第九話
食事の時間。いつもなら、まだデフォルトが料理している最中に、ルーカスが嫌味の一つでも言うのだが、今日に限ってはなかった。それというのも、テーブルに付いているのは卓也だけ、料理の匂いは十分に船内に漂っているというのに、ルーカスがやってくる気配がない。
食事をとることが出来ないラバドーラがいないのは、珍しくもなんともないことなのだが、ルーカスが来ないのはおかしいとデフォルトはソワソワしていた。
あまりに目の前でうねうねと触手が動くものだから、卓也は「落ち着きなよ」となだめた。
「ですが、ルーカス様が食事をとらないというのはおかしいです……。朝に、カリカリベーコン三枚と、バターたっぷりのふわふわスプランブルエッグと、マーマーレードジャムたっぷりのトーストを食べたきりですよ。……やはり、体に悪い朝食をとりすぎたせいで、具合が悪くなったのでは……脂質異常に、糖尿病に……病気になる可能性は大いにあります……」
「デフォルト……ルーカスだよ。頭の中以上にどこかが異常になるなんてありえないって。考えられるとしたら、缶詰とパックのベーコンに飽きたんじゃないの? 僕だってたまには新鮮な野菜を食べたいよ」
「レストはフードテクノロジーが発達してないので、あんまり生ものを保存できないんですよ。方舟ほど大きければ、野菜や家畜を育てられたり出来るんですが……。缶詰もリサイクルは出来ずに、エンジンの燃料になるくらいですし。それも、有毒ガスが出てしまい、分解して除去しなければならないので、エネルギー効率は悪いです」
「デフォルトのところは何食べてたのさ。全部宇宙船のなかで賄ってたんだろう?」
卓也はスープを一口すすると、口から出したスプーンでデフォルトを指した。
「生まれの惑星がないだけで、定期的に寄る惑星はいくつかあったので、そこで仕入れていました。ですが、何光年も移動していると、惑星の生態系が変わってしまうので、その都度少しずつ宇宙船の航路を変更していました」
「じゃあ、今の僕達も同じようにすれば、新鮮な食事が出来るんじゃないの?」
「未知の惑星に降りるのは、緊急事態以外は避けたほうがよいかと。話の通じる知的生命体がいる惑星が一番無難です。ただ……取引をする元手がないので不安もあります。レストに宇宙資源の一つでもあればいいんですが……」
宇宙では当然地球のお金は使えない。惑星間友好条約を結んでいる惑星間ならば、共有通貨単位が作られているが、それ以外の惑星と取引をする場合は、主に宇宙資源や宇宙科学技術が必要となる。
だが、なんでもいいわけではなく、どちらともその惑星に住む知的生命体が必要だと感じるものでなければならない。広大な宇宙、銀河が一つ違えば価値観の違うのは当たり前なので、基本的に交渉は難航する。
一番取引に使われるのはエネルギーだ。エネルギー効率化の技術や増幅装置。エネルギー資源そのものなどだが、レストにはなにもない。
燃焼すればなんでもいいという、とても原始的な熱機関で動いているので、特殊なエネルギーは必要ないからだ。
「あったらとっくに燃やしてレストの燃料にしてるよ。雑食なくせに燃費が悪いのは人間と一緒だね」
卓也はお代わりと皿をデフォルトに渡した。
「スープが冷めたので温め直しますね。少し待っていてください」とデフォルトがスイッチを入れた途端に、レストの電源は落ちてしまった。
真っ暗な中、非常用電源装置が起動し、低い駆動音を響かせている。
「なに? 停電?」卓也がタブレット端末の電源を入れて明かりを確保すると、電気は回復して明かりが戻った。
「なんでしょうか……」
デフォルトは不安に周囲を見回すと、また部屋の電気が消えたので、タブレット端末の明かりを頼りに近くのパネルを開けた。
「故障?」と卓也がデフォルトの手元を覗き込んだ。
「異常を感知する赤ランプは点灯していないので、故障ではないはずですが……」
デフォルトは正常に稼働している証拠の緑ランプを触手で指した。ここに問題が出ないということは、どこかで大量の電気を食う場所があるということだ。
レストには家庭にあるブレーカーのように、過大な電流が流れた場合には、機械を守るために電力を遮断する機能があるので、卓也とデフォルトは制御室へと様子を見に向かった。
制御室に行くまでにも停電と点灯が二回繰り返され、近付くにつれて、見なくても原因がわかってきた。
