俺に相応しい花嫁はお前のような女なのかもな」
その顔でマジマジ見て言われると、ときめいてしまいそうだな。
でも、きっとなにか裏がある、とアキは思った。
そして、案の定あった。
「まあ、見たところの印象なんだが。
いろいろ、やかましく構ってくれと言ってきそうになく。
それでいて、人前に出しても恥ずかしくないくらい、そこそこ美しく、見栄えがする」
なんだろう。
あまり褒められてないような……。
「ニセモノだとは知らなかったということにしよう。
いざとなったら、この国に騙されたことにすればよい」
悪だ。
この王子は悪だ。
しかも、なんだかしょぼい悪だ、と思うアキの前で、王子は老婆を振り向き、言った。
「私はこの娘でいい。
姫的にも、それでいいのだろう?」
元はお姫様だったのかもしれないが、今では明らかにあやしい魔女となり果てている老婆を迷うことなく姫、と呼ぶ。
この王子、なかなかのツワモノだな、とアキは思った。
どうだ? と老婆に問う王子を見ながら、アキは、今まさに競り落とされんとしているマグロの気持ちになっていた。
悠々自適に海を泳いでいたのに、たまたま吊り上げた漁師に命運を握られるマグロも可哀想だが。
酔って迷い込んだ蔵で、うっかり綺麗なのれんをくぐっただけなのに。
この謎の老婆の手に未来がゆだねられている私もちょっと可哀想ではなかろうか。
そんなことを思っている間に、
「私は別に構わんが」
とこちらを見ながら、老婆は言った。
「だがまあ、この娘の結婚だ。
自分で決めさせてやれ」
さすがは1000歳。
この中でもっとも理性と常識があるようだ。
いや、もともと私を王子の前に身代わりの姫として突き出そうとしたのはこの人なんだが。
そう思ってしまうくらい、この王子はどうかしていると思うし。
後ろで沈黙している長髪の騎士っぽい格好をした男の人がまったく口を挟まないのもどうかと思う。
このあやしいやりとりで、お宅の大事な王子の妃が決まるんですよ?
この王子、実は大事にされていないのだろうか、と怪しみながら、アキは、
「王子」
と呼びかけた。
「王子、私は運命の相手を探しに此処に来ました」
かつて、宮廷の花と謳われた老婆、アンブリッジローズは、
「王子、私は運命の相手を探しに此処に来ました」
と言うアキを、この娘、すっかり洗脳されておるな、と思いながら、眺めていた。
さっき、自分が言った、
「この地にお前の運命の相手が居るかもしれないぞ」
という言葉を、
えっ?
そうなんですかね?
という顔で身を乗り出し、聞いていた。
単純で人が良さそうな娘だ。
この風変わりな王子の嫁にちょうどいい気がする。
この話、さっさとまとまってくれたら、助かるんだが。
仲人をやりたがる重役夫人のように、アンブリッジローズはこの縁談をまとめたがっていた。
だが、目の前で二人は揉めている。
「誰か顔はまあまあで稼ぎもまあまあ。
それでいて、性格の悪くないいい人は居ませんかね?」
「お前、それ、俺に訊くか?」
何故、俺では駄目なのだ、と王子は言う。
「顔が良くて、稼ぎも良さそうで、性格はよくわからないけど、なんかモテて浮気しそうだからです」
褒めているのかけなしているのかわからんな、と老婆は思った。
王の従者たちもめんどうごとに巻き込まれるのはごめんとばかりに黙り込んでいる。
仕方ない、と老婆は前に進み出ると、千年生きた重みのある言葉で告げた。
「異世界の門をくぐって現れし、娘よ」
えっ?
あれ、異世界の門だったんですかっ? という顔で、アキがあのヒラヒラした布を二度見する。
「これはお前に与えられた試練。
その王子の嫁となり、彼の国へと渡れ。
さすれば、お前の未来は開けるであろう」
……いや、開けるかどうかは知らないが。
千年経っても、別に普通に寝て起きて暮らしているだけなので、特になにかすごい予言とかできるような力が現れるわけもない。
ちょっとした魔法が使える程度だ。
だが、人間、環境が変われば、なにかが起きるはずだ。
それがいいことか悪いことかはわからないが――。
「そうなんですか……」
とアキは呟く。
ちょっと信じかけているようだ。
やはり、単純な娘だ。
「娘よ。
今日からお前が、我が名、アンブリッジローズを名乗るが良い」
「……アンブリッジローズ、花の名ですね」
と苦笑いしながらアキは言った。
「うむ。
美しい花の名だ。
お前にくれてやろう。
今の私には、ちょっと派手すぎて似合わないと思っていたところだ」
私は今日からメアリと名乗る、と老婆は言った。
「さあ、行けっ、さっさと。
アンブリッジローズ!」
おおむね威厳がある感じにできたと思うのだが。
さっさと、だけ、王子の一団を追っ払いたい気持ちが出てしまったな、と老婆は後から反省した。