第十一話
「いったい……どういうことなんでしょうか……」
デフォルトとラバドーラが初めてレストに招待されてから五日が経った。その間にも二回呼ばれて、ルーカスと卓也と共に過ごしてみたのだが、タイムホールが開くことはなかった。
「ワームホールを開く鍵が超新星爆発ならば、タイムホールを開くための鍵がなにかしらあるのかもしれないな」
「ラバドーラさんは今までタイムホールを使ったことがないんですか?」
「タイムホールは話に聞いてるだけだ。ワームホールやワープゲートもほとんどない。そもそもワームホールにわざわざ入るなんていうのはバカのやることだ。ワープゲートは惑星連邦に監視されているからな。利用すれば私の存在がバレて、すぐに居場所が広がってしまう」
「自分も似たようなものですね。決まった周期に、ルートとなっている惑星間移動の短縮の為に利用するだけです。整備され、安全が確認されたワープゲートなので、タイムホールが開くようなことはありませんでした」
という話を、二人は隠れ家にしているハッチ室ではなく、公共施設である公園のベンチでしていた。IDを弄り、周囲に存在が認知されてきたので、コソコソしているより堂々としている方が怪しまれないで済むからだ。
ここ数日で、デフォルトとラバドーラが姉弟という設定は周知の事実になり、姉弟仲良く公園のベンチに座っている姿は馴染みの光景になりつつあった。なので、二人に用がある者はここへと足を向けることになる。
「よう、多古さん。聞いたか?」とファンキーオクトパスの応援グッズである。クラブキャップをかぶった男が、挨拶代わりに片手を上げながら言った。
「こんにちは。今日は特にこれといった特別な情報は耳に入っていませんが……。なにかあったんですか?」
「今日のフットボールの試合は中止だぜ」
「そうなんですか? 自分にはまだ連絡がきていませんよ」
「ついさっきのことだ。チーム練習を見に行こうとスタジアム前を歩いていたら。ボンッ! サブライトが爆発。当然練習は中止。あの分だと、今日の試合はないだろう」
男が話している最中にデフォルトのIDに、チームマネージャーから連絡が入っていた。
「そのようですね。死角が出来て危険なので、修理するまで試合は延期だそうです。といっても、明日には直るらしいですが」
「主力選手に怪我があったら大変だもんな。わかってるんだけど、中止になると……こう、胸にぽっかり穴が空いた気になるぜ」
男はそれから二言三言と会話をすると、気晴らしに体でも動かすかと去っていた。
しばらくすると、今度はラバドーラと顔見知りになった女が、いかにも話したくてたまらないといった風にそわそわしながら近付いてきた。
「アイ、聞いた? スタジアムのライトが故障したって」
「今さっき聞いたわ。弟の話だと、明日には直るらしいわよ」
ラバドーラはデフォルトを指すが、女は目を合わせて会釈するだけで済ませた。
「それはいいのよ。フットボールなんて見ないんだから。問題なのは、壊したのがルーカスってこと。なんでも自分の部屋の電流を上げるために、勝手に配線を弄ったらしいわよ。それが適当につないだものだから、負荷がかかって爆発。今、大騒ぎよ。あなたも部屋に戻って確かめてみたほうがいいわよ。どう繋げられたかわからなくなってて、あっちこもこっちも不具合だらけ。大混乱なんだから」
女性は手を降ってその場から離れると、通りがかりにいる別のグループにまったく同じことを話に行った。
「配線の知識がないのに、なぜ勝手に弄ったのでしょう? ルーカス様は」
デフォルトはルーカスの行動に首を傾げた。
「決まっているだろう。アホだからだ。アホは本能のままに行動するから、思ったらすぐさま実行だ。……ほら、見ろ。もうひとりのアホが、ウキウキして歩いてきた」
ラバドーラの視線の先へ、デフォルトも視線を向けると、今にもスキップをしそうなくらいの軽い足取りの卓也が、こっちに向かって笑顔で歩いてくるのが見えた。
そして、二人の前に立つと、今日何度目かの「聞いた?」という言葉を口にした。
「もしかして、配線が勝手に弄られて、スタジアムのライトが爆発。それがルーカスのせいだってわかって、皆が怒ってるってこと?」
ラバドーラはさっき聞いた情報を合わせて言ってみたが、卓也は首を振って否定した。
