第十話
「それで……これがルーカス汁を飲む必要がなくて、僕の脚を切断しなくてもいい。たった一つの解決法なわけ?」
卓也はラバドーラのツルツルで白い頭を見下ろして言った。
「自分で口走ったんだろ。竹馬だ竹馬だと」
ラバドーラが作ったのはレストにあるガラクタを集めて作った竹馬だ。足を乗せる部分から下は三十センチあり、その部分をズボンの裾で隠しただけの簡単なものだった。
「実にお似合いだぞ、卓也君。まるでクモだ」
卓也の不自然な足の長さに、ルーカスはバカにした含み笑いを浮かべた。
竹馬に乗ったことにより、ルーカスと同じ背の高さになったが、伸びた分はすべて足の長さに変わったので、ルーカスと並ぶとまるで別の星人のように風変わりに見えた。
「笑ってるけど、ルーカスの脚が短いせいもあるんだからね」
「負け惜しみを言うのなら、せめてそのお馬さんから降りたらどうかね」
「いえ、ルーカス様の足の長さは地球人の平均より短いですよ。股下が身長の四十五パーセントくらいが平均なのですが。ルーカス様は四十パーセント以下。かなり短い方に入るはずです」
デフォルトはタブレット端末を空間投影モードに切り替えると、卓也の愛読雑誌の裸の王様の過去の掲載記事をルーカスに見せた。
「いいかね? デフォルト君。君はタコランパ星人だ。地球人ではない。地球人ではないということは、地球の平均などわからないわけだ」
「それはそうですが……。足の長さは気にしなくていいと思いますよ。スペースワイドに物事を考えれば、足の長さや、鼻の高さ、顔の彫りの深さなど、地球人が気にしているようなことは。誰も気にしていませんよ」
「誰がいつ気にしてると言ったのかね……。私はルーカスだぞ。ミスター・パーフェクトだ。地球の広告ではすべてに私が載っているくらいだ。足が短いと悩んでるあなた――ルーカスから見たら誰でも短いから気にするだけ無駄。頭が良くなりたくて悩んでるあなた――ルーカスからしたら皆バカだから問題ない」
「それは……違法広告ですか?」
「皆が私になりたがっているということだ。地球にいた頃でそれだからな、今や私も宇宙規模の存在になっているはずだ」
偉そうに腕を組んでふんぞり返ろうとしたルーカスだったが、卓也に後頭部を蹴られたせいで、前のめりにしゃがみ込んだ。
ルーカスが涙目で振り返ると、卓也が器用に片足で立ってポーズを取っていた。
「どう? 僕はカンフーマンだ」
卓也は不慣れな竹馬だというのに、元から自分の足だったかのように動かしていた。竹馬は手で持つわけではなく、太ももに固定されているので、手も自由に動かせる。それどころかバク宙もお手の物だった。
「そんなへなちょこキックなど屁でもない――が、そんなに動けるのは絶対におかしい……」
「簡単なことだよ。僕の身長がルーカスと同じなら、これくらいの身体能力があったってこと」
卓也は奇声を上げると、適当に空中をパンチしてみたり、映画で見たアクションスターの動きを真似たり、普段は絶対にできない動きを楽しんでいた。
動きはへなちょこだが、卓也が転ばないのを見て、ラバドーラは自分の手腕に満足していた。
「自動重力制御が働いているからだ。重力を勝手に活用してくれているだけで、運動能力が上がったように見えるだけだ。卓也の身体能力になにも変わりはない。当然頭の中もな。だから重力制御装置の働きを知らずに、効果範囲外の動きをすると……頭から落ちる」
「……なるほど。了解……」
壁を使って宙返りしようとして頭から落ちた卓也は、逆さまに目に映ったラバドーラを見上げて頷いた。
「重力方向は体の向きではなく方角だ。壁や天井に張り付いたり、それを利用したアクションは不可能だ。だが、どんなに焦って走り回っても転ぶことはない。その場で宙返りをしてもな」
「竹馬など原始の子供のおもちゃだぞ。子供のおもちゃにそんな性能はいらん」
ルーカスはイライラしながら言った。卓也があまりに調子に乗っているからだ。デフォルトの頭に肘を置いてみたり、天井を触ってみたり、フィギアスケーターのようにその場で何回転もしてみたり、突如手に入れた高身長と、優れた運動神経ライフを存分に楽しんでいた。
「私が作ったものだぞ。粗悪なパーツで型の古いものしかなくても、それなりの性能がなければ恥になる」
