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惑星迷子  作者: ふん
Season3
67/223

第十七話

 宇宙生物が形状を変えた瞬間。モニターには重力震の変化が見られた。

 デフォルトはすぐに放送を使って、身近なものに捕まって身をかがめるように言った。

 重力制御装置では制御できないほどの重力震が襲ってくるのがわかったからだ。宇宙生物が形状を変えた時に、溜めていたエネルギーが一部放出されてしまい、それがレストを襲った。

 強い揺れは一度で収まり、宇宙生物もまた同じ形状に戻っていた。

 デフォルトはすぐさま原因究明の為に、ルーカスの元へと向かった。卓也は自分のそばにいたので、なにもしていないのがわかっている。なにかをするならルーカスだと判断した。

 デフォルトより一足先に戻ったラバドーラが「なにをした!」と叫んだ。

「私はなにもしていないぞ」

 ルーカスは床に叩きつけられたままの格好で言った。

「ルーカス様……いったいなにをしたんですか?」

 デフォルトは駆けつけるなり、ルーカスのせいだと決め込んで聞いた。

「私はなにもしていない……」

「ルーカスがなにもしてないって言う時は、なにかしてる時だよ」

 少し遅れてやってきた卓也も同じ意見だった。

「私はなにもしていないと言っているだろう!!」

 ルーカスは叫ぶと、腹痛に歯を食いしばって床を転がりまわった。

「この様子だとなにも出来なさそうですが……」と、デフォルトは制御室を見回した。見慣れないコードを目で追い、繋がっているコントロールパネルを覗くと「これは?」とラバドーラに聞いた。

「エネルギー変換器だ。そこに転がっている集音器をレストのエンジンに貼り付けて使うつもりだ」

「電源が入っているようですが」

「本当だな。だが、この生活音くらいではびくともしないようだ」

 ラバドーラはコントロールパネル横のモニターに宇宙生物を映し出した。

 こちらの話し声などはまったく届いていない様子で、再び丸まってエネルギーを溜めているようだ。

「やはり聴覚器官に直接繋ぐのが良さそうですね。それで、宇宙生物の聴覚器官なのですが――」

 デフォルトとラバドーラがそれぞれ経過報告をしてる横で、卓也はルーカスの後頭部を見下ろしてしゃがみこんだ。

「そんな辛いならトイレに籠ってれば?」

「もう腸の中は空っぽだ。……きっとあの缶詰の中に寄生虫がいたに決まってる。私の栄養をすべて食い尽くしたのだ……」

「僕も同じものを食べたんだぞ。でも、この通り元気だ。他になんか拾い食いしたんだろ」

「私をアリと一緒にするな。あのアンドロイドが何か仕込んだに違いない……。私の優秀さを妬んでいるからな」

「どっちかというと恨まれてそうだけど。だいたい、ご飯の用意はデフォルトじゃん。デフォルトはそんなことしないぞ、お腹でも出して寝たんじゃないの?」

 卓也の言葉にルーカスはハッとした顔で目を見開くと、そっとお尻に手を添えて絶望の表情を浮かべた。

 お尻の割れ目の位置から盛り上がったズボンを見て、卓也はそっと距離をとった。

「まさか……ルーカス……」

「違う!」とルーカスは漏れてはいないと否定した。「方舟が爆発して、今年は予防接種を受けていないのだ!」

「それって、前に言ってた一生に一回でいいはずの予防接種だろ? 宇宙空間で浄水を繰り返した水でしか繁殖しない地球型宇宙増殖ウイルスの。肛門からしか感染しないはずだけど……」

 この感染症は抗体ができやすく、普通の人間は一度予防接種を受ければ一生症状がでないはずだが、ルーカスは何度ワクチンを打っても抗体が出来ず、毎年予防接種を受けることによって発症を予防していた。