「いいや、フット―ボールの試合が中止で、今日の僕はフリーになったってこと。デートしない? 偶然の休暇は、運命的に使わないともったいないよ。少なくとも……昨日と同じように、公園で過ごす必要はないはずだ」
卓也は「ね?」とデフォルトに向かって言った。デートを渋るラバドーラの後押しをしてもらうためだ。
「卓也さんは部屋の確認をしなくてもいいんですか? 急な電圧の変化で、不具合が起きている可能性があるみたいですよ。下手したら、今日は部屋で寝られないかも知れませんよ?」
遠ざけようとしたデフォルトだが、卓也はナイスアシストと言わんばかりに小さく笑みを返した。
「全然問題なし。何かが起こっていたなら、泊まりに行く理由ができるからね。むしろ、なにかしら問題が起こっててほしいよ。なんなら君が泊まりに来てもいい」
卓也はデフォルトとラバドーラの間に、無理やり割り込んで座りながら言った。
「料理と掃除付きなら考えてあげるわ」
「そんなのお安い御用だよ」
「言っておくけど、この間みたいな出来合いものはダメよ。卓也がつくるのよ」
「僕を舐めると痛い目を見るぞ。明日には完璧に覚えられる――来年のね。だから先行投資ってことで、先にご褒美くれない? 下着の洗濯なら今すぐにでもできるんだけど。なんと今なら脱がして穿かせるまでのサービス付き。どう?」
ラバドーラは「弟にやらせるからいいわ」とニッコリ笑って断った。
「いいなぁ……僕も君の弟に生まれたかったよ……」
「あら、本当に?」
「嘘、弟には出来ないことをしたい。能力の話じゃないよ。倫理的に。あーでも、やっぱり弟にもなりたい。つまり君の大切な存在になりたいってこと。たまにはさ、周りに置いてあるものを変えるのもいいと思うよ。そうすれば、ここにあったものがないって大切さに気付く。どう? そのためにも今日一日、僕と弟さんの立場を交換してみない?」
手を握ろうとしてくる卓也から逃げるように、ラバドーラはすくっと立ち上がった。
「……おかげで大事なことに気付いたわ。今夜レストでね」と言うと、ラバドーラはデフォルトの触手を掴んで、有頂天の卓也の叫びを背中に効きながら早足で歩き出した。
そして、いつものハッチ室にたどり着くと、風船が爆発したかのように、ラバドーラは「あの缶詰だ!!」と声を荒らげた。
「まだありますけど……卓也さんに食べさせるんですか?」
「ワープホールを開く鍵がそれだ。前のレストにあって、今のレストにないもの。それは私が見付けた缶詰だ。過去と未来との相違点を繋ぐことが、ワープホールを開く鍵だということだ」
今現在。つまり『過去時空のレスト』には――未来。つまり『現在時空のレスト』にあるべきものがない。これでは正しい『未来時空』に繋がることはできない。
今はこの三つの時空が、不器用な人が作った刺繍のように、糸が複雑に絡み合ってしまっているせいで、誰も理解できない模様になってしまっている。これを正しく縫直し、理解できる模様にしてやることが、未来という『現在時空』に戻るワームホールが開くということだ。
「レストを改造して、そこへ缶詰や他の物資を保存しておくということですか?」デフォルトは自分の言葉を確認しながら喋ると、すぐにそれに答えを出した。「それで、不自然な場所に保管してあったんですね。邪魔にならないような場所に」
「それを確認するためにも、今夜だ。その缶詰をレストに持ち込んで、元ある場所に保管する。この仮説が正しければ、何かしらの変化が起こるはずだ」
その夜。ラバドーラと二人きりで過ごせると思っていた卓也は、一緒にレストへとやってきたデフォルトの姿を見て、これみよがしにため息をついた。
「あら、どうしたの?」と、ラバドーラはわざとらしく聞いた。
「ひどいよ……僕なんか、頑張ってルーカスを撒こうとしたのに」
「したのに?」
ラバドーラが腰を曲げて部屋の奥を見ると、虫の居所が悪そうな顔でルーカスが椅子に座っていた。
ルーカスは「なにか文句でもあるのかね? ここは私の別荘だ。発情期のオスネズミとメスネコの盛り場ではないのだ」と、不機嫌を隠すことなく言った。
「ちょうどいいわ。ルーカス、ちょっと来て」
ラバドーラが手招きをすると、その手のひらに撫でられるようにして、視界の下から卓也が出てきた。
「僕は? 僕に用があって誘ったんじゃないの?」
「そうだったんだけど……あなたじゃちょっと……」
ラバドーラは卓也の足先から頭のてっぺんまで見ると、わざとらしいため息を付いて、残念だと首を横に振った。
