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惑星迷子  作者: ふん
Season3
59/223

第九話

 翌日の早朝。既に巡回ロボットの警備も緩くなっており、見つかってもなにも咎められることもないので、朝帰りの人達がぽつぽつとだが堂々と歩いていた。

 そんな中、こそこそと周りを気にして歩く二人組は、必要以上に目立っていた。

 抜き足差し足忍び足で足音は響いていないが、大げさな動作で歩く姿はもはやうるさいと言っていいだろう。

 一度は奇異の目を浴びるが、あの二人にいちいち構っていられないと、すれ違う人はすぐに無視をする。

 なので、卓也とルーカスは難なく目的の部屋の前へときていた。

「僕は絶対やめたほうがいいと思うけど」

 卓也は一応と言っておこうといった具合にルーカスを止めた。

「なにを言っている。弱みを握るにはこれが一番手っ取り早く、尚且効果的なのだ」

「僕は弱みを見せたほうが効果的だと思うけど。君だけに見せる弱気な僕。使い古された手だけど、これがなかなか効くんだよ。コツは捨てられた子犬みたいな顔を見せることだね。ほら見て、一緒にお風呂に入って洗いたくなるような顔してるだろう」

 甘えるように見上げてくる卓也の頭を、ルーカスはわざわざ床に擦り付けて汚した手のひらで鷲掴みにした。

「風呂に入れるように、汚すのを手伝ってやったぞ。ありがたく思いたまえ。そもそもだ。私は口説き落としたいのではなく、人生のどん底に叩き落したいのだ。わかるかね? 生意気なやつには、始めにガツンとやるのが効果的なのだ」

「なるほど……ガツンとかまされたわけだ。それにしても……ルーカスに絡む女の子ね。人としての精神が欠落してるか、人間の自己防衛本能が備わってないヤバイ子じゃん。普通の女の子はルーカスに関わらないよ」

「正解だ、卓也くん。人としての精神が欠落している――つまりアホだ。防衛本能が働いていない――つまりアホだ。答えは繋がったな――つまりあのアホだ」

「ルーカスに防衛本能が働いているなら、そのドアには入らないほうがいいと思うけど」

「生まれながらに私に備わっている最新式危険センサーには、なんの反応もない。つまり安全ということだ」

「それとも最初から壊れているか」

 肩をすくめてバカにして言う卓也に、ルーカスは不機嫌に短く鼻を鳴らした。

「私は行ってくるぞ。いいかね? しっかり見張っていたまえ。緊急時には――」

「はいはい。運命のリズムでノックすればいいんでしょ。早く行ってきなよ」

 ルーカスは「では、勝利のための第一歩を踏み込むとしよう」と、ドアの奥へと消えていった。

 卓也は何度かあくびを繰り返してルーカスの帰りを待っていた。苦労はどうせ無駄に終わるとわかっていながらも、ルーカスに付き合っているのは、なにか問題を起こした時のおこぼれに与ろうとしているからだ。

 ルーカスの騒動に巻き込まれた女性は怒りや戸惑いで冷静さを失っていることが多く、付け入る隙が増えるので、そのタイミングを見計らって声をかけるのだ。話題に迷うことはない。一緒になってルーカスを貶すか、ルーカスをダシに慰めればいい。

 昨日のパーティーはハワード・ルイスに、すっかり人気を持っていかれてしまったので、卓也はどうにか今日巻き返せないかと考えていた。少なくとも、ルイスが試合で大活躍したことなど忘れ去られるくらいの大きな出来事が起こればと。

 卓也が眉間にシワを寄せていると「なにしてるの?」と声を掛けられた。

「なにって……」と卓也はシワを寄せたまま声の主を見たが、容姿が目に入った瞬間。驚いて目をまんまるに大きく開いた。「たぶん君と出会うためにここにいた。っていうか、絶対そうだよ。僕の全細胞が君と仲良くなれって司令を出してる」