「クソ! またか!」と、ラバドーラが苛立たしく声を上げているのが聞こえてきたからだ。
「あの……なにをやっているんですか?」
デフォルトが声をかけると、ラバドーラは「ちょうどよかった」と部屋に呼び込むと、「これをどうにかしろ」と変圧器を指した。
「どうにかしろと言われましても……どうしたいのですか?」
「電気工具を十分に使えるように分電しろ。これではまともに切断もできん」
ラバドーラはガタガタの切り口がつけられた缶詰を二人に見せた。
「なんで、工作なんてしてるのさ」
卓也は散らばる空き缶や遊び道具を見ながら言った。
「卓也が言ったんだ。背を高くしろとな」
「わお……聞いた? デフォルト。ラバドーラは竹馬を作るみたいだ。アンドロイドが聞いて呆れるね……」
ラバドーラの背を高くする方法は、空き缶を使ったシークレットブーツだと思った卓也は、芝居のような大げさな仕草でがっかりしてみせた。
「私の体も、私が作ったものだぞ。元の時代遅れのおんぼろボディは、早々に宇宙のゴミクズにしてやった」
ラバドーラは自分の脚を取り外すと、子供が宝物を自慢でもするように誇らしげに、どこがどう凄いのか説明を始めたが、卓也には何を言っているのか一つも理解できなかった。
「ラバドーラの脚が、凄いのか凄くないかはわからないけどさ。もうちょっと画期的な方法なかったわけ? シークレットシューズとかハイヒールとかはさ、履いてるから脚が長く見えるわけ。脱ぐことも考えてもらわないと……なんていったって、僕は宇宙一セクシーな男なんだぞ」
「画期的だろ。これをつければ、二十センチは背が高くなるはずだからな」
「……僕をビックフットにするつもり? シークレットシューズだけで二十センチも背が伸びたら、不自然極まりないよ」
「さっきから何を言ってるんだ……。私は靴を作るなどとは一言も言ってないぞ」ラバドーラは足を取り付けながら「これを作ると言っているんだ」と言った。
「余計不自然だよ。そんなの足の裏につけたら、結局竹馬じゃん……」
「だから、電気の供給をどうにかしろと言っているんだ。じゃないと、切る時にも痛むぞ。スパッと一瞬で切られたいだろ」
ラバドーラの言葉の意味をしばらく考えた卓也は、徐々に意味を理解して顔が青ざめた。
「もしかして……僕の義足を作るつもり?」
「そうだ。材料があれば一メートルでも伸ばしてやる。心配するな。元の脚のように自由に動かせるはずだ。まぁ、生物で試したことはないがな」
ラバドーラはルーカスにはこんなことが出来ないだろうと勝ち気に言うが、その様子は卓也にとって恐怖でしかなかった。
「デフォルト!! 絶対変圧器をいじっちゃダメ! 僕の脚がなくなっちゃうよ!! 可動式改造フィギュアにされちゃう!」
卓也はデフォルトの触手を掴んで、助けてくれと必死に哀願した。
「落ち着いてください。レストは微妙なバランスで成り立っているので、これ以上の分電は出来ません」
デフォルトが卓也を落ち着かせようと触手で背中を優しく叩くが、ラバドーラはどうかなと口だけを投影して、意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「安心しろ。切り口がガタガタでも繋ぐことは可能だ。痛みと血の量が違うだけだ」
ラバドーラがレーザーカッターを起動させると、レストはまた停電した。
ここにいてはなにかされかねないと、大慌てで卓也は制御室から逃げ出した。
その様子見て、ラバドーラは変圧器を正常に戻した。そして、興味なさそうにレーザーカッターを乱暴に投げ捨てた。
「ラバドーラさん……。わざとですね。分電装置をいじれないのは、最初からラバドーラさんも知っているはずです」
デフォルトはラバドーラが投げ捨てたレーザーカッターを、正しい保管場所に戻しながら言った。
「あまりにわがままを言うから、脅してやっただけだ。これで、おとなしくなるならいい薬だろ。私を利用してやろうだなんて、浅はかな考えもしなくなるはずだ。それに、二度と私をルーカス以下だと言うこともなくなる」
「最後の一番大きな理由な気がしますが……。ところで、そのルーカス様はどこで何をしているか知っていますか? 食事に来ないので心配してたのですが」
「私があんな奴のことを知るか。レベルが違うんだ。アホの考えてることなんてわからない。知りたければ同じレベルの奴に聞くんだな」
