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惑星迷子  作者: ふん
Season4
93/223

第十八話

「口を挟まず、相手を立てる。でも、解決はしない。それがコツだよ」

 卓也はタブレット端末から目を離さずに言った。

「聞いていないのですが……」

 デフォルトのため息の理由は、卓也が自分と同じコミュニティーサービスへの特別なログイン許可を貰ったからだ。

 デートマッチングサービスではないので、出会いを呼びかけるようなコメントは許されない。

 卓也もそれを知っているので、ただ相手の悩みを聞くだけになっていた。しかし、それは表向きのこと。裏ではしっかり出会うための企てる算段を講じていた。

 それを隠すことなく、べらべらと隣で話してくるので、デフォルトはデフォルトはどうしたものかと悩んでいた。コミュニティーサービスの利用規約を考えると卓也を通報するのが正解だが、それでは友人を裏切ることになる。一番いい方法は、卓也を説き伏せて辞めさせることだが、上手くいきそうにもなかった。

 卓也は女性達からゲイだと誤解されたことにより、警戒心が薄れ、逆に関心を買うことになっていた。

 向こうからしてみれば、女の気持ちもわかる、男の気持ちも理解できる便利な存在なのだ。

「デフォルトの潜入捜査のおかげだよ。この宇宙にこんなに悩んでいる女性がいるなんて知らなかった。それも自分から弱点を晒してくれてるんだよ。恋人と上手くいってないとか、自分の理想の相手が見つからないとか」

「卓也さん……。たしかに、向こうも卓也さんのことを利用しようとしていますが、悩み自体は本当のことなんですよ」

「わかってるよ、だから僕も本気で悩みを聞いてるじゃん」

「悩み相談をされたのならば、しっかり答えませんと」

 デフォルトは質問には答えが当然だということを説明したが、卓也は哀れだと静かに首を振った。

「デフォルト……。女性の悩みっていうカテゴリーには愚痴っていうものがあって、それが六割くらいを占めてるんだよ。男の恋愛のカテゴリーにエッチなことが八割くらい占めてるのと一緒。つまり問題の本質は主題には含まれないの。わかる? 女性は悩みを解決したいんじゃなくて話を聞いて欲しい。男は食事に誘いたいんじゃなくて、ベッドに誘いたい」

「そんなことはないと思いますが」

 デフォルトは偏見だと非難の視線を浴びせるが、卓也は「そんなことあるよ」と言い切った。

「だって僕は女心もわかるゲイだよ?」

「そもそもそれが間違っているじゃないですか……。どうするんですか? そのままゲイという立場を利用して、おいしい思いをするおつもりですか? 言っておきますが、ゲイにも女性にも失礼なことをしているんですよ」

「デフォルト……僕を見くびるな。いいかい? 確かに今の僕はゲイだよ。でも、本当の僕はって考えた時に、ゲイじゃないかもって思ってる……。なぜなら君に惹かれているから。でも、僕はゲイだ。そんな考えはおかしい……」

 卓也はタブレット端末で送ったメッセージをデフォルトに見せた。返信では「あなたはゲイじゃないのかも知れない。不安なら私と会って確かめてみて」という相談目的での出会いの約束を取り付けていた。

 デフォルトは一気にこの『怠惰な昼下がり』というコミュニティーサイトへの思いが冷めてしまった。

 全員が卓也の口車に乗る女性ではない。むしろ少数派なのだが、自分がここにいる使命感のようなものが崩れていってしまったのだ。

 元より、自分の悩みを聞いてもらうために始めたSNSだ。たまたま招待され、このコミュニティーにたどり着いただけで、長く続ける意味もない。

 デフォルトは躊躇することなくコミュニティーを退会すると、タブレット端末を遠くに置いた。

「なにか長い夢を見ていた気分です……」

 いつの間にか相談をするということから、相談役になっていたデフォルトはこれで肩の荷が下りたとほっとため息をついた。

「僕はもっと夢の中にいるよ」

「悪夢にならないといいのですが……」

 デフォルトはSNSにかまけていた間に溜まった家事をやってしまおうと、部屋を出ていった。



 その頃、ルーカスは真っ青な顔でレストの通路をうろうろしていた。脂汗をかき、焦燥感に駆られた足取りでカツカツと足音を響かせる。目は虚ろで、どこを見ているのかわからない。