 またこの反応かと、ラバドーラは内心ため息をついたが顔には出さず、にこやかな顔でいつの間にか握られていた手を優しく握り返した。

「そう、それじゃあ……仲良くなる為に、少しお話でもしましょう」

 卓也が大歓迎と言わんばかりにドアから離れると、二人は軽い自己紹介をし合った。

「それで、アイさんこそ。なんでこんなところに。僕のアンテナが受信した情報では、男のニオイはなしと出たけど。もし、あったとしても僕は気にしない」

「友達のところでおしゃべりよ。おおっぴらに言えば愚痴大会。よそ行きに言うなら友情を深めてたわ。そうね……男の影って言うなら……悪さしてるこの影くらいね」

 ラバドーラは頭を撫でるようにして、卓也の髪についた埃を払った。

「これは僕がした悪さじゃない。おバカさんがやったの」

「おバカさんって?」

「今もバカなことやってるよ」

「バカなことって?」

「それは言えない。いくら彼でも、昨日伸びた小指の爪程度の友情はまだ残ってるからね」

 卓也が『彼』と発言したことにより、ラバドーラはもう一人が誰かということは完全にわかった。そして、こうすれば簡単にルーカスを呼び出せるのも。

「こうすれば……爪なんか気にならなくなるわ」と、ラバドーラは卓也の手を包み込んで握った。「私の顔以外なにか見える?」

「男の友情にヒビが入るようなことはしたくない……」と卓也は顔を逸らすようにうつむいたが、すぐに満面の笑みを浮かべた顔を上げた。「――けど、ヒビは直せるけど、壊れた愛は戻せない。だから、べらべら喋っちゃう。今日から僕は君専用のおしゃべり人形だ。部屋に飾っておきたくなんない?」

「そうね。悪さしそうだから、悪霊を祓ってからならね」

「大丈夫。僕に憑いてる悪霊なら、たった今ここに閉じ込めたばかりだから」

 卓也はルーカスが入っていったドアを指して言った。

「こんなところでなにしてるのよ。……データ管理室じゃない」

「IDを盗み見して、弱みを握るつもりなんだってさ。どこの誰だかは知らないけど、ルーカスに目をつけられるなんて災難としか言いようがないね。バカだけどしつこいから」

 ラバドーラは「ふーん……」と気のない返事をするとドアに触れたが、ロックされていて開かなかった。ノックをしてみるが反応はない。

 卓也は「それじゃダメダメ。こうするんだよ」と、運命のリズムでタタタタンとノックした。

 すると「なにか問題かね!! 慌てるな。なにかしなければ……。だが決して慌ててはいかん。冷静沈着に――いや沈着冷静に。それでいて清廉潔白に対処しなければ! そのためにはどうする……とにかく行動だ!」と慌てふためいたルーカスがドアから出てきた。

 卓也はのんきに「ルーカス」と片手を上げて呼んだ。

「どうした! なにがあった!」

 ルーカスは胸ぐらに掴みかかる勢いで卓也の元へ駆け寄ると、卓也がその肩を組んだ。

「アイさん、これがルーカス。ルーカス、これが僕の運命。ノックの音と一緒。きっとこうして作曲されたんだろうね。彼女と出会えたこと、とても幸運だよ」

「知っている……私にとっては悪運だがな……。ここで会ったが百年目!!」

 ルーカスはラバドーラに飛びかかったが、ひらりとあっさりかわされてしまった。

「百年も待つからヨボヨボね。もう少し足腰を鍛えたら?」

 手をついて転んだルーカスの尻に、すかさずラバドーラは蹴りを入れた。

「なに? 二人共知り合いだったの?」

「知り合いもなにも、私の宿敵だ……。昨日散々話しただろうが」

 うつ伏せに倒れた状態から動けず、足置きのように尻を踏まれたままの姿でルーカスが言った。

「一言も言ってないじゃん! 美人だって。さては隠してたな……。隠してたろ……相手が美人だと僕が協力しないから」

「聞かないから言わなかっただけだ。それにこの女は美人の類ではない」

「よく見ろよ! ルーカス!」卓也はルーカスの首を腕で抑え込んで、ラバドーラの顔をよく見るよに近付けた。「彼女が美人じゃないなら、誰が美人か言ってみなよ。僕のママ以外で」

