第五話
数日経ったある日の睡眠時間。
惑星爆発に似た衝撃音で、デフォルトは飛び起きた。
慌てて周囲を見回したが、変わった様子はない。片付け忘れ、机に置いたままになっていたコップさえ倒れていない。それどころか、中の水が溢れることもなかった。
寝ぼけたかなと思い、もう一度デフォルトはベッドで横になった。
その頃、別の部屋でラバドーラが同じように目を覚ましていた。
アンドロイドという機械の体なので、実際に寝て目を覚ましたわけではないが、突然音波のような衝撃に襲われ、ほんのわずか一瞬フリーズを起こしていた。
フリーズ中のレイコンマ数秒の記憶が途切れてしまっているので記憶が繋がらず、デフォルトと同じように寝ぼけた感じになっていた。
だがデフォルトとは違い、途切れる前の記憶は真実だとわかっているので、すぐさま部屋の外へと出た。
レストの中は不気味なほど静かで、いつもならばすぐにでも騒ぎ立てそうなルーカスと卓也の姿はなかった。だが、仮に二人が部屋の外に出ていたとしても、役には立たず意味がないなので、ラバドーラはデフォルトの部屋へと向かった。
ラバドーラに起こされたデフォルトは、共に操縦室へと向かった。様子を確認するためだ。
「ワームホールの壁に弾かれた小石でも、レストに当たったのでしょうか?」
デフォルトはスキャン中の画面を見ながら言った。
「外部よりも、内部で起こったかのような衝撃だったが……問題はないらしいな」
スキャン結果はシステムエラーなし。内部で問題が起きているわけでもなく、外部の損傷もなかった。
ラバドーラは念の為に外の様子を見てくると、命綱の場所を聞いてから操縦室を出ていった。
デフォルトも、一応ルーカスと卓也の二人にも話をしておこうと、それぞれの部屋へ出向いたが、ふたりとも自分の部屋にはいなかった。
二人がいそうなシャワー室やトイレ。遊び道具がしまってある倉庫部屋や、小腹がすいて何かつまみに言ったのではないかと思い食料庫も確認したが、どこにも二人の姿はない。さすがに違和感を覚え、多くないレストの部屋をすべて確認してから操縦室へと戻った。
すると、そこには外の様子を見に行っていたラバドーラがいた。
デフォルトを見るなり「あの二人はどこだ……」と詰め寄った。
「わかりません。もしかしたら操縦室にいるのかも知れないと思って戻ってきたのですが……どうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、こんなことを起こすのはあの二人しかいない」
「なにか問題ですか?」
「そうだな――いや、自分の目で確かめたほうが理解が早いだろう……来い」
デフォルトがラバドーラに連れてこられたのは、船外に出るためのハッチがある部屋だった。
なにを言うでもなく、ラバドーラがハッチに手をかけたので、デフォルトは慌てて止めようと触手を伸ばした。
アンドロイドの機械の体ならともかく、生身の自分がワームホールに出るのは危険しかないからだ。ハッチを開けたが最後、あっという間に死んでしまう。
だが元々ハッチは軽く閉めていただけであり、止めるよりも早くラバドーラはハッチを開けた。
デフォルトの目に飛び込んできたのはワームホールではなく、ここと似たようなハッチ室だ。まるで別の宇宙船とドッキングしたかのように、別の部屋とつながっていた。
しかし、ドッキングなどした覚えはないし、他の宇宙船がワームホールに存在しているとも思えない。だが、明らかな人工物がそこには存在していた。
デフォルトは試しに、壁に備え付けられていたスパナを投げ入れてみた。すると、思っていたよりも大きな音を立ててスパナが床に落ちた。これで繋がっている向かいの部屋が、幻覚の類ではないのが確定した。
「あまり良い予感はしませんね……」
デフォルトの不安の表情に、ラバドーラは大きく頷いた。
「当然だ。この際、この現象を起こしたのが、あのバカ二人なのかはどうでもいい。問題はあの二人がレストにいないこと、そしてレスト以外の空間が、今まさに目の前にあるということだ」
「まさか――」と言ってデフォルトは口をつぐんだ。
この得体のしれない部屋に踏み込むのは、あの二人にとってありえないことではないからだ。
