第五話
「寄生型の生命体ですか!?」
ラバドーラに耳打ちされたデフォルトは、今の状況を考えることなく、思わず大声を上げてしまった。慌てて口を触手で押さえたが、既に遅く周りにいるドヴァ星人に聞かれてしまった。
しかし周囲の反応は、秘密が露呈したとは思えないほど落ち着き払っていた。むしろ、取り繕おうと慌てるデフォルトのほうが怪しい人物に映っていた。
「……どうかなされましたか? 我々のことでなにか問題が?」
世話役に聞かれると、デフォルトは「いえ……あの……」と言葉を濁した。
「もしかして、説明を聞いていなかったのですか? 我々は寄生型の知的生命体であり、こうして会談の場を設けることによりお互いの理解を深めて、共生することをご思案願えればという時間だったのですが」
デフォルトは卓也に話しかけれていて、しっかり話の内容を理解するまで聞ける状況ではなかったので、肝心なところを聞き逃してしまっていた。すぐに訂正し、共生という道を取るつもりはないと自らの意思を伝えたところ、ドヴァ星人は快く了承し、さらに理解の確認が足りなかった自分達が悪かったと謝罪の弁まで述べた。
心苦しくなったデフォルトは、自分達のほうが悪かったのだと深く長く頭を下げて謝罪を返し、どういった経緯で惑星ドヴァに辿り着いたのかを改めて正しく説明した。
「状況は理解しました。やはりこちらの非礼でした。長く苦しい旅の途中でお疲れのところ、無理に参加させてしまったようです。もっとしっかり疲れを取ってもらってから、改めてこのような場を開くべきでした」
「こちらも、声を大きくしてしまって申し訳ないです。寄生型の生命体と聞き、必要以上に身構えてしまいました。自分の無知さで判断した愚かな行為だと反省しています」
「気になさらないでください。お互いの認識のズレを修正する。ここはそれが目的の場なのですから。我々寄生型の"知的”生命体です。当然強制することはありません。ですが……お連れのお二方は危険かもしれません。地球で言う性行為が、了承のサインなので。事情を知らないドヴァ星人が、新しい宿主として選んでしまうかも知れません。こちらです」
世話役はもう既に二人は個室に連れて行かれてしまったと、デフォルトを案内した。
デフォルトに「急ぎましょう」と手を取られたので、ラバドーラも付いていくしかなかった。
部屋のドアまで来ると、中からは「やめたまえ!」というルーカスの苦しげな声が聞こえた。
もう遅かったかもしれないと思いながらも、デフォルトが急いでドアを開けると、中ではパンツ一丁のルーカスがベッドに大の字になり拘束具で縛られており、その両サイドにいる女性が筆のようなものでルーカスをくすぐっているところだった。
「いったい……なにをしているんだ……」
理解不能なルーカスの行動に、ラバドーラは情報処理が追いつかず、発熱して煙を出した。
「それを聞くのかね? このスケベアンドロイドめ。そんなに聞きたいのならば教えてやろう。彼女らは私に興味を持ち、私のプライベートなことを知りたいと言ってきた。だから教えてやったのだ。私はアバラのあたりを筆でこちょこちょされるととても気持ちいいと」
「つまり……自分に好意があることを利用し、欲のはけ口にしようとしたんですか?」
デフォルトに言われて、ルーカスは心底呆れたようにため息を落とした。
「デフォルト君……冷静に考えてみたまえ。彼女らは私が欲しがっているのだぞ。それを証拠に、こんな拘束具まで付けて、私を動けなくしているんだ」
「それは……ルーカス様のリクエストではないのですか?」
「私を縛れるのが好きな変態だと思っているのかね? ――おっほほ!」
ルーカスは喋っている最中に筆で脇腹くすぐられて、締まりのない声を上げた。
そんな声を聞きながら、デフォルトは「これは?」と世話役に聞いた。
「寄生最中は離れると危険なので、拘束する決まりになっているのです」世話役は女性二人に手違いだったと伝えると、拘束具を解くように言った。
突然数人が押しかけてきて、あれこれと勝手に話が進み、ベッドから追い出されたルーカスは「いったいなんなんだね……」と不満をあらわにした。
「実はですね……」とデフォルトが事情を説明すると、ルーカスは憤慨した。
「つまりこういうことかね? 私の体を手に入れるためだったというのかね?」
「そういうことです。ですが、自分達にも非はあります。話を聞かずに、勝手に舞い上がっていたのですから」
「私の性感帯を筆でこちょこちょするなんて、いかにも浅はかな生物が考えそうなことだ。そうすれば、男は誰でも落ちると思っている」
「あなたがやれって言ったのよ。こんなものまで作らせて」
女性は布を細く裂いて作ったお手製の筆を揺らして呆れ返ったが、ルーカスはお構いなしに声を荒らげた。