その反応に、案の定、卓也はムキなって食いついてきた。
「ルーカスに出来て、僕に出来ないことなんてないね!」
「それは見ものだ」とルーカスは椅子から立ち上がった。「ぜひとも見物させてもらおうではないか。さぁ、なにをするのかね?」
ルーカスと卓也の二人は、ラバドーラの口車に乗せられてまんまと後をついていった。
レストの中のある一室につくと、ラバドーラは壁の高い部分を指差して「あそこに荷物を入れる場所を作りたいんだけど」と言った。
ラバドーラの指の位置は、卓也が背伸びをしてもギリギリ届かないので、ルーカスはニヤニヤとからかいの笑みを浮かべていた。
「さぁ、やってみたまえ、卓也君。私に出来ることは君にも出来るのだろう?」
「まさか……」と卓也は絶句した。「僕の唯一の弱点を突かれるとは……。でもこの弱点は、一概に弱点とも言えないよ。可愛いって言う女の子もたくさんいるんだから」
「それは良かったな。可愛いと言われると、浮足立って空でも飛べるのかね? それなら確かにあの位置に手が届く。さぁ、飛んでみたまえ。それともこのアニメキャラクターの入った子供用の足台を使うかね? 私はどちらでも構わんぞ。どちらも見ものだからな」
ルーカスが勝ち誇った笑い声を響かせると、ラバドーラが壁を叩いてコツコツと鳴らした。
「それで? いったいどっちがやってくれるの?」
「私はやらんぞ。やる義理など、担任教師に渡すバレンタインのチョコほど存在していない。今から媚を売っても君の成績はあがらんぞ。自分でやるんだな。それか土下座だ。土下座をすれば考えるだけ考えて断ってやる」
「そうねぇ……私が悪かったわ」とラバドーラは頭を下げた。「ルーカスって不器用そうだもんね。頼んだ私がバカだったわ。手が届けば、別に犬でもゴリラでもよかったんだけど……いないからってルーカスに頼むことはないわよね」
「……なんだと? 今、この私を見下したのかね? バカにしたのかね?」
「違うわ。どちらかと言うと自分を見下したのよ。だって、ルーカスって配線すらもまともに繋げられないんだもの。バカは私よ。昼の二の舞になるところだったわ」
ラバドーラが演技ぶった仕草で胸をなでおろすと、ルーカスはわかり易いほどに怒りに顔を赤くした。
「聞いたかね? 卓也君。実に女らしく、浅はかで感情的な考えだとは思わんかね?」
「僕も彼女とまったく同じ考え。つまり僕も女の子の可能性があるってことか……。女同士一緒にオフロに入ってもなんの問題もないよね。ってことでどう? 僕、女の子になったの初めてなんだ。よかったら体の洗い方を教えてくれない?」
卓也が女性を誇張した仕草でラバドーラの方を向いた瞬間に、ルーカスに押しのけられた。
「どきたまえ、この女は今から私に謝罪言葉を考えるのに忙しくなるのだ。見ていたまえ」
こうなるだろうと予測していたデフォルトは、もう既にハンマーを用意していた。
それを受け取ったルーカスは、ハンマーを力いっぱい振りかぶった――が、その重みでのけぞったままバランスを崩し、転ぶようにして反対側の壁に穴をあけてしまった。
「なんだよ。見ろって言うのは、ルーカスのマヌケ姿のこと? ならいつも見てるよ」
今度は卓也が勝ち誇った笑みを浮かべてルーカスを見下した。
「黙っていたまえ……だいたい君が出来ないから、私がやる羽目になっているのだ」
「僕はそんなへましない。そもそもハンマーがあるなら、僕にだって手が届く。ほら、貸してよ」
卓也は振りかぶると、壁に向かってハンマーを振り下ろした。
しかし、壁にはヒビすら入ることなく、手に走る衝撃に卓也はのたうち回った。
「これは見事だ。男がハンマーを振り下ろしたというのに、壁は無傷。壊れたのは卓也のプライドとはな」
ルーカスは今度は自分の番だとハンマーを拾って、壁に叩きつけた。
結果は卓也とまったく同じ。
そもそも、ここの壁の強度は高く、ルーカスと卓也の力では到底壊せない。
しかし、これはデフォルトとラバドーラの計算通りだった。
缶詰が保管されていた位置は、ルーカスが誤ってあけた穴の位置だ。
二人がムキになっている間に、穴を改造して棚を作り、缶詰を閉まってしまおうというわけだ。
ラバドーラが気を逸らし、その間にデフォルトが作業を済ませる。
ルーカスと卓也が疲れ果てて諦める頃には、まるでそこに元からあったかのような棚扉が完成していた。




