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惑星迷子  作者: ふん
Season4
76/223

第一話

 今までタイムホールがあったドアの向こうは、今いる場所と同じような通路に繋がっていた。そこにも空中ディスプレがあり、卓也が触れると掲載された過去の地球の記事が表示された。

 そこを歩きながら、ラバドーラは「人工知能と言っても、まだ子供のようなものだがな」と言った。

「ここ全体が人工知能……。そんなことがありえるありえない――というのは、自分には判断がつかないのですが、何を持って判断なされたのですか?」

 デフォルトの疑問はもっともだった。

 ラバドーラの発言は唐突過ぎる。いきなり人工知能だと言われても、ピンとこないところか疑問ばかりが残ってしまう。

 だが、ラバドーラは確信をもって、もう一度「人工知能で間違いない」と断言した。「あのアホ二人が操作できたことが証明だ。地球人だと学習して、地球の記事ばかり表示されるようになっている」

「それって自動で自分の好みを紹介してくれるってことでしょ。マッチングアプリじゃん。絶対に僕のプロフィールを登録しておかなきゃ……」

 卓也が空中ディスプレイを操作するのを横目に、ラバドーラは続きを話し始めた。

「ワームホールが閉じるのと同時に、電波のプロテクトが解かれた。それどころか、今まで我関せずだったのに、急に接続を試みてきている。偶発的AI発生の中期段階だ」

「接続を試みるということは……情報を取り込もうとしているということですか?」

「人工知能も生物の脳と一緒だ。そして、脳はシナプスが増えることで発達する。私はシナプスの一つということだ。私だけではない。レストも、他の宇宙船もだ。回遊電磁波というニューロンは、宇宙船内で機械に取り込まれ電気信号に変わる。電気信号はまた電磁波になり宇宙の残る。それをまた別の宇宙船が拾って、残して、繋いでいく。その膨大な情報を処理する場所がここだ」

 ラバドーラは踏み慣らすように、床を何度も踏んだ。

「娯楽雑誌という興味のあるもので釣っているわけですね。卓也さんも熱心に購読されているようですし、他にも同じような星人は山ほどいるでしょう。銀河を超えて繋がっているのですから、神経回路は膨大なネットワークを作っているはず。今すぐここから離れたほうがよくないですか? 危険だと思います」

「まだ発生の段階だ。そのうち処理しきれない情報量が臨界量に達する。そうすればシナプスが暴走を起こして、AIに自我が芽生える。そうなったら危険だ。だが、今は無意識に身を守ることしか出来ない」

「ですが……ラバドーラさんとも繋がろうとしていたんですよね? それは攻撃されてるわけではないのですか?」

「さっきも言ったが、試みただけだ。強めにプロテクト処理を施したら、電波を飛ばさなくなってきた。ワームホールの時もだ。Dドライブは一切の情報を遮断していた。私もハッキングできないほどにな。異次元空間の情報など、まだ処理しきれるはずもないから、自己防衛本能が働いたんだろう」

「問題ないならいいんですが……本当に大丈夫なんですよね?」

 デフォルトは心配そうな瞳を向けて、卓也とルーカスを指した。

 空中ディスプレイはいつの間にか、展示モードから入力モードに変わっており、二人はあれこれと情報を入力していた。

「あのバカ二人の個人情報がDドライブに残るだけだ。この隙に私は自由行動させてもらう。せっかくのチャンスだからな」

「チャンスというのは燃料のことですか?」

「それもあるが、自我が芽生えていないとはいえ、AIには変わりない。攻撃されたと判断すれば、二人を無力化するだろう。チャンスというのは、邪魔が入らずゆっくり探索できるということだ。どうだ? ついてくるか?」

 ラバドーラは返事を聞かずに先を歩き出した。

 デフォルトは振り返って、ルーカスと卓也の様子を見た。二人は情報の入力に夢中になっており、問題を起こしてもDドライブ内のコンピューターで処理できるだろうと、ラバドーラを追いかけた。