「まるで自分が有能のような言い方をするではないか。それほどでもないのに」
ルーカスの嫌味に、ラバドーラはわざわざルーカスが嫌がる『アイ』の姿を投影して嫌味を返した。
「そうかもね。ルーカスの顔はどういじっても、私には直せそうにないわ」
「ほう……女は顔をいじるのが得だと思っていた。毎日のように化粧をし、まつ毛を増やし、眉毛を減らし、なんとか性能をごまかそうとチューンナップしているからな」
「そうね。ルーカスの顔は一度真っ白に塗ってから、絵を描いたほうが早そうだものね」
ラバドーラの返しのほうが上手だと、卓也は「イエーイ」とハイタッチをすると、どさくさに紛れてアイの姿のラバドーラに抱きついた。
ラバドーラは卓也を引き剥がすことなく、優越感に浸った瞳を投影してルーカスを煽った。
ルーカスは「話にならん」と頭を振ると「私は部屋に引きこもるぞ。アホと同じ空気を吸っていられるか。アホと同じ空気だと、天才は窒息してしてしまうのだ。言っておくが……謝罪と私への認識を改めない限り、部屋から出てこないからな。わかったな?」と、何度も「わかったな?」と念を押しながら不貞腐れて出ていった。
それから、ルーカスは宣言した通りに部屋から出てくることはなかった。デフォルトが部屋の前に差し入れた食事はしっかりなくなっているので、元気なことは確認できるのだが、次の惑星に着いても出てこないほど不貞腐れているのが心配だった。
「いいんですか? ルーカス様。本当に降りなくて」
デフォルトはドアの前で一緒に惑星へ行こうと誘うが、ルーカスの答えは頑なにノーだった。
「いいじゃん、放っておこうよ。ルーカスにはルーカスの考えがあるんだから。一人でゆっくり考える時間っていうのは、とても大事なことだよ」
「ですが……」
「わかった。本音を言う。背の高い僕の姿を女の子に見てほしくて待ちきれないから、今すぐ惑星に降りよう!!」
卓也はデフォルトの触手を一本掴むと、力任せに引っ張っていった。
ラバドーラも二人と一緒に外へ出ていったので、レストにはルーカスが一人。静けさだけが耳元で音を立てていた。
三十分ほどふて寝をしていたルーカスだが、お腹がすいたので、デフォルトが用意した食事を食べようと思いドアを開けた。しかし、そこには用意されているはずの食事はなかった。
置き忘れたでもなく、作り忘れたわけではない。お腹が空けば部屋から出て自分達の元へ文句を言いにやってくるだろうと、わざとデフォルトは食事を用意しなかったのだ。
ルーカスもその思惑に気付いたので、思い通りには行かせないと意地になり、自分で料理を作ることにしたのだが、今までずっとデフォルトに食事の世話を任せきりにしていたので、ティーバッグを保管してある場所さえわからなかった。
頭に血が上り一言文句を言ってやろうと思ったルーカスは、今まで考えていたことなどすっかり忘れてレストを出て惑星に降りた。
特に変哲もない発展途上の惑星は、奇抜な建物と昔ながらの文化的な建物が入り混じっていた。地球よりは発展しているように思えるが、まだまだ宇宙から見れば宇宙科学技術に乏しい惑星の一つだ。
降りてすぐには卓也達が見付からなかったので、ルーカスは自分の勘を信じて適当な道を歩き出した。
この惑星の星人は右手二本の左手一本で直立二足歩行。歩き方は地球人に似ているが、顔は似ても似つかない。蝶や蜂と言った顔に近かった。
そして、その全員がルーカスが歩く姿をチラチラ見て、コソコソなにか話し合っている。
ルーカスは若干の居心地の悪さを感じながらも、まずはデフォルトに文句を言わなければと、周りを威嚇するように闊歩して歩いた。
そしてデフォルトの姿を見つけた途端に、「ここにいたか、タコランパめ!!」と大きな声で近付いた。
こうなることはわかっていたデフォルトは「良かった。やっぱり降りてきたんですね」と、ルーカスのつまらない意地張りがひとまずなくなったとほっとした。
「なにがやっぱりだ! 私を理解したような口ぶりはやめたまえ。私の感情は複雑で誰にも理解できんのだ」
「どう見ても怒ってるように思えますが……」
「これは怒っているのではない……憤怒しているのだ。食事を用意せずに、私を試すようなことをだな――」