「同じレベルのアホと言うと――」
デフォルトは迷うことなく卓也を思い浮かべた。少人数からの消去法ではなく、この場に様々な人物を百人集めても卓也を思い浮かべただろう。
卓也は走って逃げている途中、ずぶ濡れのルーカスとぶつかって尻餅をついていた。
「ルーカス! ちょうどよかった!!」
「ちょうどよかったのはこっちだ。何度も停電させおって……おかげで風呂の温度が下がりっぱなしだ」
「お湯を沸かすの手伝うから、匿って!! お願いぃ!!」
卓也はルーカスのタオルを掴むと、離れてなるものかと必死に引っ張った。
「情けない男だ……しょうがない……匿ってやるから、包丁とまな板をもってこい」
「うそ……まさかルーカスも僕の脚を切るつもり!?」
ルーカスは「ははーん……」と顎に手を当てた。卓也がどうして逃げてきたのか、ラバドーラがどうやって背を高くしようとしていたのかがわかったからだ。「いかにもポンコツロボットが考えそうなことだ。安心したまえ。私がそんな愚かなことは考えていない」
「本当に?」
「当然だ。私は人間の手足を切断すれば、二度と生えてこないことを知っているからな」
「よかったよ……」と卓也はほっと息をついた。「ルーカスを信じて、本当によかった……」
「そうだろうな。私は風呂で、待っているぞ。早く用意をしたまえ」
そう言われ卓也はラバドーラに見付かる前に、包丁とまな板を取りに行った。安堵感から、なぜ包丁とまな板なのか疑問に思うことはなかった。
疑問に思ったのは、湯を沸かし直し、ルーカスが上機嫌に湯に浸かり、浴槽の傍らに塩の袋があるのを見た時だ。
「なんで塩がこんなところにあるのさ」
「風呂に入れるために決まっているだろう。知らないのかね。お湯に塩を入れると、たっぷりと汗が出る」
「それは知ってるけど……。この野菜はなにさ」
卓也は切るようにと命令された乾燥生姜の輪切りを一枚つまみ上げながら聞いた。
「無知な男だ……。生姜には体を温める効果があるのを知らんのかね」
ルーカスは浴槽でダラダラと汗を流しながら、質問ばかりの卓也に呆れていた。
「知ってるよ。なら、このニンニクはなにさ」
「抗菌作用だ。バカ者め」
「じゃあ人参は?」
「物知りの祖母が言っていたのだ。人参を風呂に入れると、なんとかという成分で肌がすべすべになるとな。それと彩りだ」
「待った、彩り? この胡椒は……」
「胡椒を入れると味に深みが出るだろう」
「まったく意味がわからないんだけど……」
卓也はルーカスの不可解な入浴法に首を傾げた。
「卓也君……人間の体のほとんどは水分で出来ているのは知っているかね?」
「まさかダイエットに、体の水分を出し切るとか言わないよね」
「アホかね。祖母が言っていたのを思い出したのだ。体の中の不調な部分を治すには、調子の悪い場所と同じものを食べるのがいい。精力が弱れば動物の睾丸を、肝臓が悪ければレバーを」
目を閉じて得意げに語りだすルーカスの言葉を、卓也は手のひらを向けて遮った。
「待って……嫌な予感がする……」
「卓也君、何を待つ必要がある。君が望んだことだぞ。背が低いならば、背の高い私を食べればいいということだ。爪の垢を煎じて飲ませることも考えたが、もっと良い方法を思いついたのだ。それがこれだ。私のエキスが十分に滲み出た液体を飲めば、効果てきめん、効き目は十分。すくすく背が伸びることこの上なし。ここらでダメ押しといこうではないか。卓也君、温度を上げたまえ……卓也君?」
返事がないのでルーカスは目を開けたが、卓也の姿はそこになかった。
卓也が向かった先はラバドーラがいる制御室だ。足がもつれまで必死に走ると、倒れ込むようにラバドーラに泣きついた。
それを見たラバドーラは「ほら、見ろ。効果は抜群だ」と、卓也が改心したように思っていた。
「お願い! 僕の脚を今すぐ切断して! じゃないとルーカスに毒殺される!!」
あまりの勢いに、ラバドーラの方が「なぜそうなる……」と困惑してしまった。
「いいから早く! じゃないとルーカスがお風呂から上がっちゃうよ。この脚ちょうだい!!」
卓也はラバドーラを押し倒すと、乱暴に脚をいじり始めた。
「こら! やめろ! フレームが曲がったら調整しないといけないだろう!!」
その様子を見ながらデフォルトは「我々は……お二人に振り回される運命なんですよ……」とつぶやいた。