「わお! 僕と相性の良い女の子が選り取り見取りだよ。それも可愛い子ばっかり、まるで花屋を眺めてるみたい」

 卓也は画像をスライドさせて、AIが選んだ女の子の写真をじっくり見ていた。

「なにが花だ。どう見ても、花を荒らす害虫のような顔ではないか。顔の三分の一もある目に、長く伸びた触覚、薄く広く伸びた手。まるででかい蝶だ」

「ルーカスはもっとスペースワイドに物事を判断する視野が必要だと思うよ。宇宙の知的生命体から見れば、僕の身長も至って平均。そして、彼女は美人」

「私には理解できん……。なにが悲しくて、異星人に色目を使うのか」

「なに言ってんのさ。ルーカスは地球人だって嫌いだろう。いつだって自分が一番じゃないか。異星人に地球人。男女等しく差別。全宇宙の生命体の敵だね」

「まさしくそうだ。全生命体が私を敵だと思っている。なぜだと思うかね?」

 ルーカスは威厳たっぷりに腕を組むと、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「自分本位でわがままな差別主義者の嫌われ者だからだろう」

「違う。私が優秀だからだ。知的生命体のすべてが、己に理解できないものに嫌悪感を抱く。なぜなら無知だからだ。敵と責めたてれば、考えることをしなくていいからな。感情に赴くまま吠え立てればいい。リードに繋がれた犬と一緒だ。安全な場所に繋がれているとよく吠える」

「それって……自分のこと言ってる?」

「私と正反対の無能のことを言っているんだ。いいかね……いい機会だ。私がどれだけ優秀かを見せてやろうではないか」

 ルーカスは空中ディスプレイに自分の情報を入力し始めた。

 氏名、年齢、生年月日、出生所などありきたりなものを入力していくが、途中の項目からだんだんと本来のルーカスからはかけ離れたものになっていった。

 調査宇宙船の船長であり、地球にいるときは宇宙開発技術者の顔も持っている。機知に富んだ会話を好み、部下からの信頼も厚い。悩みは一つ、自分と同じレベルの者と出会ったことがないことだけだ。

「ルーカス……まだ懲りてないの? 自分を盛りに盛り過ぎたせいで、たった今宇宙人騒動があったばかりじゃないか」

「真実というのは自分が作るものだ。他人から見た真実というのは、都合の良い解釈というのだ」

「もっともだよ、ルーカス」卓也は大きくうなずいた。「僕ももっと勝手に解釈してもらわなきゃ」

 卓也が空中ディスプレイを奪おうとすると、ルーカスが肘を張って阻止した。

「今は私が使用中だ。データバンクの中のアホども中から、私が一番優秀だと証明させるのだ」

 ルーカスは納得のいかない結果が表示されると、修正ではなく、また新たなプロフィールを入力をした。

「AIだぞ。学習して、弾かれるに決まってる」

「違うぞ。学習させるのだ。正しい情報を表示するまで、この作業が繰り返されるとな」

「機械と根比べとか、よくやるよ……。向こうは疲れ知らずだぞ」

 これは長くなると思った卓也は、その場に座り込んだ。



 その頃。デフォルトとラバドーラは、邪魔が入らずにDドライブを良く見て回ることが出来た。

「元はどんな宇宙施設だったのでしょうか」

「開発施設のひとつだろうが……実際のところはわからんな。無傷なところを見ると、撤退したまま放置されていたんだろう。それが超新星爆発か、ブラックホールによる惑星移動のエネルギー変動のせいか、強力な電磁波によって再び作動したのだろう」

「ラバドーラさんの時もそうだったんですか? 噂では色々ありますが」

 廃品処理されるはずだったアンドロイドが、熱暴走によってチップに不具合が生じ、修復システムが記憶回路を不自然につなぎ合わせたことによって、独自の情報処理システムが作られて、自我が生まれたと言われている。

 そのシステムをコピーされたアンドロイド集団が、ラバドーラ率いる『L型ポシタム』と呼ばれる宇宙犯罪組織だった。

 AIの自我の芽生えというのは、まだデフォルトの知っている限り解明されておらず、ラバドーラの言うことを疑うわけではないが、素直に飲み込めるほど信じてもいなかった。

「気付いたら私は私だった。それ以前は覚えていない。必要ない情報はデリートしているしな。だが、暴走のさせ方は知っている。それで自我が目覚めるかはわからないがな」

「システムを書き換え方を知っているということですか?」

「もっと単純だ。バカにも出来る。偏った情報を持ったAIが構成したシステムは、膨大な数のエラーを生み出す。AIはエラーを自己修復するわけではない。エラーを起こさないで済む別の手段を探す。そうして情報量が増えていくと、このDドライブと同じようなことが起こる。そして、そのうち情報量が臨界点を超えるわけだ」