「ちょっと、やめなよ。怖がってるじゃん」
卓也は口説いてる女性を守るようにして前へ一歩出た。
「背が伸びたら急に強気かね? 即席ラーメンのように三分で出来上がった足のくせに」
「ちょっちょっと……」と卓也は関節の位置が明らかに不自然な格好でしゃがむと「そういうのは内緒にしてもらわないと。女の子の前でこいつカツラなんだ。なんて普通言わないでしょ」と耳打ちした。
「私が知るか。いいかね。そこの蛹が孵ったばかり蝶のような女。この男の足はだな――」
脚の長さの種明かしをしようとしたルーカスに、卓也は慌てて大声で遮った。
「ちょっと! ルーカスってば!」
女性は「やっぱり!」と手を叩いた。「あなたルーカスでしょ」
そしてその女性の声が響くのと同時に、周りの星人もどんどん集まってきた。
「ほら、オレが言ったとおりだろ」
「私が最初に言ったのよ。見間違うはずないわ」
口々に彼はルーカスだと嬉しそうな顔をして、ルーカスを取り囲んだ。
「なんだね。この有象無象共は……。美しい花にたかりたくなる気持ちはわかるが、君達がお似合いなのはゴミステーションの周りだ」
あからさまに不機嫌な顔で、暴言を言ってのけるルーカスだが、周りはその言葉を聞いて大いに盛り上がった。
「そっくりそのままだ!!」
「感激しちゃうわ!」
歓喜の声を上げる周りに、ルーカスでもこれはおかしいと首を傾げた。当然卓也もデフォルトも同じだ。ラバドーラは考えることさえ嫌だと、情報を入れないように空を見ていた。
「ちょっとちょっと! まだ僕の口説く時間は終わってないんだけど。文化的交流は? まぁ、別の交流でもいいんだけど」
卓也はお目当てだった女性までも、ルーカスに黄色い声を浴びせるので困惑していた。
「ごめんなさいね。文化的交流なら彼としたほうが私のためになるのよ。活動家で、スターなんですもの」
「ごめん……まったく理解が追いついてないんだけど」
「あなた知らないの?」
女性は腕に巻いた特殊な通信機器を手首まで下ろすと、ある一つの動画を投影させた。
そこではルーカスが映っており、先程と同じセリフで『なんだね。この有象無象共は……。美しい花にたかりたくなる気持ちはわかるが、君達がお似合いなのはゴミステーションの周りだ』という自然保護の広告が流れていた。
「余計に理解が追いつかなくなったんだけど……なにこれ……皆で僕をおかしくしようとしてる? ならもう十分だからやめてくれない」
卓也はデフォルトとラバドーラを見たが、二人も理解している様子はなかった。
「これは……今流れている広告ですか?」
デフォルトが聞くと、女性はあこがれの人を自慢するような顔で次々と広告動画を見せた。
「そうよ、他にも発展途上惑星差別を許さないとか、宇宙文化財の発展とか、虫に優しい殺虫剤の広告なんてのにも出てるわ。彼ってマルチなのね」
「それって……マルチなマヌケってこと」
「あぁ! そんな広告も合ったわね。マヌケも極めればマルチな才能の一つってやつでしょ。彼って絶対に差別しないのよね」
「デフォルト……僕もうダメ。初めてお酒を飲んだときよりおかしくなってる。あのときは目が回って女の子が増えてラッキーだったけど、今回はアンラッキーでしかないよ。恋人をルーカスに寝取られるなんて……」
「大丈夫ですよ。まだ恋人ではないですし、寝てもいないんですから」
「確かに……まだ傷は浅い。だからと言って、この状況は受け入れられないよ!!」
卓也がどうにかしてと触手を掴んで振り回すので、デフォルトは女性に詳しく話を聞くことにした。
「この広告はいつ頃から流れているかわかりますか?」
「十日前くらいからね。最初は皆いい顔をしなかったのよ。同じ人ばかり出てくるから。でも、これだけ一気に広告に登場するってことは、宇宙の大スターだって誰かが言ってからは、皆もう彼に夢中なの」
「夢中じゃなくて、悪夢だよ……。そうだ!」卓也はいい考えが浮かんだとぱっと目を見開いたが、すぐに「――やっぱ思いついてない」と目を閉じた。
すると、瞼が合わさる瞬間にラバドーラの平手が飛んできた。
「夢じゃなかっただろ?」
「これも含めて夢あってほしかったよ……」
卓也はジンジンと痛む頬を押さえたまま、がっくりと肩を落とした。