「あの二人が消滅しようが、死のうがどうでもいいことだが、巻き添えは困る。これがワープゲートでどこかと繋がったのか、ステルス宇宙船と繋がっているのか、どれとも該当しない未知なものなのかわからないが、あの二人がこの向こうに言ったのならば、確実に厄介事を持って帰ってくる」
「ことが大きくなる前に連れ戻したほうがいいですね」
デフォルトとラバドーラはお互い見合って頷くと、同時に踏み入れた。
一度妙な不安感に襲われたが、すぐに床の感触があり、安堵に変わった。
振り返り、まだレストのハッチ室が見えるのを確認し、閉じ込められたわけではないという安堵を感じると、二人は注意深く進んでいった。
デフォルトがまず感じたのは、宇宙技術があまり発達していないということだ。ここが宇宙船内か、どこかの惑星の建築物の中かはわからないが、ところどころに粗が目立っている。それでもレストに比べれば雲泥の差だった。
そう思ったのはラバドーラも同じらしく、何か思ったように周囲を何度も見回していた。
「……言っておきますが、ここが宇宙船だと確定したからといって、乗っ取ろうとか思わないでくださいよ。ルーカス様と卓也さんと一緒になりますよ……」
デフォルトはあらわれた窓に目をやって言った。
窓の外には星が流れる宇宙空間が流れて広がっている。ここが宇宙船だと決定付けていた。
「そこまでは考えていない。だが、良い小型船でも見つかれば考える。これからは一緒にいる必要はないからな。最悪でも、燃料くらいは奪っていく。というより、デフォルトもそう考えて行動したほうがいいんじゃないか? 理屈はわからないが窓の外は宇宙空間だ。ワームホールじゃないんだぞ。わざわざワームホールの中。それもゴミ同然の宇宙船に戻る必要があるか?」
「誰かいるのなら、事情を説明して保護をしてもらったほうが安全です」
「好きにすればいい」とラバドーラは肩をすくめた。「私はお尋ね者だ。わざわざ名を明かして、目立つ必要はない」
二人が話しながらしばらく歩くと、明かりが強くなってきた。この宇宙船の生命体の生活空間に近づいてきたということだ。
更に慎重に足を進め、セキュリティが甘い自動ドアを通り、廊下のような空間に出ると、声が聞こえきたので、物陰に隠れて息を殺した。生命体は三人。デフォルトとラバドーラに気付くことなく、早足で通り過ぎていった。
デフォルトに見つからなかった安堵感が湧くことはなく、予想外の光景に驚愕していた。歩いていった三人は、ルーカスと卓也にそっくりだったからだ。
そっくりというのは、鏡のようにということではない。姿形のつくり。つまり、地球人の姿にそっくりだったのだ。
「まさか……そんな……」と、デフォルトは困惑に頭を振った。いくらなんでも、地球の宇宙船と繋がるなどという都合の良い展開になるわけがないと。
だが「またトイレの故障だってよ……何度目だ?」「さぁな。わかっているのは、一つ隣のエリアのトイレも壊れてるから、急がないと漏れるってことだ」と地球の言葉で会話する新たな二人組みが小走りで通り過ぎていったので、デフォルトの頭の中にデカデカと答えが浮かび上がった。
一人で抱え込んでいたら混乱が頭から溢れ出しそうで、思わずラバドーラを見たが、そこにラバドーラの姿はなかった。すぐに頭をトントンと叩かれたので、そっちにいたのかと振り返ると、そこにいたのは睨んでいる見知らぬ人間だった。
男は「おい、ここでなにしている」と低い声で言った。
デフォルトは自分達の一族と地球人が争っていたことを思い出し、顔面蒼白になって「あの……その……」としどろもどろになって言葉が出てこない。
ダメかもしれないと、目をつぶって覚悟を決めた。だが、すぐに予想外のことが起きた。
「頼むぜ、タコちゃん……」と男は表情を柔らかくした。「マスコットがいないと始まらないだろう。今日こそ我ら『ファンキーオクトパス』を勝利に導いてくれよ!!」
「はい?」と目を丸くするデフォルトだが、そんなことお構いなしに、男は触手を握って引きずるようにしてデフォルトを連れ去っていった。
「ゴー! ファンキー! ゴーゴー! オクトパス!」という男の掛け声が残響した。
先に危険を察知し、壁を投影して透明人間のように隠れていたラバドーラは、更に周りに馴染むようにと、地球人の姿――慣れ親しんだ『アイ』の姿を投影した。
