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惑星迷子  作者: ふん
Season1
7/223

第七話

 卓也のついた重い溜息は、実体があるのならばきっとドライアイスのようで、枕元から垂れ落ち、床の上で広がりきって消えることもできず、しばらく悶々と燻っているだろう。

「大丈夫ですか?」

 心配をするデフォルトに、卓也は無言で首を横に振ってから「ダメ……」と小さくつぶやいた。

 ルーカスの食中毒が完治してから二日後。今度は卓也がベッドに伏せっていた。ベッドにいる間は、何かを読むわけでもなく、何かを言うわけでもなく、時折脱ぎかけの靴下を踵まで履いたり、また土踏まずまで丸めたり、それを器用に足先でやるだけだった。

 かといって、四六時中ベッドにいるわけではなかった。ご飯は一日しっかり三食を食べるどころか、おやつまでしっかりいただく。今日もデフォルトが見様見真似で作ってみたスコーンを食べながら、ルーカスとボードゲームをし、どちらからともなく卑怯な手段が横行し始めて、終わりには口喧嘩に発展していた。

 平たく言うと、ほとんど前と変わらない生活を送っているのだが、ベッドでぐずる時間が増えていた。

 いくら聞いても理由を言わないので、デフォルトは小さな声でルーカスに訪ねた。

「卓也さんは大丈夫ですかね。食中毒が感染したわけじゃないのですが……新たな病気でしょうか」

 ルーカスは「病気だ」と、声を潜めずに答えた。「もっとも、食べたくても食べたいものがないのだから、食中毒にはなりようはないがな」

「スキャンした結果。お二人に持病はなかったので、新たに発症したのでしょうか」

 デフォルトはホログラムスクリーンに、ルーカスと卓也の二人分の診断結果を映し出した。

 二人の3Dの裸体モデルは、X軸Y軸Z軸に移動から回転、拡大まで、好きなように動かすことができるが、これをホログラムスクーンに映す意味はまったくない。

 デフォルトは地球儀でも回すように回転させて、色々な情報が入っているとわかりやすく見せただけだ。

「待ちたまえ……。勝手にお触りをし、舐めるように見て、画像に保存したというのかね? 私の肉体を」

「はい、なにかあった時に副作用や不備があったら困るので、しっかりデータを集めさせて頂きました。もう、安心して病気になって頂いて構いません」

「これが宇宙中にばらまかれでもしたら、私は多大な迷惑を被ることになるとは思わなかったのかね?」

 ルーカスが強く叩きつけるように手を振り下ろすが、ホログラムは消えることなく、縦に縮小しただけだった。

「多大な迷惑を被るのはルーカスじゃなくて、宇宙中の皆のほうだよ……。そんな情報ウイルスと変わんないもん」

 卓也はベッドから起き上がると、ホログラムを引き伸ばし、中に入っているデータを確認し始めた。

当然中には二人分のデータしか入っていない。

 自分とルーカスの名前を確認すると、卓也はまたベッドの上へと戻っていった。

 デフォルトに「あの……」と怪訝な視線をぶつけられた卓也は「女の子と喋りたい……」とため息をついた。

「これが地球人がかかる恋の病というやつですか?」

 デフォルトの疑問に、ルーカスは渋い顔でフンっと鼻を鳴らした。

「いいや、男の性欲というやつだ。こじらせ過ぎて、ほどくのに時間がかかる。しばらくはあのままだ」

「繁殖行動の必要性はわかりますが、最適条件を満たしていない状態でも人間は発情するんですね」

「満たしていようがいまいが、この男はいつでも発情している。今日の夜にでも直接頭を輪切りにして脳を見てみるといい。脳のシワで煩悩と書かれているはずだ。それに、愚かともな」

 ルーカスはここぞとばかりに責め立てたが、卓也は真夏の炎天下に茹だるようにぐったりするだけだった。

「宇宙で出会うとしたら、間違いなく地球人ではありませんね。そもそも異星人との星間交流というのは非常に難しいんですよ。価値観から文化、体の作りまで何一つ違いますから……。出会えたのが、ルーカス様と卓也さんで助かりました」

