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惑星迷子  作者: ふん
Season3
70/223

第二十話

 球体の建物を中心に、六つのリングが重なることなく転回していた。そのスピードは各自違っていて、ある規則に従って三六〇度回っている。

 惑星と呼べるものではなく、宇宙ステーションという言葉が近かった。

 レストが近付いても警告はなく、桟橋にボートを止めるように穏やかに停泊できた。

「またですか……」と言うデフォルトの『また』には色々な過去の出来事が含まれていた。そして、そのどれもがよくない結果を生んでいることも事実だった。

「どうしたの? ドッキングしないの?」

 いかにも怪しげなこの機会の塊に乗り込もうとする無邪気な様子の卓也に、言葉を失ったのはデフォルト一人だった。

 ルーカスは腫れた唇の痛みと痒みを誤魔化す為にも歩き回りたかったし、ラバドーラもワームホールから抜け出すのに使ってしまった燃料補給をしておきたかった。

「生命反応はなし。無人だ。警戒する必要もないだろう」

 ラバドーラはデフォルトの心配など気にしないで、ドッキングの準備を始めた。

 レストをドッキングし終えても、Dドライブと思われる星からのコンタクトはなかった。それが、警告なのか受け入れることを容認したのかはわからない。このままレストに乗っていても確認する術はない。

 だが、離れるメリットよりも、近付くメリットのほうが大きいのがわかっているので、デフォルトも手伝うしかなかった。

 生命体がいないのに動いている機械というのは、なにかしら問題を起こしていることが多い。制御できなくなって放置されたものや、不法投棄されたものがなにかのきっかけで電源が入ったものなど、この宇宙にはごまんとある。

 なによりラバドーラの存在がまさにそれだった。自我を持ったアンドロイドがL型ポシタムという組織を作り、新たなルールや法を作り出して好き勝手やっていた。

 以前までのデフォルトは、この発生された自我というものをとても危険視していた。プログラミングからはみ出た行動は、普通は自我ではなく暴走と呼ばれるからだ。

 噂に聞く悪評は、まさしくアンドロイドの暴走だと思っていた。

 だが、ラバドーラと実際に会って話して過ごしているうちに、自我の芽生えとは生命の芽生えと受け取るようになった。今となってはラバドーラのことは、一つの生命体だと感じている。

 だからこそデフォルトは「やはり、変な感じがしますよ……」と、生命体が存在しない動いている機械に不安を感じていたのだ。

「そんなに心配なら、レストで待ってれば?」という卓也の提案に、デフォルトは頷いた。一人でも残っていたほうが、何か会った時にすぐに逃げ出せるからだ。

 全員でハッチ室まで行ったところで、「懐かしい感じがするな……」とラバドーラが呟いた。

「懐かしいというのは、生まれた場所に近いということですか?」

「いいや、生意気にプロテクトされている。これは私でも解除するのに時間がかかるな」

 久しぶりに高レベルの知的生命体が作ったものだと、ラバドーラは興奮気味に音を立てて排熱ファンを回した。

 その言葉はデフォルトに取って心配事が増えるだけだったが、ルーカスが「気持ちの悪い風だ……埃の詰まった古いパソコンのそばにいるようだ」とラバドーラの気に障ることを言って、言い合いを始めながらハッチ室を出て行ってしまったので、もやもやを抱え込んだままでいるしかなかった。



 反対に侵入した三人は陽気なものだった。なぜなら、ハッチ室から出てすぐの通路脇の空中ディスプレイに過去に発刊したと思われる雑誌の表紙が並んでいたからだ。

 これで、ここがDドライブだということがほぼ確定した。

「見て見て、『奇抜な宇宙服特集』だって。地球が初めて紹介された時のだよ」

 卓也は何もない空間に映し出されたディスプレイに触れると、適当に捲ったページを指差した。

「こんなみっともない格好をするなら私は死んでいる。時代遅れとタトゥーをしているようなものだ……」

 ルーカスは腫れた唇の奥で眉をしかめた。

「みっともないレベルだといい勝負だと思うけど。少なくとも今のルーカスは、人間が昔に想像してた宇宙人そのものだよ」

「高い知能を持ち、決断力があり、時代の最先端に立つふさわしい人物というところかね?」

「異端を異常だと思ってた時代の宇宙人の想像画と、鏡で合わせたみたいにそっくりだって言ってるの。ほら見てみなよ」

 卓也は『あなたに会いたい』という特集ページを開いた。これは地球人が宇宙人とコンタクトをとる企画の一つで、地球が宇宙暦を使う以前に想像していた宇宙人が本当にいるのか検証する企画だ。

