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惑星迷子  作者: ふん
Season4
82/223

第七話

 地球から『方舟』が飛び立って、まだ丸一年には程遠く、半年にも手が届いていない、五ヶ月目のある日。卓也にとって特別な日だった。

 というのも、ようやく今日。懲罰房から出られるのだ。

 船内の規律を乱したと、懲罰房に詰め込まれたのが約一ヶ月前。懲罰房といっても地球のものとは違う。強制的に一種の冷凍状態にされるのだ。冬眠状態に近く、動くことは出来ないが考えることは出来る。一ヶ月の間、ひたすらに反省だけさせるためのものだ。

 最初は数日、次は数週間、一ヶ月とだんだん長くなっていき。最終的には方舟が地球に帰るまで冷凍状態にされてしまう。卓也は数週間なので二回目ということだ。

 懲罰期間の間は透明なケースに入れられ、まるで展示物のように通路から見えるようになっているので、普通は見世物にはされたくないと抑止力が働くのだが、卓也の場合は違った。

「出ろ」と声が聞こえるのと、まぶたに光を感じるのは同時だった。

 卓也は目を開けてクリアケースから出ると、思いっきり体を伸ばしてあくびをした。

「まるで南の島に来た気分。クーラーの効いた飛行機から、灼熱の太陽。これでウエルカムレイと、両頬にキスがあれば言うことなし」

「なんならしようか?」と担当の男は呆れた。

 女性関係で懲罰房に入れられたというのに、卓也にはまるで懲りた様子がない。

 実は規律を乱した者がいると匿名で報告したのは、他ならぬ卓也本人だった。同じエリア、それも隣部屋同士の女性を知らずに口説いており、ベッドで大人の関係を深めていたところ、もうひとりが飛び込んできたのだ。騒ぎにはならず、その場でどちらか一人を選べという話になったのだが、卓也に選べるはずもなく、ややこしい事態に発展する前に懲罰房へと逃げ込んだのだった。

 卓也が冬眠状態で反省したことは、女性を口説く時は居住区を調べてからということだ。

「それは困るよ。これから裸になるっていうのに……誰かに見られたら誤解が誤解じゃなくなっちゃう」

 卓也は冬眠用の生命維持のスーツを脱ぎながら言った。

「ならさっさと終わらせよう。今日はもうひとり解凍の予定が入ってるんだ。冬眠前の預けた貴重品を返すぞ。下着が一枚に」と男物のパンツを出すと。「下着もう一枚……」と女物のパンツを出すと眉間にしわを寄せた。「はく用と……かぶる用か?」

「慌ててたから、間違って握りしめたんだよ。よかったらあげる」

「遠慮なく。ちょうど吸う用にほしかったんだ」

 男は下着をポケットに入れると、もう行っていいとドアのロックを外した。

「ちょっと、ちょっと……なんか忘れてない? 大事なもの」

 卓也は返された下着をはくと、パンツ一枚の姿で腰に手を当てた。

 男は「そうだった」と手を打つと「フォンナンバーと熱いメッセージだ。眠れる王子を見たのは初めてだとさ。オレも初めての経験だ……。冬眠懲罰中の奴との橋渡しを役を任されたのは」と、卓也の端末に女性のデータを数件送信した。

「僕も初めてだよ。パンツ一枚の姿で、男とこんな長く話してるなんて。僕の服は?」

「何言ってるんだ。ここに来た時はパンツ一枚だっただろ」

「そうだった……着替える間もなく連れてこられたんだ。緊急通報システムなんて軽々使うもんじゃないね。通報して、パンツをはいたらすぐだもん。警備ロボの到着」

 パンツ一枚の姿で外に出ては評判が下がると、卓也は腕を組んで考えだしたので、長居されては仕事が滞ると男は着替えを渡した。

「なら、これを着てけよ。パンツのお礼だ」

「ありがたいけど……これ大きすぎない?」

 卓也は着なくてもわかるほど、自分より二回りくらいは大きいシャツを広げた。

「もうひとり冬眠中の奴のだからな。バカだから、服がなくなっても気付かない。安心して着ていっていいぞ。懲罰房行きの理由が、レーザー銃の使用許可が許される免許の為の実技試験で、見事に試験監のカツラだけを撃ち抜いたって話だ」

