第十一話
それからルーカスはあの惑星で十分に良い思いをし、しっぺ返しが来ることなくレストに戻っていた。
なにも問題はない。レストのエンジンを変える事は出来なかったが、燃料と食料を補充することが出来たので、今まで立ち寄った惑星の中で一番意義のある交流をしたことになった。
今は貰った保存食を調理し、皆で食事をしているところだった。
「あの卓也さん……脱いだほうが食べやすいと思いますよ……」
デフォルトはなるべく苛立たせないように優しい口調で言うが、卓也に効果はなかった。
「デフォルトが触手を全部引っこ抜いてご飯を食べるって言うなら、僕もそうするよ。でも、しないだろう。だから僕もしない。なぜならこれは僕の体の一部だからだ」
卓也は前屈してお皿に真上から覆いかぶさるように顔を近づけると、おかずを口に運んだ。
卓也はまだラバドーラが作った竹馬のようなものを装着したまま脱ごうとしない。長過ぎる足で座る子ができないので、立ったままで食事をしていた。
幸い重力制御が働いているので、無理な格好でも食べることが出来るが、食べにくいことには変わりないので卓也は苛立っていた。
「彼がそう言うんだ。それでいいではないかね」と、ルーカスは理解ある顔で言った。「卓也君は新たな道を模索しているのだ。私を模倣することは悪くない。彼はアイデンティティをなくしたのだ。これから必死に探していこうとしているのだ。邪魔をしてはいかんぞ、デフォルト君」
「なにが言いたいのさ……」
卓也が不機嫌に言うと、ルーカスはたまらなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
「君よりモテてしまった。宇宙一セクシーな男の地位はころころすっとんとんと転落だ」
「……この足は重力制御が働いているから、転落することはないよ」
「それで心の安定を図っているつもりかね? そうだ! こういう時にどうすればいいか調べてみようではないか」
ルーカスは満面の笑みでタブレット端末の画面を空間投影モードに変えると、精神安定の方法を検索した。
すると一つの広告が流れた。
『なにもかもが上手くいってた私に訪れた突然の悲劇。今年二十四歳の私は、恋も仕事も私生活もすべてて充実しているつもりだった。でも突然彼女と別れることになり、仕事にも身が入らず、私生活も荒れ放題。そんな時私が出会ったのは、あのルーカスもおすすめしているサプリメント。このサプリメントにはなんとかっていう野菜の、なんとかっていう成分が、なんとかっていう野菜の五十倍も入っているんだって。これを飲み始めてから活力にあふれ、前の彼女より美人な彼女がすぐに出来ちゃった! すぐに昇進話も出てきて、人生の勝ち組へ。これさえ飲んでいればすべて解決だね』
画面の中の男が笑顔で言うと、大きくルーカスが映し出された。
『私のように完璧超人でいるには、サプリメントも必要ということだ。わかるかね?』と顔が全画面でアップされると、ルーカスの声に混ざって『注意。使用感・結果には個人差があります』と小さくナレーションが入った。
「大変だ! 私はまだ今日のサプリメントを飲んでいないぞ! デフォルト君、早くサプリメントを出したまえ!」
ルーカスは慌てて机を叩いて催促するが、デフォルトは勘弁してほしいと頭を振った。
「ルーカス様……いつもサプリメントなんてお飲みになっていないでしょう? ここにはないですよ」
「なら、このホログラムの私は嘘をついているということになるぞ」
「そうですね。ルーカス様は、こんな広告を撮った覚えはないでしょう? 誰かルーカス様の映像を悪用しているのだと思います」
「そう思うのなら、誰が私の映像を撮って、誰が悪用しているのか言ってみたまえ。説明できないだろう?」
「それはそうですが……。逆にルーカス様も説明できないですよね? いつ撮影をし、どこの惑星企業と連携して広告を流したのか」
デフォルトに言われルーカスはバカなことをと、鼻を鳴らして笑った。しかし、考えても考えても、いつ広告を撮影したかなど思い出さなかった。それもそのはず。ルーカスが広告を撮影した事実などないからだ。
奇妙なことに、自動で受信される惑星企業の広告の数々には、どれもルーカスの姿や声が映し出されていた。