 そこには今のルーカスそっくりのとても口が大きな異星人の写真が掲載されていた。

「そっくりな間抜け面だな。よかったな、そのままの顔で地球に帰れば有名になれるぞ」

 ラバドーラが腫れた唇を軽く指で弾くと、ルーカスは咆哮のような叫び声を上げた。

 その声は響き渡ることなく、騒音制御システムによって吸音された。だが、警備のロボットが派遣されることも、警報が鳴ることもなかった。

 ラバドーラはそのことを確認しながらも、強固なセキュリティの突破を試みようと、ディスプレイと自分の配線を繋いでいた。

 卓也とルーカスも昔の雑誌で盛り上がっているので、しばらくは深く侵入することなくその場にいることになった。

「ラバドーラも見なよ、これ」と卓也に話しかけられるが、ラバドーラは「忙しいんだ、バカ話はバカと盛り上がれ」と突っぱねる。

 しかし、強制的に画像を見せられたラバドーラは大笑いしてルーカスを指差した。

「ねっ? ねっ? そっくりでしょ」

 卓也がラバドーラに見せたのは、宇宙暦以前に『グレイ』と呼ばれていた宇宙人の写真だ。後ろに映るドアから見て、地球で撮られたものだろう。それが、以前に撮ったルーカスの画像と、あまりにそっくりだったことに二人して笑っているのだ。

 その写真はルーカスが見栄を張って、目を大きくしたり、手足を長くしたり、顎をシャープに加工させたりすることによって出来上がったものだ。

 ラバドーラはその時に撮らされた画像を読み込むと、自分の体に投影した。

「ほら、見ろルーカス。オマエが望んでいた本当の姿は、遥か昔に想像された知識に乏しい姿だ。どちらが時代遅れのポンコツだ。ええ?」

 ラバドーラはここぞとばかりに、ルーカスに過去に言われた鬱憤をぶつけだした。

「私のは中身が違う。たとえ外見が同じようでも、最新にアップデートされているのだ。乾電池に配線を繋ぐだけで光る豆電球とはわけが違うのだ」

「私のは最先端のレーザー光源だ。だからこそ、瞬時に体に投影でき、高解像でも映像がぶれることはないし、高輝度だから恒星の光が強くても薄くならずに投影していられるんだ。エネルギーの心配がなければ、撮影と投影を同時に使用し透明にだってなれる。そうやって囚人のオマエ達を騙してきたからな」

「聞いたかね? 卓也くん」

 ルーカスは腫れた唇で精一杯不敵に笑って見せた。

「聞いたよ……。ラバドーラに騙されて良かったよ。高解像度の胸の谷間なんて、肉眼だけじゃなかなか見れるもんじゃないからね」

「違う。倍の言葉で反論してきたということは、痛いところをつかれて必死になっているということだ」

「満足に自分の尻も拭けない男がなにを言っている。だからそんな顔になっているんだろう」

「拭くに値するトイレットペーパーがないからだ。なにがアンドロイドだ。尻を拭く紙すら作れんポンコツではないか。料理を作り、掃除もする――タコランパの方がよっぽど役に立つ」

「一つでも自分の手でやってから文句を言ったらどうだ?」

「私はやらせる側だ。まったく……地球では君のように我の強いアンドロイドは受け入れられんぞ。今のうちに私に媚を売っておけば、排尿時に私のイチモツを支え、雫を切る仕事を与えてやろう」

