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惑星迷子  作者: ふん
Season4
81/223

第六話

 ドヴァからまた宇宙へと飛び立ったレストの中で、卓也はタブレット端末に入った情報を食い入るように見ていた。

 いつもならば、女性と何もなく離れるものなら、文句の一つや二つではおさまらずに、しつこく何日もその事について文句を言い続けているところだが、ドヴァに滞在している間に、正常化したDドライブから新しい記事が通信されていたので、また新たな異星人の女性の画像を見て、無意識に鼻歌を歌うほど上機嫌になっていた。

「ねぇねぇデフォルト。この人なんてどう思う? 異星人交流求むだってさ。求められたら答えないと」

「あの……卓也さんが見ているページは、文化的交流を求める広告ですよ。考えを銀河的規模に広げるために、お互いの惑星の情報を話し合って交流をしましょうというものです」

「知ってるよ。でも、出会いは出会いだ。お葬式と一緒。死んだのが男なら、最低でも一人はフリーな女性がいるってことだからね。出会いはどこにでも転がってる、見栄えを気にしたショーウインドウに飾ってあるのだけが出会いじゃないんだぞ」

「それでも、口説かれると思って掲載はしていないと思うのですが……」

 デフォルトが迷惑になる行為は避けたほうが良いと苦言を呈するが、卓也は「それはどうかな」と考えが浅はかだとでも言うように笑ってみせた。

「どんなものでも交流求める人は出会いを求めるものだよ。同じ趣味がきっかけで、知り合ったなんてよく聞く話じゃん。根気強く自分を騙し、思ってもいないことを口にして、くだらない趣味に付き合えば、それはもう素晴らしい出会いに繋がるってものさ」

「ちなみにその女性の趣味とはなんなんですか?」

「ボランティアだってさ。一緒にボランティアをやってごらんよ、きっと彼女は僕に何かが芽生えるよ」

「嫌悪感とかですか?」

「もう……デフォルト……。僕気分を盛り下げるなら、部屋から出ていってよ」

「是非そうさせていただきたいのですが……。手を離して貰えませんか?」

 卓也はベッドにうつ伏せになってタブレット端末を見ているのだが、デフォルトの触手を一本かっしりと握って、決して離そうとはしなかった。

「だって、手を離したら部屋から出ていくだろう?」

「自分にも他にやることがありますので、離していただけると。それに出て行けと言われているので」

「なら前言は撤回する。だからデフォルトの申し出も当然却下。ほら、この子なんてどう? デフォルとの目から見てさ。かわいい? セクシー? ゴージャス? むんむんまっ?」

 卓也はデフォルトの触手を離すことなく、次はどの惑星に寄るのかを女性を見ながら考えようと、ベッドの隣に座らせて一緒にタブレット端末の画面を眺めさせた。

 こうなることがわかっていたルーカスは、卓也に近付くことはせずにパイロット気分で操縦席に座っていた。

 特殊ガラス製のモニターは、宇宙そのままの景色を写しているわけではなく、望遠により拡大された景色が映し出されているので、真っ暗な宇宙空間ではなく実に様々な惑星が映し出されている。

 遠くの情報をいち早くキャッチするためだ。不測の事態を回避し安全に旅をするかは、どれだけ先の宇宙を捉えられるかによる。映し出された惑星は、電波や赤外線などの電磁波によってある程度のことは調べることが出来る。レストがいくら古いといっても、最低限の機能は備わっていた。

 だが、そんなものでもルーカスにとっては宝の持ち腐れだった。

 ルーカスはプラスチック製の子供用の小さなヘルメットを頭に乗せて、腰を揺らして椅子に振動を与えると、マイクに向かって大声を出している。

「もう逃げ場なはい! 降伏したまえ!! 照準は合わせた。余計な動きは見せるな、いつでも撃ち落とすことが出来るぞ。私の目には、眉間のニキビさえも見えている」

 ルーカスが気分も最高潮に光線銃の音を口から出すと、ラバドーラは排熱のため息をついた。

「この空間に私もいることを忘れているんじゃないだろうな……」

 ラバドーラも卓也のわがままに巻き込まれるのはごめんだと、操縦室で自身の体のメンテナンスをしていた。

 ドヴァで燃料タンクから充電式のバッテリーに変えたのだが、エネルギー変換効率が悪いのだ。塵埃が舞う、監獄惑星に長いこと幽閉されていたり、ろくなメンテナンスキットもないレストにいるせいで、パーツにガタが来ている可能性は高かった。

 燃料も良いものとは言えず、レストで過ごすようになってからは、熱が上がるようなことが増えたので、配線もいくつか焦げてしまっている。早いうちに電気エネルギーに変えたのは、正解だったかも知れないと、ラバドーラはドヴァに寄ったことを前向きに捉えていた。