「私の交渉術を持てば、タコランパ星人だろうが、彼の有名な『フィリュグライド』だろうが、名高い『L型ポシタム』だろうが、円滑に話し合いを進めることができる」

 ルーカスは自己陶酔に満足気に笑みを浮かべるが、デフォルトは言いにくそうに顔を歪めていた。

「あの……そのことなんですが……。もし、コンタクトがあったらルーカス様は先立たれないほうがよいかと……」

「なぜだ?」

「あの……異星人交流というのはとても繊細なものなので……。あの……ルーカス様のようにですね……」

「前にも言ったが、あのあのばかり言っていないでハッキリと言いたまえ」

「傲慢で不実であり、支配欲の強い方が面立つと、なにかと問題が出てしまうかと……」

 先程まで言い淀んでいたのが嘘のように、デフォルトは言われたとおりハッキリと答えた。

「支配欲というのは厄介なものだ。その言葉で、なんど適性検査を落とされたことか……。支配的思想が、危険思想がと、皆私の台頭を恐れ、私を便所に閉じ込めたのだ」

 ルーカスは恥じることなく、むしろ特別視されていたと言い気になっていた。

「とにかく、あまり見下すと問題に発展してしまうので、コンタクトは自分に任せてほしいのですが……。特に、フィリュグライドとL型ポシタムの場合は絶対に」

 ルーカスは「このレストは私の船だぞ」と不機嫌に言い張った。その態度を取れるのも、デフォルトの心配の要因を何一つわかっていなかったからだ。

「たぶん名前しかご存じないと思うので言っておきますが、二つとも悪名高い宇宙犯罪組織ですよ……。出会うより、首を落とされるほうがマシだと感じるくらい極悪非道の……」

「下等生物になにを怯えているのだね……」ルーカスはため息を一つ挟んだ。「だが――下等生物如きに私が出張る必要もないだろう。同じく下等生物の君が相手をしたまえ」

 ルーカスは余裕の態度を崩さないまま、デフォルトの後頭部なのか背中なのかわからない部分を叩いた。

「そうさせてください。こんな小さな船を狙うことはないと思うのですが……念の為にと。出過ぎた真似をしてすみませんでした」

「いいんだ。この男よりはよっぽど役に立つ」と、ルーカスは信号をキャッチしないかと電磁波観測モニターに繋いだタブレット端末を死んだ目で眺める卓也を見た。「今さら宇宙を漂うボイジャーでも探すつもりかね?」

「いいからほっといて……一人にさせてよ」

 卓也は拡大と縮小を繰り返し、わずかな電磁波でもないかと探しながら、力なく言った。

「そうするとも。こんなジメジメした男のそばにいたらカビが生える」

 部屋を出ていくルーカスにデフォルトも続くが、部屋から出る前に卓也に注意を促した。

「偽装信号には気を付けてくださいね。プログラムに侵入して、宇宙船の軌道を変えられることもありますから」

 卓也は「僕はルーカスほどおマヌケじゃないよ」と返事をすると、大きなため息を部屋に響かせた。


 隣の部屋へと移動したデフォルトは早速、端末にあるオフライン資料を読み漁っていた。

「人間というのは複雑な生き物なんですね……。心の病がこんなにたくさん」

「あの男は頭の病だ。もしくは一文字減らして玉の病だ。未知の惑星で子作りができるかという実験があれば、被検者に真っ先に奴を推薦する。つまり、心配は無駄だということだ」

 ルーカスはため息を利用しデフォルトが淹れた緑茶を冷ますと、音を立ててすすった。

「なにかをしてあげられれば、気をそらせて楽になると思うのですが……。突然異性体が恋しくなった原因はなんでしょう」

「簡単だ」ルーカスは半笑いで言った。「後生大事に抱えて眠っているエロ本のせいだ。どこで見つけたかは知らんが、実にくだらん。時代を逆行するにもほどがある」

「それにしても……紙というものは、ずいぶん長く保つものなんですね」

「あれは二百年前に作られたレプリカだ。それを博物館の貴重資料用の劣化を防ぐ光反紙でコーティングしておるのだ、あのアホは」

「それなら……しばらく干渉しないほうがよさそうですね」



 それから三日の間。今と同じような状態が続き、四日目になると、とうとう卓也はベッドから出てこなくなった。

「そのままベッドと添い遂げるつもりならば、遠慮なく言いたまえ。とことん見下してやる。まぁ……今までと変わらずだ。存分に抱擁しあっていたまえ」

 ルーカスは卓也が包まっている布団の塊に向かってボードゲームの駒を投げた。

 布団の中からは「神様に祈りを捧げてるんだから邪魔しないで」と、こもった卓也の声が聞こえてくる。

「祈ったところで、女が降って湧いてくるわけでもあるまい」

「そんなのわかってるよ。だから、不幸な事故で宇宙を漂流してる女の子に会えるように祈ってるの。不幸な女の子がいますようにって」

 卓也は布団から顔だけ出すと、至極真面目な顔でルーカスを睨みつけた。

「アホも極まれりだな……。好き勝手するのは構わんが、クルーとして会議くらいに参加してはどうかね?」

「会議って、ルーカスの言葉に全部頷こうゲームのことでしょ。そんなの、体調が良くても参加しないよ。それより、真剣に僕は僕の幸せのために祈ってるんだから邪魔しないで」

