第二十一話
ハッチのロック解除のナンバーが入力されたという表示が点灯すると、デフォルトは安堵のため息をついて三人を迎えに行った。
こんなに早く帰ってきたということは、この惑星には問題を起こすようなことは何もなかったということだと思ったからだ。
「随分早く帰ってきたんですね」
笑顔で迎えたデフォルトの目に最初に飛び込んできたのは、見たことのない少年の姿だ。
卓也は陽気に「じゃじゃーん」と声を上げると、「なんと、過去からの来訪者だよ」と軽い調子で少年を紹介した。
「……一から説明してください」
デフォルトの目は、朝帰りの夫を咎めるような冷たく怒りに満ちた妻のような目だった。
「僕に言われても困るよ。別に僕が連れてきたわけじゃないんだから。聞くなら、ラバドーラに聞いて。僕は一休みする」
卓也は少年を連れて、ルーカスと生活スペースに向かった。
「説明のしようがない。Dドライブに行ったら、あの生命体がいた。どうやら卓也とルーカスが生まれた地球の。それも過去の生命体らしい」
ラバドーラは簡潔に説明をするが、デフォルトはますます混乱してしまった。
「惑星Dドライブは地球と関係しているということですか? もしかして、地球の時空管理は進んでいて、そこが異次元管理装置だったとかですか?」
「違う。単純に過去からあの場所に現れたらしい。私達が過去に移動したのと同じようなことだろう。タイムホールが開かれて、紛れ込んだんだ。短絡的に答えと結びつけるのなら、重力震の余波が引き起こした可能性が高いな」
「自分達と同じ状況ということになるのなら、どこかに元の次元へと繋ぐためのキーとなるものがあると思うのですが……」
デフォルトとラバドーラがこそこそ離している間。少年はレストの中を好奇の瞳で見回していた。
「すごい……こんなに高度な宇宙船は初めて見ました。卓也さんの船なんですか?」
卓也は「もちろん」と答えようとしたが、ルーカスにお尻を蹴られたので言葉を変えた。「もちろん……このくちびる星人の船だよ。侵略されちゃったからね」
適当に言った卓也の冗談を真に受けた少年は、慌ててルーカスから距離をとった。
ルーカスはこれは面白いものを見つけたと、腫らした唇でニヤリと笑った。
「そうだ、私はくちびる星人だ。このレストの船長でもある。我々は、地球人を捕え、カエルのように解剖し、管理するためのチップを脳に埋め込むために、太陽系までやってきたのだ。わかるかね? 地球侵略のためだ」
ルーカスが両手を高く上げて「わーーー!!」と、大きく奇声を発して驚かせると、少年は逃げ出そうと扉まで向かったのだが、少年がつくより先に扉が開いてラバドーラが入ってきたので、それにぶつかって転んでしまった。
卓也はそんな少年を見ながら「いいなぁ……」と、自分もルーカスのように脅かして遊んでみたかったと言った。
「卓也くん……君は指を咥えて見ていたまえ。私だ。私が地球侵略を目論むエイリアンであり、地球人の少年を脅かす権利は私にある」
「僕も地球人なんだけど?」
「そうだ、君も地球人だ。マヌケだから、私達に捕えられたのだ」
「確かに……捕えられるのはいいものだね。僕は異星人と検査ごっこをしたことがある。あれはいいもんだよ。男なら解剖される側になるべきだね」
「黙っていたまえ。私達の格が落ちるではないか」
「さっきから私達、私達と言うな……」と、ラバドーラは少年を足でどかしながら言った。「まさか私も数に入れてるんじゃないだろうな……」
一緒にされてはたまらないとラバドーラが体への投影を止めようとしたが、ルーカスが慌てて阻止した。
「なにをやっているのかね。宇宙人筆頭のグレイがいなくなってはしまらんだろう」
「これはグレイなどという名前ではなく、ルーカス、オマエの姿だぞ」
「それなら、私もくちびる星人などではない」
「そういう話をしているんじゃなくてだな……」
ルーカスとラバドーラが言い合いを始めてしまったので、デフォルトは仕方なく倒れている少年を起こそうと、触手を差し伸ばした。
「気にしないでください。地球を侵略するつもりはないですから。もし敵対していたならば、同じ宇宙船には乗っていないはずです。よね?」
デフォルトは優しい声で諭すように言った。自分で考える時間を与えれば冷静になるだろうと思ったからだ。
