第十二話
それから二つの惑星へと降りたが、そのどちらともルーカスは大歓迎で受け入れられていた。
そのおかげで食料にも燃料にも困ることがなく、現在レスト史上最高の環境だった。
「なんて美しい花だ……デフォルト君。これも生けておきたまえ」
ルーカスはカマキリを腹部からねじり切ったような、不気味な形の花をデフォルトに渡すと、立ち寄った惑星で貰ったプレゼントの箱を開けた。
「あの……もう、生ける器がありません」
「そんなことはない。ほら、そこに丁度いいものがあるだろう」
ルーカスが指した方向にはコップが一つ置いてあった。
「あれは卓也さんのコップですが……」
「構わんだろう。もう既に花が枯れた男だ。生ける花などありはしない。わかるかね? 博物館と一緒だ。旬なものが飾られ、人気のないものはバックヤードに押しやられる」上機嫌に笑って言うルーカスだが、途端に表情を曇らせた。「なんだね……このセンスのない彫刻は。ただのゴミだ。文鎮にもなりはしない。レストの燃料にしたまえ」
ルーカスが無造作に投げ捨てたものを、デフォルトは落ちて壊れないように慌ててキャッチした。
「あの……ルーカス様……差し出がましいことかもしれませんが、プレゼントを無下に扱うのはよくないことだと思いますよ」
「差し出がましいことだと思ったのならば、口に出さず飲み込みこんだらどうかね? それに、プレゼントは貰って嬉しいからプレゼントと呼ばれるのだ。嬉しくないものは、ただただゴミを押し付けられただけだ」
「プレゼントとは気持ちを贈るものだと思いますが。込められた気持ちというものは、何ものにも代え難い付加価値になるものですよ」
デフォルトの言葉を、ルーカスはバカにした笑い声で打ち消した。
「私は千羽鶴より金が欲しい。そんなに欲しいのなら、持っていきたまえ。私から気持ちを込めたプレゼントだ。まさか、押し返すなどしないだろう? 付加価値なのだからな」
ルーカスに意地悪な言い方をされてしまい、捨てるわけにも返すわけにもいかなくなったデフォルトは、惑星民芸品を持ったまま部屋を出た。
別の部屋にもルーカス宛へのプレゼントが積んであり、まるで芸能人の事務所のようだった。
そして、それをくまなくチェックしているのがラバドーラだ。
レストの燃料が潤滑になったものの、体のパーツにガタがき始めているので、上手いこと電気エネルギーが使えないことがわかった。燃料タンクから替えたバッテリーも、ありあわせの部品で繋げたのも原因だ。
そこで、ルーカスへの贈り物になにか使えるものがないかと探しているのだった。
デフォルトの姿を見つけると、ラバドーラは触手に持っている民芸品を奪い取ったが「なんだ……ゴミか……」とルーカスと同じくすぐに捨てた。
「歴史的彫像物です……一応は」
「そんなこと言ってるから、ここにはゴミばかり溜まっていくんだぞ。燃やして燃料にしたほうが役に立つ」
「燃料は困らないほどあります。以前のように、なんでもかんでも燃やす必要はありませんよ」
「そう思うなら、どうにかしろ。もっと役立つものを贈らせるとかさせたらどうだ? このままだとゴミに埋まっていくぞ。既に一名は行方知れずだ」
「それはいい考えかもしれませんね。贈ってもらうのではなく、余計なものを贈らないようにお願いするんです。それか贈り物はメッセージだけにするとか。お互い嬉しくなるものですし」
デフォルトはあまりに平和な考えに、ラバドーラはなにか言いたくなったが、わざわざ言う必要もないと荷物をどかして道を開けた。
「なら、行方知れずに聞いてこい」
「そうしてみます」
デフォルトは卓也が籠もっている部屋へと向かった。
卓也がいる部屋の前まで来たデフォルトは、壁の一部をスピーカーモードに切り替え呼びかけた。
「卓也さん。いますか? 入りますよ。もし、入ってほしくなければ、なにか叩いて合図をしてください。何もなければ十秒後にドアを開けます」
デフォルトは宣言した通り、十秒数えてからドアを開けた。
部屋の中には電気もつけずに、竹馬を装着したままの卓也がぼーっと床に座っていた。
デフォルトが「今、お時間は大丈夫ですか?」と聞くと、卓也の目だけが動いて視線を合わせてきた。
「驚いた……まだ僕に話しかけてくるような奇特な人がいるなんて……もしかして、それ……僕への贈りものかい? ありがとう……僕には大事なものだ」