 それが監獄惑星に囚われている間に一年以上経過してしまった。レストにピンポイントのワクチンがあるわけもなく、ルーカスの体は無防備なままになってしまっていた。

「もしかしたら……最初に腹を下してトイレに籠った時に、トイレットペーパーを水で湿らせたのが悪かったのかもしれない……」

 ルーカスは床に突っ伏したままの格好で、過去の自分の行いを悔いていた。

「悪かったもなにも、それしか原因がないじゃん」

「残り少ないトイレットペーパーで、効率的に尻を拭くための知恵なのだ――いや、待て! まだ発症したとは言い切れん……」

 ルーカスはベルトに手をかけると、もぞもぞと下半身を動かして脱皮するようにズボンを脱いだ。そして、四つん這いになると気持ち腰を高く上げて、お尻を左右に振った。

「まさか……僕に確認しろって言うんじゃないだろうね……。ルーカスの肛門を……」

「恥ずかしがっている場合かね。船長の一大事だ。感染の恐れがあるのだぞ! 私の尻を見ろ」

「……絶対に嫌だね。普通でも嫌なのに、ついさっきまでトイレに籠ってた男の肛門だぞ。地獄の門に足を踏みれる方がまだマシだよ」

 ルーカスはお尻を丸出しにしたままで、しばらく卓也と言い合っていたが急に「きた……きたきたきたきた……っ!」と、モニターに映る宇宙生物のように丸まって、お腹をおさえた。

 するとぐるぐると情けない音の腹鳴が響き渡った。その音は集音器に拾われ、宇宙生物の元まで届くと、先ほどとまったく同じように宇宙生物は形状を変え、漏れ流れた重力震によってレストが大きく揺れた。

「まさか……今の音が聞こえたのでしょうか? 小さな音だったんですけど」

 デフォルトは丸出しになっているルーカスの下半身を見ながら言った。

「苦手な周波数帯だったのかもしれないな。宇宙生物の聴覚器官は、この帯域を増幅する構造を持っているの可能性がある」

 ラバドーラは足の先で、力なく倒れているルーカスをつんつんと蹴りながら言った。

 なにか言い返してやりたいルーカスだったが、痛みの波が引くまで、ただおとなしくしているしかなかった。

「それって、黒板を爪で引っかかれた時のみたいな音が流れたこと? ぞくぞくってくるみたいな」

「卓也さんと自分達が感じる周波数は同じではないので、この場で正解は出せませんが……。体の力が抜けてしまうような不快な音に感じているのでしょう。一連の動作の流れから見ても、聴覚器官は体の中心にあると見ていいでしょうね。すぐに丸まってかばっていますから。この音を利用すれば、聴覚器官を露出させることが出来そうですね」

「それに、周波数帯を応用すれば。エンジンを全開出力する必要もないかもな。そうすれば、ワームホールから出た後に、一気に宇宙生物と距離を取ることが出来る。安全度も増す」

 ラバドーラとデフォルトは言葉以上の意味をお互いに理解していた。

 置いていかれた卓也は、「つまり……どういうこと?」と傾げるばかりだ。




「貴様ら! なにをする!!」

「すいません、すいません……」

 デフォルトが触手でルーカスを押さえつけて動きを封じ、ラバドーラがロープを使ってしっかり便器にルーカスをくくりつけた。

「役立たずが役に立てるんだおとなしく協力しろ」

「ポンコツアンドロイド風情が、この私を縛っていいと思っているのかね」

「そうだよ、ちょっと待ちなよ二人共」

 卓也はデフォルトとラバドーラをルーカスから引き離した。

「卓也君……」とルーカスは卓也を見つめた。「……君がそういう態度を取る時は、決まってろくでもないことを考えている。なにをする気だね……」

「食べ物を与えた方が、ウイルスの動きは活発にならない?」

「細菌ではないので、食べ物を与えてもほとんど意味はないですよ。それに食べ物を与えた被害が来るのは、宇宙生物ではなく自分達ですよ」

 ルーカスを便器に縛り付けた理由は、ウイルス性の下痢によって腸内細菌のバランスが崩壊されているので、そのお腹から響く腹鳴を利用して、宇宙生物の体を開かせるためだ。

 聴覚器官に直接張り付くまで、改造したエネルギー変換器を何度も飛ばす必要があるので、同じ数だけルーカスのお腹を鳴らさなければならなかった。

 その際に漏らす可能性があるので、ルーカスは便器座って固定されているというわけだ。

 卓也は「ルーカス……」と真面目な顔を向けた。「本当に……心から君を尊敬するよ。僕はとてもじゃないけど、こんな役を引き受けられないからね」

「いつ誰がこんな汚れ役を引き受けると言ったのかね……」

 ルーカスが睨みつけると、卓也も睨み返した。

「どう考えても汚れ役は僕らだ。なんで君の下の世話をしないといけなんだよ。いいかい? お腹をお壊しても、絶対にプライドは壊すな。人間としての尊厳を保つんだ」

「なら、パンツを履かせたまえ! 腹が冷えるだろうが!」

 ルーカスは怒りの形相で叫ぶが、ほぼ同時に顔を歪めてお腹を鳴らした。

 すると、モニターを確認していたラバドーラが「揺れが来るぞ気をつけろと」注意を促す。揺れが収まると、卓也にもう一度ルーカスを怒らせて大声を出させろと合図を送った。

 それは十三回も繰り返され、宇宙生物の聴覚器官にエネルギー変換器が取り付けられた頃には、ルーカスは腹痛と叫び疲れによってぐったりしていた。幸いお腹を壊していたのは数日前からなので、しばらくほとんどなにも口にしていない。人間としての尊厳が、尻の穴から出るのはなんとか堪えられていた。