「黙りたまえ。いやらしい生物め! 私を利用し、欲のはけ口にするなんて。愚かな考えにもほどがある!!」
どの口が言うかというルーカスの罵声を「すいません……混乱しているんです」とデフォルトが謝罪した。
「無理もないでしょう。説明もなく、体を受け渡すとあっては混乱するはずです」と、優しく理解を示した。
「まったく気分が悪い……最低の惑星だ」ルーカスはぶつぶつ文句を言いながら服を着ると、「さっさと出て行くぞ」と部屋を出ていったが、デフォルトが続いてで行こうとすると戻ってきた。「少し考えたのだが、私のスーパーウルトラハイパーゴージャスな遺伝子が欲しかったということかね? つまり超優秀な遺伝子だ」
女性は「いいえ」ときっぱり首を横に振った。「体があるなら豚でも構わないわ」
「節操のないクソ女め……」
ルーカスは睨みつけると、不機嫌に足音を鳴らしながら再び出ていった。
デフォルトは何度も頭を深く下げて謝罪してから、ルーカスを追いかけていった。
「まったく……なんて惑星だ。まるで輩ではないか。良い思いをさせて、金を払えと言っているようなものだ。私の体は値がつけられるようなものではないのだそ。私が惑星間選挙に当選したならば、真っ先にこの惑星へ攻撃を仕掛けてやる」
ルーカスの恨み節をデフォルトは謝罪しながら世話役についていく。次は卓也を助けなければならないので、足を止めている余裕はなかった。
女性関係に関してはルーカスよりも後のことを考える力がないからだ。幸い外に食事に出掛けたという情報が入ったので、猶予はあるが油断はできない。
「あのアホな男が繁殖行為のマナーを守るとは思えんがな」
ラバドーラの意見に大きく頷いたのはルーカスだ。
「卓也にマナーなどいうのものはない。出されたものを食べるだけだ。いや――出されてなくても平らげる。きっともう寄生されているに違いない。このまま置いて帰ったほうが、無駄な時間を使わずに済むと思うがね」
「それは利口な考えとは言えませんね」と言ったのはデフォルトではなく世話役だった。「我々の寄生は電気信号を介して行われるので、記憶まで引き継ぎます。なので、重要な情報なども我々に知られてしまうのです」
「なんだと! 私の脳は国家機密みたいなものなのだぞ!!」
「ですので、最初に長い説明をしていたのです」
「アホめ! 長い説明など誰が聞くか! 短いから説明と言うのだ! それがわかったら今度から一言で説明したまえ!!」
無理難題を押し付けるルーカスに、世話役はただにこやかに笑って見せた。もうルーカスを自分達と同レベルの知的生命体だとは思っていないので、ただ笑って返すのが正解だと判断したからだ。
そしてそれはすぐに効果を示し、ルーカスは一通り文句を言い切る前に息切れを起こして黙ったからだ。
卓也がいる部屋の前まで来ると、ルーカスは倒れ込むようにしてドアを開けた。後続は先に倒れたルーカスに躓いてしまったので、ルーカスに転び重なっていった。
「わお……いくらモテないからって露骨すぎない? 普通はクローゼットの中に潜んでていいか聞くものだよ。それをドアから堂々と」
デフォルトは卓也の姿を見て一安心したが、いくら周囲を見回してもアネンダの姿見えなかったので、もう既に寄生された後かも知れないと思った。
「あの……アネンダさんは?」
「アネンダ? さっきまでシャワーを浴びてたけど、忘れ物に気付いて部屋を出ていったよ」
「どうやら、拘束具を忘れて取りに戻ったようですね」
世話役はほっとした。これでお客全員の安全を確保できたからだ。
卓也は「いったいなんなのさ」とルーカスと同じような反応を見せた。
デフォルトは卓也に理解させるために、包み隠さずにすべてのことを話した。自分が説明できないことは世話役のドヴァ星人の力も借りて、一から十まで詳細に説明したのだが、情報が多すぎたせいで卓也は首を傾げてしまった。
「だから、ルーカスは脇をくすぐられるプレイをしたってことだろう? もしかして、ここではそれが主流ってこと?」
「プレイではない、あれは拷問されていたのだ。私の意思ではない。なぜなら、それが拷問というものだからだ」
「ルーカス様……少し黙っていて貰えますか……。今までの説明が無駄になってしまいます」
「デフォルト君。黙るのは君の方だ。なぜかわかるかね? アホにもわかるように説明するのは、同じアホには出来ない。出来るのは天才だけだ。この私のようにな」
勘違いして勝手に騙された者同士の方が理解し合えるかも知れないと、デフォルトは一歩引いてルーカスに任せてみることにした。
ルーカスは咳払いをして調子を整えると、雰囲気を出して卓也の周り行ったり着たりゆっくり歩き始めた。