「それって優秀なんじゃないの?」

「試験管は彼の真後ろに立ってたんだぞ」

「腕も良くないし、服のセンスもよくないけど……まぁ、部屋に帰るまでだ」

 卓也はシャツの大きさのわりに、たいして長くないズボンの裾を折り曲げると部屋を出ていった。



 卓也が思い出を語る途中で、ルーカスが口を挟んだ。

「ちょっと待ちたまえ……私の服を盗んでいったのは君か? ……私はパンツ一枚の姿で、指を差されながら歩いて帰ったのだぞ。あれは実に惨めな思い出だ……」

「わお……解凍予定のもうひとりって、ルーカスのことだったんだ。良かったよ、僕の惨めな思い出になるところだった」

「だいたい話が間違っている。私が懲罰房に入った理由は、試験監の頭を撃ち抜いた結果。ダミーのエネルギー弾でアレルギー反応が起こり、毛が抜け落ちてカツラ生活を余儀なくされたというだけだ」

「余計酷いじゃん……よく、永久冬眠にならなかったね。まぁ、とにかく――僕が目覚めた時には、方舟はもうクリスマスムードだったわけ」



 方舟の通路の窓では、宇宙空間に雪がチラついていた。当然本物ではなく、ガラスモニターに合成された映像だ。その証拠に、時折トナカイにソリを引かれたサンタクロースが映る。

 卓也は端末を起動して、今日の情報を見た。

 最高気温三度、最低気気温マイナス二度。曇り、一部通路では時々雪。公園では夜の九時から猛吹雪のイベント。

 方舟の中では基本的に毎日気候が変動する。地球と同じように春夏秋冬を過ごすことでストレスを減らそうということだ。逆に、暑い日や蒸した日をつくり適度にストレス与えたりもする。そうして、ふとした時に日々の変化を楽しむのだが、卓也はそんなものには興味はなく、早々に自分の部屋に戻って適温の中で過ごすことにした。

 部屋につくと、明日からの仕事の連絡が入っていた。配置換えがあり、卓也は男性用更衣室の掃除へと回された。

 卓也は憂鬱だと思いながらも、冬眠中にフォンナンバーを渡してくれた女の子の情報を眺めだした。

 布団の柔らかさと、暖房の心地よさに、卓也のまぶたはうとうとと落ちていった。そのまま抗うこともせずに夢の中に落ちようと思った瞬間。卓也の頭の中に一筋の光が映った。その光は徐々に増えていきイルミネーションを作ると、巨大なもみの木を想像させた。その周りには仲睦まじい男女の姿があった。

 卓也は慌てて飛び起きると、すぐさまカレンダーを確認した。今日は十二月の二十三日。明日はイブだ。方舟には家族で乗船している者もいるが、それは全体に三割程度だ。残りは独り身だが、地球に恋人を残してきた者もいる。逆に方舟で恋人を作った者もいる。

 考えれば考えるほど、クリスマスに残っている人間は減っていた。

 卓也が冷凍中にフォンナンバーを貰ったのも、卓也が気に入ったというのが大きな理由ではなく、相手が決まらなかった時のキープのために渡されていただけだ。

 案の定、貰った番号にコールをしてみても、出ないか既に相手が決まっていたかのどちらかだった。

 卓也はようやく事態が緊迫していることに気付いた。事は急を要する。なぜなら、軽い調子で誘えるよな女性は、既に相手を決めていることは確実だからだ。

 このままでは、部屋で寂しく一人で過ごすが、一縷の望みを持ってバーに入り浸る負け犬に成り下がるかのどちらかだ。

 卓也は悠長に考えてる時間がもったいないと、慌てて部屋を出て行動することにした。

 まず向かべき場所は、人の流れが多い複合施設だ。時刻は夕方の五時。今日はスポーツの試合がない日なので、食事や息抜きに人が集まるはずなので、同じくクリスマスを目前に焦っている女性を見つけやすいはずだ。

 そう卓也が思った通り、表向きは普段と変わらないが、よく見ると挙動がおかしい人間がちらほらいたが、悲しいことにそれは全部男だった。

 一人でダメなら二人で、二人でダメなら三人で、三人がダメならグループでと、他の男も戦略を変えていたが、卓也は見下すような視線を送るのと同時に、心に安堵感を抱いていた。男が群れるということは、ある種のあきらめモードに入っているということだ。相手が見つからなくても、男同士で羽目を外せばいいと考え出しているに違いない。

 卓也にとってはチャンスだ。だが、いくらチャンスが巡ってきても、打席に立たなければバットを振ることさえ出来ない。

 試合に出してくれそうな女性を探すが、この施設にいる女性は余裕の顔で友達と過ごしている。クリスマスの心配など微塵もしていない。

 卓也は店に入り、コーヒーを一杯頼んで聞き耳を立てる。また別の店でも、コーヒーを一杯頼んで聞き耳を立てる。何度繰り返しても、聞こえてくる会話の内容はクリスマスをどう相手と過ごすかだった。すべての店を回り終える頃には、卓也のお腹はコーヒーでたぷんたぷんになってしまっていた。