 他の三人はすぐさまエンジンルームに行き、エンジンを吹かす準備を始めた。

 ラバドーラはモニターで宇宙生物の様子を確認しながら指示を出し、デフォルトは事前に考えた通りにエンジンにエネルギーを補給する。卓也はそのエネルギーの元を順番にデフォルトに渡す。

「いいか? 絶対に私の指示を見逃すなよ」とラバドーラはサインの確認をさせてから、耳栓を二人に渡した。エンジンルームの轟音を軽減するもので、これを耳に装着すると会話などは一切聞こえなくなってしまうからだ。

 しばらくはなにも指示を出さない。宇宙生物が漏れた分のエネルギーを再び作り出すまで待つ。それがいつまで掛かるかはわからないが、ひたすら集中力を持って見守る必要があるので、モニターの監視役は疲れることのないアンドロイドのラバドーラがやっていた。

 だがデフォルトもなるべく集中力を切らせることないように、緊張を張り巡らしていた。

 卓也は二人がいるなら安心とすっかり集中力を切らして、ワームホールから出た時になにをしようかと考えていた。

 やがて、宇宙生物の周りの時空が歪み始めた。

 ラバドーラは合図を送り、ゆっくりとレストのエンジンの出力を上げさせた。まだ、集音器の電源は入れておらず、宇宙生物には聞こえていない。このまま徐々にエンジン音を大きくさせていく。

 集音器の電源を入れるのは、宇宙生物がストレスを感じる大きさになってからだ。そうすることによって、一種のパラメーターになる。エンジンの音量と共に、宇宙生物の不快指数も上がっていく。

 宇宙生物がワームホールに穴をあける瞬間に、同時に抜けなくてはならないので、それを見定めるための作戦だ。



 一方ルーカスは便器に縛られたままで、苦悶の表情を浮かべていた。

 やっと静かになったと思ったのもつかの間、明らかに違う波がお腹を襲ってきたからだ。それも急にではなくじわじわと感じるので、それに備えて体がそわそわとしだした。

 なにかが起こるというのは確実にわかっている。だが、それがいつかというのはわからない。感覚というものに距離があるのならば、その一番端を指先で撫でられいるような気分だ。

 だが、それは引っ張られたゴムのようで、急に距離を縮めてきた。くると思ったときには、もう既にきていた。

 動物の唸り声のような暴力的音を立て急かすが、まだ肝心の準備はできていない。そのストレスが出口を探し、形を変えて体のあちこちから出ていこうとしているのがわかった。

 結局出口は一つしかないので、ストレスは元の場所へと戻る。その場所でストレスは、徐々に焦燥や痛みや絶望。それに少し期待感などを含み膨らんでいった。

 一瞬の静寂。まるで別次元にいるかのよう錯覚に陥ると、すぐさま現実が音を立てて流れ出した。大気を大きく震わせ、この世のしがらみも苦しみも憎悪もない。わずかばかりの完全平和の時間が流れると、ルーカスは安堵のため息を付いて「出たぞ……」と呟いた。



 その頃、卓也もまったく同じ瞬間に「出たぞ!」と叫んでいた。

 知らない惑星と恒星が生み出す見慣れた世界は、ワームホールではなく宇宙空間だった。

 閉じかけのブラックホールからは、まだ少し余計なエネルギーが漏れていたが、それもすぐに収まり、なにもなかったかのように宇宙空間へと戻っていた。

 宇宙生物はレストが危険なものだと判断したのか、一目散に離れて消えていった。

 ラバドーラは引っ張られないようにエネルギー変換器を切り離すと、レストのエンジン出力を弱めた。

 卓也とデフォルトは耳栓を取り、やかましいだけのレストのエンジン音を聞くと、顔を見合わせて安堵のため息をつき、平和の時間を確認しあった。








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