「顔面が整っているのは顔にメスを入れているからだ。卓也君……君こそよく見たまえ、この女の顔を。肌が荒れて……発光……している?」

 ラバドーラはカメラで投影してるのがバレてはまずいと「これはこういう化粧よ」とルーカスの頬を叩いて彼の自然をずらした。

「ほら、見たまえ!!」

「見なくてもわかるよ。グリッターメイクなんて珍しくもないじゃん」

「化粧ではなく、暴力を振るう女だってことだ」

「なんてうらやましい……」

「なんてうらめしいだろう……」

「うらやましいであってるよ。彼女がそういう趣味なら、是非立場を変わってもらいたいね」

 言い合いを始める二人に、ラバドーラは「それで、私の弱点は見つかったの?」と割って入った。

 どうせ無理だったんでしょという表情で言うと、案の定ルーカスが食いついてきた。

「邪魔をされなければ、後二秒で完了していた。もう一度言うぞ。邪魔をされなければな」

 ルーカスが喧嘩を売るように詰め寄ると、ラバドーラは胸を押して転ばせた。

 そして、ルーカスを見下して「そんなに知りたいなら、手伝ってあげましょうか?」と協力を申し出た。

「聞いたかね? 卓也君……」

 ルーカスは転んで尻餅をついたままの格好で言った。

「ずっと聞いてるよ。もう鼓膜がとろけてなくなりそうなくらい素敵な声だ……」

「アホかね君は……。鼓膜どころか脳みそまで溶けている。この女はだ。自分の弱点を探す手伝いをしてくれるらしいぞ。こんなマヌケな話があるかね? よかったな卓也君。今現在君よりもアホがここに誕生している」