「うるさいぞ」ラバドーラはうんざりしていた。ずっと自分がいる部屋の前を往復しているからだ、「トイレなら誰も入っていないだろ。さっさとこもれ」

 このやり取りは先程から数回行われている。やり取りというが、実際はラバドーラが一方的に怒鳴るだけで、ルーカスがなにか言い返すことはなかった。

 まるで誰かに操られているかのように、同じ行動を繰り返すだけだ。

「話したいことがあるなら言え……さっさとな」

 ラバドーラがルーカスの行く道を塞いで聞くと、ようやくルーカスは顔を上げた。

「……悪夢だ」

「まさか……怖い夢を見て眠れないとか言わないだろうな……」

「私がそんな子供のようなことを言うはずがないだろ! いいか? 冷静になってよく聞け。今から話すことは事実だ。私は事実のみを口から出す」

「前置きはいいからさっさと話せ」

 ラバドーラがイライラして言うと、ルーカスは深呼吸を繰り返してからおもむろに口を開いた。

「私のうんこが逃走したのだ……」

 しばらく静寂が流れ、ルーカスが息をする音が大きく響くと、ラバドーラはいつもの排熱ではなく、まるで人間のようにため息をついた。

「……虚偽はケツの穴から出すのか?」

「真実しか言わんと言っただろう! 私のうんこが便器から逃走したのだ! あれがレストの中を歩いていると思うと夜も眠れん……。眠れないのに悪夢を見ているのだぞ……どうにかなってしまいそうだ」