そしてその考えどおり、少年は落ち着きを取り戻した。言葉が通じているのなら、なにかしら関係を築いてきたということだと思ったからだ。
「そうですね。初めて異星人に出会ったもので……」
「そうなんですか?」
「はい。なので、火星人が本当にいたとは……昔から地球と交信していたのは事実だったんですね」
少年はタコのような出で立ちのデフォルトを見て、火星人だと勝手に思い込んでいた。
デフォルトは火星人だと受け入れた。この少年が昔の地球から、タイムホールを通ってきたのなら、宇宙技術はあまり発展してないだろうと思ったからだ。
そして、それは少年と話をしていくうちに確信に変わった。少年の時代の地球は、まだルーカスと卓也の時代の宇宙暦になっておらず、惑星系間での移動や生活を始めだしたところだ。まだ異星人との交流もなく、宇宙から見れば知的生命体と呼べるか微妙なレベルだったからだ。
発展途上の惑星には干渉しないというのがデフォルトの信条なので、少年にタイムホールのことや、レストが地球の船だということを話すわけにはいかないので、火星人だと通すことにしたのだ。
「あれ? でも、地球人の卓也さんと一緒にいるということは……」そこまで言って、少年は姿勢を正した。「もしかしてここは極秘機関なのでは!?」
「そんなところです……。なので、ここで見たことは内密にしていただけると助かります」
「凄い! 地球の技術はこんなにも進化していただなんて!」
異星人との交流をしていたと知り、無邪気に喜ぶ少年を横目に、デフォルトが「ダメですよ……。ルーカス様……」と注意をした。
少年を絶望に叩き落としたくて、ルーカスがウズウズしていたからだ。
だが、地球の格を下げるというのは、そこで生まれ育った自分の格も下がるということなので、なんとか口から溢れるのを防いだ。
「わかっている……。我々がするべきことは、この少年を保護するということだ。そうだろう?」
ルーカスが皆を見渡して言うと、目の合った全員が驚きに目を見開いた。
「ルーカス……今まともなことを言ってるってわかってるの?」
卓也は大きく開いていた瞼をゆっくり落として、訝しい表情で聞いた。
「当然だ。広い宇宙。この少年は孤独に怯えている。無理もない……周りはエイリアンだらけだ。どれ、私がこの宇宙船を案内してやろう」
ルーカスは少年の目の前で指をパチンと鳴らして、ついてこいと合図をした。
少年はキョトンとしている他の三人へと一度振り返ったが、見たこともない宇宙船の中が気になってルーカスの後をついていった。
「ルーカス様も成長したということでしょうか?」
「そんなわけあるか」と卓也が言い切った。「なにかを企んでるか、なにかを企もうとしてるかのどっちかしかないよ」
「それなら……止めませんと」
後を追いかけようとするデフォルトを、ラバドーラが止めた。
「それより先に、これからどうするかを決めるべきだ。私はさっさと過去へ追い返すべきだと考えている。そうしなければ、また時空の歪みに引っ張られる可能性が出てくるからな」
卓也は「僕はまったくわかんない」と疑問に眉を寄せた。「タイムスリップしたって言ってあげれば、向こうも協力的に動くもんじゃないの?」
「それは利口とは言えませんね……」
「同感だ」とラバドーラが頷いた。「ルーカスに最新兵器を渡すようなものだ。過ぎた知識や技術を教えても扱いきれないからな。それどころか、暴走を起こす。得になるようなことは一つもない。損するばかりだ」
「なるほどね。でも、ルーカスがレストを案内してるよ。それは大丈夫なの?」
「問題起こさないかということでしたら、大丈夫じゃないかも知れません……。ですが、知識や技術の話なら大丈夫です。おそらく何一つまともに説明できないでしょうから。支離滅裂な説明は、彼が元の時空に戻って話したとしても、妄想話としてしか受け取られないはずです」
「結局はDドライブに戻る必要があるな。あそこで拾ったんだ。どこかにタイムホールの扉がある」
ラバドーラの意見に、デフォルトは仕方ないと頷いた。
レストのハッチが自分達のタイムホールの出入り口だったように、少年も来たタイムホールを戻る必要があると考えたからだ。
「そういえば、少年のことで聞くのが遅くなりましたが、このDドライブは本物だったんですか?」