 卓也は布団に潜ると、中で呪文のようにぶつぶつと唱えだした。

 そして、ルーカスとデフォルトが寝静まった頃。卓也はベッドではなく操縦室にいた。といっても、レストを操縦するためではない。そもそも卓也には動かし方がわからない。

 操縦室にいる理由は、レーダーに他の宇宙船が映らないかと確認するためだ。

 しかし、レーダーには静止ターゲットを示す黄色と、超新星爆発により屑になって光速で移動する星や、役目を果たし軌道から外れた宇宙ゴミ。それにすれ違う他の宇宙船などの移動ターゲットを示す赤色ばかりが映っている。

 卓也が待ち望んでいるのは、ピンク色だった。これは赤と同じく移動ターゲットのなのだが、自船に接近してくるものを指す。

 移動ターゲットには移動方向と速度がわかるように、青色のエコー残像がつくのだが、どれも一定の動きを崩さず、宇宙船のような動きはない。

 宇宙船ならば衝突を避けるためになんらかのアクションがある。アクションは全宇宙共通ではないが、星とは違う動きをするのが常だ。友好的ではない船ならば、あからさまに不審な動きをするので、どのみち問題はない。

 問題があるとすれば、燃料が切れて、アクションも起こせなくなった漂流船だ。地球の宇宙船ならば、装甲に使われている素材が自発する微弱な電磁波を頼りにじっと待つしかない。

 太陽系内ならば発見に効果的に使われるが、銀河団まで飛び出してしまってはまったく役に立たない。ましてや、造りも素材も違う異星人の漂流船を見付けるのは不可能に近い。

 しかし、不思議なことが起こった。

 卓也が念の為に、レーダーから外側監視モニターに変えて周囲の様子を確認していた時だ。

 レストに不可解な救難信号が届いたのだ。

「メーメー。メー……デー……メーデー……メーデー! こちら……――号。誰かいませんか?」

 地球の言葉で、メッセージは文字ではなく音声。

「こちらレスト、こちらも漂流中。さよなら。宇宙の果てで運命的に出会うなら、今度は女の子を連れてきてね」

 卓也は言うだけ言うと通信を切った。こんなところで、さすがに地球人に会うことはない。暇つぶしに応答しただけだったのだが、「メーデー! メーデー! こちらデスティニー号。どうぞ」と、相手の声が女性のものだと感じるとすぐさま応答した。

「メーデー確認。こちらレスト。もう一度コールサインと、どんなトラブルに陥っているか、最後にスリーサイズを上から、どうぞ」

 卓也は相手からの返事を待つために、通信機を切った。

「レスト、こちらデスティニー号。チキュワで登録された宇宙船です。この宇宙域で燃料タンク破損による小規模爆発により遭難中。救助を求めます」

「了解。救出人数と、性別と、スリーサイズを上からどうぞ」

「……そちらは何人ですか?」

「三人。宇宙でもっともセクシーな男に選ばれた男が一人と、その他二名」

「……こちらも三人です。女三人」

 卓也は「神様ありがとう……」と、両手を合わせて祈ると、声色を真面目なものに変えて「すぐ救助に向かう」と通信を切った。

 子供が親を出迎えるような足音を立てて走った卓也は、すぐさまデフォルトとルーカスの二人を起こして、事情を説明した。

「あの……怪しさしかないのですが……。都合よく地球の宇宙船がいて、都合よくこちらと同じく三人組。それも都合よく別の性別で」

 あまりに都合の良い展開に怪訝に思うデフォルトだが、舞い上がった卓也に通じることがなかった。

「なんでさ。僕の祈りが通じただけだろう」

「アホの言うことはともかくだ。様子を見るのは悪くない。もし、彼女らが何らかの原因で遭難していたら、私達もその何らかの原因で遭難するかもしれない。話を聞くだけ聞いてみよう」

 ルーカスはうつむいてモニターを見ながら、あまりに真剣な声で言ったので、デフォルトも「そのとおりですね」と肯定した。

「なら準備を始めようではないか」

 ルーカスの言葉にデフォルトは頷いた。

「船を近づけて、ドッキングの準備ですね」

「違う……。気が早いぞ……デフォルト君。まずはシャワーを浴びてからだ」

 デフォルトがモニターから振り返ると、ルーカスは浮かれ気分で足取り軽く操縦室を後にしているところだった。






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