だが、ルーカスはそんなこと気にしなかった。なにか不都合があれば、それがどんな小さなことでも目くじらを立てるが、今回は自分の名前を勝手に広めて認知度上げた結果。それが高い評価を得ているので、むしろ満足していた。
「ようやく宇宙生物共が、誰に媚を売ればいいのかを理解したようだな」
「自分は今すぐにでも広告を止めるべきだと思いますが……。内容が悪質な広告ですし、ざっと確認したところネイティブ広告が増えてきています」
「広告が増えるのはいいことだ。私の顔がそれだけ売れているということだからな」
「行き過ぎたネイティブ広告は反感を買いますよ。皆さんは興味ある記事を読んでいたのに、別の広告を読まされるわけですから」
デフォルトは危険だと忠告した。今は面白がられて好意的に見られているかも知れないが、そのうち全員のストレスの元になると。
ネイティブ広告とは、情報収集者の妨げにならないような広告のことだ。サイトのデザインに溶け込ませて広告のように見えないようにし、コンテンツの一部としてユーザーに見てもらおうというものだ。
「それって……宇宙の通信サービスに登録してれば、遅かれ早かれルーカスが出てる広告を見る羽目になるってことだろう? わお……僕もやろうかな」
「卓也さんが女性のプロフィールを読んでいる最中に、男性のプロフィールを読まされるようなことがあったらどうします」
「そんなのムカつくに決まってるじゃん」
「そういうものです。今のは極端な例ですが、ニーズに合わなければ反感を持ってしまうものです。内容に自信があるのならば効果的だと思いますが、ただ人に見てもらうようアクセスを稼ぐのが目的なら止めるべきです。期待はずれというのも、ストレスになりますから。それも反感を買ってしまう一因になります。広告というのはストレスフリーに近いほどいいんです。だから、サムネイルに宇宙で人気の有名人を使ったりするのですが……」
デフォルトと卓也は同時にルーカスを見た。
有名人が写真や映像を悪用されるというのはよくあることだが、なぜルーカスがターゲットになったのかわからなかった。
今わかっていることは、ルーカスはなにもしていないということだけ。万が一の可能性でも、ルーカスが企業と連携していたら入金されているはずだが、ルーカスの宇宙バンクに目立った変動はない。事務的に保険や税金が引かれ、方舟の分割報酬が入金されているだけだった。
「有名税というやつだ。皆私にあやかりたくて仕方ない。それが宇宙の意思というやつだ」ルーカスは食事を残して立ち上がると「サインの練習と、写真をおねだりされたときのスマイルの研究をしなくては」と、浮足立って部屋を出ていった。
卓也は「デフォルト……」と困ったようにつぶやいた。
「わかっています」
デフォルトはどうにかしなければと決意の表情で頷いた。
「やっぱり悔しいよぉ……。たとえルーカスがなにかに巻き込まれているんだとしてもだ……。僕も女の子にチヤホヤされたい!」
「……大丈夫です。卓也さんならチヤホヤされますよ」
「本当に? 本当にそう思う?」
「はい。ですから、今はルーカス様の広告をどうするか考えましょう」
デフォルトに適当にあしらわれたのがわかったが、裸の王様を読んでいる最中にもルーカスの広告は表示されるので、卓也は文句を続けることはなかった。
「どうするたって。どうも出来ないよ。ルーカスが契約してるわけじゃないんだから」
「ですが、なにか原因はあるはずです。今のところは卓也さんの愛読雑誌である裸の王様にルーカス様の広告が表示されているのですが、他に表示されているサイトや電子雑誌やデータはありますか?」
「あるよ。ありまくる」と卓也は自分のタブレット端末から、次々データを開いていった。「全宇宙セックスシンボル大図鑑でしょ、染色体XXからトリプルXの時代へでしょ、三日でベッドへ誘う外国語の音声ファイル付き(僕特別の連絡先同封版)もだね。他にも、下品な言葉で歌おう世界の童話シリーズでしょ。雄トナカイとサンタ夫人のジョーク集。これは最高だったね。トナカイの鼻はなぜ赤いのか、それは――」
「卓也さん!」とデフォルトは慌てて止めた。「タイトルも内容もいらないです。発行元がどこかだけ教えてもらえれば」