 ルーカスのバカにした深い溜め息に、ラバドーラはやってられないと歩き出した。ハッキングも上手くいかないし、バカの相手などしていられないとイライラしていた。

 卓也とルーカスもその後ろを続いて歩いたが、急にラバドーラが立ち止まったので、その背中に顔をぶつけてしまった。

 卓也はただ痛かっただけだが、唇の腫れたルーカスは大声で叫んだ。

 しかし、その声は一つではなかった。

 悲鳴のような声が二つ重なる。

 一つは間違いなくルーカスから、もう一つはラバドーラが見ている方向からだ。

 卓也は尻もちをついたまま、ラバドーラの腰を掴むと、前方を覗き込んで確かめた。

 そこには紛れもない地球人の少年が腰を抜かしていた。

 その青年はラバドーラを見て悲鳴を上げ、ルーカスを見て悲鳴を上げ、またラバドーラを見て悲鳴を上げた。

 卓也が「あれ、もしかして地球人?」と近付くと、青年は更に悲鳴を上げた。

「ヒューマノイド宇宙人とグレイに続いて、小型宇宙人まで……。僕はもう解剖されて死ぬんだ……」

 観念して目をつぶる少年の頬を卓也が強く叩いた。

「誰がチビだって……自分だって大して変わらないじゃないか」

 頬の衝撃に少し正気に戻った少年は卓也の顔をまじまじと見ると、驚いて目を見開いた。

「あれ……地球人ですか?」

「そうだよ。なんだと思ったのさ」

「宇宙人と一緒にいるもので……てっきり……」

「あぁ」と卓也は納得した。

 唇が異常に腫れたルーカスと、グレイそっくりの姿のルーカスの姿を投影しているラバドーラ。この二人を見たせいで、少年の目には卓也も宇宙人に変換されてしまったのだ。

 それから何度説明しても、ルーカスもラバドーラも異星人だとしか思わないという少年に、卓也は諦めて、二人は捕獲した宇宙人だということにした。

「それで君はDドライブでなにしてるわけ?」

「Dドライブとは?」

「この惑星の名前だよ。僕が宇宙一セクシーな男に選ばれた名誉ある雑誌が発刊されてる星さ」

 少年は「はぁ……」と首を傾げた。

「まさか裸の王様を購読してないの?」

 卓也の言葉に少年は同じように首を傾げた。

「なんのことかさっぱりです。自分は宇宙生活訓練中の学生で、木星にある人工衛星都市で過ごした帰りの宇宙船の中だったんですが……」

「学生?」

「はい、十四歳です」

「僕らの学生時代に、衛星都市での実習なんてあったけ?」

 卓也の記憶では太陽系という近場での実習はなかった。実習するほどの距離ではなく、惑星の上空に浮かぶ衛星都市は、十に満たない子供でも一人で移動できるからだ。

 ルーカスは宇宙人だと紹介されたことに不満を感じ、腫れた唇を尖らせて更に大きくしていた。

「私に聞くな。私はヒューマノイド型宇宙人だ。地球のことなど知らん。知ってるのはただ一つ。十四歳の子供と、二十五歳の君が同じ身長だということだ」

「身長は同じでも中身が違う。僕のが洗練されたセクシーな男だ。覚えたてのお猿さんと一緒にされちゃ困る」

 卓也とルーカスが言い合っていると、少年が意を決したような表情で聞いた。

「あの……助けてくれたわけではないんですか?」

「助けた?」

「はい……衝撃に襲われて気絶したので、宇宙ゴミにぶつかったのだと思っていたのですが……。目が覚めたら見たところもない場所に一人。不安にさまよっていたところでお会いしたわけです」

「むしろ地球人なら、僕らが助けを求めたいわけだけど」

 今度は卓也が首を傾げた。

 二人の噛み合わない様子を見て、ラバドーラはデジャブを感じていた。いや、錯覚ではない。ほぼ確信めいたものだ。

「……今が何年か聞け」

「何年って宇宙暦何年かってこと?」

「私じゃなくて、子供に聞けと言っているんだ」

「あそこのグレイが宇宙暦何年だってさ」

「僕は宇宙人の年の数え方はわからないんですが……」

「異星人の年の数え方なんて、僕もわからないよ。僕らの地球の紀年法のことだよ。今は宇宙暦三〇五年じゃん」

 少年は眉を寄せて考えると、「西暦で言ってもらってもいいですか?」と申し訳無さそうに聞いた。

「西暦って……」と卓也は困った。「ルーカス、西暦の終わりっていつだっけ?」

「古い時代のことなど、私が知るか。常に新しい道を切り開いている私だぞ」

「あー……とにかく」と卓也は少年に向き直った。「西暦の終わりに三〇五を足せばいいんじゃないの?」

「西暦が終わったんですか!? 僕が宇宙に出ている間に? もしかして……世界戦争が……」

 少年が顔面蒼白になると、卓也は笑い飛ばした。

「宇宙戦争の時代に、世界で戦争してる暇なんてないって」

「やっぱりな……」とラバドーラが冷静に呟いた。「私とデフォルトが体験したことと同じだ」

「それって、過去の僕らに会ってきたってやつ?」

「少し違う。今回は過去の人間が会いに来たということだ」

「つまり彼は過去の地球人ってこと?」

「そうかどうかは、私よりも二人のほうがわかるだろう」

 ラバドーラはルーカスと卓也の顔を見るが、二人共首を傾げるだけなので、デフォルトに意見を聞くためにも仕方なくレストへと戻った。






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