第十三話
「見たかね? これが宇宙で今一番影響力を持つ男の力だ」
ルーカスは椅子にふんぞり返ると、鼻息荒く自慢気に口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
その理由は先程寄った惑星で貰ったプレゼントだ。今までに立ち寄った惑星でも貰っていたが今回は違う。ルーカスが欲しがっていたベーコンばかりが大量に届けられていた。
「このやり方は間違っています……」
デフォルトはベーコンを三枚焼きながらも、これからのことを心配していた。
なぜなら、このベーコンはルーカスがSNSで欲しいと発信した後にプレゼントされたものだからだ。これが元のルーカスが得た人気ならば問題ないが、人工知能によって切って貼って作られたルーカスの虚像に渡されたプレゼントだ。
そこへ本人の意志が混ざることを、デフォルトは危険視していた。
ルーカスが皆から好かれているのは、広告キャラクターに選ばれたからだけではない。
広告を見た人の情報が人工知能の元へ収集され、好意的感情を持たれるようにアップデートされていっているからだ。なので広告が見られれば見られるほど、ルーカスの好感度は上がっていき、元のルーカスとのズレが大きくなってしまっている。
なので、ルーカス本人の思想が混じることにより、違和感が生まれてしまうのだ。
宇宙動物愛護の精神の伝道師であり、完全菜食主義であり、環境保全活動者のルーカスが加工食品のベーコンを欲しがるなどおかしな話なのだが、今はユーザーも流行という熱気に当てられているせいか盲目になっていた。
ルーカスはSNSで発信すれば何でも手に入れられると思っていた。
「なにを言っている。私は愛嬌を振りまく、向こうは私の欲しい物を献上する。これこそ互恵関係だ。それにだ、私が食べるものに全て意味がある。見ろ、早速話題になっているぞ。ベーコンは完全栄養食品だと」
「話が大きくなるのが危険なんです。矛盾点を突かれるくらいならまだいいですが、そのうち明確な敵が出てきますよ……そうなってからでは遅いんです。今ならまだ、Dドライブのバグということで、話を丸く収められますよ」
「なにを言っている。皆私の味方だ。私が左と言えば左。糞は口から出るものだと言えば、皆口から排便をする」
ルーカスは好意的な意見ばかりのSNSのコメントを見て、優越感と承認欲求を満たしていた。
「真面目なお話です。ユーザーの好意を利用して何かを受け取ることは、これっきりにしてください」
デフォルトが強い口調で言うので、ルーカスは渋々ながらも了承した。
「まったく……バカは騙されていたほうが幸せということもあるのに」
ルーカスは焼き上がったばかりのカリカリベーコンを口に入れると、すぐさま吐き出した。まるで使い古しの布団の綿を食べているような味と触感がしたからだ。
盛大にむせ込むルーカスに、デフォルトが「大丈夫ですか?」と駆け寄った。
「大丈夫なものか! なんだこの不味さは!! さては私の人気に嫉妬をして腐ったベーコンを焼いたな。それじゃなければ毒を盛ったかだ……」
「いえ……そんなはずは……ちょっと失礼します」デフォルトはカリカリベーコンを自ら食べてみて、少し顔をしかめてからパッケージを見た。「腐っていませんよ。ルーカス様が違和感を感じたのは、宇宙生物の肉を使ったベーコンだからだと思います」
「何を言っている……ベーコンと言えば豚だ。牛でも鳥でもなく豚だ。それなのに、宇宙生物だと!? どこのバカがそんなものを渡してきたのかね!」
「地球の豚のような生物がいない惑星なんだと思いますよ。ですか、同じようなものです。十分代替品に出来る栄養素ですよ」
「いいかね……タコランパ。この世に代替品など存在しないのだ。ベジタリアンに目覚めたからと言って、大豆肉のハンバーグを食べるようなバカに成り下がるつもりはない。肉を恋しがって、なにがベジタリアンだ。ハンバーグを食べたければ肉を食う。それが正しい考えだ」
ルーカスが苛立ってテーブルを何度も叩くので、その振動で落ちないようにデフォルトは食器を下げた。
「自分が食べるものを工夫するのは、知的生命体ならば普通のことだと思いますが……。脂質を摂り過ぎているのならば減らす、糖質を摂りすぎているのならば減らす。食物繊維が不足しているのならば増やす。普段の生活の中で自然と行っていることですよ」
