第十九話
翌日、ルーカスの唇は腫れに腫れ、口元はまるでピエロのメイクをしているかのようだった。
「ルーカス……安静にしてなよ。もう笑えないぞ……」
寝転がった卓也が眉をしかめて言うと、ルーカスの唇が卓也の声がした壁を見た。
「なにか言ったかね? ……耳だれがひどくてよく聞こえんのだ」
そう言うとルーカスは横を向いて、ひな鳥のように食事を待った。
ルーカスの肛門のようにすぼまった小さな口の中に、デフォルトが作った流動食を流し入れると、卓也は口の端をニヤリと吊り上げて笑った。
「やっぱりまだ笑える。写真を撮っておこう。……なんか前にも似たようなことがあったような」
卓也が茶化してこっちを向いてと言うが、唇が腫れているせいで頬が押し上げられ、目も上手く開けられないので、なにをされているのかも、なにを言われているのかも、ルーカスにはよくわかっていなかった。
「レストの環境だけではワクチンも作ることが出来ないので、ルーカス様には我慢してもらうしかないですね」デフォルトは卓也の分の食事を並べながら言った。「一応卓也さんには交代があるので、いざとなったらどうにかしてみますが……」
「大丈夫大丈夫」と卓也はルーカスの顔を見て笑いながら言った。「唇が腫れたってことは、もう完治に向かってるってことだから。今は唇星人だけど、そのうちかさぶた星人になって、元のアホのルーカスに戻るから」
「ならいいのですが……」
「いいのいいの。さぁ……えっと……続き続きと――」と卓也は視線を手元のタブレット端末へと戻した。「あなたはの下着の色は、一、黒。二、白。三、履いていない――ぜったい三だね。あなたの胸の大きさは、一、小さいほう。二、大きいほう。どうせなら巨乳がいい……二だね。肌の露出は多ければおしゃれだと思っている。イエスかノーか。食い気味のイエス。次は……一夜限りの愛も愛の一つの形だと思ってる。聞かれるの前からのイエスで――ゴール。なになに……あなたはビッチタイプ。誰にでも体を許し、またそれを愛の経験値だと思っている。やったね! エッチの塊じゃん、僕」
卓也はガッツポーズをすると、デフォルトにタブレット端末を差し出した。
「自分はやりません。それより、食事を済ませちゃってください」
「うーい」と適当に返事をした卓也は、タブレット端末をラバドーラに押し付けて椅子に座った。
「まったく……こんな生産性のないものを作っている星に向かうハメになるとはな……」
ラバドーラはタブレット端末を流し見して項垂れた。何一つ情報を保存しておこうとは思わない内容ばかりだからだ。
「イエス・ノーのチャート問題は人類が生み出した最高傑作だぞ。世間話にも、口説くのにも、暇つぶしにも、詐欺にも使える万能ツールだ」
「……あなたは何系女子とタイトルに書いてあるぞ」
ラバドーラは先程まで卓也がやっていたイエス・ノーチャートのページを開いて指差した。
「知ってるよ。だから、女の子になったつもりでやってたの。変わらず、自由恋愛主義で安心したよ。僕は女の子になっても僕のまま。レズビアンでもやっていける自信ができたよ」
「卓也さんは地球生物学的に男なわけですが……」
「なら異性愛を楽しむだけ。僕は変わらない。でもたまに女の子になってみたい願望ってない?」
「自分はないですね。そもそもあまり性別という概念がないので。自分も地球生物学的に捉えたら、男というグループに分類されるだけですから」
「それは損してるよ。考えてもご覧よ。女と女。目に邪魔なものがない世界。いるのは綺麗な僕に、美しい女の子。僕が独裁者なら、寝室は鏡張りにするのを義務付けるね。税金より何より、寝室には大きな鏡を。現に宇宙は同棲生殖の方が多い。僕もいつか女の子同士でイチャイチャしてみたいよ。そう思うだろう?」
聞かれたラバドーラは、適当にページを捲りながら聞き返した。
「なぜ私に聞く」
「だって、今現在男にも女にもなれるのってラバドーラだけじゃん。ねぇねぇ、女の子になるってどんな感じなの?」
「私はアンドロイドだぞ。男になろうが女になろうが、なにも変わらない。そんなことより、どんだけ知能が低い宇宙生物なんだ。こんな内容に情報がないものを作れるだなんて」
ラバドーラはもう見ていられないと、タブレット端末をテーブルに置いた。
そのページには『宇宙スキャンダル!! 惑星融合は本当に起こっていた!?』と書かれていた。
「さぁね、僕が作ってないことだけは確かだ」
卓也は食事を頬張りながら、雑誌の続きを読んでいた。
「よく、どの惑星で誰が作ったかもわからないような。宇宙情報誌を買う気になれるな……」