 ルーカスはおめでとうと拍手を響かせた。

「あまりにも惨めだからよ。なんなら直接教えてあげてもいいけど……」

 ラバドーラが挑発すると、ルーカスは鋭く目を細めて睨みつけた。

「私を見くびるな……情けない男のような真似をするわけがないだろう。直接など聞かん」

「うそぉ! 僕は絶対聞きたい。一緒に頼んでよ! おーねーがーいー!」

 卓也は崩れ落ちるように膝で座ると、ルーカスのズボンに掴んで、脱がす勢いですがりついた。

「ええい! うっとうしい。離したまえ! まったく……昨日言った通りだ。君は私に泣きすがっている」

「その通り! 僕の負けでいいから! ルーカス勝ち! お願い! 僕は彼女の弱点を知りたい!」

「なんて情けない男だ……」

 ルーカスの呆れに、卓也は頷いた。

「惨めでしょ……なら、僕にも知る権利はあるはずだ」

「どうぞこ自由に」とラバドーラはにっこり微笑んだ。

 こう言えば卓也が味方につくのはわかっていた。後はルーカスがごねようと管理室に入ることができる。

「なら、開けてもらえる?」

「当然。直接アイさんのことを知るのもいいけど、こういうのもネットのプロフィールを見るみたいでちょっとワクワクするよね」

 卓也はドアを開けると、自分の部屋にでも招くようにラバドーラを誘い込んだ。

 まったく無視されたルーカスは二人の後ろから吠えるように言葉をかけていた。

「こら! 私は許可を出しないぞ。わかった……しょうがない……。よし、私が直々に君を試してやろう。ロックがかけられ、暗号化されたIDファイルを開いてみたまえ」



 ラバドーラが二人を利用して、一騒動起こそうとしている頃。デフォルトはスタジアムへと向かっていた。

 ラバドーラがなにをしているかは知らず、いつも通り働いて、卓也から情報を引き出すためだ。

 まずいつもの店で朝食を買おうと歩いていると、リズムよく後頭部を叩かれた。

「よう、昨日はどうしたんだ?」と、ルイスが肘置きのようにデフォルトの頭に肘をついて話しかけた。

「ルイスさん……すいません。昨日は急用で、連絡もできずチームに迷惑をかけました」

「病気じゃないのか?」

「いえ、違います。とても健康です」

「なら、問題なしだ。人間誰でも急に休みたくなる時がある。チームマネージャーになんか言われたら味方するから、オレの名前を出してくれよ」

 ルイスは任せろと言わんばかりに、デフォルトの後頭部を強く叩いた。

「ルイスさんに迷惑は掛けられませんよ。悪いのは自分ですし、正直に言ってペナルティは受けるつもりです」

「オレは頼られる方が嬉しいけどな。たまには友情を押し付けるってのも悪くないもんだぜ」

 デフォルトとルイスは喋りながら店へと向かった。

 そして、店につくなりルイスが「そうだ!」とあからさまに演技ぶった声で手をぽんと打った。

「どうかしましたか?」

「昨日のオレの活躍を聞いたか? ハットトリックだぜ? 一点目、二点目と連続で調子良くいってたから、もしかしてと思ったんだけど、三回目はプレッシャーで外しちまったんだよ。でも、四回目。ある言葉を思い出して、落ち着いてシュート。スタジアムは一瞬の静寂。だが次の瞬間帰還パレードのような歓声の中三点目の表示。自分でも震えたね。友情のシュートに」

 ルイスはサンドイッチを持ったての人差し指をデフォルトに向けた。

「自分ですか? 自分は昨日いなかったんですよ」

「昨日オレが言っただろ? 今日にでもMVP取ってやるって。あれは友情が決めさせたシュートだ」

 ルイスの大げさな言い方に、デフォルトは思わず笑いが溢れた。そして、ルイスが指した先にあるサンドイッチを注文した。

「そうですね。お祝いに奢る約束でしたね。すごいですね、有言実行とは」

「多古さんが気に病んでたみたいだからな。今度からオレもごちそうする時は気をつけるよ。気を使わせて悪かったな」

「謝らないでください。距離感を掴むのが苦手な自分も悪いのですから。でも、これで少し縮まりましたね」

 デフォルトはラバドーラが作ったIDカードを店員に渡した。

「あれ……これは使えないな……」

 店員がIDカードを返してきたので、もしかしたらバレたのかとデフォルトの心臓は高鳴った。

「なんだ。故障でもしたのか? しょうがない。このルイス様が奢ってやるか。なんせ昨日ハットトリックで気分が良いからな。調子にも乗っちゃうってもんだ」

 デフォルトが気に病まないようにと大げさに言いながら、ルイスはIDカードを店員に渡した。

「すいません……」と気が気じゃない中でデフォルトは謝ると、ルイスは気持ちのいい笑顔を浮かべて「気にするな」と返した。

 しかし、二人のもとにサンドイッチが来ることはなかった。

「これも使えないな……」と店員が申し訳無さそうにルイスにIDカードを返した。

「なんで使えないんだ? 昨夜まではちゃんと使えたぞ」

「おかしいんだよ。アクセス拒否される」店員は試しに自分のIDカードを使ってみるが結果は同じだった。「スキャンの故障かもしれない。IDナンバーで入力してみるよ」と言ったが、結局それもアクセス拒否されてしまった。

「おかしいな……」と首をかしげるルイスと店員だが、デフォルトは内心ほっとしていた。手作りのIDカードがバレたわけじゃないからだ。

 しかし、次の瞬間。デフォルトの偽のIDカードは『本物』になっていた。

 店員にもう一度貸してくれと言われ、IDカードを渡すと支払い完了とのメッセージが出たからだ。

 ルイスは「おぉ、直ったみたいだな」と、画面を覗くと「へえ……」と画面とデフォルトを見比べた。

「どうしたんですか?」

「いや、多古さんは思った通りエリートの出なんだと思ってな」

 デフォルトは「へ?」と自分でも驚くようなマヌケな声を発すると、ルイスを押しのけて画面を見た。するとそこには見たこともない自分の経歴が表示されていた。

「悪い悪い勝手に見ちゃって」とルイスが謝ると、自分のIDの画面も写した。「でも、これ見ろよ。なんと同い年だぜ。国は違うけど……同級生だ。多古さんじゃなくて、たっちゃんって呼んじゃおうかな――なんてな。今日は試合がないけど、次も頑張るからな」

 ルイスは上機嫌にサンドイッチを掲げて歩いて行った。

 デフォルトは返事をすることなく、店員に邪魔だと怒られるまで自分の情報をかじりついて見ていた。






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