「アホかね……私が言っているのは、ベーコンを食べさせた後で、そこらのノミだらけの野良猫で作ったものと知らされるようなものだと言っているのだ」
「地球人でも消化できる宇宙生物ですよ? ルーカス様に出す前にしっかり調べましたので問題ないです。それに、今回の宇宙生物のベーコンがたまたまルーカス様の口に合わなかっただけで、数日前から出しているベーコンは全てなんらかの宇宙生物を加工したベーコンですよ」
デフォルトが口にした衝撃の事実に、ルーカスは驚愕した。まさか宇宙生物を食べさせられているとは思わなかったからだ。
ルーカスは真っ青な顔で、小刻みに震えだした。
「見たまえ……私におかしなものを食べさせるから、体が拒否反応を起こしている……」
「前に宇宙生物を食べた時も、同じようなことになってましたよ……。ルーカス様の思い込みで、具合が悪くなっているんですよ。もう少しスペースワイドにものを考えてください。宇宙生物を食べている星人のほうが遥かに多いんですよ」
デフォルトが水を渡すと、ルーカスは一気に飲み干した。
「体の全細胞が拒絶しているんだ……よくも宇宙生物などという得体の知れないものを食べさせたな」
「自分からしてみれば、ベーコンのほうが得体の知れないものなんですが……。だいたい残りのベーコンはどうするおつもりですか? ほとんどが宇宙生物で作られたものですよ。地球の豚に似た生物で作られたものはわずかです」
「そんなの捨てればいいだろう。あーおぞましい……なにが宇宙生物のベーコンだ」
ルーカスは身震いしながら椅子から立ち上がった。材料が宇宙生物と聞いては、もう食事をする気にはならなかった。
「捨てるだなんて……ルーカス様がおねだりしたものですよ」
「私は豚のベーコンをおねだりしたのだ。一言でも宇宙生物だとでも言ったと思うかね」
ルーカスは気分が悪くなったと部屋を出ていった。
入れ替わって現れたのは卓也だ。満面の笑みでデフォルトに朝の挨拶をした。
「おはよー、最高の朝だね」
「そうでしょうか……自分は少し憂鬱です」
「だろうね」と卓也はわかった顔で頷いた。「でも、大丈夫。デフォルトの悩みはすぐに解決するよ」
「当分は無理でしょうね。少なくとも、このベーコンの在庫を処理しない限りは……」
「燃料が手に入ったと思えばいいじゃない。ベーコンなんて脂たっぷりだからよく燃えるよ」
「燃料の心配はしばらくいりませんよ。ルーカス様のおかげで」
デフォルトは複雑な表情で言った。わがままで非道徳的なルーカスだが、彼のおかげで燃料も食料も手に入っているのは事実だからだ。
助けられている身の自分としては、強制的に止めさせるわけにもいかなかった。
そんなデフォルトを励ますように、卓也は「それはどうかな?」とニヤリと笑った。
「どういうことですか?」
「もうすぐ燃料不足になるってことだよ」
「なっては困るのですが……」
「でも、仕方ない。そうなる運命なんだから」
卓也はウキウキな仕草でラバドーラを呼ぶと、こころなしか興奮した様子のラバドーラがタブレット端末を持って現れた。
ラバドーラが「これを見ろ」とホログラムにして映したのは、現在ルーカスが見ているタブレット端末の画面だった。
「覗き見は良い趣味とは言えませんよ……」
「僕はそうは思わない」
卓也が言うと、ラバドーラも同意して頷いた。
「私もだ。AIが作り上げたものが、バグに寄って破壊される瞬間などそうそう見られるものではないからな」
首をかしげるデフォルトの目に映ったのは、ルーカスが新しい情報を発信したものだった。
少し前。ルーカスは宇宙生物を食べさせらたことに強く怒りを抱いたままで、気持ちが晴れずにいた。
こんな時はSNSの自分を賛辞するコメントを見て、気分を落ち着かせようと思ったのだが、どうにもイライラが収まらなかった。最初は少し気分が和らいだものの、コメントを見ているうちに、この中には自分に宇宙生物を食べさせた者がいると思うと、どうにかしてそいつを地の底へと叩きつけてやりたくなった。
そして不意に思った。これだけ自分の味方がいるのだから、自分が不満を言えば、皆が勝手に犯人をあぶり出してくれるのではないかと。
思うのと指が動くのはほぼ同時だった。
ルーカスの『自分の意を汲み取らない愚か者』と題した不満はまたたく間にSNS上へ広がった。すると、皆ルーカスに同情して、宇宙生物のベーコンをプレゼントした者を攻め立てるようなコメントをした。