「地球じゃメジャーな雑誌だよ。皆読んでる」
「そういうことじゃない。セキュリティーの話をしているんだ。惑星通信なんて、よっぽどの友好銀河団内か緊急事態以外でしないものだろう」
「そうなの? なんで?」
「どんだけ簡単に情報が抜き取られると思っているんだ。回遊電磁波なんていうのは、一度繋げば尻の穴までさらけ出すようなものだ。私が知っている宇宙船で最低クラスだぞ。このレストの電磁シールドは」
「だからいいんじゃないの? ラバドーラがレストに接続したらフリーズするように、他の星人が乗ってる宇宙船だって、レストの情報を手に入れても解読不可能だよ。解読したところで大した情報があるわけでもないし、レトロこそが最高のセキュリティーってこと」
「いいか……そのレトロって言葉は二度と使うな」
「なら、古臭い?」
「もっとダメだ」
「なんて言えばいいのさ」
「そうだな……」ラバドーラはタブレット端末手に取ると、辞書の検索を始め一瞬で終えた。「ヴィンテージだな。これくらいの言葉の意味なら許容範囲だ」
「たいして変わらないじゃん」
「なら、その背の低さを可愛いじゃなくて、情けないって形容してもいいんだな?」
「それは話が変わってくる。女の子に小さな胸だねって言うかい? 男は可愛いねとか、綺麗だよって言って誤魔化す。なぜなら――それが礼儀だからだ。まぁ、脱がした後は大きさなんて関係なくなるってのもあるけど」
「また関係のない話を……」
ラバドーラはこんがらがってきたと、ため息を付いて少し排熱をした。
「関係あるよ。最後まで聞いてなかったのかい? つまり大きさなんて関係ないってこと。男女ともに響く言葉だ」
「なんて無駄な会話だ……」
「雑談ってのは、いかに中身がないかだよ。結論はなし、だらだら続けられる。でも、いつでも切り上げられる。この三つさえ大事にすれば、全宇宙の女の子の八割と仲良くなれる自信があるね。その為に僕は『Dドライブ』に行く必要があるんだ」
「ずいぶんと熱心だが、生産性のない雑誌を作っている組織がある以外に、なにをしている惑星なんだ?」
卓也は「さぁ?」とフォークを咥えたまま首をかしげるが、もうラバドーラはそこに突っ込む気はなくなっていた。
「地球に購読者がいるのなら、情報通信のためのログはあるだろうが……。問題はどう手に入れるかだ。遭難しましたからといって、ログを無償で受け渡す宇宙組織など、犯罪組織も含めてほどんど存在しないぞ。私も随分それでふっかけていたからな。宇宙では命よりも情報のほうが価値が高い」
ラバドーラの言葉の重みにつられて、卓也も真剣な顔になり声を低くした。
「たしかに……情報は慎重に扱わないとね。せっかく手に入れてもストーカーだと思われたら、スタートラインにも立てない」
「何の話をしている?」
「せっかく女の子の情報も入ってるんだぞ。地球のログと一緒に持っていかないと。宇宙一セクシーな女性に選ばれたアネンダ・デルルルカルド=ポニッシュはもちろん。他の宇宙一のセクシー候補の女の子達の情報もDドライブにはあるんだぞ。僕は絶対に手に入れるぞ……」卓也は強く自分の心に誓うと、タブレット端末を手にとった「ついでに、この写真も潜り込ませるんだ」
卓也がラバドーラに見せたのは、前に撮ったルーカスの写真だ。見栄を張って加工に加工重ねた結果、古き良き時代の宇宙人そっくりの姿になっている。
「これは映像を投影した私じゃないか」
「そうだけど。元はルーカスなんだから、ルーカスだよ。題して『時代に囚われた宇宙人』どう?」
「情報は正確じゃないと意味がないだろう……」ラバドーラはタブレットを奪い取ると、ルーカスの元へ行ってカメラを向けた。「加工などしなくても、十分見世物に出来る」
フラッシュが焚かれると、よく見えていないルーカスは「なんだ!? 今の光は? 襲撃か! 私を助けろ!」と立ち上がった。
しかし、すぐ目の前のテーブルに膝をぶつけ、痛みにのたうち回っていると、ぶつけた衝撃で宙に飛んだ食器がまだ熱い流動食をルーカスの顔面に垂らした。
ルーカスが叫ぶと、慌ててデフォルトが駆け寄った。
「悲惨だけど……まだ笑える」と卓也は、その光景を見てニヤニヤしていた。
さらに数日経ったが、ルーカスの唇の腫れは引くことはなかった。変わったことといえば、唇が岩肌のようにひび割れてきていることくらいだ。
「まるで顔面がかさぶたになったかのようだ……」