「それは大変なことになりますね……。偏見と差別で生まれたAIが暴走したのならば、手がつけられません」

「よっぽど根気のあるバカじゃないと、そんなことは出来ない。まともな奴が、ひたすら機械に話しかけるようなことをするか? 後は同じことを延々と繰り返すほど執念深く、疲れ知らずなロボットくらいのものだ。あの二人の言葉を借りたくはないが、心配性過ぎるぞ」

「きっと根が臆病なんですよ。発展のための犠牲は望まないタイプなので、ある程度の確証を持ってからじゃないと踏み出せないんです。新しい技術や理論というのは、とても好きなんですけどね。遠回りしてばかりです。なので、ラバドーラさんのように造詣が深い方がいると、とても安心できます」

「私は不安ばかりが残る……。あの少年をタイムホールの先に送り届けるために、投影を続けていたせいで、予定よりエネルギーを使ってしまったからな。こんな機械の塊なら、燃料タンクよりも、充電式に改造したほうが早いかもな」

「ですが、それだとレストに戻った時に充電ができなくなって大変ですよ」

 デフォルトとラバドーラの身に危険が降りかかることもなく、二人はどんどんと奥へと進んでいった。



 順調な二人とは違い、ルーカスは「もう! やっていられん!!」と癇癪を起こしていた。

 何度データを入力し直しても、優劣順で自分は下から数えたほうが早い位置に属していたからだ。

「疲れたの? なら、また交代。今度は僕の番ね」

 卓也が立ち上がると、今度はルーカスが座り込んだ。

 ルーカス同様に卓也も自分のプロフィールの入力を繰り返していた。少しでも相性の良い女の子の数を増やすためだ。

 身長を一センチ増やしてみたり、肌の色を変えてみたり、話せる宇宙言語数に手を加えたりと、手を替え品を替えた。

 地球に帰るためのログを入手することなどすっかり忘れていた。

 だが、Dドライブと地球を繋いでいる回遊電磁波は、とぎれとぎれの電磁波を不確定で通りかかる宇宙船が繋いでいるネットワークなので、入手出来たとしても地球まで真っ直ぐ帰れる航路ではない。

 デフォルトがラバドーラに付いていったのは、Dドライブの中枢ならばそのデータが入手できるかも知れないと思ったからだ。

 そして、実際にラバドーラとデフォルトは中枢へと向かっている。

 その間、ルーカスと卓也は疲れたら交代をし、自分のデータを交互に入力するというのを繰り返していた。

 そして事態は少しずつではなく、急激に変わった。

 AIの排除システムが働いたのだ。

 学習を積み、卓也が女性のことを知りたがっているとわかったAIは、女性のデータをここから近くの惑星順に並び替えたのだ。

「わお!」と卓也は歓喜の声を上げた。「ルーカス、見てよ!」

「私は見んぞ。次に私をミジンコの糞でこねて作られた脳みそを持つビックリ生命体だとでも名付けたら、このAIシステムをここら銀河一帯ごと爆発させてやるつもりだ」

「AIに煽られるって相当だよ……。そんなんじゃないよ、あの『アネンダ・デルルルカルド=ポニッシュ』が結構近くの惑星に住んでるんだよ」

「だからどうしたのかね」

「会わなくちゃ。それが義務だ。えっと……送信っと」

 卓也が鼻歌でも歌うように機嫌良く言うと、ルーカスは急に立ち上がった。

「今なんと言ったのかね!?」

「送信だよ。僕の一番良いデータを登録して、Dドライブ雑誌を購読してる全惑星、全宇宙船、全異星人に送信したの。やっぱり宇宙一セクシーな男ってんは優遇されるもんだね。皆一度はなっておくべきだよ、盲腸と宇宙一セクシーな男にはね。一度なれば、その後の安心感が違う」

「そんなことはどうでもいい! つまり、私の優秀さが証明されれば、全惑星、全宇宙船、全異星人に私の偉業を見せつけることが出来るのかねと聞いているのだ」

「それは無理だよ」卓也はきっぱり言い切った。「ルーカスの偉業なんてないし、優秀でもない。ないものをどうやって見せつけるのさ」

「偉業など今作ってやる。目玉焼きを作るように簡単にな。つまりAIを屈服させてやる」

「目玉焼きなんて作ったことないじゃん」

「朝飯前ということだ。さぁ、覚悟したまえ、貧弱なAI。私を本気にさせたオマエが悪い」

 ルーカスは袖をまくると、空中ディスプレイに向き合って、再び入力を繰り返し始めた。

「本当……無駄でも努力はするんだから」






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