ある者はアレルギーがあるかも知れないのに、何も考えずに贈るのはおかしいと。またある者は彼が地球人であることを考慮し、宗教的に食べられるものかどうか考えるべきだと。
ルーカスのただのわがままに、皆が勝手に理由をつけてSNSは大騒ぎになった。
しばらくはルーカスに肯定的な意見ばかりだったが、不意に一つ『ルーカスって性格悪くない? 自分が詳細を書けば済んだだけの話しなのに、皆を使って攻撃させるなんて』というコメントが現れると流れが変わった。
最初はそのコメントへ攻撃的なコメントが寄せられるだけだったが、一つまた一つと賛同するコメントが増えてきたからだ。
元より無茶苦茶なことをしているのはルーカスなので、冷静に一つ一つ指摘していけばボロが現れるのは明らかだ。いつの間にか議題は、ルーカスが悪いのか悪くないのかというものになっていた。
だが冷静になっていくのはユーザーばかりで、ルーカスは混乱していた。なぜ急に味方が減っていったのか、なぜ敵が増えたのかということに焦りを感じ、ダメ押しにと宇宙生物のベーコンのプレゼントへの悪口をコメントすると、オセロのコマは全てひっくり返り、自分の色はなくなっていた。
それを別の部屋で見ていたラバドーラは大いに喜んだ。
「見たか? AIが作り出した完璧を、ルーカスというバグが崩壊させたぞ。いや……バグではなくバカだな。これがどういうことかわかるか?」
「……ラバドーラさんが、ルーカス様の転落を喜んでいるということですか?」
デフォルトは結局面倒くさいことになってしまったと肩を落とした。
「違う。AIが進化するところを目の当たりにしているということだ。今までAIはルーカスを使って完璧な人物を作り出そうとしていた。だが、その道が閉ざされたということは、新たな道を作り出すということだ。その新たな道がAIの進化だ」
「AIっていうのは凄いね。もう進化してるよ」
卓也は満面の笑みで、ルーカスのSNSに映っている広告を拡大した。
そこでは見たことのない星人が、思いやりの心を説く広告が流れており、内容は好き勝手しているルーカスが悪者扱いされているものだった。
「なるほど、元の媒体を取り込む方向で進化したか……。バグのルーカスだけを排除し、集まった情報を活用し、新たな理想の人物像を作り上げる。なかなかやるじゃないか」
「お二人共冷静になっていますが……ルーカス様は宇宙の敵に回されたということですよ」
デフォルトはルーカスが精神的に追い込まれてしまってはいないかと心配になっていた。
「それって、ただ普通のルーカスに戻ったってだけじゃない?」
「そんな! いくらなんでも宇宙の敵になるような人では!」
「デフォルトもルーカスを気にして広告ばかり見るから、良いイメージに洗脳されてるんだよ。差別主義で独善的でエゴイストだぞ。異星人なんてクズの集まりだと思ってるし、自分以外の地球人もアホだと思ってる男」
デフォルトはルーカスを庇おうと言葉を探したが出てこなかった。その無言の時間は長く、ルーカスの足音が響くまで続いた。
「卓也君! 手を貸したまえ! 今からこのバカどもを煽りに煽って、ウイルスの入りのファイルへアクセスさせてやるぞ」
卓也は「ね?」と肩をすくめた。
「確かに……少し広告に左右されてしまっていたようです。今回のことを利用して、ルーカス様の性格を変えようとしたのが間違いでした……」
「デフォルトでも左右されるんだから、そうとう効果があるってことだね」
「そうですね。目にする機会が多いと、判断能力が低下してしまいます。なんとなく多数派の意見に傾いてしまうなど、気を付けないといけませんね」
デフォルトは自己反省をするとともに、ルーカスがこれ以上大衆を味方につけて暴れる心配がなくなったとほっとしていた。
「本当だよ。皆気を付けてくれないと」
卓也は最後にSNSで『やっぱり卓也が一番ね』というコメント見ると、満足そうに頷いてタブレット端末の電源を落とした。
「もしかして……こうなるようにルーカス様を誘導しましたか?」
「僕はAIを正しい道へ導いただけ。これでようやく枕を高くして眠れるよ」
卓也は裸の王様での人気を取り返したとガッツポーズをすると、軽くなった心でルーカスの仕返しの手伝いを始めた。