ルーカスは顔をしかめて言った。痒いが唇に触れれば激痛が走るので、酸っぱいものを食べた時のように、顔のパーツを中心に集めるような顔をして、痒みの波が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。
「かのようだ――じゃなくてなってるよ。まるで肥満のチャウチャウだ。せっかくDドライブに到着するっていうのに、そんな顔でどうするのさ。降りたら人が集まってくるんだぞ。なんて言ったって、宇宙一セクシーな男の僕が来るんだから。独占インタビューとかもあるのに、横にそんなみっともない顔の男がいたらカッコつかないだろう」
「なにがカッコつかないだ。コソコソ作戦会議をしおって……私はまだDドライブに行くことすら納得していないのだぞ」
「コソコソなんかしてないよ。はっきりルーカスの悪口を言ってたよ。耳垂れのせいで聞こえなかったんだろ。なんならもう一度悪口を言おうか?」
「まったく……君とじゃ話にならん……デフォルト君!」
ルーカスが威厳たっぷりに言うと、デフォルトに「身の回りのことでしたら、少しの間自分でやってください」と、母親のように返された。
「そうではない。Dドライブは安全な惑星なのかと聞いているのだ。それに私の世話をするのは君の仕事だ。政務に忙しい王者には、常に世話をする側近がいるものだからな」
ルーカスが指を招いて喉が渇いたと合図を送るので、デフォルトは一度ため息を付いてから、ストロー付きのコップを渡した。
「安全かどうなのかはまだわかりません。レーダーに惑星らしきものが映らないので……」
デフォルトは自分の目が間違っていないかと、確かめるような視線でラバドーラを見た。
「惑星のエネルギー反応はなしだ。だが、そろそろ見えてもおかしくないはずだ。回遊電磁波で拾ったものが本物ならばな」
ラバドーラの言葉に、卓也は心外だというように床を強く踏んだ。
「アネンダのおっぱいは本物だよ! あれを偽物のおっぱいだと言うなら証拠を見せてほしいね。よくいるんだよ。実際に自分の目で見てきた分母が少ないから、了見が狭くなる男って。画像だけで造詣に深くなれるわけないのに、勝手に識者になったと思ってソムリエ気取りの奴。ファンタジーみたいなふわふわした知識なのに、リアリティーを持って語ろうとするから、矛盾が生まれるんだよ。重力に逆らっているのに柔らかい。矛盾を持っていいのは、おっぱいだけだよ。まず、そこを理解しないと話は続けられないね」
「……Dドライブへのログの話だ。途中でダウンロードしたヌード画像の話じゃない」
「あっ……そ……。なら、話を続けて」
「だから、回遊電磁波の情報は偽物の可能性はないかと聞いているんだ」
「僕が偽のヌード画像と本物のヌード画像の区別がつかないとでも思ってるの? これは本物のヌード画像。僕が想像した通りの裸だもん」
情けない話だが、度を越した女好きの卓也の言葉が今一番信憑性のあるものだった。
しかし、それが本当の話なら、もう惑星の姿をレーダーに捉えてもいい頃なのも事実だ。
ラバドーラは年のために、レーダーをテレビをザッピングするように切り替えていると、一つの画面に反応が出た。
それは惑星のエネルギー反応ではなく、宇宙船や宇宙ステーションに反応するレーダーだった。
「おかしいですね……このレーダー通りだとすれば、交信が入ってくるはずですが」
デフォルトが首を傾げると、ラバドーラは首を振った。
「入ってこないということは、友好的ではないということだな。タチの悪いタイプのなにかがいる」
「根拠は?」
「私はL型ポシタムのボスだぞ。わざわざ交信などしてやらんからな。交信する奴など二流だ。まず混乱させてイニシアチブを取るものだ。あと考えられるのは、知的生命体のいない無人の船やステーションだ。そしてどうやら後者のようだな」
ラバドーラは十分な距離まで近付いたので、生命反応がないのを確認した。だが、普通の宇宙船や宇宙ステーションでは使わないほどの巨大な電気エネルギーも確認できた。
「このエネルギーの大元が、どうやらDドライブらしいですね」
「タチの悪いタイプのなにか。というのは間違っていなかったようだな……」
知的生命体がいないのに、電気エネルギーで動いているのに不安を感じていた。
だが、そんなことはお構いなしに卓也は宇宙船を着陸態勢にした。
「卓也さん!?」
デフォルトは卓也が宇宙船を操縦していることに驚いた。
「昔誰かに操縦を覚えたほうがいいって言われて、着陸と発進だけは覚えたんだ」
デフォルトは方舟へタイムワープした時に、卓也に余計なことを言わなければよかったと、Dドライブに吸い込まれていく中で後悔していた。