「独り言に聞き耳を立てるとは……。どうやらアンドロイドには常識というものが欠落しているらしいな」

 ルーカスの嫌味は空振りした。ラバドーラから見てルーカスこそが非常識だからだ。それは、過去の行いからというのもあるが、今現在ラバドーラに映っているルーカスの姿は、常識という言葉から程遠いところにいる。

「常識か……そんな安い作り物のヘルメットまで出してきて……被りきれていないぞ。地球の文字くらい読めるだろう? よく読め対象年齢は十歳以上と書かれている」

 ルーカスが被っているヘルメットは、過去にボードゲームなどと一緒にレストに詰め込まれたものだ。

ラバドーラのメンテナンスも、今は倉庫に適当に保管されていた地球の電子玩具頼りになっている。

 ラバドーラが色々と玩具を引っ張り出していると、ルーカスがヘルメットの入った箱を見つけて、今に至るというわけだ。

「いいかね……ポンコツアンドロイド。君こそよく読みたまえ。十歳以上だ、私は以上だぞ。つまり私がこのヘルメットを被ろうと何の問題もないということだ」

「たしかに異常だな。まぁ……今となっては私も異常だな」

 ラバドーラは自分の体を見て落胆した。以前までは高性能アンドロイドだったなんて、自分でも信じられないほどの体をしているからだ。完全修復出来るのはいつになるのかまったくわからないままだ。

「そうポンコツなことを落ち込むな。優秀な私から見れば、宇宙の九割は皆ポンコツだ。その九割の中で上位を目指せばいい」

「一度ルーカスを高知能生命体だらけの集まりに放り込んでやりたい……」

 ラバドーラは傲慢な勘違いを正して、ルーカスを地獄の底に突き落としてやりたいと願ったが、アンドロイドの自分は誰に願えばいいのかを考えると、ショートしそうになるので止めた。

 こいつとは話すだけ無駄だと、ルーカスとラバドーラがお互いに無視を決め込んでいると。急に緊急放送が入った。声の主が卓也ではなく、デフォルトのものだったので、二人は何事かとデフォルトのいる部屋へと向かった。

 しかし、そこで待ち受けていたのは満面の笑みを卓也だった。

「やぁ、よく来たね」

 卓也に迎え入れられるルーカスとラバドーラの横を「それでは……失礼します……」と、そそくさとデフォルトが通り抜けていった。

「タコランパめ……私達を売ったな」

 ルーカスが睨むと、デフォルトは頭を下げながら後ずさっていった。

「すいません……食事の支度も、洗濯もしなくてはいけないんです……」

 卓也は「さぁ」と手を叩くと、部屋のドアにロックを掛けた。「これから君たち二人には、特別に重要な仕事を与える」

「私は新参者だ。特別扱いは悪く思うから、その権利はルーカスに譲ることにする」

 ラバドーラは自分は関わりたくないと、ルーカスの背中を叩いて一歩前に出させた。

「いやいや……私の頭脳を使うよりも、機械の……。待てよ……なんで私は言い訳をしているのだ。一言こう言えばいいのだ――嫌だ」

 ルーカスの力強い視線をぶつけられた卓也だが、そんなことはお構いなしとまったく意に介さず続きを話し始めた。

「彼女に良い印象を与えるにはどうするか。僕がいるってだけで好印象なのは間違いない」

「なら、問題解決だな。任務完了だ」

 ルーカスとラバドーラは同時に卓也へ背を向けた。すると、二人の肩を抱いて、卓也が二人の間へと割って入った。

「わかるよ。僕がもうひとりいて、今の話を聞かされたら僕もおんなじ反応だもん。なぜ宇宙一セクシーな男が、今更好印象を与えようかってこと。それの答えは、全部ここに書いてある。見て」

 卓也はタブレット端末を開くと、二人の目の前にホログラムとしてデータを展開した。

 内容は先程まで卓也が見ていた女性のプロフィールだ。異星人交流を求め、文化や習慣。政治的な考え方や芸術の捉え方などを話し合い、スペースワイドに考え方を広げませんかという募集広告だ。

「実に簡単に答えは出た。彼女に近付くな。君とは合わん。君にお似合いなのは、もっとイッちゃってる女だ」

「ルーカス……僕は真剣に悩んでるんだぞ。彼女の写真を見ただけで、こんなに胸が苦しくなるのは初めてだ」

「宇宙船内における運動不足のせいだ。無意味にゴロゴロしてるからそうなる」

 ラバドーラは冷たく言い放つがまったく逆効果だ。卓也はますます声を大きく熱く語りだした。

 彼女のどこを好きになったか、可愛いところ、思わずドキッとするところ、相手が自分に対する印象など、まるで実際に会って過ごしたかのように話すが、全部卓也が勝手に思っていることだ。テレビの中のアイドルと付き合ったらどうするということを、勝手に延々と話しされているようなものだ。