「たぶんね。地球人の記事もあったから、間違いないとは思うよ。でも、詳しいことは全然」と卓也は肩をすくめた。「もっとゆっくり見て周りたかったけど、あの子が現れたからね」
「強固なプロテクトも、タイムホールの影響だったのかも知れない。この私がハッキング出来なかったんだからな」
「ラバドーラさんでも? ……知的生命体がいることも考えて、慎重に行動しないといけませんね。もしかしたら様々なレーダーを遮断する術を持っていて、レストの探知に引っかからなかった可能性もあります」
「それは困る……。僕の美人探査レーダも反応しなくなるかも知れないってことだろ? 宇宙一セクシーな女の子のトップから順番に、連絡先を控えるつもりだったのに……」
「卓也さん……地球のログを手に入れるために、Dドライブに寄ったんですよ……」
「わかってるよ。でも、地球への帰り道に、アネンダ・デルルルカルド=ポニッシュのいる惑星があったらどうする? 知らなかったら、僕は素通りしちゃうんだぞ。そんな勿体ないことが出来ると思うかい? 安心しなよ。ちゃんとデフォルトにも女の子を紹介するから。いるんだよ、結構。異星人ダブルデートを好む女の子って。なんせ話題に事欠かないからね。でも、その前に、まず僕と練習だね。いかに情報を引き出すか、いかにその気にさせるか。チームプレイが重要だよ。まるで無重力フットボールの選手のようにね」
「……卓也さんはマスコットの中に入っていただけでは?」
「なんでも同じだよ。僕が一番得するんだから、そうと決まればDドライブへゴーだよ」
三人が今後のことを話している間。ルーカスは操縦室へ少年を案内していた。
「わかるかね? これが高エネルギーレーザー砲の発射ボタンだ。押せば銀河ごと消滅させる力を持つ」
「おそろしいですね……。宇宙技術がここまで進んでいるなんて……」
「そうだろう。一人の天才が思いついたものだ。孤高であって至高の存在だ。いつの世も天才は凡人という数の暴力に埋もれてしまうものだ。その名を――山田ルーカスと言う」
「もしかして、地球人が作ったのですか!?」
「それは言えん」ルーカスは少年に向かって、言葉を制するように人差し指を勢いよく向けた。「太陽系最重要機密に値することだからな」
「そうでした……ここでのことは口外無用でしたね……」
「そのとおりだ。だが、山田ルーカスという偉大なる男の名は覚えておいて問題ない。いつか生まれ変わり、再び地球に生を受けることになるやもしれん。数の暴力に負けないように、名だけでも広めておく必要がある。きっと宇宙を股にかける存在になるはずだ」
少年は「はい……」と感極まる声で返事をした。
「それと、トイレットペーパーは宇宙に出せる技術だ。異星人交流にも役立つ。決して生産を止めないように。……わかったな」
ルーカスは腫れた唇を近づけて脅すように言うと、少年は無言で何度も頷いた。
「よろしい。ならば復唱したまえ。ルーカスは天才である」
「はい、ルーカスは天才である」
「次だ。トイレットペーパーは偉大である」
「トイレットペーパーは偉大である」
「ハワード・ルイスは人のベーコンを勝手に食べる卑しい男だ」
「はい?」
「はい? ではない。復唱はどうしたのかね?」
「はい。ハワード・ルイスは人のベーコンを勝手に食べる卑しい男だ」
「よろしい。決して忘れるんじゃないぞ、少年。ルーカスの名を。そうだ!」とルーカスは思いついて手を叩いた。「ついでに私の写真を撮っておきたまえ」
「あなたの写真をですか? いいんですか?」
「当然だ。そして、その写真を人に見せる時はこう言うんだ。この宇宙人を見つけた男の名は、山田ルーカスだと。彼が地球の宇宙技術レベルを上げたと」
「宇宙人だと信じますかね……」
「世界が信じるまで、テレビでも雑誌でも使えばいいだろう。それでも信じなければ、子でも孫でも使って、後世でも伝えたまえ。まったく……」
ルーカスが少しは自分の頭で考えろと嘆いていると、デフォルトが二人を呼びに来た。
「少し手伝ってもらいたいのですが……よろしいですか?」
デフォルトは一応周囲を確認して、問題を起こしていないか確認をしたが、問題は何一つなかった。
「当然だ。さぁ、行くぞ」
ルーカスは少年の背中を叩くと、高笑いを響かせてハッチ室へと戻っていった。