 ルーカスの顔は真剣そのもの。嘘偽りはない。

 だが、思い込みはいつものことなので、当然ラバドーラは信じることもなく、これなら騒音を我慢していた方がマシだったと、ルーカスに声をかけたことを後悔していた。

「子供でも、もっとまともなことを言うぞ」

「嘘だと思うならついてきたまえ!」

 ルーカスはラバドーラの手を引っ張ると、トイレの前まで連れてきた。

「開けたら、排泄物だらけとかいうことはないだろうな……」

「私にそんな特殊な性的趣向はない。自分の目で見て確かめてみたまえ。それとも、真実を知るのが怖いのか? このポンコツアンドロイドめ」

 ルーカスが煽ると、ラバドーラは肩にパンチを一つお見舞いしてからドアを開けた。

 トイレは汚れているどころか、清潔そのものだった。尿ハネの一つもない。まるでモデルルームのトイレのようだった。

「おかしい!」とルーカスは便器を掴んで中を覗き込んだ。「ここにいたのだ! 出てこい! 私のうんこ!」

 とうとう本格的に頭がおかしくなったのだと、脳みその弱さをラバドーラは哀れに感じていた。人気が天から地へと落ちたのが相当堪えたのだと。

「ルーカスがAIだったらバグを直せばいいが、人間の脳は単純なくせに繊細だ。イジればイジるほどアホになる。どうしようもないな」

 手向けに少しだけ見届けてやろうと、その場に残っていたラバドーラに、やってきたデフォルトが話しかけた。

「何をしているのですか? こんなところで」

「自我の崩壊を見ている」

 ラバドーラが便器を抱きかかえているルーカスを指すと、デフォルトは慌てて駆け寄った。

「大丈夫ですか? ルーカス様」と背中をさする。吐き気をもよおしていると思ったからだ。

「大丈夫なものかね! 私のうんこが逃走したのだぞ!」

 デフォルトは何を言おうか言葉をつまらせたが、なんとか「便秘が治ってよかったですね」と声をかけた。

「君はバカかね……どう考えても適切な言葉とは思えんぞ」

 ルーカスが立ち上がってデフォルトを見下すと、ラバドーラも「今のは私もそう思う」と頷いた。

「ですが……排泄物が逃走など意味がわかりません。掃除をした時にも、なにも変なことはありませんでしたよ」

 デフォルトは先程トイレの掃除を終え、芳香剤を変えるために戻ってきたのだと言いながら、トイレのすみに芳香剤を置いた。

「犯人は現場に戻るというのは本当のことらしいな」ルーカスはデフォルトを睨みつけた。「私のうんこを誘拐したのは君だな」

「なんのために……」

「私にわかるわけがないだろう。わかるのは、犯人の君だけだ」

「便は吸引されるのですよ。逃げたわけではなく、処理槽へ運ばれたのです」

「なにを聞いていたのかね。私は逃走したと言ったのだぞ。奴は便座に乗り、私の顔色をうかがい、すきを見て逃走したのだ」

 ルーカスは突然のことにどれだけ驚いたか、どれだけの時間睨み合っていたかなど説明するが、それを聞かされた二人は説明をされればされるだけ混乱していった。

「一つだけわかったことがあるのですが……。ルーカス様の言っていることが本当だとしたら、逃走したのなら……便はここはいないのでは?」

 デフォルトの言葉にルーカスはハッとなった。

「デフォルト君……始めて君を優秀だと認めよう。君は私のうんこの有識者だ」

「嬉しくないのですが……」

 デフォルトが肩を落とす横では、ラバドーラがあることを思いついていた。

「少し待ってろ。翻訳テープを持ってくる」

 ルーカスが変なことを言っているのは、自分達の翻訳力のせいかと思い、直したばかりの自動翻訳テープをルーカスの頬に貼った。

 そして、卓也の時のテストと同様に様々な宇宙言語で話しかけて、翻訳プログラムが機能していることを確認すると、改めて同じ話をしようということになった。

「さぁ、話せ」

 ラバドーラはようやくバカげたことから開放されると思っていたが、ルーカスの口から出た言葉は同じ言葉だった。

「だから、私のうんこが逃走したと言っているだろ……。今もレストの中に潜み、我々の命を狙っているのだぞ」

 ラバドーラとデフォルトは顔を見合わせて、これはダメだと肩をすくめあった。

「あの……ルーカス様……なにか進展があったら言ってください。自分達も協力するので……」

 デフォルトは地球人の脳の治療法がわからないので、とりあえず好きにさせておこうとトイレから離れていった。

 聞こえてくるルーカスの「出てこい! うんこめ!」という言葉に不安は残るが、どうすることもできない。しばらくはあたたかく見守ろうと思っていた。



 洗濯を終えたデフォルトは、乾かした服を持って寝室へと戻った。そこではまだ卓也がタブレット端末とにらめっこをしていた。

 デフォルトは「目が疲れますよ」と忠告すると、シャツを畳んで服をしまうのを、触手を使って並行作業で素早く終わらせた。

「デフォルト! ちょうどいいところに! 大変なんだよ!」

 卓也が慌てて駆け寄ってきたので、デフォルトは嫌な予感を感じていた。

「まさか、卓也さんまで便が逃げ出したと言わないでしょうね……」

「そんな変なことが起こるわけないだろう。現実問題だよ、利用規約違反の警告が来て利用停止にされちゃった! なんでさ?」

 デフォルトは二つの意味でほっとした。ルーカスのように変なことを言い出さなかったのと、利用停止になったということはこれ以上問題は起こせなくなったからだ。

「性的目的のマッチングサービスとして利用しようとしたからでは? あのコミュニティーサービスは日々の悩み事を解消するためのもので、性的な内容には厳しいんですよ。メッセージも監視されていますしね」

「そんなぁ……早く言ってよ」

「利用規約に書いてありましたが」

「あんなの読んでる人いるんだ……。まぁ、いいさ。何人かとは、連絡先も交換したしね。ほら、この子なんか凄いだろ? 作りかけのスープの思いで、僕を会えるのを心待ちにしてるってさ」

「なんですか? 作りかけのスープの思いって」

「熱くなった私を早くかき混ぜてってこと。答えは当然会いたい。いや……積極的だし、ここは一歩引いて、会いに来てにしよう」

 卓也はメッセージを送信すると、早く回遊電磁波を拾わないかと、タブレット端末を持って部屋の中をうろうろし始めた。

「あの……卓也さん」

「なに? 今忙しんだけど」

「勘違いしいるようなので教えておきますが、地球的には女性でも、宇宙的には男性という方もたくさんいるんですよ」

「だから? おっ! キタキタ!」

「ですから、卓也さんが連絡を取っている相手が、卓也さんのいう女性だとは限らないということです」

「……それって、相手が男かも知れないってこと? 酷いよ、そんなの詐欺だよ」

「ですから、スペースワイドな考えでは雌雄という考えとは違うんですよ。Dドライブを購読出来る惑星は、地球のように雌雄という考えが多いのも確かですが、自分がやっていた『怠惰な昼下がり』というコミュニティーが招待制だったのも、その方達が傷付かないような配慮をしているからだったんですよ」

「そういうのこそ利用規約に書いておいてよ……」

「書いてありましたが……。第一卓也さんがゲイだと嘘をついたせいで、向こうの方も勘違いしたんですよ。断るにしても、ちゃんと誠意を持って断ってくださいね」

「そうだね……」卓也は深く頷いた。「えっと……敵襲あり。助けを求む。っと」

「卓也さん?」

「追加でメール送ったの。これで、僕は死んだと思われる。相手の夢を壊さないし、僕も助かる。まさか、僕を助けるために僕が死ぬことになろうとはね……」

 デフォルトには言いたいことが山ほどあったが、相手のことは傷つけていなさそうなので譲歩して黙った。






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