「それで……我々どうすればいいのか……」

 ルーカスはこれ以上のこの部屋にはいられないと諦めたが、隣のラバドーラは早計だと声を大きくして言葉を遮った。

「バカ! 我慢しろ。一通り口に出せば満足するかも知れないだろう」

「もうこれ以上は我慢出来ん……。卓也が一通り口から出し終える頃には、私も尻から一通り出し終えることになる……」

 気付けばルーカスの顔は便意の我慢で真っ青になり、小刻みに足を動かして肛門に鍵をかけようと必死になっていた。

「なんでいつも貴様の排便事情に振り回されなければいけないんだ……」



 ルーカスがトイレ終えて爽快な顔をしているが、ラバドーラは鬱々とした様子でいた。

 卓也は「さぁ、これで準備は出来たね」と仕切り直すと「君達二人に与える重要な任務とは、僕の記憶の改ざんを手伝ってほしいということだよ」

「なんだ……そんなことか……」ラバドーラは拍子抜けすると、すぐさま卓也に近付いて羽交い締めにした。「さぁ、やれ」

「よしきた」とルーカスは足元に落ちていた缶詰を持ち上げると、卓也の頭を狙って振りかぶった。「準備はいいかね?」

「ちょっとちょっと! 良くないよ! 僕は記憶をなくしたいわけじゃないんだから! 記憶の一部を都合の良いように変えてくれって言ってるの!」

 ルーカスとラバドーラは一度顔を見合わせたが、再び同じ体勢をとった。

「この方が私達に取っては都合がいい。手っ取り早いからな」と言うルーカスに、ラバドーラは大きく頷いた。

 次の瞬間。缶詰は卓也の頭に振り下ろされたが、気絶することも記憶を失うこともなく、卓也が痛みにうめき声を出すだけだった。

「せっかく頭の腫れが引いたって言うのに……また腫れたらどうするんだよ……。大丈夫? 血出てない? 可愛い女の子の姿に変身して頭を撫でてくれない?」

 卓也がべったりと甘えてきたので、ラバドーラは卓也から手を離した。

「変身ではなく投影だ。前にも言ったが、体に映像を投影すると燃料消費が著しいんだ。それは電力に変わっても同じことだ」

 卓也は「うそー……それは困るよ」と、今初めて聞いたかのように嘆いた。「じゃあ、音声は? 音声くらいなら変えられるでしょ」

「音声の加工なら、投影よりは電力を使わないな」

「よかったよ」

 卓也は心底ホッとして胸をなでおろした。これからやってもらおうと思っていることに、音声加工は最低限に必要なことだからだ。

「だが、録音したものならともかく、聞いたことのない音の設定は時間がかかる。……一体何をさせるつもりだ」

「よく聞いてくれたね。急かしちゃってまぁ……やる気満々だね」

「……聞かないと進まないからだ」

「ルーカスとラバドーラには、僕の忌まわしい過去の出来事を変えてもらう手伝いをしてもらう」

「まさか、タイムホールを呼び出せとでも言うのかね?」

 ルーカスはそんなこと出来るはずもないと呆れてみせた。

「違うよ。僕の記憶の改ざんだって言っただろう? 二人にはイチニーニーゴー事件に関わった人物を演じてもらうんだ」

「この船にある地球の資料にはそんな事件はなかったぞ」

 ラバドーラはすぐさま自分のデータベースに検索をかけたが、卓也に関わるような重大な事件はなかった。

 だが、ルーカスは違った。

「ははーん……」と目を細めて、嫌味に笑みを口元に浮かべると「クリスマスに女を寝取られた事件かね」と言った

 その言葉を聞いたラバドーラは、あまりのくだらなさに自らをシャットダウンしてしまいたい衝動に駆られた。

「なんて無意味な事件だ」

「僕には重要なんだよ。この次に寄る惑星にいるキュートな女の人が、その子のプロフィールとそっくりなの。いいね? もうなにもしなくていい。黙って聞いてるだけでいいよ……。僕は思い出を語るから、二人もちゃんとついてきてよ。――あれは、十二月の二四日の出来事だよ。イブだと言うのに、クリスマスに過ごす女の子がいないという。もう既に僕にとって怪事件だった。でも、そこから更に少し遡ろう」と卓也は目を瞑って語り始めた。






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