卓也はデフォルトが持っていたよくわからない民芸品を受け取ると、それをとても大事そうに抱きしめた。
「卓也さんに裸の王様について教えてもらいたのですが」
「僕はそんな雑誌知らないよ。……見たこともない」
「あの……そんなはずはないと思うのですが……」
「知らないったら知らない! あそこにはもう僕の居場所はないんだ! どこを開いても、ルーカスにルーカス……またルーカス。僕のプロフィールのページにまでルーカスの広告があるんだぞ!」
「そのプロフィールページについてお聞きしたいのです。ルーカス様のプロフィールページがあるのならば、少し手を加えたいと思いまして」
デフォルトの提案を聞いて卓也の瞳に光が戻った。
「そうだよ! その手があった! ルーカスなんかの為に僕の手を汚すのは嫌だったけど、デフォルトが汚してくれるなら言うことなしだ! どうする? どんな卑劣なことを書く?」
「いえ、違います。贈りものはお互い負担になるので、やめましょうと提案するのです。なにか連動している『スペース・ネットワーク・サービス』はないのですか?」
「わからないよ。僕は『SNS』はやらないんだ」
「意外ですね……絶対にやっていると思っていましたよ」
「だって、そんなのをやってみなよ。集団ストーカーにずっと監視されているようなものだぞ。重箱の隅をつつかれながらじゃ、女の子を重箱に入れることなんて出来ないんだから」卓也はそこまで言うと、良いことを思いついたと手を打った。「そうだ! ルーカスにSNSをやらせなよ」
「先程からそう言っているのですが……。今のルーカス様のプロフィールはバグで登録されたものなので、プロフィールページへアクセスは出来ません。なので、SNSを使って正確な情報を発信しようと思いまして」
「なら僕に任せてよ。見事ルーカスにやらせてみせるから」
「卓也さんは、SNSをやっていないのでは?」
「大丈夫。見ているのが全員女の人だと思えば、メリットばかり浮かんでくる。とにかく、ルーカスは僕に任せて、デフォルトは荷物整理でもしててよ」
「卓也さんがそうおっしゃるなら……お任せします」
卓也が元気を取り戻したのを感じて、デフォルトはホッとした。卓也がアドバイスをするとなれば、ルーカスの女性人気も増え、本人も他人から自分がどう見えるかを気にすることが増え、結果良い方向に転がっていくだろうと。
早速卓也は邪魔な竹馬を脱ぎ捨て部屋を出ると「ようやく僕にも運が向いてきたぞ!!」と声を高らかに拳を掲げた。
「やらん。なぜ私が下等生物共と馴れ合わなければいかんのだ」
卓也から話を聞かされたルーカスは、不機嫌に言い放った。
「なぜって、僕がそう決めたから。いいじゃん、試しに一言二言発信してみなよ」
「絶対にやらんぞ……。私はうんざりしてるのだ。中身が薄く、短い言葉でしか話せない、如何にも頭の悪い文化にだ」
「じゃあ、僕が適当に発信をしちゃうよ」
卓也は勝手に作ったルーカスのSNSから、当たり障りない言葉を発信した。
「こら! 貸したまえ! 私の名前を勝手に使ったことを後悔させてやるぞ……まったく……」と何気なく画面を見たルーカスの目に飛び込んできたのは、繋がれてよかったや、あなたの言葉を聞きたいなど、肯定的な意見ばかりだった。
「わかったよ……消せばいいだろ」
卓也がタブレット端末に手を伸ばすと、ルーカスがペチンと手の甲を叩いた。
「待ちたまえ……これはなんだ?」
「なにって、一番ユーザーが多いスペース・ネットワーク・サービスだよ。今銀河を一番騒がせてるルーカスが始めたから、皆興味を持ってるんだ」
「このただの『始めました。よろしくおねがいします』という言葉だけだぞ」
「そうだよ。みんなルーカスがどんな言葉を発信するのか知りたいんだ。まぁ、気になったら使ってみなよ」
ルーカスはふんっと不機嫌に鼻を鳴らしたつもりが、機嫌の良さを隠しきれていなかった。
「気が向いたら活用してみてやろうではないか。この下等生物の下世話なコミュニティーをな」
もう既に画面から目を離せなくなっているルーカスを横目に、卓也は部屋を出た。そして、ドアを締めると「イエス!」とガッツポーズをした。
それから数日経ったが、ルーカスは問題を起こすことなくSNSを使い、ハマりにハマっていた。