 だが、卓也はお腹を手で押さえながらも、小走りにある場所へと向かった。

 その場所は公園だった。今日の夜九時から猛吹雪を体感するイベントがあることを覚えていたからだ。

 早めに公園へ着いた卓也は、疲れているのか疲れていないかわからないという冬眠解除されたばかりの状態で、大量のコーヒーを飲んだことで、カフェインの利尿作用による軽い脱水症状による眠気に襲われベンチで眠ってしまっていた。

 目を覚ました時に卓也は慌てたが、時計を見ると二十分も寝ていなかった。まだイベントは始まっておらず、人も集まっていなかった。

 卓也はほっと息を吐くと、その白い息の向こうに女性の姿が見えた。それもすぐ近く、ベンチの端に座って本を読んでいた。

 視線に気付いた女性は「よかった、目が覚めたのね。やっと見付けたのに、のんきに寝てるんだもの」と、本から目を離して卓也の顔を見た。

「本当!? 僕も君を探してた」

 卓也は餌をねだる猫のような格好で、四つん這いでベンチの上を移動すると、女性の顔をまじまじと眺めた。

 メガネにかからない短い前髪は、重くおでこにのしかかっていた。化粧をしていない頬は寒さで真っ赤に染まっている。色の薄い唇が食いしばるような一本線を作ると、野暮ったい眉毛が眉間にしわを寄せた。

 そして、次の瞬間卓也の目に映ったのは自分のIDカードだった。

「お店に忘れ物。シフト終わりだから追いかけたのに、あなた歩くの早いんだもの。昔、弟をデパートに連れって言った時を思い出したわ。これって決めたら、もう視線を離さずに一直線」

「わお、僕その弟さんと多分同じなんだよ。目が離せないもん」

「その時の弟は六歳なんだけど」

「六歳も成長すれば、立派な男さ」

 卓也がずいっと顔を近づけると、女性は嫌悪に顔を歪めた。

「私の勘違いじゃなければ、口説かれてるように思えるんだけど」

「僕の勘違いじゃなければ、たしかに今口説いてる」

「それなら、他の女の子に声をかけて。私クリスマスは家族と過ごすタイプなの」

「うそぉ……家族連れで方舟に乗ってるの? ……クリスマスにあぶれそうなお姉さんとかいない?」

「いないわ。一人っ子よ。私なんかに断られるなんて酷だから、やんわり断ったつもりだけど……通じなかった?」

「今通じた。……僕の勘違いじゃなければ、これって口説かれてる?」

「それはあなたの勘違いよ」

 女性はIDカードを渡したらすぐに立ち去るつもりだったが、あまりに卓也が見当外れの返しをしてくるせいで会話が続いてしまっていた。

「私は猛吹雪のイベントを楽しみに来てるだけ。好きなのよ、惑星の自然現象。だから方舟に乗ったの。いろいろな体験が出来るから」

「僕も好きなんだ。その自然現象ってやつ」

 卓也は大げさに手を叩いて言った。

「……そうは見えないけど」

「本当だよ。雨が降れば服は透けるし、風が吹けばスカートが捲れる。暑ければみんな薄着になるだろう」

「単純なのね」

「そう、僕って単純なんだ。だから、思ったことも隠さず言っちゃう。君ともっと色んな話をしたい。それと大事なことを言い忘れてた」

「大事なこと?」

「吹雪だと身を寄せ合える」

 気付けば猛吹雪のイベントが始まるというアナウンスが流れ、周囲には結構な数の人が集まっていた。

「これはそう単純な話じゃないわよ」

 女性は卓也がなにも用意していないを知ると、予備のゴーグルを渡した。

「なにこれ……」

 とりあえず装着してみた卓也だが、まったく意味を理解していなかった。

「吹雪じゃなくて、猛吹雪。それをしないと、危険なのよ」

 女性が言い終えるのと同時に、公園内は一瞬でホワイトアウト状態になり、吹きすさぶ雪の礫が卓也の体を襲った。

 あまりの強風に卓也は彼女にしがみつくことしか出来なかった。

 時間にしてはたったの五分の出来事。卓也の瞳に再び公園の風景が目に入ると、安堵から座り込んだ。

「今のは宇宙暦三十五年に地球で起こった記録的なブリザードね……。って、あなた……ゴーグルの防護機能使わなかったの?」

 雪まみれの卓也を見て、女性は驚愕していた。

「チャンスだと思って君に抱きついたら、身動き取れなくなっちゃった」

 凍った鼻水を砕く卓也を見て、女性は笑いを響かせた。女性からよく聞くような、作り笑いが含まれた可愛い笑い声ではなく、豪快な笑い声だ。

「あなた正直なのね。それならクリスマスの相手もすぐに見付かるわよ」

 そう言うと、女性は去っていった。






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