「いいかね? まずは雄しべと雌しべの話からしようではないか」
「よかないよ。どう考えても、こんな皆がいる前で、パンツ一枚の僕が、ルーカスと二人で話す内容じゃない」
「まったく……バカに説明するには、ここまで簡潔にする必要があるとはな……」ルーカスは大げさにため息をつくと「あの女は、君の体だけが目当てなのだ」とズバリ言った。
卓也は「うそ……」と固まると、徐々に表情を変えて「ありがとう! そんな重要な情報……恩に着るよ」と喜びの笑みを浮かべた。
ルーカスは失敗したと肩をすくめたので、デフォルトはルーカスを押しのけて、卓也の前にしゃがんで視線を合わせた。
「いいですか、卓也さん」
「またその入り?」
「重要なことです。ドヴァ星人というのは、ここには存在していないのです。中身は寄生型の知的生命体が入っているのです。Dドライブ画像を送ったのも、寄生されてもいい生命体を探すための手段の一つです」
デフォルトが言うと、世話役が補足した。
「元のドヴァ星人の殆どは、この惑星の適応ができなくなったので離れていってしまいました。私達がやってきたのはその頃です。寄生されると、再び適応できることがわかったので、この惑星を愛するドヴァ星人は寄生の道を選んだのです。そろそろ肉体的寿命が来るので、新しい体を探しているところにあなた方がやってきたというわけです」
「それって僕の意識はあるの?」
「いいえ」と世話役は首を振って否定した。「あるのは記憶だけです。なので第三者からは、変わらない人物に思えますが、そこにあなたの意思はないです。自分を失うということです」
「宇宙一セクシーな美女と宇宙一セクシーな男の二択……究極の選択だよ」
卓也が頭を抱えこんでいると、アネンダが素っ裸のままで拘束具を持って戻ってきた。
「なに? 人の寄生シーンを見るのはモラルに欠けるんじゃないの?
「わお……僕もう自分を見失ってるかも」
「あら、まだよ。見失うのはこれから」
アネンダが軽くおでこを突くだけで、卓也は惚けてベッドに倒れ込んでしまった。
「卓也さん!! 自分を見失わないでください! 頑張って!! 卓也さんなら出来ます!!」
正気を取り戻すようにデフォルトは大きな声で叫んだ。
「地球ってスポーツみたいに応援付きでやるわけ?」
「違うんだ、アネンダ……」と卓也は、アネンダの肩に手を置いた。「僕は君のことを愛してる。嘘じゃない。出会った中で、一番キレイな女性だよ」
「あら、ありがとう。元は私の体じゃないけど」
「でも――僕はまだ僕でいないといけないんだ。もちろん明日死ぬって言うなら、君に寄生されのも悪くない。でも、地球に帰らなきゃ」
「そうなの? ……あとはやるだけなのに?」
アネンダが体を見せつけるようにポーズを取ると、卓也はもう無理だと助けを求める瞳をデフォルトに向けた。
「デフォルトぉ……」
「ご両親のことを思い浮かべてください」
卓也は「やってみるよ……」と目をつぶったが、諦めたように首を振った。「ダメ。僕のことものすごい応援してる。それどころか、見本まで見せてくれてる」
「卓也さん! 目を開けて!」
デフォルトに言われ目を開けた卓也の目には、アイの姿が映っていた。
「これっきりよ……」とラバドーラがため息を付いて、こっちに戻ってくるように手招いた。
「僕帰るよ! 本当にごめん……」
卓也が真剣な表情で言うと、アネンダは「いいのよ、気にしてない」と肩をすくめた。
「宇宙一セクシーな男失格だよ……強がらせちゃって」
「本当に気にしてないわ。まだ相手は山程いるもの」アネンダはタブレット端末を取り出すと、男達からの返信を見せた。「たまたまあなたが一番に来たってだけ。宇宙一セクシーな男だと、次に寄生する時も楽できるから」
「じゃあ、僕も気にしてない。楽しい時間を過ごせて満足だ。さぁ、レストに帰ろう。次の惑星が待ってる」と、卓也はアイの姿を投影したラバドーラの肩を抱いて出ていたがすぐに戻ってきた。「ところで、ベッドだけ一緒にするってあり?」
「なしよ」
「了解。ほらほら、デフォルトもルーカスもなにやってるのさ。帰るよ。それじゃ、お邪魔さま。次にもし女性が来たら、宇宙一セクシーな男の宣伝もよろしく。じゃあね――バイバイ」
すぐに廊下からはラバドーラを口説く声と、投影を止めたことに対する文句を言う声が響いた。
「あの……それでは失礼します。ご迷惑をおかけしました」
デフォルトが頭を下げると、強く触手を握られた。
「デフォルト様。お気持ちは察しします。知的ではない生物に寄生された時のコツは、決して自分を見失わないことです。明るい明日を思い出して」
ドヴァ星人は全力でデフォルトを励ますと、レストの場所まで送り届けてくれた。