「これは素晴らしいぞ! 皆私の意見に賛同し、私のジョークに笑うのだ」
「それは良かったですね。自分も素晴らしいことだと思います」
デフォルトもこれで安心だと心から喜んだ。ちょっとした思いつきが、ルーカスの性格をここまで変えるとは思っていなかった。
ルーカスはSNSでかけられる言葉一つ一つに大変喜んでいる。まるで全宇宙の知的生命体が自分の味方になったかのようだからだ。
「これを機に卓也さんも始めてみたらいかがですか?」
もしかしたら卓也の軽薄な行動も減るかも知れないと提案してみたデフォルトだが、卓也は考えることもなく断った。
「僕はいいよ。会ったら連絡先は交換するけどね。それにね……正直言うと、SNS上だと女の子の区別がつかないんだよ。みんな同じ話題で、みんな同じような写真を撮るだろう? 誰と何の話題をしたのかちんぷんかんぷんでよよいのよいだよ。あと、逃げ場がなくなるっていうのもある。なんかあったら、たった一人のために残り大勢の女の子を捨てることになるんだよ。コスパが悪いったらありゃしない……」
「一人に絞ればいいだけだと思いますが……」
「それは失礼だよ、デフォルト。僕はいつも一人に絞ってる。ただ終わるのも早いってだけ。それより、ルーカスはどう? 今日のありがたい言葉は発信したの?」
卓也は自分の話題は終わりと、ルーカスに話題を振った。
「当然だ。見たまえコレを」とルーカスは自分が見ている画面を、ホログラムにして映し出して見せた。
「お腹が減った? ……これだけですか?」
誰にでも思いつく適当な短い言葉を見てデフォルトは呆れたが、ルーカスはそれはもう得意顔で頷いてみせた。
「そうだぞ、お腹は減るもの。君はまだこの言葉の真意に気付いていないのだ」
「なんですか、その真意とは?」
「そんなもの私が話さずとも、SNSで勝手に真意を汲みっている。自分で見て確かめたらどうかね?」
ルーカスの言う通り、SNS上ではルーカスの発信した言葉の意味をあーでもないこーでもないと議論し、自分達に都合よく解釈して祭り上げていた。
「……いいんですか? お腹が減ったという言葉が、男性社会における女性の社会的地位と役割の話にすり替わっていますが……」
「私は最初からそう言いたかったのだ。女は腹を空かせていると、男が戯言を言えないように喉元を食いちぎる強引さが必要だとな。だが……デフォルト君。君はまた違った意味で捉えるはずだ。この言葉を」
「わかりましたよ……おなかが減ったんですね。すぐに食事の用意をします」
デフォルトが立ち上がると、ルーカスは喜んだ。
「いいぞぉ。みんな私の思うがままだ」
卓也も「いいぞぉ。僕の思うがままだ」だと喜んでいた。
「私のマネかね? ははーん……私の人気にあやかろうとしているな。SNSでも私の模倣犯だらけだからな」
「んー……まぁ、そんなとこだね。僕はルーカスがルーカスでいてくれるのが嬉しくてたまらないよ」
「当然だ。私は私にしかなれないし、誰かが私になることも出来ない」
卓也は「まさしくそのとおりだ!!」とルーカスをおだてた。
「まったく……最高だ。もっと早くSNSを始めておけばよかった」両手を叩いて有頂天だったルーカスだが、食事が運ばれてくると途端に顔をしかめた。「なんだね……コレは……」
「この間寄った惑星で分けてもらった魚のすり身ですね。それを丸く成型して焼いたものです。スパイスを効かせていますので、なにもかけなくても味はしっかりしますよ」
「そうではない。私の朝食はカリカリベーコンが三枚のはずだ」
「そうしたいのですが、ベーコンの缶詰がもうないのですよ。代替品もないです。しばらくは諦めてください」
「私に諦めるという言葉が存在しないのは知っているかね」
「……はい。出来れば存在してほしいです。ですが、今回ばかりは無理です。諦めてください」
「まったく……役に立たぬプレゼントばかり贈る惑星だ……もう少し、私のことを考えて……」ぶつくさ文句を言っていたルーカスだが、タブレット端末の画面を見ると、良いことを思いついたとニヤリと口の端を吊り上げた。「そうだ、考えさせればいいのだ」
「そうだよ、考えさせればいいんだよ」と、ルーカスに気付かれないように卓也も笑みを浮かべていた。