「それなら先に言ってよ。全部『Dドライブ』だよ。活字に音声、映像コンテンツから宇宙通信販売まで、何でも手掛けてるんだから。いやーそれが人工知能だったんだから驚きだよね」
「Dドライブですか……。卓也さんを利用するならまだわかるんですが……。なぜルーカス様を」
Dドライブが発行している裸の王様という雑誌で、卓也は宇宙一セクシーな男に選ばれていた。利用規約もたいして読まないので、もしかしたら広告塔になる契約があったのかも知れないが、卓也を広告で見かけることはない。
ルーカスも裸の王様でランキングに乗ったことはあるが、すべてネガティブイメージランキングだ。広告にプラスになるようなことはないはずだ。それがなぜ広告塔に選ばれたか、そもそもなぜ勝手に利用されているのか謎は深まるばかりだった。
「作為的過ぎますね……。ラバドーラさんの話では、まだ途上のAIということですし、バグでも発生したのでしょうか」
「あんな凄い人工知能でもバグが発生するの?」
「自分もラバドーラさんから聞いているだけですが、そもそもAIの自我はバグによる情報過多の処理エラーから生まれるものらしいので、どんなAIでもバグは起こり得ることらしいです」
「それってサーバーに大量のデータを送りつけるサイバー攻撃みたいなもん?」
「どうなんでしょう……自分も得意分野ではないので。ただ……その送りつけたデータが元で、間違った学習をしてしまうことはあると思います」
「……それって、ルーカスがルーカスじゃなくなったりする?」
卓也のそういえばという思い出した顔に、デフォルトは嫌な予感を覚えた。
「意味はわかりませんが。なにか心当たりがあるんですね……」
「Dドライブでデータにアクセスして遊んでたんだよ。女の子とよく知り合えるようにさ、僕は自分のデータを使って女の子の相性を見たり、僕のデータを送りつけてたりしたんだけど。ルーカスは自分が、Dドライブに保存されてるプロフィールデータから何番目に優秀か気になっちゃって、プロフィールを書き換えたり、登録し直したり何度も何度も……」
「つまり……納得行くプロフィールになるまで何度も登録を繰り返したんですね」
「まぁ、そんなとこ。AIに学習させてやるって意気込んでね」
卓也はどうしたもんかと肩をすくめたが、デフォルトは少し考えてから顔を横に振った。
「地球人の入力速度くらいで、AIがバグを起こすとは思えませんが……」と言いながら、デフォルトはなんとかDドライブにいた時のことを思い出そうとした。
あの時はほとんどラバドーラと行動を共にしていたので、ルーカスと卓也とは離れていた。そして合流した時には、二人はいつもと変わらないバカをやっていた。
「そういえば……あの時なにをやっていたんですが? 変な顔をしていましたが」
「あぁ、あれね。ルーカスに別人になりきる方法を教えてたんだよ。上辺だけプロフィール変えても無駄だってね。とりあえずバカになってみたってわけ。デフォルトもバカなことやってると思っただろう」
「それはもちろん」
「なら成功。ルーカスはバカになったってわけ。そうやって、AIを混乱させてたんだけど……それってまずいことだよね……もしかして、あのせいでルーカスは僕よりモテてるわけ?」
「モテていると言いますか、有名になったのだと思います。おそらく何かしらの契約を結んだことになり、広告モデルが無作為に選ばれるはずが、登録情報が重複しているルーカス様ばかりが選ばれてしまったのかと」
「それってこれじゃないの?」
卓也は裸の王様の古い広告を見せた。そこには『新規購読者募集。今ならあなたも有名になれるチャンス。短期間スター体験広告キャンペーン中。希望者は写真の登録を』と書かれていた。
「……ちなみにルーカス様はいくつプロフィールを登録したんですか?」
「わかんないよ。僕が言えるのはひとつだけ。あの時のルーカスは人間の力を超えていたよ」
「……短期間と書いてありますし、余計なことをするよりも、時間過ぎるのを待ったほうが良さそうですね」
ルーカスは好意的に受け入れられているので、短期間ならそのイメージのまま乗り切れるだろうと、デフォルトは波風が立たないようにしようと思って、しばらく好きにさせることにした。