試しに地球人とすれ違ってみるがなにもない。どこから見ても違和感のない地球人だ。周りに相違なく溶け込んでいる。これで人の流れが多いところでも堂々と歩ける。問題を起こさなければ、宇宙船にいる一般人だ。
だが、投影を続けるとエネルギーが不足してしまう。この姿を維持するのにも、新しい燃料を体に入れるのが優先事項だ。だが、怪しまれては元も子もないので、まずは人の流れに付いていくことにした。
一人だったり、少数グループだったり、歩く人の人数はまちまちだが、全員が全員ため息をついていた。憂いのたぐいのため息ではなく、焦燥や鬱憤のため息だった。
しばらく歩いていると、「ここもダメだ!」という声が前方から響いてきた。その声の後に、まるで波のように大勢のため息が響いて、体を通り抜けて後方まで響いていった。
気付けばラバドーラの前にも後ろにも人が増え、まばらな人影は列になっていた。
またしばらく歩いていると、「もう我慢出来ない!」と、ラバドーラの少し前にいる一人が列を抜け出し、すぐ横の部屋に入った。
すると、そこから急に流れ変わり、どんどん部屋に入っていったので、ラバドーラもその流れに従うしかなかった。
部屋の前には『使用禁止』とでかでか書かれた看板があり、押されるようにして入った個室の中には便器が一つ。他の部屋からは、先程まで聞いていたため息とは違う安堵のため息が、次々と連動するように響いた。
だが、ある放送が入ると、ため息はすぐに悲鳴へと変わった。
「水再生システム故障のため、一時的な断水中である。トイレを使用する場合は、トイレットペーパーを持ち込むことだ。諸君らが持っていればの話だが」
どこか嫌味な声にラバドーラは聞き覚えがあった。
答えに結びつく前に、隣の部屋の女性が答えを出した。
壁を拳で乱暴に叩き「あんの……また――ルーカス!!」と怒声を上げたからだ。
一方デフォルトはそんな放送が聞こえないほど、歓声が鳴り響くスタジアムにいた。
応援を頼まれたが、どうしていいかわからずに、くねくねと触手を動かしていると、その滑稽な仕草がウケたのか歓声が上がったのだ。
ここは無重力フットボールの試合が行われている場所で、他のマスコットは無重力を活かしたダイナミックなパフォーマンスを行うので、デフォルトの地味な動きは変に目立っていた。
嘲笑や物笑いも多いが、純粋に面白いやつだと笑っている人も多い、ファンキーオクトパスのチアリーダー達もデフォルトの触手をベタベタと触り面白がっていた。
一人が「これ凄く動くけど、なにで作られてるの?」と胸元で触手を一本抱きしめると、もう一人は根本から先まで確かめるように握りしめて「ラバー製? シリコン? エラストマーとも違うような……」と触手に指を這わせた。
しばらくチヤホヤとからかわれていると、相手のチームのドラゴンのマスコットが近づいてきた。
一頭身の大きな顔に手足だけ生えた不気味なドラゴンで、大きく口を開けると一人のチアリーダーをパクっと丸呑みにするように食べてしまった。
しばらく口がもぞもぞと動くと、すぐに口が開いた。
口から出てきたチアリーダーは「もう……食べるのはあとで」で口の中に微笑むと、他のチアリーダー達と観客を盛り上げに行った。
既に試合は再開されており、観客の視線は、上下左右と泳ぐようにして、空間全体を使った無重力フットボールに送られていた。
デフォルトはここから逃げ出すのは注目されていない今がチャンスだと思い、そっと出入り口に向かったが、バランスの悪い頭より短い手に触手を一本掴まれていた。
デフォルトが振り返るより早く、ドラゴンは大きく口を開けてデフォルトを丸呑みにした。
「すいません」とデフォルトはとりあえず謝った。
「なにがすいませんだよ。言っとくけど、僕が最初にこの作戦を思いついたんだぞ。誰もやりたがらないマスコットに入り、試合で興奮してる女の子と仲良くなろう作戦。ずっと前から計画してたんだ。それをなんだい、後からきてチヤホヤと……」
「あの……違うんです」デフォルトは振り向いて驚愕した。喉の部分に顔出し口があり、そこから生えるようにして知った顔があったからだ。「卓也さん!?」




